たぶん戦利品な元王女だけど、ネコババされた気がする

美海

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二人の男女と未来への門出

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 ふわふわと浮上する意識の中で、エフィは男たちが言い争う声を聞いた。

『まだ殺してないでしょうね!? 待ちなさい、将軍閣下! 投降した捕虜を殺すことは新法に反しますよ!』
『お前に見られたからには殺せない。遅かったな、フーベルマン大尉。どうせならもっと遅くてよかったのに』
『馬鹿おっしゃい、あんたが早すぎるんですよ! 頼むから部下を盾にして、敵を制圧してから入ってください! あんたの首が戦場で飛んだら、後ろ盾がない俺らの首も戦後に飛ぶの! 分かります!?』
『知らん』
『一言で切り捨てるな! っと、その方がエフェリーネ元王女で? あらら可哀想に、可愛い顔までしこたま殴られて……こら、こっちも野次馬じゃなくて仕事の確認なんだから隠すな! 心狭すぎるだろ!』
『俺は彼女を送っていくから、そこに転がってる王子の身柄はお前が持って行け。お前が捕らえたことにして構わない』
『いや構いますよ!? またですか!? 手柄を譲ったように見せかけて、また面倒ごと押しつけただけですよね!?』

 語気の荒さに最初は言い争いかと思ったけれど、これは『気の置けないやりとり』というものなのかもしれない。
 ヴィルが仕事仲間には存外そっけなく話すことも、その割に部下とも仲が良さそうなのも、初めて知った。私邸の外に出ることも許されず、見る機会が無かったのだから、知らないのも当然のことだけれど。

 わたくしは彼のことをまだ何も知らない。――もっと知りたかった。知ろうとすればよかった。

 そんなことを思いながら、エフィは長い眠りについた。

「やあ、久しぶり。体調はどう?」

 エフィが次に目を覚ましたとき、最初に見慣れぬ部屋の見慣れぬ天井が見えた。
 体を起こして周囲を見回すと、部屋には白い寝台が何台もずらりと並んでいる。ついでに、寝台の脇には、あまり顔を見たくない高利貸しの悪魔がついていた。

「ここはどこかって? 王都小離宮の舞踏会の間、だったんだけど、僕の一存で医務室兼仮眠室に改装しちゃったところだよ。ほら、激務で倒れそうな同志のために有効活用した方が建物も喜ぶじゃない?」
「ヴィルはっ!?」
「君のヴィルじゃなくてごめんね。ってか、いきなりそれ聞く? ヴィルは用事で外出中。『エフェリーネ元王女誘拐事件』の後始末は山積みだしね」

 それにしても、と何かを思い出したように、フレッドはくすりと笑った。

「君が攫われたって聞いたときの彼、すごかったよ。私邸からの知らせが来た瞬間に、書記官の喉元に剣突きつけて『お前か?』って凄んでさぁ。見てて怖いのなんのって」

 その日、ヴィルは『どうにかして夜の会食が流れないだろうか』と露骨に書いてある顔で、名残惜しげに小離宮に戻ってきた。
 鬱陶しいが仕事をこなしてくれるなら文句は言うまいと無視を続けていたフレッドの余裕が崩れたのは、それからほんの半刻ほど後のことだった。

『お前か?』

 彼の屋敷から来た使者が『奥様の姿が見えない。いなくなった小間使いは手配された荷馬車に荷物を積み込んでいたようだ』と伝えた瞬間に、ヴィルは剣を抜いて、その時に部屋を出入りしていた書記官の一人を壁に押しつけた。

『えっ、ちょっ、ヴィル、何やってんの!?』
『偶々時間が空かなければ、俺は今日夜遅くまで帰らないはずだった。そんな日をわざわざ選んで馬車の手配をするということは、俺の予定を把握している者が犯人だ。その中で『急遽俺が一度帰宅すること』を知らないのは、こいつくらいだ。知っていれば、ほんの半刻俺が粘れば駄目になる計画は中止するだろう』
『違ったら?』
『違うと確かめてから他に聞く』
『頭がキレる狂犬ってこれだから厄介だな。……どうする? 上司部下の誼だ、君が弁解するなら僕が聞いてあげなくもないけど』

 すわ奇行かと思ったフレッドも、疑う理由を聞いて納得した。
 無実の者がヴィルに怯えて話せないなら間に入ってやろうと思ったのに、その書記官はごまかしきれないと悟ったのか、祖国を礼賛した後に舌を噛み切って自害しようとする始末。

