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調教と陥落*
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エフィは寝台の上に膝をつき、目の前のそそり立った剛直にそっと手を添えた。それから、唇を寄せる。
(たしか、『参考資料』によればこうするのよね?)
以前フレッドに押しつけられた教本代わりの艶本の中では、娼婦が客の陰茎を口に含み舌で舐めて奉仕していた。女陰に挿入するのと同じで、湿り気を帯びた粘膜に擦りつけて刺激すれば、快感が得られるのだろう。
(でも、こんなの入るの……?)
他のものと比べたことは無いが、ヴィルの持つそれは、エフィにとっては大きすぎる気がする。
おずおずと唇を割り開き、口中に含もうとしても、陰茎のほんの先端部分をようやく覆えただけだった。
「んっ……ごほっ!」
「おい、大丈夫か!?」
深く含み直したせいで目測を誤って喉奥を突かれ、咽せる。
制止を押しとどめて、エフィは亀頭を口蓋に擦りつけながら、裏筋と段差に舌を這わせた。
(あっ、気持ちよさそう……)
舌での刺激を続けながら、頭を前後に動かして抽送を再現する。
ヴィルの様子をちらりと窺うと、彼は眉根を寄せながら小さく息を漏らしていた。俯いて動くうちに垂れていた邪魔な髪を耳に寄せてかき上げると、口の中のものはさらに大きくなる。
「エフィ、射精る……っ!」
「んぐっ!」
口中に熱い飛沫を浴びる。
息苦しさに涙目になりながら、喉奥へと流し込まれたえぐみのある液体を飲み下して、エフィは口を開いた。
「早く吐き出せ!」
「ごほっ……はぁっ、んー!」
手巾を手にしたヴィルに顎を引かれ、何も残っていない口腔を見せると、彼はたまりかねたように唇を合わせてきた。
舌を絡ませ合う深い口づけで、精液の残滓も感じられなくなったころ、ようやく解放されたエフィは脱力した体をくたりとヴィルの胸にもたれさせた。
「……苦くてまずいな。こんなもの、飲まなくていい」
「気持ちよくなかった?」
こんなことはもうやるな、と渋面を作るヴィルを遮って、エフィはおそるおそる尋ねた。
やはり、見様見真似の拙い舌技は、彼にとっては堪えがたい代物だったのかもしれない。身を縮こまらせたエフィを見て哀れに思ったのか、ヴィルは不本意そうに言う。
「……すごく悦よかった」
「それならよかったわ。もう、やすみましょう?」
「待て」
ヴィルの服をくいと引いてシーツに誘ったその手を取られて、体を仰向けに押し倒され、手首を掴んで縫い留められた。
「ヴィル……?」
「これで終わりじゃ、俺の気が済まない」
「物足りないならあなたのものを挿れていいから……っ、あのお仕置きはやめて」
「お仕置き? 何を言ってるんだ」
心外だと口角を上げたヴィルは、最初から気づいていたのだろう。
エフィが自分から奉仕をすることで、『お仕置き』を避けようとしていることに。
「愛しい妻を慈しまない夫がどこにいる」
ああ、まだ夫婦じゃないな、と付け加えたのはきっと、律儀な訂正でも善意で敷かれた逃げ道でもなくて、エフィを追いつめるためのとどめに他ならなかった。
初めて体を繋げた夜からしばらくは、ヴィルはエフィを優しく抱いた。
至って普通な手順で、まっさらな体に快楽を丹念に教え込み、未熟な性感の蕾を丁寧に開いてくれた。
護国卿の命で駆り出されて留守にしていたヴィルが戻った時には、寂しさと欲求不満で高まった体を愛されて、燃えるような一夜を過ごした。その時も、彼は優しかった。
