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彼の素顔も残念すぎる
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フレデリック・ハウトシュミットは自らが政務を執る王都小離宮の廊下をそろりそろりと足音を忍ばせて進んだ。
何とか誰ともすれ違わずに執務室の前までたどり着いて、扉を開けた隙間から室内に体を滑り込ませると、笑みを含んだ声が即座にかけられる。
「おかえり、稚児趣味の護国卿閣下」
「失言は反省してるから、追い討ちかけるのやめてくれる!?」
執務室で待ち受けていたのは、盟友のヴィルベルトだ。
早馬を飛ばして帰国したというのに、留守中の護国卿代理を任せていたヴィルベルトまで既に把握しているなんて『護国卿の大失言』はどれだけの人間に知れ渡っていることか。
最悪の事態を想定した護国卿はがっくりと肩を落とした。
「耳が早すぎるよ」
「お前が整備させた国軍の伝令網様々だな」
「どうしよう、今度から素直に誇れなくなった」
「内容も正確か? お前が『幼い少年少女しか愛せない』と言ったと聞いたが」
「うん、そう。合ってる。僕が確かにそう言いました」
「フレッド、どうしてそんなくだらない嘘をつく羽目になったんだ? 護国卿の名声と引き換えの結婚なんて代償が大きすぎる」
簡単な計算問題を間違えたことを窘めるような言い方をされて、拗ねたフレッドは唇を尖らせた。
確かにバルトールへ発つ前は『せいぜい王女さまを安く買い叩いてくるよ』と大口を叩いたし、実際にうまくやれる自信もあった。むしろ最安値で買える王女がいるからバルトールを外遊先に選んだのだ。
諸事情につきフレッドには『国家元首の正妻にふさわしいくらい身分は高いがまともな夫婦生活を行わなくても文句を言えない妻』が必要だったから。
「まさかこの僕が、フレデリック・ハウトシュミットがさ? 世間や他人からの圧力に屈する日が来るなんて思わなかったよ」
「『生涯独身を貫くより結婚した方が効率的だ』と気持ちを切り替えたんじゃなかったのか」
「切り替えたっていうか、諦めただけ」
同志たちと旧王国を打倒したときも夢や希望に燃えていたわけではなかったが、あの時は自分が『めんどくさいからそれでいいや』と妥協する日が来るとは思いもしなかった。
欲しくもない『妻』のために割ける労力があるなら一回でも多くの法改正審議をしたかったし、実際三年前なら縁談を持ち込まれても『いつ暗殺されるかも分からない身で無責任に家庭は持てない』と理由をつければ引き下がってもらえた。
その言い訳は今や使えない。この三年のうちにスヘンデルはそれなりに豊かで平和で安定した国になったからだ。
護国卿としては手放しで喜ぶべき状況だが、フレッド個人としては『平和ボケしやがって』と愚痴の一つも吐きたくなる。
最近では一つの法案を成立させる折衝の過程で三件は新規の縁談を持ち込まれる有様だ。あまりに非効率すぎて仕事にならない。
だから『面倒だから虫除けに結婚しようかな』と思ってしまった。革命家ハウトシュミットは世間のしがらみに屈したのだ。
「どうせ誰かと結婚しなくちゃいけないなら、面倒じゃないひとがいい。僕の金なんていくらでも使えばいいけど、僕の時間を費やせと求められるのはちょっとね。限りある時間はもっと有意義なことに使いたい」
「清々しいくらいのクズ発言だな」
「そう思われるのは分かってる」
妻と娘を溺愛しているヴィルベルトの理解は得られないだろうが、『妻よりも仕事が大事』『夫は家に金さえ入れてくれればいい』と考えている者自体はそれなりにいるだろう。思うだけなら自由だ、誰に咎められる筋合いもない。
ただ、世間ではその考えが非難に晒される以上、まともな人間なら口にはしないと言うだけで。
「僕が結婚したい『僕の金だけが目当ての人』たちはさ、まともな頭を持っていれば、『お金よりあなたの愛情が欲しいの』っていう、まともな人間のふりをするだろう? それが本心なのか、見分ける時間だって惜しい。お目当てが隠れて出てきてくれないんだから『僕の要求を聞かざるを得ない立場の弱い人』に絞るしかない」
