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感情と打算
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エフィを隣の席に侍らせて『ここまで来るのに自分がどれほど苦労したか』を語り続けるティアーノに、ひたすら笑顔で礼を述べ続けて半日ほどが経った。
「ようやく着いた! 陸路は腰を痛めるから好かんな」
馬車が止まって外から御者に声をかけられると、ティアーノは伸びをしながら、我先にと馬車を降りていく。
敵国スヘンデル国内だというのに警戒したそぶりもないその様子をエフィは訝しんだ。よほどの理由が無ければ、いくらティアーノでも自分の命が懸かっている局面で油断することは無いだろう。
(……国境にもう着いたの? それで、サルサス軍の応援が期待できるとか。いいえ、王都からサルサスまでは馬車を換えて進んでも三日はかかるはずよ。わたくしがそんなに長い時間眠っていたとも思えないのに)
何にせよ、ティアーノにとって『良い事情』はエフィにとっては高確率で『悪い事情』だろう。
護衛にせっつかれてやっと外に出たエフィは、すぐにその疑問の答えを知った。
「嘘……」
「姫君は船に乗るのは初めてかな? 揺れに慣れれば快適だ。時間はかかるが、馬車と違って寝台もある」
外に吹く風はべたつくものを含んでいた。これが『潮風』というものならば、そこに広がる水面を『海』というのだろうか。
目の前の中型帆船はすでに荷の積み込みを終えているようで、後は残りの人員――エフィたちが乗り込むのを皆が待っているようだった。
「船旅は長い。二人で親睦を深めるにはもってこいだ。さあ行こう」
許可もなく腰に回された手が、エフィの体を前へと押しやる。
エフィは処刑台への道を歩まされる罪人のように、のろのろと歩を進めた。
「……どうやって船を用意したのですか。この船はサルサス海軍の艦?」
「はは、姫君は可愛らしいことをおっしゃる。いくらスヘンデルが革命の混乱の最中にあるからといって、堂々とサルサスの軍艦が領海に侵犯すれば気づかないわけがないだろう?」
それは分かっているからこそ聞いたのだが、調子づいたティアーノが詳しく語ってくれるなら都合がいい。
エフィは『分からないから教えてくださる?』と可愛らしく小首を傾げるに留めておいた。
「これは、スヘンデルの商船だ。スヘンデルの織物をサルサスに運ぶ、ごくありふれた船。金をちらつかせれば敵国サルサスにも与するような卑しい商人の船さ」
ティアーノは自分の企てを誇るように得意げな笑みで船を示した後で、船を操縦している者へは侮蔑のこもった視線を投げかけた。おそらくその船員はスヘンデル人の商人なのだろう。
(……商人の手を借りたのは自分の都合でしょうに。『借りられてよかった』と喜ぶならともかく、よくそんな態度が取れるわね)
聖典で『種を撒き土を耕すこと』が賛美されているゆえに『物を生み出さず移動させることで金を稼ぐ』商人を卑しむ傾向は、国教を同じくする近隣諸国に共通して見られるという。
その理屈が本当に正しいのなら、『種を撒き土を耕す』農民が貧苦に喘ぐ中で『何も生み出さない』王侯貴族が贅沢をしていい理由など無いのに。
(国王陛下やティアーノ王子は民を守ることも救うこともしないのに。ただ王族に生まれただけで何故偉ぶることができるの?)