『ぐっ……偉大なる我が祖国に栄光、』
『させるか』

 言い切る前に容赦なくヴィルに鳩尾を蹴り上げられて気を失った間諜を見て、フレッドの貴重ななけなしの親切心を無下にされた不満も少しすっとしたのは事実だ。

『ありゃ、彼なりの愛国心ゆえの決死作戦だったんだろうに。美しく死なせてやらないのかい?』
『俺が付き合う義理がある感傷か? 勝手に死なれて死体を片付けさせられる手間も考えろ』
『それはそうだけど。ヴィル、君、貴族にしておくのがもったいないくらいドライだねえ』
『大事な相手のことを優先して考えるようにしているだけだ』

 情が無いわけではなくて、彼の妻をはじめとする大事な人には溢れるほどの――少々重めな情を注いでいるから、よそに配るほど余らないのだろう。その妻を害する相手の優先順位など下の下の最下層なのは理解できるけれども。それにしてもヴィルの提案には容赦が無かった。

『フレッド、全権委任状を寄越せ。護国卿の名の下に、軍の早馬と軍艦を動員して追いかけて連れ戻す』
『誘拐犯の行き先わかるの!?』
『確実ではないから他にも人員を割くが、おそらくサルサスの手の者だろうな』
『例の恋敵のティアーノ王子の? なんで?』
『不愉快だからその名を出すな。消去法だ。国内の貴族は処刑されまいと身を慎むのに必死で政変を企む余裕が無い。旅券の無い王女を連れて国をいくつも越えるのはさすがに現実的じゃない』
『行き先を隣国に限るとして、それで?』
『隣国のうちコルキア国王はレオポルト七世の甥だ、わざわざ生死不明の王女を持ち出さなくとも、自分自身が即位すると言えばいい。血縁が無いカルメはどのみち『親カルメ派政権を立てる』のがせいぜいだ。それなら身を寄せた王侯貴族で足りる。『密かにスヘンデルに入り込んで囚われた王女を保護して正当な国王にする』リスクまで負わない。捕らえた俺の醜聞として騒いで新政府からスヘンデルの人心を離れさせるのに使うだろう』
『なーるほど。納得した』
『ただの概算だ。見積もり違いは十分あり得るから、比重配分して全て追う』
『蟻の子一匹逃さない構えじゃん』

 納得したと同時に、ヴィルを絶対に敵に回したくないと背筋を凍らせたことも記憶に新しい。
 その後、目撃証言から荷馬車の経路を割り出し、途中で合流した小間使いハンナの話を聞いてサルサスへの海上ルートに賭けて早馬を駆ったヴィルが一番に船にたどり着いたのは、まさしく彼の執念の為せる業だとフレッドは思っている。
 同時に『ヴィルと夫婦喧嘩してもお姫さまは二度と逃げれないんだろうなあ』という哀れみもひとつまみぶん味わいつつ。

「で、君を連れ帰ってきたってわけ! どう? ご感想は?」

 不穏な心配は振り払うように首を振って、フレッドは黙って聞いていたエフィに水を向けた。
 今さら『さすがに重い』と言われても、彼女には我が国の英雄を留めておくための人身御供になってもらうことは確定しているのだが、念のために。

「ヴィルがわたくしのためにそんなに一生懸命に? 見てみたかったわ……」

 まさか、その反応が来るとは思わなかった。
 僕は正直ちょっと怯えたびびったんだけど、と内心で呟いてから、フレッドは深々と頷いて言った。

「……なるほど。君たちは確かに『お似合い』だ」

 その言葉はもちろん『破れ鍋に綴じ蓋もいいところだ』という意味である。

「さて。他に質問が無ければ、行こうか」

 気を取り直し、ついでに護国卿としての威厳も取り戻して、フレッドはエフィに告げた。

「……どこに?」
「決まっているだろう? 行き先は、元王女の処遇を決める大法廷――君たちの裁きの庭に」

 ヴィルは先に着いているからエスコート役は僕でごめんね、と片目を瞑って、姫君に右手を差し伸べた。

 ☆

 議場の議長席に腰かけたフレッドは、木槌を鳴らした。
 サルサス王子ティアーノを捕らえ、エフェリーネ元王女を取り返す極秘作戦に協力した商人たちへの栄誉騎士称号の授与は満場一致で認められた。報奨金をスヘンデルの火の車な財政から捻出するのは難しいが、働きに対する対価を渋ると信用を失う。サルサス船への私掠免許の発行で手を打つことにした。

