高嶺の花が堕ちるまで

美海

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7《ロルフ視点》

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 馬車の到着後、抱きかかえた妻を夫婦の寝台へと運ぶロルフの足取りは性急だった。

「こんな据え膳、我慢できるかよ」
「あ……っ」
「もう逃してやらない。絶対に俺の子を孕ませる」

 低く恫喝したロルフは、目の前に晒された蜜穴に右の人差し指と中指をまとめて突き入れた。

「あぁぅっ!」
「ははっ、ほんとだ。よっぽど気持ちよかったんだな。まんこがぬるぬるになって糸引いてる」
「ま……?」
「ここのこと」
「ひぁっ!」 

 二本の指を抽送して場所を示すと、ルゼは艶やかに啼いた。
 こわばる身体を押し開いた時の悲鳴とは大違いだ、身も心も準備が済んでいるというのは本当なのだろう。

「ルゼ、そのまま力抜いてろよ。痛かったらやめるから言え」
「うんっ!」

 ルゼの細腰を掴んで引き寄せ、蜜口に押し当てた陰茎を一息にぐいと挿入すると、ルゼは柳眉を寄せて苦しそうに吐息を漏らす。

「ん、ぐっ……」
「痛いか?」
「いたくはないけど、くるしいのっ」
「狭くてちっちゃいまんこ、広げられたら苦しいよな、ごめんな」
「そうなのっ、そのせいで、いつもちゃんとできなくて……っ」
「なあ、ルゼ。俺、いいこと考えたんだけど」
「なに?……ひっ!」

 苦痛を理解されて喜ぶルゼは、やはり愚かだ。自分を苦しめる張本人に嬉しそうに縋りつく彼女の奥を突いて、獲物の立場を思い知らせてやった。

「このままずーっと挿れっぱなしにして、いっぱいえっちして、ルゼのきつきつまんこをとろとろになるまで広げたら痛くないよな」
「ゃ、」
「怖い?」
「こわいっ!」

 ロルフに都合よく身体を変えてしまっていいかと問いかければ、さすがのルゼも怖気づいたようだった。

「怖いよな。ごめん、調子に乗りすぎた」
「こわいからっ、代わりにきす、して」
「今までどおり中に出したらすぐ抜くから――……は?」
「あなたと結婚したのに全然口づけてくれないからっ! キスしてくれるなら、ひろげるの、我慢する……んっ、む――!」

 最後まで聞く余裕などあるはずもない。
 ルゼが言い終わる前に、ロルフはふっくらとした唇に食いつき、隙間から忍び入れた舌で歯列と口蓋を舐めまわした。
 息の仕方が分からないのか苦しそうにしているルゼを見て、またひとつ『初めて』を奪えたと嬉しくなる。

「はぁっ! なんなの、急に……」
「ルゼがキスしたがってるって知らなかったから、嬉しくてつい」
「わたくしがしたいわけじゃないわ! 『してもいい』だけ!」
「それでいいよ。俺がルゼとキスハメしたいと言ったらしてくれるんだよな?」
「きすはめ?」
「今のやつ。もう一回しようか」
「待っ」

 繋がった腰を奥へと送り込みながら、再度口を塞ぎ直す。
 快感を喘ぎや嬌声に逃すこともできなくなったルゼは、全身を火照らせてぶるぶると震えていた。弱い耳も一緒にいじってやれば、ロルフのものを咥え込んだ膣はきゅんきゅんと締まる。連続して達したのだろう。

「……どう? キスハメ好き?」

 長い口づけから解放されたとき、ルゼはとろんと蕩けた瞳を向けてきた。息苦しい中で絶頂を何度も味わわされて、彼女の理性まで蕩けてしまったのだろう。

「あっ、あっ、キスハメすき!」
「もっとしたい? 俺の形にしていい?」
「したいぃっ! いっぱいキスハメしてっ、ルゼのおまんこ、ロルフの形にしてぇっ!」
「仰せのままに」

 可愛らしく淫猥な言質を引き出したロルフは、遠慮を捨てて妻の体を作り変えることにした。

「侯爵閣下もお可哀想にな。立派な金蔓を捕まえてくるはずだったご令嬢は、卑しい男に懇願して腰を振る淫乱になっちまった。ルゼ、悪いと思わないのか?」
「ごめんなひゃい! いんらんで、ごめんなさいっ!」
「ははっ、言葉の意味も分かってねえだろ」

 間違ってもお綺麗なお嬢様の耳に入れる言葉じゃない。
 そんな単語で彼女のことを罵って繰り返させるのには、幼児に悪いことを教え込むような背徳感がある。
 自嘲の笑みを浮かべていると、ルゼは不安そうに瞳を揺らした。