もしもエフィがわがまま放題に贅沢を許されて育っていたのならば『王族とは生まれながらにそういうものだ』と素直に思えたのかもしれない。
「王族が過ごすには不適な船だが、よほど悪天候でも一週間の辛抱だ。国境海域では海軍が待機しているから安心してくれたまえ。そこからは軍艦に乗り換えてサルサス王都を目指す」
ティアーノの言うことが本当なら、スヘンデルの領海を出るまでが勝負だ。それまでにこの船から脱出できなければ、エフィの身柄は自動的にサルサスの物になる。
「姫君にとっては人生最後の旅行、我々にとっては新婚旅行だ。楽しもうじゃないか」
「……まあ、嬉しいですわ」
サルサスに着いたら監禁される。着く前からティアーノに体を犯されると、容易に想像がつく言葉を浴びせかけられて。
下卑た笑みを浮かべるティアーノの差し出した手を、エフィはこわばった手で握り返した。
☆
今はとにかくこの船についての情報がほしい。
逃走できる隙が無いかと血眼になって見まわるエフィに、最初は付き添っていたティアーノは早々に飽きたようだった。
「こんな船を見てもつまらないだろう。そろそろ部屋に戻って二人で……」
「いいえ! わたくしは初めて船に乗ったのですもの、これが最後と聞くとなおさら全然見たりないわ! 王子殿下をお待たせするのは申し訳ないですから、先に部屋に戻られては?」
船内の観察が終わっていないのは事実だ。それに、ティアーノと二人きりの船室に連れ込まれれば必ず性行為を求められるだろう。その瞬間を少しでも先延ばしにするために、エフィは笑顔を保って『初めて見るものに興味津々な姫君』のふりを続けた。
「……そうしようか。おい、姫君をお守りしろよ。商人ふぜいが御身を害したら困る」
自身の護衛の騎士を一人エフィにつけて、ティアーノは船室へと引っ込んでいった。
見張りの目が減ったのはありがたいが、護衛騎士とサルサスに買収された船員で溢れた船から逃げる手立てを、船のつくりに詳しくないエフィが見つけられるとは思えなかった。
(嫌よ、どこに何かの方法があるはず……っ、おねがい、誰かあると言って!)
「……探し物かい? お嬢ちゃん」
あまりにも必死になって船内を睨みつけていたから、何か察するところがあったのかもしれない。スヘンデル人の船員の一人がエフィに話しかけてきた。
『王女殿下に対して不敬だ』といきり立つ護衛を宥めつつ、エフィはその船員に言葉を返した。
「探し物なんてしてないわ。……でも、聞きたいことならある。どうして、サルサスに協力したのですか。あなたたちはスヘンデルの民でしょう? これをきっかけに戦争が起こったらあなたたちも困るのではないの?」
「――金だよ。お嬢ちゃん」
その船員――『船長』と名乗った彼は、乾いてひび割れた唇で卑屈に『かね』の形をなぞった。
「オレたちは『卑しい商人』だからな、お嬢ちゃんやあのボンボンみたいに『国のため』とか『国策として』とか高尚なことを考えねぇんだわ。どちらに協力すればより利益があるか、より価値のあるものを得られるか、考えるのはそれだけだ」
「……サルサスはあなたたちにお金をくれたから? だからそちらに着いたの?」
「何もくれねえどころかオレたちから奪うスヘンデルよりマシだろうが! オレたちを『スヘンデルの民』と言うが、あの暴君がオレたちに何をしてくれた? 無謀な出兵のための戦費は商人を締めあげた税で賄おうとした! 馬鹿みたいな城を建てるのをやめれば、そこから少しはどうにかなっただろうがよ!」
むき出しの敵意を向けられて怯んだエフィは思わず一歩退こうとして――何とかその場に踏み止まった。
これは彼の正当な怒りだ。だからエフィだけは聞かなければいけない。自分は『暴君の娘』なのだから。
「……その暴君は処刑されたわ。今の革命政府のことは信じられない? それでもまだサルサスの方がいいの?」
「ハウトシュミットの旦那はこんな国を見捨てずによくやってると思うよ。でも、諸国がスヘンデルを狙ってる以上、いずれ戦争は起きる。『戦争を起こさない』という選択肢が無いのに、勝ち馬サルサスに乗るな、負け犬スヘンデルに殉じろってのはね。あんたはあのボンボンよりゃ冷静に見えるが、王侯貴族ってのはみんな頭沸いてんのか!?」
「貴様ァッ! 聞いていれば先ほどから!」
「あー、うるせえうるせえ! お嬢ちゃんとオレの話の途中だろうがっ!」
「えっ」
――殴った。
エフィが止める間も無く、船長の拳は的確に護衛騎士の顎を下から抉っていた。脳を揺らされてぐんにゃりと倒れ込む護衛騎士には見向きもせずに、船長は『それで続きだが』と何事もなかったかのように話を切り出す。
「荒っぽいけれど、見事ね」
「どうも。貴族のうらなり瓢箪が櫂船漕いでた海の男に勝てるかよ。で、そういうことだからお嬢ちゃんはサルサスに送る。悪ぃな、オレには誇りも何も無いもんで」
「……いいえ。当然の行動だわ」
話してみてよく分かった。
船長は気性も態度も荒っぽいが、その判断は的確で合理的だ。彼が真っ当に満たされていれば、外患誘致の罪を咎められる危険を冒してサルサスと通じることはなかっただろうと思えるくらいに賢い。