それなのに、今の彼は違う。
「どうして……? わたくし、『あなたにとって必要ならあなたの子を産む』って、答えたじゃない!」
彼の変化の心当たりがあるとすれば、あの時だ。
思い悩んだ顔をしたヴィルから『俺の子どもを産んでほしい』と切り出されたときに、エフィはきちんとそう答えたというのに、彼は表情を険しくするばかりで、ちっとも喜んでくれなかった。
今だって、彼は失望したようにため息をついている。
「それだけじゃなかっただろう。俺は『俺と結婚して俺の子どもを産んでほしい』とも言った。求婚の返事は?」
「もう断ったわ!」
「俺は納得していない。考え直してくれないか」
「嫌よ!」
旧スヘンデル王家の血を引く者を革命派の神輿として、万が一の時に備えた切り札として確保しておきたいという、彼らの思惑は分かる。
そして、そのためなら、暴君を看過した王女として悪印象なうえに落城時に死んだとされているエフィよりも、まっさらな赤子を祭り上げる方が都合がいいのだろう。
エフィだって一国の王女として育てられたのだ。政略上都合のいい相手の子を産むこと――ヴィルの子を産むことに抵抗は全く無かった。
けれど、ヴィルとエフィが正式な結婚をする必要は無いだろう。
スヘンデルや周辺諸国の国教では一夫一妻制が定められている。訪れない方がいい『万が一』の機会にしか役に立たない、表に出せない妻子を抱えたところで、彼にとっては利が無いどころか致命的な弱みになるだけだ。
「うう……」
だから、彼の求婚を断ったのは『政略的に正しい答え』のはずなのに、どうしてあれ以来、ヴィルは意地悪ばかりするのだろう。
「泣くな。綺麗な目が溶けそうだ」
「もうやだっ、早く終わらせて!」
「こんなに綺麗なのにもったいないだろう」
陶然とした目つきで『ずっと見ていたい』と口にしたヴィルは、滑らかな肌を愛でるように、エフィの薄い腹を撫でた。
くつろげてはいるが服を着込んだ彼の前で、自分だけが裸身を晒すのは、幾度経験しても恥ずかしくてたまらない。だが、今のエフィには自分の体を隠すことすら許されてはいなかった。
夜着を剥がれたエフィは、右の手首と右の足首を、左の手首と左の足首を、まとめて幅広のリボンで拘束された。膝を立ててから折り曲げられた脚は左右に大きく開いてしまい、脚の間の蜜を滴らせる孔までも露わにしていた。
「こうして見ると、お前がプレゼントになったみたいだな。白い肌に赤がよく映える」
右の拘束された手首に口づけを落として、ヴィルは呟いた。
厚い上質な生地のリボンは確かに、大切な贈り物や婦女の髪でも飾っている方が似つかわしい。淫らな夜の道具として使われている現状を思って、エフィの目からはまた涙が溢れた。
昨日はこの姿勢で縛られたまま、大理石の張り型で貫かれた。
冷えた石が胎内に入ってくる異物感は気持ち悪かったはずなのに、ヴィルに弱いところばかりを責められて最後には達してしまった。平静を失わない彼の前で痴態を晒す恥辱に耐えられず、張り型を抜いて彼自身のものを挿れてほしいと請うと、求婚に頷くように求められた。エフィが頷けるはずもないのに。
「張り型は、いや……っ」
昨日のように、意識を飛ばすまで一方的に責められるのは嫌だ。
青ざめたエフィがふるふると首を振ると、ヴィルは『今日は違うことをしよう』と宥めるように愛撫した。
「ちがうこと……?」
「エフィに似合いそうだと思って用意したんだ」