(それで、あとは……ああ、『大物』二人を残すだけだね)

 極秘作戦を実際に遂行した革命の英雄、ヴィルベルト・レネ・リーフェフット。
 ティアーノの身柄を捕らえた大幅な加点とその際に彼に怪我を負わせたという減点をそれぞれどのように見積もるのか、フレッドが登庁する前の事前協議で既に見当はつけてある。

「無傷で捕らえるに越したことはないが、抵抗されてやむなくということであれば致し方ない。幸いにも適切な処置がされてティアーノ王子の命に別状は無いわけだし、お咎めなし。むしろ、大手柄だと言っていいんじゃないかな」

 賛否両論の中庸を取った結論に、議場からは『異議無し』の声が上がった。『英雄』としての名誉は与えつつ、褒美を決める際に怪我の分を差し引くことで折り合いをつけよう。

「褒美として何が欲しいか考えておいてくれ」
「御意」

 こう言っておけば、ヴィルは新政府の懐が苦しいのを察して『金がかからなさそうなもの』を要求するだろう。これまでもそうやってきた。
 だから、今回もきっと、うまくいくだろう。

「さて。卿らの論功行賞は終わったが、最後に一人、皆の判断を仰がねばならない参加者がいる。――入れ」

 木槌を鳴らした後の議場の静まり返った空気の中を、白衣の少女がしずしずと進み出た。
 入院患者が着ているような簡素な衣服を身につけてもなお、彼女の美しさは翳らない。しかし、その端正に整った顔立ちのうちの一部は青黒い痣に覆われていた。長く美しい銀髪は整えられてはいるものの、肩上で揺れる房が混じっている。
 よく見れば、少女の歩みはゆっくりで、履かされた木靴がコツコツと床音を鳴らす。完璧に淑女の礼を身につけた普段の彼女ならばあり得ないことだ。足を痛めて引きずっているのだと、すぐに知れた。

「護国卿! エフェリーネ王女は怪我をなさっているのでしょう、早く座らせて差し上げてください!」
「彼女はもはや『王女』ではない」
「ですが!」

 見かねて飛んだ声に冷徹に応えた護国卿は、証言台の前まで来たエフェリーネ・ウィルヘルミナ・スヘンデルに椅子を勧めて言った。

「エフェリーネ・ウィルヘルミナ・スヘンデルよ、あなたはもう王女ではない。以後『レディ・エフェリーネ』と呼んでよろしいか?」

 それは公式に『王女』の身分を剥奪するという通告だった。
 固唾を飲んで見守る聴衆の中で、少女は楚々とした笑みを浮かべると勧められた椅子に掛けて言った。

「はい。お気遣いありがとうございます。わたくしのことは何なりとお呼びください」

 自分はもう王女ではない、護国卿の指揮に従う一国民の立場だということを明らかにしたのだ。
 それは彼女の父親が裁判にかけられた際に、暴れ、嘆き、口汚く相手を罵ったこととはあまりにも対照的だった。

「そうか。まずは、レディに礼を言っておこうかな。は非常に役に立ったよ」

 フレッドはエフィに微笑みかけて切り出した。――この劇場型裁判の『筋書き』を初見の観客たちに対して示すために。

「それから、労いの言葉もね。落城以来、? 大変だったね」
「もったいないお言葉です」
「苦しい境遇に置かれながら、スヘンデルの間諜としてサルサスの情報を伝えてくれた。それが此度のティアーノ王子を捕らえることに繋がった。出自が『王女』であろうと、彼女は立派に革命の精神を持っている。同志と認めるべきだと思うが、皆はどう思う?」

 ここにいるエフェリーネは『サルサスに囚われた哀れな被害者ひめぎみ』であると同時に『新政府の協力者スパイで革命の同志』でもある。――これが、親友夫妻を死なせないためにフレッドの用意した脚本だ。

「待ってください! 間諜? サルサスで監禁? 何のことですかそれは! 私は『王女は落城時に死んだ』と聞いていましたが!?」
「実態は違ったんだよ。彼女はサルサスの手のものに攫われていた。僕もが、元王女の生存を公認して侵攻の神輿にされても困るし、対応に手をこまねいていたんだ。ほら、見るかい? だ」

 勢いよく食いついてきた反論に答えるように、フレッドは手際よく書証を数通提出した。そのどれにも『エフェリーネ』の名前が入っている。

「これは……」
「確かに、エフェリーネどのの署名がありますな」
「王女殿下、失敬、レディの筆蹟なら私も以前拝見しましたが、見事なものでした。これは多少乱れてはいますが」

(本当だよ。『婚姻届のどさくさに紛れて何通か文書偽造用の署名もらってこい』って言ったら微妙に乱雑な……あーやっぱりむかつくから想像するのやめる!)