「だが、あまりにも立場の弱い妻だと虫除けとして機能しないだろう。『その女性は愛人にしておけばいい』と言われかねない」
「そこなんだよ。だから探しに探した。クラウディア王女はその点理想的だった」
バルトールの二百年の伝統には重みがある。近隣諸国に彼の王家の血が一滴も流れていない王などいないのだから。
それほどの由緒を誇りながら衰退の一途を辿るバルトールは、スヘンデルの救いの手を喉から手が出るほど欲している。王女を嫁がせて縁ができるなら差し出すだろう。
それも、何一つ取り柄のない『みそっかす』だと評判の末姫でいいと言われようものなら、喜んで押しつけるはずだ。
「まだ幼いから性生活が無くても許されるしね。なんて僕に都合が良い、費用対効果最高の女性だ!」
「外道め。そこまで目をつけてから出かけたのに、口説き文句は用意しなかったのか。詰めが甘い」
実際の理由が『都合がいいから』だったとしても、もっともらしい名目をつけておけば自己の嗜好を公言しなくて済んだはずだと指摘されて、フレッドは顔を顰めた。
「歯の浮くようなプロポーズも用意していたとも。でも、向こうの第七王女殿下がなかなか口達者で圧が強い御方でね。彼女に先に場を掌握されて、言える雰囲気じゃなかった」
「お前に空気を読ませるくらいの強者か、それはすごい。バルトールのレオカディア王女を要警戒対象リストに入れておこう」
『母親は貴族ですらない洗濯女で、夫人として護国卿を助けるどころかスヘンデル語もおぼつかない、地味な子どものどこが、あなたのお眼鏡に適ったのかしら?』――レオカディアの問いかけはもっともだ。悪条件のクラウディアをあえて選ぶ男は『普通』じゃない。碌でもない思惑ありきで求婚したフレッドしかり。
思うに、レオカディアは自身への侮辱に怒ったわけではなく、薄汚いフレッドの思惑を感じ取ったのだろう。
予想外の選択に困惑しつつも『みそっかす王女を売ってスヘンデルとの縁が手に入るなら』と躊躇いなく動き出した雰囲気に一石を投じて、『まだ幼い妹を彼女の長所を一つも挙げられないような鬼畜男に嫁がせていいのか』と問うために、皆の前でフレッドを試したのだ。
彼女なりの方法で、妹を守るために。――その気迫の前ではフレッドが用意してきた美辞麗句など軽薄にすぎて、出したところで何の力も持たなかっただろう。
「まあ、そうだね。強いお姉さんがいたんだ。それに……」
今にも泣き出しそうな目をした王女と目が合った時、嫁取り事情を正直に打ち明ける選択肢はフレッドの頭から消えた。
あんな子どもに向かって『お前は価値が低くて都合良く使える存在だ』と暴言を吐くのは、一人の大人として絶対にやってはならないことだと思った。その一線を踏み越えてしまったら、子どもを含めた国民の守護者たる『護国卿』として民の前に立てなくなる。それに比べれば自分の名声を失う方がずっとマシだった。
「……そんなの、今さら気にしても遅いのかもしれないけどさ」
「なんだ?」
「何でもない。ともかく、そういうことだから! 僕に小児性愛嗜好は無いの!」
「なるほどな。事情は分かった」
納得したらしいヴィルベルトを見て、フレッドが安堵に胸を撫で下ろしていると、一人の若い書記官が部屋に駆け込んできた。バルトール外遊に同行させていた書記官だ。
「護国卿、例のスピーチの文字起こしが終わりました!」
「例のスピーチ?……って、まさかアレのこと!?」
いつもどおりの仕事の報告かと流しかけて――目を剥いた。
彼が口にした用件に心当たりが無いらしいヴィルベルトは、首を捻って書記官に尋ねている。
「護国卿のバルトール外遊にスピーチの予定なんてあったか?」
「いえ、護国卿がクラウディア王女殿下に求婚なさった時に、渋るバルトール王家の方々に語りかけた突発的スピーチです」
「やめて!? なんで今それを持ってくるかなあ!?」
「すごく感動したので最優先で書き起こしました! 内容が名文なのはもちろん、抑揚で懇々と切々と訴えかけてきて、最後には聴衆全員が拍手喝采してましたからね」
「へえ……そんなに熱弁を振るったのか」
「違うんだって、ヴィル、白い目で見るなってば!」
十三歳の少女を娶るために必死になって熱弁を振るう二十代後半の男――どこからどう聞いても危険人物だ。
