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意のままとわがまま*
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ヨナスとの話し合いは順調に進んだ。
エフィの身柄をサルサスではなくスヘンデル新政府に引き渡す――ヨナスは頑なに『身代金を取って夫のもとに返す』と言うが――と決めたとはいえ、帆に風を受けて進む船の進路を急遽正反対へと変更することは難しく、ティアーノたちに企みを気取られる可能性も高い。
徐々に陸地に寄りながら沿岸をつかず離れずゆっくりと航行して、スヘンデルの領海を出るまでにスヘンデル船籍の船と行き交えば、その船にエフィを託すと約束してくれた。
「もし通りかからずに領海を出ちまってサルサスの軍艦に囲まれたら……うちの船員もオレみたいに腕が立つやつばかりじゃねえ。船員の身の安全のためなら『英雄』の名なんか要らん。おとなしくサルサスに嬢ちゃんを渡すぞ」
「もちろん、それでいいわ。そこまで考えてようやく『あなたたちには損が無い』ことになるもの」
敵対者として出会ったばかりの人間に、滅私どころか仲間の命まで擲なげうって尽くしてくれとは思わない。それは『取引』の範囲外だろう。
むしろ誠実にリスクを説明してくれる方が取引相手として信頼できると、エフィは頬を緩めた。
「その場合は、『エフェリーネ元王女が死ぬところを目撃した』と声高に触れまわってくれる?」
エフィの死さえ確定してしまえば、新政府やヴィルの弱みはひとつ無くなる。
サルサスとの戦争は避けられないにしても、『サルサスが旗頭に掲げているエフェリーネは偽物だ』と断じて一丸となって戦うことはできるだろう。
「そんくらいならお安い御用だ。……とはいえ、そこの騎士が『自分が寝てる間に何か話し合っていた』と知らせたら全部パアだな。どうする、口塞いで船倉に転がしとくか? 数日ならほっといても死なねえだろ」
オレが殴ったと知られてボンボンの機嫌を損ねてもコトだと、あくまでも殴ったことそのものは反省せずに、ヨナスは自分が伸した護衛騎士を見やる。
「物騒なことを言わないで。……大丈夫よ。たぶん、このひとは報告しないわ」
「楽観的すぎやしねえか?」
「そうではなくて」
十八年間の王城暮らしによって、自らも貴族の出身でありながら貴人に仕える騎士や侍従の多くがどのような性格をしているかを、エフィは熟知していた。
「言えるわけないじゃない。『王子の護衛を任されるほどのエリートの自分が民間人の船乗りの拳ひとつに倒れて気絶していました』なんて」
まして彼は主君であるティアーノ直々に『エフィを商人から守るように付いていろ』と命じられていたのだ。命を果たせなかったと知られれば、『無能』の誹りは免れないだろう。
「なるほどなぁ、誇りが命より重いたぐいの人種か」
「そうね。命惜しさに、好きでもない男に身を売るわたくしには分からない生き方だわ」
「自虐はやめろ。無理にでも自分を高く見せろ。自分を蔑ろにしてるやつは、他のやつからも軽んじられる」
「ごめんなさい」
窘められて頭を下げはしたものの、エフィが口にしたことは事実でしかなかった。
ヨナスは船長として船員たちの命を預かる立場上、スヘンデル側の優位が確定するまで表立ってサルサスに逆らえない。助けを期待できないこの船の中で、エフィは名実ともにティアーノの愛人としての扱いを受けることになるだろう。
(……それが何だって言うの。ほんの一時我慢すればいいだけ、そうすれば生きてヴィルに会えるのよ。婚約を破棄されずに嫁いでいれば、三年前には同じことをしていたはず。そのはずなのに……)
それが現時点での最善手だとは分かっているのに、意に沿わぬ相手との性交を考えるだけで、どうしても気が滅入った。王女の貞操とは外交や内政の安定のために国が用意した『商品』でしかなく、王女自身が自由にできるものではないと教わったのに。
「『命より見栄が大事』ねぇ。……ん? おい、嬢ちゃん! それ、もしかしたら使えるかもしれねえぞ!」
何やらぶつぶつと呟いていたヨナスは、何かを閃いたように、急いた様子で告げてきた。
☆
護衛騎士が目を覚ますや否や、エフィはヨナスの傍から引き離されて追い立てるようにティアーノが待つ部屋へと送り込まれた。彼は、いち早くエフィを主君に献上することで、自身の失点を打ち消したかったのだろう。
「やっと来たな、エフェリーネ姫! 待ちくたびれたぞ!」
「お待たせして申し訳ございません」
その言葉の通り、ティアーノはすっかり服を寛げて寝台に寝転んでいた。
この船長室は船の中で一番大きな個室だと聞いたが、あくまでも滞在に堪える最低限の設備しかない狭い部屋だ。寝台の他には小さな書き物机しかない部屋の全貌を一目で見て取って、エフィは絶望に身を震わせた。――逃げ隠れする場所など、どこにもない。
「……ティアーノ王子殿下。わたくし、男の方に触れられるのが怖いのです。どうか、お側を下がることをお許しくださいませ」
「おお、よほど酷い目に遭わされたのだな。それならなおさら早く男に慣れなければ、我が妻としての役目を果たせまい! もっと近くに寄れ!」
ティアーノはエフィが戦利品として辱められたと考えているはずだ。他の男に犯されたことを哀れむでも興醒めするでも何でもいいから、どうにかして自分から手を引いてくれないかと発した声の震えは、嘘ではない。
それなのに、彼は脂下がったしまりのない顔で、エフィを手招きして笑うばかりだった。
「……わたくしの緊張をほぐし、王子殿下にも楽しんでいただくために、お酒をお持ちしました」
こうなっては、一か八かでもやるしかない。ヨナスに授けられた策の通りに、エフィは左手にかけた籠バスケットを示した。縦に細長く籠から飛び出したガラス瓶の中は、とろりとした濃赤の液体で満たされている。
「酒?」
「スヘンデルの沿岸地区で作られた葡萄酒だそうですわ。ほとんどはコルキアへ輸出されてしまって他に出回らないのですが、船長が伝手でやっと一本手に入れたんですって。殿下にも是非召し上がっていただきたいと言われて預かりましたの」
「なんだと。やつら、そんなものを隠し持っていたのか!」
「わたくしがお注ぎいたしますね」