だったら――悪いのは、彼を失望させて、見放させてしまったスヘンデルだ。
「誰だって自分の利益を最大にしようと動いて当然よ。それを『卑しい』なんて思わない。わたくしも、わたくしの父も、そうだったもの。だからこうして報いを受けるのね。……わたくしもね、あの『馬鹿みたいな城』のこと好きじゃなかったわ」
早く無くなってしまえばいいと思っていた、と続けると、船長は目を丸くした。
「本当は、お父さまのこともお母さまのことも好きじゃなかった。彼らはわたくしのことを好きじゃなかったのに、どうしてわたくしは彼らの子どもだから悪く言ってはいけないの、慕わなくてはいけないのって思っていた。……好きで王女に生まれたわけじゃないのにね」
あの城にエフィの好きなものなんて何ひとつ無かった。
たったひとつ出来た大切な人ものは、エフィを見放して――エフィのことを嫌いになって、去って行ったと思っていたから。
「……子は親を選べねえからなあ。暴君がやったことまでお嬢ちゃんにひっかぶせてキレたのは悪かったよ。けど、それでもあんたは王女としてやってきたんだろ?」
冷遇されていたとしても庶民とは違って食べる物にも着る物にも困らない生活をしてきたんだろう、だったらそのツケは払うべきだ。――船長の言葉を聞いて、エフィは美しく微笑んだ。
その通りだ。話したのは過去の素直な気持ちの吐露ではあったけれど『だからわたくしのことは許して』と乞うものではなかった。
「船長さん、あなたは本当に理性的な人ね」
「何だと」
「『暴君の娘』ではなくて、わたくし自身のことを見るという一言が欲しかったの」
『暴君の娘だから理屈は関係なくどうしても憎い』と言われてしまえば、それは感情の問題だ。どれだけの金を積もうがその気持ちは動かせない。
それが『これについての責任を取るべきだ』という理屈や損得の問題ならば『交渉』ができる。より良い条件を提示すれば、翻意させることができるかもしれない。
「ここからはわたくし個人とあなたとの『商談』よ。――もしも、わたくしがあなたに『大きな価値』を提示できたら、あなたをサルサスから買収し返すことはできるのかしら」
「ようやく着いた! 陸路は腰を痛めるから好かんな」
馬車が止まって外から御者に声をかけられると、ティアーノは伸びをしながら、我先にと馬車を降りていく。
敵国スヘンデル国内だというのに警戒したそぶりもないその様子をエフィは訝しんだ。よほどの理由が無ければ、いくらティアーノでも自分の命が懸かっている局面で油断することは無いだろう。
(……国境にもう着いたの? それで、サルサス軍の応援が期待できるとか。いいえ、王都からサルサスまでは馬車を換えて進んでも三日はかかるはずよ。わたくしがそんなに長い時間眠っていたとも思えないのに)
何にせよ、ティアーノにとって『良い事情』はエフィにとっては高確率で『悪い事情』だろう。
護衛にせっつかれてやっと外に出たエフィは、すぐにその疑問の答えを知った。
「嘘……」
「姫君は船に乗るのは初めてかな? 揺れに慣れれば快適だ。時間はかかるが、馬車と違って寝台もある」
外に吹く風はべたつくものを含んでいた。これが『潮風』というものならば、そこに広がる水面を『海』というのだろうか。
目の前の中型帆船はすでに荷の積み込みを終えているようで、後は残りの人員――エフィたちが乗り込むのを皆が待っているようだった。
「船旅は長い。二人で親睦を深めるにはもってこいだ。さあ行こう」
許可もなく腰に回された手が、エフィの体を前へと押しやる。
エフィは処刑台への道を歩まされる罪人のように、のろのろと歩を進めた。
「……どうやって船を用意したのですか。この船はサルサス海軍の艦?」
「はは、姫君は可愛らしいことをおっしゃる。いくらスヘンデルが革命の混乱の最中にあるからといって、堂々とサルサスの軍艦が領海に侵犯すれば気づかないわけがないだろう?」
それは分かっているからこそ聞いたのだが、調子づいたティアーノが詳しく語ってくれるなら都合がいい。
エフィは『分からないから教えてくださる?』と可愛らしく小首を傾げるに留めておいた。
「これは、スヘンデルの商船だ。スヘンデルの織物をサルサスに運ぶ、ごくありふれた船。金をちらつかせれば敵国サルサスにも与するような卑しい商人の船さ」
ティアーノは自分の企てを誇るように得意げな笑みで船を示した後で、船を操縦している者へは侮蔑のこもった視線を投げかけた。おそらくその船員はスヘンデル人の商人なのだろう。
(……商人の手を借りたのは自分の都合でしょうに。『借りられてよかった』と喜ぶならともかく、よくそんな態度が取れるわね)
聖典で『種を撒き土を耕すこと』が賛美されているゆえに『物を生み出さず移動させることで金を稼ぐ』商人を卑しむ傾向は、国教を同じくする近隣諸国に共通して見られるという。
その理屈が本当に正しいのなら、『種を撒き土を耕す』農民が貧苦に喘ぐ中で『何も生み出さない』王侯貴族が贅沢をしていい理由など無いのに。
(国王陛下やティアーノ王子は民を守ることも救うこともしないのに。ただ王族に生まれただけで何故偉ぶることができるの?)