 ヴィルとエフィが密やかに視線を交わしてから気まずげに逸らしたことなど、自分は気づかなかった。見てないったら、見てない!
 別にどういう状況で署名してようが、自分の振った任務が新婚夫婦のいちゃつきの種にされていようが、気にしないぞ!
 決意を新たにした護国卿は、こほんとひとつ咳払いをすると、話題を切り替えた。

「それに、今の彼女を見ろ。全身の打ち身や痣に髪まで切られた様を見れば、同意の上でティアーノ王子と行動を共にしていたとは思えまい?」
「確かに寵姫としての暮らしを満喫していた風には見えん」
「それはそうですな」

 同情票を買うそのために生々しい傷跡を残したエフェリーネを連れてきて、わざと歩かせてみせたのだ。痣は時間が経てば消えてしまうから、『一番悲惨な状態』を見せるのは今しかなかった。
 特に年配の者ほど『修道女以外の女が髪を短く切ること』について奇異の目で見る傾向がある。それは『自分の意思で髪を短く切りたい女』に対しては激しい反発という不自由の形で現れたが、そのぶん『意に反して髪を短く切られた女』に対しては同情と庇護欲のこもった視線を向けるだろう。全てフレッドの計算通りだ。

(アホらしい。『勝手に髪を切られたら犯罪で、自分が切りたいなら自分の勝手』以外のルールがあるかよ)

 念のためにエフィに尋ねたら『命の危機からわたくしを助けるためにヴィルがしたことですもの、仕方ないわ。むしろ嬉しい。それより罪悪感でヴィルがどんな反応をするかが楽しみ』という実に根の深そうな答えが返ってきた。
 親友たちの過去に何があったかは、深入りする気は無いけれど。

「そんなの、その手紙は偽造したものかもしれない! 殴られたりしたのは本当だとしても、最初はサルサスの威を借りて帰国するつもりが途中で決裂しただけとも……」
「面白い推理だね。『手紙の偽造』となると――その手紙が僕の手元にある以上、『護国卿もサルサスの侵攻に加担した』と言いたいのかな?」
「いえそういうわけではっ、ありませんが……」

(うーん、そこで引いちゃうのか。せっかく推測は当たってるのにもったいないな)

『清く正しく滅私奉公で国のために働いている護国卿が文書偽造という不正をするはずがない』『家族を暴君に害されて恨んでいるはずのハウトシュミット卿が暴君の娘のために協力するはずがない』――そう考えているかぎり、正しい結論には辿り着けない。
 諦めずに反論を続ける若手議員を軽くあしらって、フレッドはそろそろ議論をまとめることにした。

「これまでの話を踏まえると『元王女エフェリーネ・ウィルヘルミナ・スヘンデルはその身を得ようとするサルサスに攫われたが、そこで得た情報をスヘンデル新政府に送り、ティアーノ王子を捕らえるきっかけを作って貢献した』ということになる。僕は恩赦相当だと考えるが、いかがかな」

 今度ばかりはさすがに、ばらばらと小さく異議の声が上がる。それもまた、計算通りだ。

「とはいえ、旧王家の血筋と名を放置することを心配する皆の気持ちもわかる。……時に、リーフェフット卿はレディ・エフェリーネと昔馴染みだと聞く。どうだね、これを機に旧交を温めては」
「護国卿に申し上げたい儀がございます。先ほどの褒美として願いたいものがありまして」
「うん。何かな?」

 露骨な『示唆』を与えつつ、寛容な護国卿の顔を作ってフレッドが促すと、ヴィルは至極真面目な顔のままで言い募った。

「私は、エフェリーネどのを愛しています。どうか、私が彼女の愛を得られた暁には、結婚の許しをいただけないでしょうか」
「僕に異存は無いが、レディはいかがお考えかな? 僕としても親友の恋は叶えてやりたいし、御身の立場を考えて落ち着かれるべきだと思うが」
「わたくしも、リーフェフット卿をお慕いしております」