エフィは小ぶりな陶器の杯にワインを注ぎ、ティアーノと同時に口をつける――ふりをした。
実際には陶器の上方に開けた穴から染み出すワインを手の中に隠し持った手巾にしみ込ませて、杯中の酒量を減らす。最初さえうまくごまかせれば、酔いのおかげで見咎められる可能性は減っていくはずだ。
緊張に息を詰めるエフィに気づく様子もなく、ティアーノは上機嫌で杯を手の中で回した。
「美味だな。商人にはもったいない味わいだ。スヘンデルを手に入れたら、その地区を私の直轄地にしてやってもいい」
「……それは素敵ですわね」
どうやら最初の賭けには勝ったらしい。
それほど気に入ったのならもっとお注ぎしましょうと、エフィはにこやかな笑みを浮かべて、酒瓶を手に取った。
『それならよ、あのアホボンボンにとっても『見栄』は重いんじゃねえのか?』
ヨナスは『ちょっと待ってろ』と言い残して消え、すぐに戻ってきた。帰ってきた彼の手にあったのは、二つの陶器の杯と二本の酒瓶――おそらく葡萄酒であろう紅い液体の瓶と、エフィには見覚えのない黄みがかった透明の液体の瓶だ。
『これは作り途中の葡萄酒にブランデーを混ぜたワインでなあ、甘くて美味いってコルキアの貴族様が高値で買いつけてるらしい。普通のワインより度数が高くて腐りにくいから、遠くにも運んで売れるんだ。オレも目をつけて商売に一枚噛もうかと思ってる』
『それが……?』
『んで、こっちはサトウキビの酒、ラム酒だ。甘くてクセがなくて飲みやすくて――恐ろしく強い』
問題だ、お嬢ちゃん。ヨナスはにやりと笑って言った。
『甘くて飲みやすくて強いワインに、甘くて飲みやすくてすごく強いラム酒を混ぜたらどうなると思う?』
『……甘くて飲みやすくてとても強いお酒になる?』
『大正解ビンゴ! 飲み口はすいすいいけるのに、油断してると酒呑みさえ昏倒させる危険な酒の出来上がりだ』
上品な酒に慣れた王子サマにはキツいだろうな、という続く言葉を聞いて、エフィはやっとヨナスの意図を理解した。二人きりにさせられたらティアーノを酔いつぶして身の危険を回避しろ、ということか。
『王子も見栄を気にするんだろ? 嬢ちゃんがグイグイ飲むふりするのを見て、『男の自分の方が呑むべきだ』とかしょうもない見栄にこだわってくれりゃいい。酒で寝こけて記憶も飛べば一番良いが、そこまでいかなくても醜態を晒してくれりゃ、何かの脅しに使えるかもしれん』
上手くいくかは分からない。だが、試さなければ確実に嫌なことを強いられるのだ。それなら試さない選択肢は無い、わずかにでも可能性があるなら諦めるな。
「……その通りね。足掻いて足掻いて、悪あがきして、それでも駄目だった時に初めて『手は尽くした』って言わなくちゃ」
船長室の床に足を抱えて座ったエフィは呟いた。
寝台では酔いつぶれたティアーノが赤ら顔で伸びている。彼からはできるかぎり離れていたいが、扉の外で護衛が番をしているからこの部屋を出られない。
自分にできることを精いっぱいしたら、あとは運を天に任せるしかない。どうか平穏にこの夜が明けてくれますようにと、エフィは一心に神へと祈った。
ティアーノを酒で潰す作戦は、途中までうまくいっていた。
目を覚ました彼は昨夜のことを覚えておらず、朝までおとなしく部屋にいたエフィを見て、本懐を遂げたのだと誤解したらしい。
下卑た笑いのままエフィの体を抱き寄せて、酒くさい息を吐く口を近づけてきたが、下を向いた拍子に吐き気を覚えたらしく部屋を駆け出していった。その日の彼は二日酔いに苦しみ、エフィを呼びつけることはなかった。
次に呼ばれた時には、ティアーノも警戒して酒量を控えていたが、それを見越してさらに強い蒸留酒を混ぜ込んだ酒の前に、あえなく倒れた。
船旅は一週間の予定だ。その旅程の半分をどうにか乗りきれたことに安堵した。そうして『このまま逃げ切れるかもしれない』と希望を持ったことを『油断』とは呼びたくない。
だが――『相手を首尾よく出し抜いた』ということは、出し抜かれた側は不満を募らせる一方だということを、見積もり損ねたのは事実だ。
「お酒無しでは、やめてください。こんな鎖で繋ぐのも……本当に、怖いから……っ」
甲板に出てスヘンデル船の船影を探していたところ、護衛騎士にティアーノが呼んでいるからと船長室に連れ戻された。
今度はどうやって言いくるめようかと考えていたエフィを部屋で待ち受けていたのは、対話ではなく、鉄の足鎖による拘束だった。
華奢な足首には不似合いな重い鎖で寝台の脚に括りつけられて、両足を無理に開かされる。仮にも『妻』と呼ぶ相手にここまでするほど、ティアーノが鬱憤を溜めていたとは思わなかった。
「そろそろ無粋な酒は要らないと思ってな。姫もそうだろう? 夫との愛の交歓をしっかり記憶に刻みつけたいだろう?」
「……愛の交歓? あなたは、愛する妻を鎖に繋ぐのですか?」
「わざわざ呼びに行く手間が省ける。それに下賤な者どもと話をすると仲を勘ぐる者も出てくるからな。ああ、もちろん、私は姫の潔白を信じているが、軽率な行動をすると姫の立場が不安定になってしまうだろう?」
ついに語るに落ちた。何のことはない、ティアーノが欲しいのは『妻』ではなく『都合のいい女』なのだから、いつでも好きな時に使えるように繋いでおきたいのだろう。
所有物である女が自分の気に入らない男と親しむことを不快に思っているくせに、『互いに自由恋愛を』と言った手前、『これはエフィのためだから』とすり替えて押しつけた。
いや、押しつけたという意識すら無く、彼にとってはそれが『常識』で、本心から信じきっているだけなのかもしれない。――自分は彼女のために行動している、彼女を救う者である、と。
「滑らかな肌だな。この感触を忘れるなんて惜しい」
「っ、やめてください!」
裸にされれば、下腹部の張りに気づかれるかもしれない。
スカートを捲りあげようとする手をエフィが必死に押さえているうちに、襟元から入り込んだもう片方の手が肌を撫でまわす。
エフィは這われた肌が粟立つのを感じた。触られて快感を得るどころか、気持ち悪くて仕方がないのだ。
(どうして? 『必要性があれば、確固たる理由があれば、我慢できる』って思ってた。だって、わたくしは好きでもない人の子を産めるように育てられたんだもの。なのに……!)