彼は、寝台脇の机に置かれていた、布張りの小箱を手に取った。開いた箱の中には、小さな装身具が三つ納められている。ネジ式の留め具に繊細な銀鎖と赤い石があしらわれたそれらは、一見すると耳飾りのように見えた。
「綺麗な耳飾りね。でも……?」
耳飾りなら普通に渡してくれればいいのに、どうして今なのか。
戸惑うエフィの体を抱き寄せて、ヴィルは囁いた。
「縛っていないと、おとなしく着けさせてくれないだろう?」
「え? 耳飾りでしょう? 着けるだけなら……待って、やめて! そこは違うわ!」
ヴィルはエフィの豊かな乳房を揉みしだいて芯を立たせると、左右の尖りに手早く装身具をつけてしまった。縛られた腕では、留め具を取り外すことも、石の重みで引かれて卑猥な形に歪んだ胸を隠すこともできない。
せめてもの抵抗にと身をよじると、無防備に開いた太ももを捉えられ、敏感な花芽にも留め具を当てて噛まされる。装身具は三つあったのだと、エフィは遅れて思い出した。
「っ、はずしてっ!」
「思った通りに似合っているな。しばらく着けたままでいいんじゃないか」
「冗談でしょう!? んっ、あっ、そこ、さわらないで! いま、敏感だからぁっ」
「……そう言われて俺が止まると思っているのか」
余計に煽ってどうする、というヴィルの嘆息は、余裕をなくしたエフィの耳には入らなかった。
三点を同時に責められて恐慌状態に陥ったエフィは体をわななかせ、その度に秘所に取り付けられた淫具の鎖がしゃらしゃらと音を立てる。
エフィは涙を溜めた目でヴィルを見上げて哀願した。
「はずしてっ……ぁっ、なんでもっ、するからぁっ」
「何でもするなら結婚してくれ」
「っ、ぁん、それは、だめ……!」
「強情だな」
快楽に蕩けた頭でも、彼の求めに頷いてはいけないことだけは分かる。
エフィがかろうじて拒むと、ヴィルは不満を露わにした顔をして一度離れ、机上の羽根ペンを持って戻ってきた。そして、留め具に絞られて突き出た乳頭や秘玉を、羽根で優しく擽りはじめた。
「ひあっ! あひぃっ、やめっ、やめてぇっ! あぁん!」
絶え間なく与えられる快楽に、呼吸さえおぼつかない。
せめて同じところを刺激してくれれば達することができるのに、絶頂を迎えそうになるたびに責めるところを変えられて、じれったい快感の熾火に身を炙られているようだった。
「……達きたいのっ、おねがい……」
エフィが喘ぎすぎて掠れた声でようやく口にした時、長く弄られ続けた体は痙攣を繰り返し、白い肌は上気して薄紅色を帯びていた。留め具に保持されつづけた胸の突起は充血して膨らみ、つんと上を向いている。
眩暈がするほど卑猥な体をくねらせて、エフィは大きく脚を開いた。中央にぶら下げられた淫具が淫核に擦れて、ちゃり、という音を鳴らす。多量の蜜はシーツにまで滴り落ちて、てらりと光っていた。
「達かせてくださいっ、おねがいっ、おねがいします……っ」
「こんなに濡らして、気持ちよかったか?」
「んっ……でも、まだちゃんと達けてないっ! ナカ、してぇっ!」
「挿れるぞ」
「あっ、あぁあ……っ!」
ぬかるんだ洞に熱いものが突き入れられて、満たされる。
ぎちぎちと隙間もなく埋められた圧迫感すら愛おしくて、エフィは自分でも知らないうちにゆるんだ笑みを浮かべていた。
「んんっ、きもちいっ!」
「好きか?」
「ヴィル、好き、だいすきっ!」
「……お前がそう言うから、期待するのをやめられないんだ」
『俺も愛している』と返したヴィルは、ゆるやかに腰を振りたくり始めた。