 フレッドの言葉は、事情を知らずに聞く者にとっては『ヴィルと結婚するなら身分を保障してやる。断るなら一生監獄塔で暮らせ』と護国卿自ら圧力をかけた風に聞こえただろう。
 そう言われれば、は提案に頷くしかない。
 反乱の神輿に担がれかねない元王女は新政府の要人に嫁がせて片づけ、英雄の『戦利品』には美姫を与えることで決着させる。――『護国卿ハウトシュミットは一挙両得の策を考えるのが上手い』と思われていればいい。

「ならば、それを卿らの此度の褒美としよう」

 フレッドは再度木槌を鳴らして、論功行賞会議の閉会を知らせるとともに、幼い国と若い二人の門出を祝う言葉を告げた。

「奇しくもこの国は王権神授を唱える王を倒して建てた民の国だ。愛を誓うなら神の前より人の前の方がふさわしい。ここにいる皆が証人だ、両者の結婚を承認する!」

 ここは、民の国、自分たちの国だ。
 自分たちで作り、自分たちで育て、自分たちで選んでいくこの国にはきっと、素晴らしい未来が待っているに違いない!
 声高らかに謳う護国卿に応えるように、芽吹いたばかりの国の国民たちは、明るい予感に胸を弾ませて、口々に歓声を挙げた。

 ☆

(あーあ。クソだっるい茶番じゃん、こんなの)

 会議が終わって、議場は人少なになってきた。
 閉会後まもなく『リーフェフット夫妻』の夫が妻を抱きあげて帰宅しようとした際に、それにつられた議員も大勢出て行ったのだ。
 老いも若きも男も女も、黄色い声を上げて野次馬根性に浮かされるのは変わらないものらしい。

(まーったく、ここは教会じゃないんだけど? 神父や牧師って僕の柄じゃないだろ。……まあ、親友の幸せな結婚生活のためなら一肌脱いであげようかな)

 結婚式などただの儀式で、茶番だ。でも、それが誰かが新しい生活を送るうえでの何かの区切りになるというなら、悪いものではないような気がする。きっと『あらためて一から始める』ことに意味があるものも世の中にはあるのだろう。
 この国が仕切り直しのために『革命』を要したように。

(やってみて分かったけど、革命なんてただの儀式で茶番だ。『純粋な実力勝負』なら金や美貌や才能や、努力という名の『それまでの蓄積』があるやつが勝つ。新政府はそういう『めぐまれた育ちの努力家な秀才』と『既存のしがらみを吹き飛ばすほどの圧倒的な天才』しか上手く使えない。……今は、まだ)

 それは人材の不足した過渡期においては、仕方のないことなのかもしれない。
 余裕がある者が余裕の無い者を補うことで、皆が幸せになれるのなら、それでもいいような気がする。
 それでも――。

(今回の解決は僕の独裁だからできたことだ。絶対的な権力者である『国王』が『護国卿』にすげかわっただけ。確かに僕は有能だけど人間だもの、間違えることはある。そんな時に誰も『否』を突きつけられないのはまずい)

 人は必ず間違える。どんなに優れた人間でも、どんなに賢い人間でも、どんなに優しい人間でも間違える。そもそも『正解』が存在しない問題だってあるだろう。
 だからこそ、皆で考えて、話し合って『より良い答え』を探していくのだ。

「立法と司法は絶対分けるとして、議長と政権のトップも分けたいな。合議制の実務執行機関を作って迅速性を追求しつつ、失策については議会に責任を負うことにしようか。執務室での秘密合議、『内閣』なんて名づけて……そんな仕組みを作るのに何年かかることやら。その頃には、ヴィルたちの子も大人になって、なんなら孫に恵まれていたりして」

 ああ、早く『護国卿』なんてたいそうな役職からは引退して、普通の人になりたい。
 対等な政敵とせせこましくみみっちく政治闘争に励んでみたい、『護国卿』がただの一国民としてそんなふうに過ごせる未来があるとしたら、この国はきっと安泰だ。

「……よし! とりあえず、見どころがある子に地道な声かけでもしようっと!」

 望む未来をこの手に掴むために。
 先ほど護国卿相手に理路整然と食ってかかってきた若手議員に目をつけて、護国卿ハウトシュミットは再び暗躍を始めた。
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