ヴィルに『あなたにとって必要ならいくらでも』と澄ました顔で言えたのは、彼を愛していたからだ。
本当は彼の妻にも彼の子の母にもなりたくて、でもそれは無理だと諦めていたところに、都合のいい言い訳が降ってきたから、卑しく『彼のため』を唱えた。
ティアーノのことを言えない。エフィだって本当は、他人を押しのけてでも自分の望みをわがままに叶えたいと――自分だって幸せになりたいと思っていた。
「嫌なのっ! あなたは違うっ、いやだ……っ!」
どうして、せっかく得た幸せを奪われねばならないのか。
ヴィル以外を知らない身体を、この身体に残る彼との幸せな交わりの記憶を、他の人間に汚されたくない。
ティアーノに触れられるたびに違和感と嫌悪感だけが高まって、エフィは泣きながら身を捩った。足を鎖で戒められて逃げられるはずがないと理性では分かっていても、物分かりよく運命を受け入れることはどうしてもできない。
「はは、すごいな。掴んでもまだ胸の肉が手に余る」
「痛いっ、触らないで!」
「美しい顔と、顔に似合わず下品に張り出した乳房……天性の男を誘う体だ」
「あなたなんか誘ってないっ! 勝手なこと言わないで、はやく退いて、……っ!?」
持って生まれた顔も体も、自身の望まぬ誰かを楽しませるためのものではないのに。
叫んだエフィを黙らせるように、平手が飛んだ。乾いた音とともに張られた右頬は、じんじんと熱を持っていく。
「処女でもあるまいしうるさく喚くな。そういう駆け引きか? 純潔を守れもしない女が生娘ぶっても滑稽なだけだ」
「滑稽でいいから、もうやめて……っ!」
「ふん、姫の泣いた顔は妙に唆る。男を惑わす性悪め。連日抱かれて緩んでいるならもう挿れていいだろう」
「ひぃっ、いやぁっ!」
荒い息の下に組み敷かれて、秘所に熱いものを押し当てられる。
暴れるエフィを足の鎖を掴んで悠々と引き戻すと、ティアーノは晒されたとば口に自身の切っ先を突き入れようとした。
その時――船長室の扉が、荒々しく叩かれた。
『殿下! 大変です、スヘンデルがっ!』
「邪魔はするなと言っただろう!」
『すみませんっ! でも、『スヘンデルの軍艦が見えた』と船乗りどもが騒いでいて』
「なんだって!?」
扉越しの護衛騎士の報告を聞いて、ティアーノは寝台から飛び起きると乱れた服装のままで扉を開けた。
「どういうことだ!? 我々を追ってきたというのか!?」
「分かりません! 船乗りを何人か小型艇で偵察にやって、本当に新政府軍の軍艦だったら合図を出せと命じました。ですが、なにぶん私も海戦は馴染みがなく、今後のことはティアーノ殿下に決めていただきたく……」
「私も戦のことなど知らんぞっ!? ああ、くそ、どうしたら!」
脇目も振らずにティアーノは部屋を出ていった。今の彼には周りを見る余裕は無いのだろう。
「……ごめんね」
人気のなくなった船長室の中で、エフィはぽつりと呟いた。
押さえつけられて手首に痣が残る手を、そろりと自分の腹に滑らせて、労わるように優しく撫でた。
「汚いものを近づけられて嫌だったよね。怖かったよね。ごめんね……っ」
密やかなささやき声には、すぐに涙が混じっていった。
ティアーノに乱暴されている間も、胎児の無事が気にかかって仕方なかった。エフィ以外の女の胎に宿った子どもなら、胎内にいるうちも、生まれてからも、きっと周りから祝福されて、もっと大事にされるはずなのに。
「わたくしなんかが母親で、駄目な母親でごめんなさい。でも、わたくしもあなただけは守りたいの、あなたを困らせるものを全部消してあげたい。ほしいものもやりたいことも全部叶えてあげたい。あなたのお父さまなら、それを手伝ってくれると思うから」
エフィが至らない母としてできる最初で最後の慈しみは、生きて罪人として捕らえられて、子の助命を乞うことだけだ。
それでも、ヴィルに託すことができれば、きっと、この子の将来の心配は要らない。
「だから――お母さまも、もう少しだけ頑張るね」
先ほど聞いた『スヘンデル新政府軍の艦が見えた』が本当なら、もう少しだけ頑張ればいい。たったそれだけで、良くも悪くも全てが終わるはずだ。
その前にティアーノはこの部屋に帰ってくるだろう。彼なりの推理が『真実』であることを確かめるために。
「偵察の船員どもが『本当にスヘンデル新政府軍が待ち構えていた』と合図を寄越した。あまりにもスヘンデルの追っ手が早すぎる、まるで『誰か』が行き先を知らせていたようだと思わんか」
「いいえ、思わないわ……と言って、納得しないでしょうに。あなたはわたくしの答えなんて求めていないじゃない」
「やはり『裏切り者』は貴様かっ、エフェリーネ姫!」
ティアーノが『金で完全に従えた』と思い込んでいる船員たちの二心を疑うことは無い。消去法で『この状況を招いた元凶はエフェリーネだ』と考えるだろうとは思っていた。
予想通りの問いに、エフィは予定していた答えを返した。
「もちろん。実はわたくしは解放した小間使いに伝言を託して、『一人で帰れないから迎えに来て』って連絡していたの。船旅なんて長くしたいものではないもの。リーフェフット卿はすぐに来てくれたみたい。スヘンデルに密入国したあなたを捕らえるお仕事も兼ねて」
これは、真っ赤な嘘だ。
ハンナと別れた時点ではエフィは港に向かうと知らなかったし、仮に伝言を持たせても、王都に戻ったハンナから話を聞いた後に新政府が軍隊を派遣したのでは間に合うはずがない。
そのスヘンデル軍艦はエフィを助けるために来たわけではなく、偶然近くの海域で訓練でもしていたか、国境でのサルサスとの睨み合いの応援に向かおうとして行き交っただけだろう。
時間稼ぎのために沿岸部をのろのろと航行していたこの船が、出入港する船に遭遇しやすくなったというだけの、『確率の上がった偶然』にすぎない。
『自虐はやめろ。無理にでも自分を高く見せろ。自分を蔑ろにしてるやつは、他のやつからも軽んじられる』
(ええ、そうね。分かっているわ)