革命の前からの盟友がすっと横に体を引き、フレッドから距離を取るのが分かった。おそらく心の距離も同じだけ開いたのだろう。
「本当に違うからね!?」
「わかった、わかった。今後うちの娘に近づくなよ」
「全然分かってないじゃないか!……くそっ、もういい、図書室に篭る!」
今こそ鮮やかに反論したいが、フレッドが夢中になって話し続けたことも、その結果として幼い少女を娶ることになったことも事実なのだから、言い訳のしようがない。
罵倒の声が届かない静謐な空間に閉じこもってしまおうと、フレッドは逃げるように執務室を後にした。
部屋に残されたヴィルベルトは、傍らの書記官に話しかけた。
「……それで? フレッドは何を言ったんだ?」
そもそもヴィルベルトは、フレッドが幼い少女に対して性愛や性欲を向けたとは最初から思っていない。あの男は性欲を抱くことそのものを嫌悪しているのだから。
だが、性欲による暴走ではないとしたら、その少女のために冷静でいられなくなった彼がどんなことをしでかしたのか、親友として気になるに決まっている。
「こちらです!」
書記官から記録紙を受け取ると、ヴィルベルトは演説の冒頭部分に目を落とした。
『諸君! 私は子どもが好きだ! あの溌剌とした瞳! 無限の体力! 子どもとはまさしく可能性の化身、未分化の可能性の束ではないか! ならばその健全な発育のために、我々大人にできることは何だ? 適切な保護と適切な放任だ! 私は少年少女の健全な成長を愛好する者の一人として、彼ら彼女らの笑顔を曇らせるような真似は誓ってしない! 愛するものを損なってどうする! 子どもは子どもらしく大人の言いつけなど微塵も聞かずに過ごせばいい! 将来の不安で涙を流すようなことは大人がやればいい! 私は――』
「…………なるほどな。病的に健全な『子ども好き』だ」
「最終的にはレオカディア王女殿下も『そんなに言うならこの子をあげましょう』って感じの雰囲気になってました!」
「こんな演説を聞かされたらそう思うだろうな」
確かに子どもに性欲を向けているわけではないらしい。
それはそれとして演説に含まれる熱量は異常だし、仕事先で頼まれてもいない大演説を一席ぶってくるという親友の奇行など永遠に知りたくなかった。
何とか誰ともすれ違わずに執務室の前までたどり着いて、扉を開けた隙間から室内に体を滑り込ませると、笑みを含んだ声が即座にかけられる。
「おかえり、稚児趣味の護国卿閣下」
「失言は反省してるから、追い討ちかけるのやめてくれる!?」
執務室で待ち受けていたのは、盟友のヴィルベルトだ。
早馬を飛ばして帰国したというのに、留守中の護国卿代理を任せていたヴィルベルトまで既に把握しているなんて『護国卿の大失言』はどれだけの人間に知れ渡っていることか。
最悪の事態を想定した護国卿はがっくりと肩を落とした。
「耳が早すぎるよ」
「お前が整備させた国軍の伝令網様々だな」
「どうしよう、今度から素直に誇れなくなった」
「内容も正確か? お前が『幼い少年少女しか愛せない』と言ったと聞いたが」
「うん、そう。合ってる。僕が確かにそう言いました」
「フレッド、どうしてそんなくだらない嘘をつく羽目になったんだ? 護国卿の名声と引き換えの結婚なんて代償が大きすぎる」
簡単な計算問題を間違えたことを窘めるような言い方をされて、拗ねたフレッドは唇を尖らせた。
確かにバルトールへ発つ前は『せいぜい王女さまを安く買い叩いてくるよ』と大口を叩いたし、実際にうまくやれる自信もあった。むしろ最安値で買える王女がいるからバルトールを外遊先に選んだのだ。
諸事情につきフレッドには『国家元首の正妻にふさわしいくらい身分は高いがまともな夫婦生活を行わなくても文句を言えない妻』が必要だったから。
「まさかこの僕が、フレデリック・ハウトシュミットがさ? 世間や他人からの圧力に屈する日が来るなんて思わなかったよ」
「『生涯独身を貫くより結婚した方が効率的だ』と気持ちを切り替えたんじゃなかったのか」
「切り替えたっていうか、諦めただけ」
同志たちと旧王国を打倒したときも夢や希望に燃えていたわけではなかったが、あの時は自分が『めんどくさいからそれでいいや』と妥協する日が来るとは思いもしなかった。