もしもエフィがわがまま放題に贅沢を許されて育っていたのならば『王族とは生まれながらにそういうものだ』と素直に思えたのかもしれない。
「王族が過ごすには不適な船だが、よほど悪天候でも一週間の辛抱だ。国境海域では海軍が待機しているから安心してくれたまえ。そこからは軍艦に乗り換えてサルサス王都を目指す」
ティアーノの言うことが本当なら、スヘンデルの領海を出るまでが勝負だ。それまでにこの船から脱出できなければ、エフィの身柄は自動的にサルサスの物になる。
「姫君にとっては人生最後の旅行、我々にとっては新婚旅行だ。楽しもうじゃないか」
「……まあ、嬉しいですわ」
サルサスに着いたら監禁される。着く前からティアーノに体を犯されると、容易に想像がつく言葉を浴びせかけられて。
下卑た笑みを浮かべるティアーノの差し出した手を、エフィはこわばった手で握り返した。
☆
今はとにかくこの船についての情報がほしい。
逃走できる隙が無いかと血眼になって見まわるエフィに、最初は付き添っていたティアーノは早々に飽きたようだった。
「こんな船を見てもつまらないだろう。そろそろ部屋に戻って二人で……」
「いいえ! わたくしは初めて船に乗ったのですもの、これが最後と聞くとなおさら全然見たりないわ! 王子殿下をお待たせするのは申し訳ないですから、先に部屋に戻られては?」
船内の観察が終わっていないのは事実だ。それに、ティアーノと二人きりの船室に連れ込まれれば必ず性行為を求められるだろう。その瞬間を少しでも先延ばしにするために、エフィは笑顔を保って『初めて見るものに興味津々な姫君』のふりを続けた。
「……そうしようか。おい、姫君をお守りしろよ。商人ふぜいが御身を害したら困る」
自身の護衛の騎士を一人エフィにつけて、ティアーノは船室へと引っ込んでいった。
見張りの目が減ったのはありがたいが、護衛騎士とサルサスに買収された船員で溢れた船から逃げる手立てを、船のつくりに詳しくないエフィが見つけられるとは思えなかった。
(嫌よ、どこに何かの方法があるはず……っ、おねがい、誰かあると言って!)