助けは来ないと分かっていても、エフィは堂々と胸を張ってみせた。
考えてみれば、卑屈に謙虚になって得をしたためしなど、エフィのこれまでの人生には一度だって無かった。
周囲の同情心は長くは続かず、いつしか軽侮に変わって、さらに大事なものを奪っていこうとする。本心からではない行動をした自分だって後悔するだけじゃないか。
どうせ我慢しても我慢しなくても後悔はする。それなら悔いの少ないように生きたいと思って何が悪い。
「当然でしょう? リーフェフット卿は、わたくしの忠実で熱心な信奉者だもの。彼はわたくしに愛を捧げているの。きっと世界の果てからだって迎えにきてくれるわ」
あの艦は自分を迎えにきた船だ。自分にはそれだけ尽くされる価値があるのだと、それだけ愛されていて当然なのだと、稀代の悪女のように大ぼらを吹いた。
エフィの身柄にはヴィルへの人質としての価値があるから無傷で置いておこう、と思わせればしめたものだと――。
「阿婆擦れがっ!」
だが、想像以上にティアーノは短慮だったらしい。
損得を考えず苛つきのままにエフィに振るわれたのは、平手ではなく拳だった。
頬を殴られた拍子に切ったのか、口中に鉄臭い味が広がった。頭をしたたかに殴られて体がふらついたところを、長い髪を手綱のように掴んで引き戻される。
「あなたもその阿婆擦れに惑わされたくせに」
「黙れっ! 黙れ、生意気な口を開くな! 私がスヘンデルに負けて虜囚の辱めを受けるだと!? 貴様のような汚れた女が、私を天秤にかけた上にあまつさえ軽んじるだと!? 許されるわけがないだろうがっ!」
「……っ、」
「何を逃げようとしている。身持ちの悪い姦婦を躾直してやっているんだろうがっ、感謝しろっ!」
このままでは自分も胎児もティアーノに殺される――腹を庇うように寝台に伏せた体を、髪を引かれて無理に持ち上げられながら、エフィは縋るように叫んだ。
「助けてっ! ヴィル、おねがい、助けにきて……っ!」
現実に彼が間に合うはずがないのは分かっていた。応えがあるはずもない呼びかけは、単なる現実逃避に溢れた弱音にすぎないと、誰よりも理解していた。
だから――これはきっと都合のいい夢を見ているのだ。
「汚い手で、彼女に触るな」
部屋の扉を蹴破るように飛び込んできた男が、ティアーノの背後から一閃を食らわせて、エフィの髪を掴んでいた手を斬り飛ばすなんて、そんなことが起こるはずはないのだから。
その男は、自分が上げさせた耳障りな悲鳴にも血飛沫にも表情のひとつも変えずに、淡々と鉄鎖を根元から両断すると、エフィの体を抱え上げた。
「ヴィル……? どうして、ここに……?」
エフィは、愛する夫の顔をした男に、そっと問いかけた。
恋しさのあまりついに幻影を見たのだろうか。思わず確かめようと伸ばした手は払われることなく、温かい頬に触れた。
「あなたにさわれる……」
「遅くなって悪かった」
「ううん。あなたが来られるはずないもの」
「そう言われると世界の果てからでも駆けつけたくなるな」
「夢みたいなこと言わないで。……そっか、これも夢ね」
死の危険に瀕して見る夢だから、都合のいいことばかりが起きるのだ。
愛する夫に会うどころか、彼が自ら助けに来てくれて、しかもその助けが間に合うような夢。
胸に抱き込まれて、妙に現実味のあるばくばくと跳ねる彼の鼓動を感じながら、エフィは抗うことをやめて身を委ねた。
「今はそれでいい。目を瞑っていろ」
「うん。来てくれて、ありがとう」
この力強い腕は、自分を傷つけない。
もう独りで気を張らなくていいのだと思った途端、エフィの意識はすっと遠のいた。極度の恐怖と緊張から解放されたからだろう。
だから、エフィはその後のやりとりを知らない。
「黄金の瞳っ!? なぜだ、リーフェフット、どうして貴様がっ、この船に乗っている!?」
いったいいつからだ、という裏返った声の問いに、ヴィルベルト・レネ・リーフェフットはこともなげに答えた。
「つい先程からだ。船員の顔くらいは覚えさせておくべきだったな、ティアーノ王子。他人の力を借りるのに誠意も警戒心も足りない。偵察から帰還する小型艇に紛れ込むのは楽だった」
「まさか、商人どもが裏切って引き入れたのかっ! この売女、どれだけの男を咥え込んで、」
「女を殴るしか能がない腕だけではなく、俺の賢い妻を侮辱する口も要らんな」
「ひいっ! 待てよ、リーフェフット! お前だって騙されているだけだ。『慈悲深い王女』だなんだと言われても、多少見栄えがするだけで一皮剥けばただのつまらん女だぞ!」
苦し紛れのティアーノの言葉を聞いて、ヴィルはぴたりと動きを止めた。そしてそれから、心底不思議そうに言った。
「それが何だ? そんなことは、お前に言われずとも知っている」
「えっ?」
「だからこそ彼女が『普通の女』として生きるところが見たい。押しつけられた大義から解放されて、自分の意志や命や大切に思う相手を大事にするところが見たい。彼女は自分を大事にしないから、そのぶんまで俺が大事にすると決めた。……急いだが足りなかったな。もっと早く来なければならなかったのに」
ヴィルは、腕の中の気を失った妻を見て、低い声で唸った。
足は重い鎖で繋いで戒められ、前開きの衣服のボタンは引きちぎられて飛んでおり、泣き腫らした顔にも服の合間から覗く肌にも痛々しい痣の痕が目立つ――手酷い暴行を加えられたことが露骨に分かる姿の彼女を。
「エフェリーネ元王女は返してもらう。護国卿命令で『人質になるサルサス王子を殺すな』とは言われたが……抵抗されたから殺してしまったことにすればいいか」
怒気を纏ったまま大真面目に呟く男を前にして、震え上がった王子は即座に投降を決めた。
エフィの身柄をサルサスではなくスヘンデル新政府に引き渡す――ヨナスは頑なに『身代金を取って夫のもとに返す』と言うが――と決めたとはいえ、帆に風を受けて進む船の進路を急遽正反対へと変更することは難しく、ティアーノたちに企みを気取られる可能性も高い。