欲しくもない『妻』のために割ける労力があるなら一回でも多くの法改正審議をしたかったし、実際三年前なら縁談を持ち込まれても『いつ暗殺されるかも分からない身で無責任に家庭は持てない』と理由をつければ引き下がってもらえた。
その言い訳は今や使えない。この三年のうちにスヘンデルはそれなりに豊かで平和で安定した国になったからだ。
護国卿としては手放しで喜ぶべき状況だが、フレッド個人としては『平和ボケしやがって』と愚痴の一つも吐きたくなる。
最近では一つの法案を成立させる折衝の過程で三件は新規の縁談を持ち込まれる有様だ。あまりに非効率すぎて仕事にならない。
だから『面倒だから虫除けに結婚しようかな』と思ってしまった。革命家ハウトシュミットは世間のしがらみに屈したのだ。
「どうせ誰かと結婚しなくちゃいけないなら、面倒じゃないひとがいい。僕の金なんていくらでも使えばいいけど、僕の時間を費やせと求められるのはちょっとね。限りある時間はもっと有意義なことに使いたい」
「清々しいくらいのクズ発言だな」
「そう思われるのは分かってる」
妻と娘を溺愛しているヴィルベルトの理解は得られないだろうが、『妻よりも仕事が大事』『夫は家に金さえ入れてくれればいい』と考えている者自体はそれなりにいるだろう。思うだけなら自由だ、誰に咎められる筋合いもない。
ただ、世間ではその考えが非難に晒される以上、まともな人間なら口にはしないと言うだけで。
「僕が結婚したい『僕の金だけが目当ての人』たちはさ、まともな頭を持っていれば、『お金よりあなたの愛情が欲しいの』っていう、まともな人間のふりをするだろう? それが本心なのか、見分ける時間だって惜しい。お目当てが隠れて出てきてくれないんだから『僕の要求を聞かざるを得ない立場の弱い人』に絞るしかない」
「だが、あまりにも立場の弱い妻だと虫除けとして機能しないだろう。『その女性は愛人にしておけばいい』と言われかねない」
「そこなんだよ。だから探しに探した。クラウディア王女はその点理想的だった」
バルトールの二百年の伝統には重みがある。近隣諸国に彼の王家の血が一滴も流れていない王などいないのだから。
それほどの由緒を誇りながら衰退の一途を辿るバルトールは、スヘンデルの救いの手を喉から手が出るほど欲している。王女を嫁がせて縁ができるなら差し出すだろう。
それも、何一つ取り柄のない『みそっかす』だと評判の末姫でいいと言われようものなら、喜んで押しつけるはずだ。
「まだ幼いから性生活が無くても許されるしね。なんて僕に都合が良い、費用対効果最高の女性だ!」
「外道め。そこまで目をつけてから出かけたのに、口説き文句は用意しなかったのか。詰めが甘い」
実際の理由が『都合がいいから』だったとしても、もっともらしい名目をつけておけば自己の嗜好を公言しなくて済んだはずだと指摘されて、フレッドは顔を顰めた。
「歯の浮くようなプロポーズも用意していたとも。でも、向こうの第七王女殿下がなかなか口達者で圧が強い御方でね。彼女に先に場を掌握されて、言える雰囲気じゃなかった」
「お前に空気を読ませるくらいの強者か、それはすごい。バルトールのレオカディア王女を要警戒対象リストに入れておこう」
『母親は貴族ですらない洗濯女で、夫人として護国卿を助けるどころかスヘンデル語もおぼつかない、地味な子どものどこが、あなたのお眼鏡に適ったのかしら?』――レオカディアの問いかけはもっともだ。悪条件のクラウディアをあえて選ぶ男は『普通』じゃない。碌でもない思惑ありきで求婚したフレッドしかり。
思うに、レオカディアは自身への侮辱に怒ったわけではなく、薄汚いフレッドの思惑を感じ取ったのだろう。
予想外の選択に困惑しつつも『みそっかす王女を売ってスヘンデルとの縁が手に入るなら』と躊躇いなく動き出した雰囲気に一石を投じて、『まだ幼い妹を彼女の長所を一つも挙げられないような鬼畜男に嫁がせていいのか』と問うために、皆の前でフレッドを試したのだ。
彼女なりの方法で、妹を守るために。――その気迫の前ではフレッドが用意してきた美辞麗句など軽薄にすぎて、出したところで何の力も持たなかっただろう。
「まあ、そうだね。強いお姉さんがいたんだ。それに……」