「でも、愛し方が違うんだろうな。俺は愛しているからお前を独占したいし、抱きたいし、お前との子どもが欲しい。お前に似た子ならきっと可愛いだろう」
「ん……ああ゛っ! ぁがっ!」
「先に寝られると寂しいから起きてくれ」
「きいてる、聞いてるからっ! やぁっ、深いの……!」
「奥でも感じられるようになったな。触りながら突かれるのも好きだろう?」
「好きじゃな、っ! はぁあっ、胸のっ、引っぱらないでぇっ」
決定的な快感をようやく与えられて遠のいた意識は、彼を受け入れている処をがつがつと激しく耕されて、引き戻される。
エフィは手足を縛られて受け身も取れないまま、ヴィルの膝に乗り上げるような格好に姿勢を変えられていた。この体位は自重のせいで深くまで突き刺さってしまうから嫌なのだと泣き叫んでも、ヴィルは一向にエフィを責め苛む手も腰づかいも止めてくれない。
「子どもより先に、結婚のことを決めないとな。エフィは何か希望はあるか?」
「けっこんは、しないっ!」
「そうか、まだ駄目か。明日もゆっくり話し合おうな?」
「ひぃっ!」
明晩もまた、『話し合い』とは名ばかりの一方的な蹂躙を受けると聞いて、エフィは体を震わせた。ヴィルはエフィに頷かせるまで、この甘い拷問を続けるつもりなのだ。
怖くなって首を振り逃げようとすると、細い腰を掴んで持ち上げてから再度引きつけられ、最奥を抉られる。
悲鳴のような喘ぎしか出せなくなったエフィのことを、ヴィルは愛おしげに見つめた。
「式を挙げることはできないが、フレッドは暇を作って来るだろうから証人になってもらおう。弱みを握っている神父にも二、三人はアテがあると言っていたし、そのまま教会に届けを出してもいい」
「う……っ」
どうやったって逃がさないと、黄金の瞳が雄弁に言っていた。
このままでは、エフィは遠からず快楽の前に屈服することになるだろう。そうなったが最後、彼女を繋ぐ『鎖』は既に幾重にも張り巡らされているのだと。
「……なあ、エフィ。俺は優しくないから、ここにお前を繋ぎ留めておくためなら何でもする」
もしも逃げたり自死を選べば見張り役のハンナを罰する――そう言われれば、エフィは逃げられない。『王女暗殺未遂事件』以来、エフィは周囲に責を負わせることにひどく臆病になった。
自分の行為の責は自分のみが負わねばならない。
その自罰的な思考の行きつく先は、一度でも結婚を了承してしまえば、それは『エフィのせい』で『エフィがやったこと』になる。
エフィ自身が望んで得た『夫』や『子ども』の存在は、本物の手枷足枷をつけるよりもさらに強固に、エフィのことを縛るだろう。
「やめっ、やだぁっ! 怖いのっ、わたくしを、変えないで……っ! おねがい、こわさないでっ」
「ようやく手に入れたんだ、お前は俺のものだ。他の誰にも渡さない。正気のままでは俺を愛せないと言うのなら、早く壊れてくれ」
壊すくらいに愛を注ぎ、壊れても愛し続ける、と。
その宣言が、元からろくに与えられなかった逃げ道を完全に閉ざしていくのに気づきながら、エフィは何もできなかった。
――それから二ヶ月後、ヴィルベルト・レネ・リーフェフットの戸籍には密かに『妻』の存在が書き加えられた。
(たしか、『参考資料』によればこうするのよね?)
以前フレッドに押しつけられた教本代わりの艶本の中では、娼婦が客の陰茎を口に含み舌で舐めて奉仕していた。女陰に挿入するのと同じで、湿り気を帯びた粘膜に擦りつけて刺激すれば、快感が得られるのだろう。
(でも、こんなの入るの……?)