徐々に陸地に寄りながら沿岸をつかず離れずゆっくりと航行して、スヘンデルの領海を出るまでにスヘンデル船籍の船と行き交えば、その船にエフィを託すと約束してくれた。
「もし通りかからずに領海を出ちまってサルサスの軍艦に囲まれたら……うちの船員もオレみたいに腕が立つやつばかりじゃねえ。船員の身の安全のためなら『英雄』の名なんか要らん。おとなしくサルサスに嬢ちゃんを渡すぞ」
「もちろん、それでいいわ。そこまで考えてようやく『あなたたちには損が無い』ことになるもの」
敵対者として出会ったばかりの人間に、滅私どころか仲間の命まで擲なげうって尽くしてくれとは思わない。それは『取引』の範囲外だろう。
むしろ誠実にリスクを説明してくれる方が取引相手として信頼できると、エフィは頬を緩めた。
「その場合は、『エフェリーネ元王女が死ぬところを目撃した』と声高に触れまわってくれる?」
エフィの死さえ確定してしまえば、新政府やヴィルの弱みはひとつ無くなる。
サルサスとの戦争は避けられないにしても、『サルサスが旗頭に掲げているエフェリーネは偽物だ』と断じて一丸となって戦うことはできるだろう。
「そんくらいならお安い御用だ。……とはいえ、そこの騎士が『自分が寝てる間に何か話し合っていた』と知らせたら全部パアだな。どうする、口塞いで船倉に転がしとくか? 数日ならほっといても死なねえだろ」
オレが殴ったと知られてボンボンの機嫌を損ねてもコトだと、あくまでも殴ったことそのものは反省せずに、ヨナスは自分が伸した護衛騎士を見やる。
「物騒なことを言わないで。……大丈夫よ。たぶん、このひとは報告しないわ」
「楽観的すぎやしねえか?」
「そうではなくて」
十八年間の王城暮らしによって、自らも貴族の出身でありながら貴人に仕える騎士や侍従の多くがどのような性格をしているかを、エフィは熟知していた。
「言えるわけないじゃない。『王子の護衛を任されるほどのエリートの自分が民間人の船乗りの拳ひとつに倒れて気絶していました』なんて」
まして彼は主君であるティアーノ直々に『エフィを商人から守るように付いていろ』と命じられていたのだ。命を果たせなかったと知られれば、『無能』の誹りは免れないだろう。
「なるほどなぁ、誇りが命より重いたぐいの人種か」
「そうね。命惜しさに、好きでもない男に身を売るわたくしには分からない生き方だわ」
「自虐はやめろ。無理にでも自分を高く見せろ。自分を蔑ろにしてるやつは、他のやつからも軽んじられる」
「ごめんなさい」
窘められて頭を下げはしたものの、エフィが口にしたことは事実でしかなかった。
ヨナスは船長として船員たちの命を預かる立場上、スヘンデル側の優位が確定するまで表立ってサルサスに逆らえない。助けを期待できないこの船の中で、エフィは名実ともにティアーノの愛人としての扱いを受けることになるだろう。
(……それが何だって言うの。ほんの一時我慢すればいいだけ、そうすれば生きてヴィルに会えるのよ。婚約を破棄されずに嫁いでいれば、三年前には同じことをしていたはず。そのはずなのに……)
それが現時点での最善手だとは分かっているのに、意に沿わぬ相手との性交を考えるだけで、どうしても気が滅入った。王女の貞操とは外交や内政の安定のために国が用意した『商品』でしかなく、王女自身が自由にできるものではないと教わったのに。
「『命より見栄が大事』ねぇ。……ん? おい、嬢ちゃん! それ、もしかしたら使えるかもしれねえぞ!」
何やらぶつぶつと呟いていたヨナスは、何かを閃いたように、急いた様子で告げてきた。
☆
護衛騎士が目を覚ますや否や、エフィはヨナスの傍から引き離されて追い立てるようにティアーノが待つ部屋へと送り込まれた。彼は、いち早くエフィを主君に献上することで、自身の失点を打ち消したかったのだろう。
「やっと来たな、エフェリーネ姫! 待ちくたびれたぞ!」
「お待たせして申し訳ございません」
その言葉の通り、ティアーノはすっかり服を寛げて寝台に寝転んでいた。
この船長室は船の中で一番大きな個室だと聞いたが、あくまでも滞在に堪える最低限の設備しかない狭い部屋だ。寝台の他には小さな書き物机しかない部屋の全貌を一目で見て取って、エフィは絶望に身を震わせた。――逃げ隠れする場所など、どこにもない。
「……ティアーノ王子殿下。わたくし、男の方に触れられるのが怖いのです。どうか、お側を下がることをお許しくださいませ」
「おお、よほど酷い目に遭わされたのだな。それならなおさら早く男に慣れなければ、我が妻としての役目を果たせまい! もっと近くに寄れ!」
ティアーノはエフィが戦利品として辱められたと考えているはずだ。他の男に犯されたことを哀れむでも興醒めするでも何でもいいから、どうにかして自分から手を引いてくれないかと発した声の震えは、嘘ではない。
それなのに、彼は脂下がったしまりのない顔で、エフィを手招きして笑うばかりだった。
「……わたくしの緊張をほぐし、王子殿下にも楽しんでいただくために、お酒をお持ちしました」
こうなっては、一か八かでもやるしかない。ヨナスに授けられた策の通りに、エフィは左手にかけた籠バスケットを示した。縦に細長く籠から飛び出したガラス瓶の中は、とろりとした濃赤の液体で満たされている。
「酒?」
「スヘンデルの沿岸地区で作られた葡萄酒だそうですわ。ほとんどはコルキアへ輸出されてしまって他に出回らないのですが、船長が伝手でやっと一本手に入れたんですって。殿下にも是非召し上がっていただきたいと言われて預かりましたの」
「なんだと。やつら、そんなものを隠し持っていたのか!」
「わたくしがお注ぎいたしますね」
エフィは小ぶりな陶器の杯にワインを注ぎ、ティアーノと同時に口をつける――ふりをした。
実際には陶器の上方に開けた穴から染み出すワインを手の中に隠し持った手巾にしみ込ませて、杯中の酒量を減らす。最初さえうまくごまかせれば、酔いのおかげで見咎められる可能性は減っていくはずだ。