今にも泣き出しそうな目をした王女と目が合った時、嫁取り事情を正直に打ち明ける選択肢はフレッドの頭から消えた。
あんな子どもに向かって『お前は価値が低くて都合良く使える存在だ』と暴言を吐くのは、一人の大人として絶対にやってはならないことだと思った。その一線を踏み越えてしまったら、子どもを含めた国民の守護者たる『護国卿』として民の前に立てなくなる。それに比べれば自分の名声を失う方がずっとマシだった。
「……そんなの、今さら気にしても遅いのかもしれないけどさ」
「なんだ?」
「何でもない。ともかく、そういうことだから! 僕に小児性愛嗜好は無いの!」
「なるほどな。事情は分かった」
納得したらしいヴィルベルトを見て、フレッドが安堵に胸を撫で下ろしていると、一人の若い書記官が部屋に駆け込んできた。バルトール外遊に同行させていた書記官だ。
「護国卿、例のスピーチの文字起こしが終わりました!」
「例のスピーチ?……って、まさかアレのこと!?」
いつもどおりの仕事の報告かと流しかけて――目を剥いた。
彼が口にした用件に心当たりが無いらしいヴィルベルトは、首を捻って書記官に尋ねている。
「護国卿のバルトール外遊にスピーチの予定なんてあったか?」
「いえ、護国卿がクラウディア王女殿下に求婚なさった時に、渋るバルトール王家の方々に語りかけた突発的スピーチです」
「やめて!? なんで今それを持ってくるかなあ!?」
「すごく感動したので最優先で書き起こしました! 内容が名文なのはもちろん、抑揚で懇々と切々と訴えかけてきて、最後には聴衆全員が拍手喝采してましたからね」
「へえ……そんなに熱弁を振るったのか」
「違うんだって、ヴィル、白い目で見るなってば!」
十三歳の少女を娶るために必死になって熱弁を振るう二十代後半の男――どこからどう聞いても危険人物だ。
革命の前からの盟友がすっと横に体を引き、フレッドから距離を取るのが分かった。おそらく心の距離も同じだけ開いたのだろう。
「本当に違うからね!?」
「わかった、わかった。今後うちの娘に近づくなよ」
「全然分かってないじゃないか!……くそっ、もういい、図書室に篭る!」
今こそ鮮やかに反論したいが、フレッドが夢中になって話し続けたことも、その結果として幼い少女を娶ることになったことも事実なのだから、言い訳のしようがない。
罵倒の声が届かない静謐な空間に閉じこもってしまおうと、フレッドは逃げるように執務室を後にした。
部屋に残されたヴィルベルトは、傍らの書記官に話しかけた。
「……それで? フレッドは何を言ったんだ?」
そもそもヴィルベルトは、フレッドが幼い少女に対して性愛や性欲を向けたとは最初から思っていない。あの男は性欲を抱くことそのものを嫌悪しているのだから。
だが、性欲による暴走ではないとしたら、その少女のために冷静でいられなくなった彼がどんなことをしでかしたのか、親友として気になるに決まっている。
「こちらです!」
書記官から記録紙を受け取ると、ヴィルベルトは演説の冒頭部分に目を落とした。
『諸君! 私は子どもが好きだ! あの溌剌とした瞳! 無限の体力! 子どもとはまさしく可能性の化身、未分化の可能性の束ではないか! ならばその健全な発育のために、我々大人にできることは何だ? 適切な保護と適切な放任だ! 私は少年少女の健全な成長を愛好する者の一人として、彼ら彼女らの笑顔を曇らせるような真似は誓ってしない! 愛するものを損なってどうする! 子どもは子どもらしく大人の言いつけなど微塵も聞かずに過ごせばいい! 将来の不安で涙を流すようなことは大人がやればいい! 私は――』
「…………なるほどな。病的に健全な『子ども好き』だ」
「最終的にはレオカディア王女殿下も『そんなに言うならこの子をあげましょう』って感じの雰囲気になってました!」
「こんな演説を聞かされたらそう思うだろうな」
確かに子どもに性欲を向けているわけではないらしい。
それはそれとして演説に含まれる熱量は異常だし、仕事先で頼まれてもいない大演説を一席ぶってくるという親友の奇行など永遠に知りたくなかった。
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