「……いんらんになったら、だめ? ロルフは、いんらんはきらい?」
「大好きだよ。他の男と共有するのはごめんだが、俺にだけなら」
「じゃあ、このままでいいっ! いんらんなままでいる!」
「――ああ、そうだよな」

 その考えは、するりと胸に降りてきた。
 卑しい男がいくら手を伸ばしてもご令嬢には届かない。――それなら、彼女を貶めて汚してしまえばいい。
 そうすれば、ルゼは自分のものになるしかない。
 ルゼはロルフの妻だ。彼女の身分はそれだけでいい。

「ここにいるのは侯爵令嬢じゃなくて俺の嫁さんだもんな。貴賤結婚した恥さらしな娘の名は由緒正しき侯爵家の家系図から消される。ルゼの帰る家はもう無い、あんたは俺の嫁でいるしかないんだ」

 早く俺のものになれ、俺だけのものになってくれ。
 呪いを込めて囁けば、快楽にゆるんだ表情の妻はこくりと頷いてくれた。

「分かったら、二度と会わない叔父様に、お別れのご挨拶もできるな?」
「うぅ……ぁんっ! おじさま、ごめんなさい! ルゼは、いやらしくてわるいこになりましたっ、ロルフにしあわせにされちゃったのぉっ!」
「それで?」
「おまんこ、おちんちんでずこずこされると、きもちよくてっ! ずっとしてたいの! ここで、ロルフとだけいっぱいえっちして、ロルフの赤ちゃんだけ産むから! もうおよめしゃんになったから、もう、こうしゃくけには、かえれないからぁっ! ルゼのことは、わすれてくだしゃい!」

 刷り込んだ淫語にまみれた別離宣言をさせたとき、ロルフは込み上げる笑いを堪えられなかった。
 ルゼが正気に戻ったらどれほど怒り、泣き、絶望するだろう。一時の快楽に負けて、依って立つ貴族の誇りを失うなんて。

「上手に言えたな」 

 捨てたものに気づいたときのルゼの顔を思い浮かべつつ、ロルフは目の前の女の頭をかいぐるように撫でた。

「ロルフ……!」
「どうした?」
「わたくしっ、おわかれした! じょうずにおわかれできたからぁっ」
「偉いな。さすが俺の嫁さんだ」
「褒めるだけなの、やあっ! ごほうびがいいのっ!」
「何が欲しい?」
「きもちいのがいいっ! ぁがっ! お゛ぉっ、奥、きもちぃっ! はげしっ、おっ、あぁあ゛ああ――……!」

 貴族令嬢どころか人間としての尊厳すら失ったように獣の声を上げる妻を、ロルフは何度も何度も責めたてつづけた。

 ☆

 いつもよりも早い時間に目を覚ましたロルフは、妻が起きる前にひとつ厄介な案件を片づけておくことにした。
 用を済ませて寝室に帰ると、ルゼは眠気に目を擦りながらも身を起こして迎えてくれた。

「どこに行ってたの?」
「あんたにしつこく届いていた手紙の返事を出してきた。あんたが言った通りの内容で」
「あ……」

 最中の自分の痴態を思い出した羞恥からか、ルゼは頬を薔薇色に染めた。
 令嬢らしい羞恥心や気位の高さは残しながらも快楽に押し負ける淫らな妻――自分もまた彼女を『自分にとって都合のいい女』にしようとしているだけではないかと、ロルフは時々自己嫌悪に苛まれる。

「『ルゼはロルフとえっちするのが大好きな悪い子でロルフとしかえっちも子作りもしないから叔父様の役には立てないし侯爵家には帰れません。ルゼのことは忘れてください』だったな。彼に宛ててそう書いた。ルゼが自分からそう言ってくれて、そこまで俺を愛してくれるのが嬉しくて」

 自己嫌悪も罪悪感も感じている。
 そんな感情を一丁前に抱いたところで、ロルフはもう目の前の女を手放せないのだ。彼女の閨での空言ひとつを盾に取って、彼女を縛りつけ、逃げ道を塞ぐくらいには愛している。
 さすがに文言は『貴殿とルゼは養子離縁の手続をしたはずだ。他人から執り成しを頼まれた妻が迷惑しているので二度と連絡するな』云々と改めたが、ルゼの頼る先を一つ潰したことに変わりはない。