緊張に息を詰めるエフィに気づく様子もなく、ティアーノは上機嫌で杯を手の中で回した。
「美味だな。商人にはもったいない味わいだ。スヘンデルを手に入れたら、その地区を私の直轄地にしてやってもいい」
「……それは素敵ですわね」
どうやら最初の賭けには勝ったらしい。
それほど気に入ったのならもっとお注ぎしましょうと、エフィはにこやかな笑みを浮かべて、酒瓶を手に取った。
『それならよ、あのアホボンボンにとっても『見栄』は重いんじゃねえのか?』
ヨナスは『ちょっと待ってろ』と言い残して消え、すぐに戻ってきた。帰ってきた彼の手にあったのは、二つの陶器の杯と二本の酒瓶――おそらく葡萄酒であろう紅い液体の瓶と、エフィには見覚えのない黄みがかった透明の液体の瓶だ。
『これは作り途中の葡萄酒にブランデーを混ぜたワインでなあ、甘くて美味いってコルキアの貴族様が高値で買いつけてるらしい。普通のワインより度数が高くて腐りにくいから、遠くにも運んで売れるんだ。オレも目をつけて商売に一枚噛もうかと思ってる』
『それが……?』
『んで、こっちはサトウキビの酒、ラム酒だ。甘くてクセがなくて飲みやすくて――恐ろしく強い』
問題だ、お嬢ちゃん。ヨナスはにやりと笑って言った。
『甘くて飲みやすくて強いワインに、甘くて飲みやすくてすごく強いラム酒を混ぜたらどうなると思う?』
『……甘くて飲みやすくてとても強いお酒になる?』
『大正解ビンゴ! 飲み口はすいすいいけるのに、油断してると酒呑みさえ昏倒させる危険な酒の出来上がりだ』
上品な酒に慣れた王子サマにはキツいだろうな、という続く言葉を聞いて、エフィはやっとヨナスの意図を理解した。二人きりにさせられたらティアーノを酔いつぶして身の危険を回避しろ、ということか。
『王子も見栄を気にするんだろ? 嬢ちゃんがグイグイ飲むふりするのを見て、『男の自分の方が呑むべきだ』とかしょうもない見栄にこだわってくれりゃいい。酒で寝こけて記憶も飛べば一番良いが、そこまでいかなくても醜態を晒してくれりゃ、何かの脅しに使えるかもしれん』
上手くいくかは分からない。だが、試さなければ確実に嫌なことを強いられるのだ。それなら試さない選択肢は無い、わずかにでも可能性があるなら諦めるな。
「……その通りね。足掻いて足掻いて、悪あがきして、それでも駄目だった時に初めて『手は尽くした』って言わなくちゃ」
船長室の床に足を抱えて座ったエフィは呟いた。
寝台では酔いつぶれたティアーノが赤ら顔で伸びている。彼からはできるかぎり離れていたいが、扉の外で護衛が番をしているからこの部屋を出られない。
自分にできることを精いっぱいしたら、あとは運を天に任せるしかない。どうか平穏にこの夜が明けてくれますようにと、エフィは一心に神へと祈った。
ティアーノを酒で潰す作戦は、途中までうまくいっていた。
目を覚ました彼は昨夜のことを覚えておらず、朝までおとなしく部屋にいたエフィを見て、本懐を遂げたのだと誤解したらしい。
下卑た笑いのままエフィの体を抱き寄せて、酒くさい息を吐く口を近づけてきたが、下を向いた拍子に吐き気を覚えたらしく部屋を駆け出していった。その日の彼は二日酔いに苦しみ、エフィを呼びつけることはなかった。
次に呼ばれた時には、ティアーノも警戒して酒量を控えていたが、それを見越してさらに強い蒸留酒を混ぜ込んだ酒の前に、あえなく倒れた。
船旅は一週間の予定だ。その旅程の半分をどうにか乗りきれたことに安堵した。そうして『このまま逃げ切れるかもしれない』と希望を持ったことを『油断』とは呼びたくない。
だが――『相手を首尾よく出し抜いた』ということは、出し抜かれた側は不満を募らせる一方だということを、見積もり損ねたのは事実だ。
「お酒無しでは、やめてください。こんな鎖で繋ぐのも……本当に、怖いから……っ」
甲板に出てスヘンデル船の船影を探していたところ、護衛騎士にティアーノが呼んでいるからと船長室に連れ戻された。
今度はどうやって言いくるめようかと考えていたエフィを部屋で待ち受けていたのは、対話ではなく、鉄の足鎖による拘束だった。
華奢な足首には不似合いな重い鎖で寝台の脚に括りつけられて、両足を無理に開かされる。仮にも『妻』と呼ぶ相手にここまでするほど、ティアーノが鬱憤を溜めていたとは思わなかった。
「そろそろ無粋な酒は要らないと思ってな。姫もそうだろう? 夫との愛の交歓をしっかり記憶に刻みつけたいだろう?」
「……愛の交歓? あなたは、愛する妻を鎖に繋ぐのですか?」
「わざわざ呼びに行く手間が省ける。それに下賤な者どもと話をすると仲を勘ぐる者も出てくるからな。ああ、もちろん、私は姫の潔白を信じているが、軽率な行動をすると姫の立場が不安定になってしまうだろう?」
ついに語るに落ちた。何のことはない、ティアーノが欲しいのは『妻』ではなく『都合のいい女』なのだから、いつでも好きな時に使えるように繋いでおきたいのだろう。
所有物である女が自分の気に入らない男と親しむことを不快に思っているくせに、『互いに自由恋愛を』と言った手前、『これはエフィのためだから』とすり替えて押しつけた。
いや、押しつけたという意識すら無く、彼にとってはそれが『常識』で、本心から信じきっているだけなのかもしれない。――自分は彼女のために行動している、彼女を救う者である、と。
「滑らかな肌だな。この感触を忘れるなんて惜しい」
「っ、やめてください!」
裸にされれば、下腹部の張りに気づかれるかもしれない。
スカートを捲りあげようとする手をエフィが必死に押さえているうちに、襟元から入り込んだもう片方の手が肌を撫でまわす。
エフィは這われた肌が粟立つのを感じた。触られて快感を得るどころか、気持ち悪くて仕方がないのだ。
(どうして? 『必要性があれば、確固たる理由があれば、我慢できる』って思ってた。だって、わたくしは好きでもない人の子を産めるように育てられたんだもの。なのに……!)