「……探し物かい? お嬢ちゃん」
あまりにも必死になって船内を睨みつけていたから、何か察するところがあったのかもしれない。スヘンデル人の船員の一人がエフィに話しかけてきた。
『王女殿下に対して不敬だ』といきり立つ護衛を宥めつつ、エフィはその船員に言葉を返した。
「探し物なんてしてないわ。……でも、聞きたいことならある。どうして、サルサスに協力したのですか。あなたたちはスヘンデルの民でしょう? これをきっかけに戦争が起こったらあなたたちも困るのではないの?」
「――金だよ。お嬢ちゃん」
その船員――『船長』と名乗った彼は、乾いてひび割れた唇で卑屈に『かね』の形をなぞった。
「オレたちは『卑しい商人』だからな、お嬢ちゃんやあのボンボンみたいに『国のため』とか『国策として』とか高尚なことを考えねぇんだわ。どちらに協力すればより利益があるか、より価値のあるものを得られるか、考えるのはそれだけだ」
「……サルサスはあなたたちにお金をくれたから? だからそちらに着いたの?」
「何もくれねえどころかオレたちから奪うスヘンデルよりマシだろうが! オレたちを『スヘンデルの民』と言うが、あの暴君がオレたちに何をしてくれた? 無謀な出兵のための戦費は商人を締めあげた税で賄おうとした! 馬鹿みたいな城を建てるのをやめれば、そこから少しはどうにかなっただろうがよ!」
むき出しの敵意を向けられて怯んだエフィは思わず一歩退こうとして――何とかその場に踏み止まった。
これは彼の正当な怒りだ。だからエフィだけは聞かなければいけない。自分は『暴君の娘』なのだから。
「……その暴君は処刑されたわ。今の革命政府のことは信じられない? それでもまだサルサスの方がいいの?」
「ハウトシュミットの旦那はこんな国を見捨てずによくやってると思うよ。でも、諸国がスヘンデルを狙ってる以上、いずれ戦争は起きる。『戦争を起こさない』という選択肢が無いのに、勝ち馬サルサスに乗るな、負け犬スヘンデルに殉じろってのはね。あんたはあのボンボンよりゃ冷静に見えるが、王侯貴族ってのはみんな頭沸いてんのか!?」
「貴様ァッ! 聞いていれば先ほどから!」
「あー、うるせえうるせえ! お嬢ちゃんとオレの話の途中だろうがっ!」
「えっ」
――殴った。
エフィが止める間も無く、船長の拳は的確に護衛騎士の顎を下から抉っていた。脳を揺らされてぐんにゃりと倒れ込む護衛騎士には見向きもせずに、船長は『それで続きだが』と何事もなかったかのように話を切り出す。
「荒っぽいけれど、見事ね」
「どうも。貴族のうらなり瓢箪が櫂船漕いでた海の男に勝てるかよ。で、そういうことだからお嬢ちゃんはサルサスに送る。悪ぃな、オレには誇りも何も無いもんで」
「……いいえ。当然の行動だわ」
話してみてよく分かった。
船長は気性も態度も荒っぽいが、その判断は的確で合理的だ。彼が真っ当に満たされていれば、外患誘致の罪を咎められる危険を冒してサルサスと通じることはなかっただろうと思えるくらいに賢い。
だったら――悪いのは、彼を失望させて、見放させてしまったスヘンデルだ。
「誰だって自分の利益を最大にしようと動いて当然よ。それを『卑しい』なんて思わない。わたくしも、わたくしの父も、そうだったもの。だからこうして報いを受けるのね。……わたくしもね、あの『馬鹿みたいな城』のこと好きじゃなかったわ」
早く無くなってしまえばいいと思っていた、と続けると、船長は目を丸くした。
「本当は、お父さまのこともお母さまのことも好きじゃなかった。彼らはわたくしのことを好きじゃなかったのに、どうしてわたくしは彼らの子どもだから悪く言ってはいけないの、慕わなくてはいけないのって思っていた。……好きで王女に生まれたわけじゃないのにね」
あの城にエフィの好きなものなんて何ひとつ無かった。
たったひとつ出来た大切な人ものは、エフィを見放して――エフィのことを嫌いになって、去って行ったと思っていたから。
「……子は親を選べねえからなあ。暴君がやったことまでお嬢ちゃんにひっかぶせてキレたのは悪かったよ。けど、それでもあんたは王女としてやってきたんだろ?」
冷遇されていたとしても庶民とは違って食べる物にも着る物にも困らない生活をしてきたんだろう、だったらそのツケは払うべきだ。――船長の言葉を聞いて、エフィは美しく微笑んだ。
その通りだ。話したのは過去の素直な気持ちの吐露ではあったけれど『だからわたくしのことは許して』と乞うものではなかった。
「船長さん、あなたは本当に理性的な人ね」
「何だと」
「『暴君の娘』ではなくて、わたくし自身のことを見るという一言が欲しかったの」
『暴君の娘だから理屈は関係なくどうしても憎い』と言われてしまえば、それは感情の問題だ。どれだけの金を積もうがその気持ちは動かせない。
それが『これについての責任を取るべきだ』という理屈や損得の問題ならば『交渉』ができる。より良い条件を提示すれば、翻意させることができるかもしれない。
「ここからはわたくし個人とあなたとの『商談』よ。――もしも、わたくしがあなたに『大きな価値』を提示できたら、あなたをサルサスから買収し返すことはできるのかしら」
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追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
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