「……後悔してるか?」

 泣いて責められても離してやることはできないけれど。
 自分で追いつめた妻を労わるように、閉じ込めるように、ロルフは黙ってしまったルゼの身体をきつく抱きしめた。

「いいえ、あなたから返事をしてくれて助かったわ。叔父様はわたくしを軽んじているから話も聞かないししつっこいの! ああ腹が立つ!」
「……えっ?」

 ――そう、このときのロルフはうっかり忘れていたのだ。自分の妻がいろいろと規格外の人間だということを。

「もう叔父様には会わなくて済むのね! 今考えてたのは『侯爵家には帰れない』とは言ったけど、お父さまとお母さまのお墓には行きたいなって。あとアルテナの領主館にも。使用人にもあなたとの結婚を報告したいの」
「それは構わないが……」
「あなたも予定を空けておいてね、一緒に行くから」
「俺も? そんな報告をされてもご両親も困るだろう。俺に怒り狂うか娘を心配するかで墓から蘇るんじゃないか」
「どうして? 『わたくしは幸せです』って言うだけなのに」

 彼女の言葉に、虚をつかれた。
 卑しい男の妻に貶められて『幸せ』だと?

「……幸せなわけがない」

 ルゼは侯爵令嬢だ、運が良ければ王妃にもなれる身分だった。地位に拘らず実直な優しい夫と添うこともできただろう。彼女を溺愛していた亡き侯爵夫妻は、娘のそういう真っ当な幸せを願っていたはずだろう。
 彼女を幸せにするのは、ロルフじゃないはずだ。
 それなのに、どうしてルゼは『せっかくだし明日行きましょう。あなた、どうせ暇よね?』などと能天気に言っているんだ。
 混乱するロルフを見て、ルゼは呆れたようにため息をついた。

「まさか、まだ身分のことを気にしてるの? 革命なんて起こしたくせに、頭の固い男ね」
「切り替えが早すぎるあんたの方がおかしいんだ」
「結婚相手の査定と高額査定者へのすり寄りは令嬢の嗜みだもの。おめでとう、ロルフ。『わたくしのことが大好きすぎる』点は大きな加点要素よ。歴代求婚者ランキングでも上位に浮上したわ」
「全く嬉しくない褒め方をするな。……あんたのことを大好きすぎる、か」

 確かに、それだけは自信を持って言える。見かけただけの少女に偏執的に執着して、彼女の死まで望んだのだから。

『嘘でいいから『好き』って言って』

 自分を愛していない男と体を交えたくないと泣くルゼの姿を思い出した。自己愛の強い彼女はそれゆえに『自分を愛すること』に重きを置きすぎているらしい。
 今も心底不思議そうに、きょとんとロルフを見つめ返してくる。自分が愛されていることを疑いもせずに。

「ええ。大好きでしょう?」
「否定できないから悔しい」
「やっぱりね。あなたがわたくしを好きにならないはずがないの。恋は盲目というでしょう、性格の難はいずれ見えなくなるわ。顔と体が好みな時点であなたの負けよ」
「そこは性格の難をどうにかする努力をしろ!」
「わたくしの性格も含めて好きなくせに」
「調子に乗りすぎだ!」
「きゃっ!」

 生意気な口を黙らせようと肩を掴んで、寝台に押し倒す。
 これで怖がったり嫌がったりしてくれればいいものを、妻の顔には『またしたいなんてロルフは本当にわたくしのことが大好きね』と書いてある。ここで手を出すと彼女の言い分を肯定することになる気がする。本当に小癪な女だ。
 しばらく無言で見つめ合って、その沈黙の滑稽さがおかしくて、二人はどちらともなく笑い出した。

「ふふっ、くすっ! それで、お墓の話だけれど。わたくしが『幸せに過ごしています』と言えば、身分なんて気にしないわ。二人ともわたくしにすごく甘かったから」
「だろうな、こんなわがままで自信家の娘が育つんだから。……俺たちの子どもを授かった時には、教育方針はしっかり話し合おう」

 遠回しに『子どもにはルゼのように育ってほしくない』と言ってみたが、ルゼの意識はそこには無いらしく、珍しく怒らなかった。

「ロルフったら。わたくしとの子ども、欲しい?」

 腹に手を置いて流し目で夫を誘う妖艶さは、かつて大輪の薔薇に喩えられた令嬢に似つかわしい。
 その美しい妻を得られるくらいには、自分も軍人として抜きん出た評価を受けているのだろう。
 だが、そんなことはどうでもいい。

「最初からそのために命じられた結婚だから……ってのは、往生際が悪いか。ああ、欲しいよ。あんたと家族になりたい」

 出会ったきっかけが何だろうと、それがどんな二人だろうと。寝台の上でのやりとりにさして違いは無いだろう。
 二人は、ごくありふれた新婚の夫婦らしく、甘ったるく睦み合った。
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