ヴィルに『あなたにとって必要ならいくらでも』と澄ました顔で言えたのは、彼を愛していたからだ。
本当は彼の妻にも彼の子の母にもなりたくて、でもそれは無理だと諦めていたところに、都合のいい言い訳が降ってきたから、卑しく『彼のため』を唱えた。
ティアーノのことを言えない。エフィだって本当は、他人を押しのけてでも自分の望みをわがままに叶えたいと――自分だって幸せになりたいと思っていた。
「嫌なのっ! あなたは違うっ、いやだ……っ!」
どうして、せっかく得た幸せを奪われねばならないのか。
ヴィル以外を知らない身体を、この身体に残る彼との幸せな交わりの記憶を、他の人間に汚されたくない。
ティアーノに触れられるたびに違和感と嫌悪感だけが高まって、エフィは泣きながら身を捩った。足を鎖で戒められて逃げられるはずがないと理性では分かっていても、物分かりよく運命を受け入れることはどうしてもできない。
「はは、すごいな。掴んでもまだ胸の肉が手に余る」
「痛いっ、触らないで!」
「美しい顔と、顔に似合わず下品に張り出した乳房……天性の男を誘う体だ」
「あなたなんか誘ってないっ! 勝手なこと言わないで、はやく退いて、……っ!?」
持って生まれた顔も体も、自身の望まぬ誰かを楽しませるためのものではないのに。
叫んだエフィを黙らせるように、平手が飛んだ。乾いた音とともに張られた右頬は、じんじんと熱を持っていく。
「処女でもあるまいしうるさく喚くな。そういう駆け引きか? 純潔を守れもしない女が生娘ぶっても滑稽なだけだ」
「滑稽でいいから、もうやめて……っ!」
「ふん、姫の泣いた顔は妙に唆る。男を惑わす性悪め。連日抱かれて緩んでいるならもう挿れていいだろう」
「ひぃっ、いやぁっ!」
荒い息の下に組み敷かれて、秘所に熱いものを押し当てられる。
暴れるエフィを足の鎖を掴んで悠々と引き戻すと、ティアーノは晒されたとば口に自身の切っ先を突き入れようとした。
その時――船長室の扉が、荒々しく叩かれた。
『殿下! 大変です、スヘンデルがっ!』
「邪魔はするなと言っただろう!」
『すみませんっ! でも、『スヘンデルの軍艦が見えた』と船乗りどもが騒いでいて』
「なんだって!?」
扉越しの護衛騎士の報告を聞いて、ティアーノは寝台から飛び起きると乱れた服装のままで扉を開けた。
「どういうことだ!? 我々を追ってきたというのか!?」
「分かりません! 船乗りを何人か小型艇で偵察にやって、本当に新政府軍の軍艦だったら合図を出せと命じました。ですが、なにぶん私も海戦は馴染みがなく、今後のことはティアーノ殿下に決めていただきたく……」
「私も戦のことなど知らんぞっ!? ああ、くそ、どうしたら!」
脇目も振らずにティアーノは部屋を出ていった。今の彼には周りを見る余裕は無いのだろう。
「……ごめんね」
人気のなくなった船長室の中で、エフィはぽつりと呟いた。
押さえつけられて手首に痣が残る手を、そろりと自分の腹に滑らせて、労わるように優しく撫でた。
「汚いものを近づけられて嫌だったよね。怖かったよね。ごめんね……っ」
密やかなささやき声には、すぐに涙が混じっていった。
ティアーノに乱暴されている間も、胎児の無事が気にかかって仕方なかった。エフィ以外の女の胎に宿った子どもなら、胎内にいるうちも、生まれてからも、きっと周りから祝福されて、もっと大事にされるはずなのに。
「わたくしなんかが母親で、駄目な母親でごめんなさい。でも、わたくしもあなただけは守りたいの、あなたを困らせるものを全部消してあげたい。ほしいものもやりたいことも全部叶えてあげたい。あなたのお父さまなら、それを手伝ってくれると思うから」
エフィが至らない母としてできる最初で最後の慈しみは、生きて罪人として捕らえられて、子の助命を乞うことだけだ。
それでも、ヴィルに託すことができれば、きっと、この子の将来の心配は要らない。
「だから――お母さまも、もう少しだけ頑張るね」
先ほど聞いた『スヘンデル新政府軍の艦が見えた』が本当なら、もう少しだけ頑張ればいい。たったそれだけで、良くも悪くも全てが終わるはずだ。
その前にティアーノはこの部屋に帰ってくるだろう。彼なりの推理が『真実』であることを確かめるために。
「偵察の船員どもが『本当にスヘンデル新政府軍が待ち構えていた』と合図を寄越した。あまりにもスヘンデルの追っ手が早すぎる、まるで『誰か』が行き先を知らせていたようだと思わんか」
「いいえ、思わないわ……と言って、納得しないでしょうに。あなたはわたくしの答えなんて求めていないじゃない」
「やはり『裏切り者』は貴様かっ、エフェリーネ姫!」
ティアーノが『金で完全に従えた』と思い込んでいる船員たちの二心を疑うことは無い。消去法で『この状況を招いた元凶はエフェリーネだ』と考えるだろうとは思っていた。
予想通りの問いに、エフィは予定していた答えを返した。
「もちろん。実はわたくしは解放した小間使いに伝言を託して、『一人で帰れないから迎えに来て』って連絡していたの。船旅なんて長くしたいものではないもの。リーフェフット卿はすぐに来てくれたみたい。スヘンデルに密入国したあなたを捕らえるお仕事も兼ねて」
これは、真っ赤な嘘だ。
ハンナと別れた時点ではエフィは港に向かうと知らなかったし、仮に伝言を持たせても、王都に戻ったハンナから話を聞いた後に新政府が軍隊を派遣したのでは間に合うはずがない。
そのスヘンデル軍艦はエフィを助けるために来たわけではなく、偶然近くの海域で訓練でもしていたか、国境でのサルサスとの睨み合いの応援に向かおうとして行き交っただけだろう。
時間稼ぎのために沿岸部をのろのろと航行していたこの船が、出入港する船に遭遇しやすくなったというだけの、『確率の上がった偶然』にすぎない。
『自虐はやめろ。無理にでも自分を高く見せろ。自分を蔑ろにしてるやつは、他のやつからも軽んじられる』
(ええ、そうね。分かっているわ)
助けは来ないと分かっていても、エフィは堂々と胸を張ってみせた。
考えてみれば、卑屈に謙虚になって得をしたためしなど、エフィのこれまでの人生には一度だって無かった。
周囲の同情心は長くは続かず、いつしか軽侮に変わって、さらに大事なものを奪っていこうとする。本心からではない行動をした自分だって後悔するだけじゃないか。
どうせ我慢しても我慢しなくても後悔はする。それなら悔いの少ないように生きたいと思って何が悪い。
「当然でしょう? リーフェフット卿は、わたくしの忠実で熱心な信奉者だもの。彼はわたくしに愛を捧げているの。きっと世界の果てからだって迎えにきてくれるわ」
あの艦は自分を迎えにきた船だ。自分にはそれだけ尽くされる価値があるのだと、それだけ愛されていて当然なのだと、稀代の悪女のように大ぼらを吹いた。
エフィの身柄にはヴィルへの人質としての価値があるから無傷で置いておこう、と思わせればしめたものだと――。
「阿婆擦れがっ!」
だが、想像以上にティアーノは短慮だったらしい。
損得を考えず苛つきのままにエフィに振るわれたのは、平手ではなく拳だった。
頬を殴られた拍子に切ったのか、口中に鉄臭い味が広がった。頭をしたたかに殴られて体がふらついたところを、長い髪を手綱のように掴んで引き戻される。
「あなたもその阿婆擦れに惑わされたくせに」
「黙れっ! 黙れ、生意気な口を開くな! 私がスヘンデルに負けて虜囚の辱めを受けるだと!? 貴様のような汚れた女が、私を天秤にかけた上にあまつさえ軽んじるだと!? 許されるわけがないだろうがっ!」
「……っ、」
「何を逃げようとしている。身持ちの悪い姦婦を躾直してやっているんだろうがっ、感謝しろっ!」
このままでは自分も胎児もティアーノに殺される――腹を庇うように寝台に伏せた体を、髪を引かれて無理に持ち上げられながら、エフィは縋るように叫んだ。
「助けてっ! ヴィル、おねがい、助けにきて……っ!」
現実に彼が間に合うはずがないのは分かっていた。応えがあるはずもない呼びかけは、単なる現実逃避に溢れた弱音にすぎないと、誰よりも理解していた。
だから――これはきっと都合のいい夢を見ているのだ。
「汚い手で、彼女に触るな」
部屋の扉を蹴破るように飛び込んできた男が、ティアーノの背後から一閃を食らわせて、エフィの髪を掴んでいた手を斬り飛ばすなんて、そんなことが起こるはずはないのだから。
その男は、自分が上げさせた耳障りな悲鳴にも血飛沫にも表情のひとつも変えずに、淡々と鉄鎖を根元から両断すると、エフィの体を抱え上げた。
「ヴィル……? どうして、ここに……?」
エフィは、愛する夫の顔をした男に、そっと問いかけた。
恋しさのあまりついに幻影を見たのだろうか。思わず確かめようと伸ばした手は払われることなく、温かい頬に触れた。
「あなたにさわれる……」
「遅くなって悪かった」
「ううん。あなたが来られるはずないもの」
「そう言われると世界の果てからでも駆けつけたくなるな」
「夢みたいなこと言わないで。……そっか、これも夢ね」
死の危険に瀕して見る夢だから、都合のいいことばかりが起きるのだ。
愛する夫に会うどころか、彼が自ら助けに来てくれて、しかもその助けが間に合うような夢。
胸に抱き込まれて、妙に現実味のあるばくばくと跳ねる彼の鼓動を感じながら、エフィは抗うことをやめて身を委ねた。
「今はそれでいい。目を瞑っていろ」
「うん。来てくれて、ありがとう」
この力強い腕は、自分を傷つけない。
もう独りで気を張らなくていいのだと思った途端、エフィの意識はすっと遠のいた。極度の恐怖と緊張から解放されたからだろう。
だから、エフィはその後のやりとりを知らない。
「黄金の瞳っ!? なぜだ、リーフェフット、どうして貴様がっ、この船に乗っている!?」
いったいいつからだ、という裏返った声の問いに、ヴィルベルト・レネ・リーフェフットはこともなげに答えた。
「つい先程からだ。船員の顔くらいは覚えさせておくべきだったな、ティアーノ王子。他人の力を借りるのに誠意も警戒心も足りない。偵察から帰還する小型艇に紛れ込むのは楽だった」
「まさか、商人どもが裏切って引き入れたのかっ! この売女、どれだけの男を咥え込んで、」
「女を殴るしか能がない腕だけではなく、俺の賢い妻を侮辱する口も要らんな」
「ひいっ! 待てよ、リーフェフット! お前だって騙されているだけだ。『慈悲深い王女』だなんだと言われても、多少見栄えがするだけで一皮剥けばただのつまらん女だぞ!」
苦し紛れのティアーノの言葉を聞いて、ヴィルはぴたりと動きを止めた。そしてそれから、心底不思議そうに言った。
「それが何だ? そんなことは、お前に言われずとも知っている」
「えっ?」
「だからこそ彼女が『普通の女』として生きるところが見たい。押しつけられた大義から解放されて、自分の意志や命や大切に思う相手を大事にするところが見たい。彼女は自分を大事にしないから、そのぶんまで俺が大事にすると決めた。……急いだが足りなかったな。もっと早く来なければならなかったのに」
ヴィルは、腕の中の気を失った妻を見て、低い声で唸った。
足は重い鎖で繋いで戒められ、前開きの衣服のボタンは引きちぎられて飛んでおり、泣き腫らした顔にも服の合間から覗く肌にも痛々しい痣の痕が目立つ――手酷い暴行を加えられたことが露骨に分かる姿の彼女を。
「エフェリーネ元王女は返してもらう。護国卿命令で『人質になるサルサス王子を殺すな』とは言われたが……抵抗されたから殺してしまったことにすればいいか」
怒気を纏ったまま大真面目に呟く男を前にして、震え上がった王子は即座に投降を決めた。
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