他のものと比べたことは無いが、ヴィルの持つそれは、エフィにとっては大きすぎる気がする。
おずおずと唇を割り開き、口中に含もうとしても、陰茎のほんの先端部分をようやく覆えただけだった。
「んっ……ごほっ!」
「おい、大丈夫か!?」
深く含み直したせいで目測を誤って喉奥を突かれ、咽せる。
制止を押しとどめて、エフィは亀頭を口蓋に擦りつけながら、裏筋と段差に舌を這わせた。
(あっ、気持ちよさそう……)
舌での刺激を続けながら、頭を前後に動かして抽送を再現する。
ヴィルの様子をちらりと窺うと、彼は眉根を寄せながら小さく息を漏らしていた。俯いて動くうちに垂れていた邪魔な髪を耳に寄せてかき上げると、口の中のものはさらに大きくなる。
「エフィ、射精る……っ!」
「んぐっ!」
口中に熱い飛沫を浴びる。
息苦しさに涙目になりながら、喉奥へと流し込まれたえぐみのある液体を飲み下して、エフィは口を開いた。
「早く吐き出せ!」
「ごほっ……はぁっ、んー!」
手巾を手にしたヴィルに顎を引かれ、何も残っていない口腔を見せると、彼はたまりかねたように唇を合わせてきた。
舌を絡ませ合う深い口づけで、精液の残滓も感じられなくなったころ、ようやく解放されたエフィは脱力した体をくたりとヴィルの胸にもたれさせた。
「……苦くてまずいな。こんなもの、飲まなくていい」
「気持ちよくなかった?」
こんなことはもうやるな、と渋面を作るヴィルを遮って、エフィはおそるおそる尋ねた。
やはり、見様見真似の拙い舌技は、彼にとっては堪えがたい代物だったのかもしれない。身を縮こまらせたエフィを見て哀れに思ったのか、ヴィルは不本意そうに言う。
「……すごく悦よかった」
「それならよかったわ。もう、やすみましょう?」
「待て」
ヴィルの服をくいと引いてシーツに誘ったその手を取られて、体を仰向けに押し倒され、手首を掴んで縫い留められた。
「ヴィル……?」
「これで終わりじゃ、俺の気が済まない」
「物足りないならあなたのものを挿れていいから……っ、あのお仕置きはやめて」
「お仕置き? 何を言ってるんだ」
心外だと口角を上げたヴィルは、最初から気づいていたのだろう。
エフィが自分から奉仕をすることで、『お仕置き』を避けようとしていることに。
「愛しい妻を慈しまない夫がどこにいる」
ああ、まだ夫婦じゃないな、と付け加えたのはきっと、律儀な訂正でも善意で敷かれた逃げ道でもなくて、エフィを追いつめるためのとどめに他ならなかった。
初めて体を繋げた夜からしばらくは、ヴィルはエフィを優しく抱いた。
至って普通な手順で、まっさらな体に快楽を丹念に教え込み、未熟な性感の蕾を丁寧に開いてくれた。
護国卿の命で駆り出されて留守にしていたヴィルが戻った時には、寂しさと欲求不満で高まった体を愛されて、燃えるような一夜を過ごした。その時も、彼は優しかった。
それなのに、今の彼は違う。
「どうして……? わたくし、『あなたにとって必要ならあなたの子を産む』って、答えたじゃない!」
彼の変化の心当たりがあるとすれば、あの時だ。
思い悩んだ顔をしたヴィルから『俺の子どもを産んでほしい』と切り出されたときに、エフィはきちんとそう答えたというのに、彼は表情を険しくするばかりで、ちっとも喜んでくれなかった。
今だって、彼は失望したようにため息をついている。
「それだけじゃなかっただろう。俺は『俺と結婚して俺の子どもを産んでほしい』とも言った。求婚の返事は?」
「もう断ったわ!」
「俺は納得していない。考え直してくれないか」
「嫌よ!」
旧スヘンデル王家の血を引く者を革命派の神輿として、万が一の時に備えた切り札として確保しておきたいという、彼らの思惑は分かる。
そして、そのためなら、暴君を看過した王女として悪印象なうえに落城時に死んだとされているエフィよりも、まっさらな赤子を祭り上げる方が都合がいいのだろう。
エフィだって一国の王女として育てられたのだ。政略上都合のいい相手の子を産むこと――ヴィルの子を産むことに抵抗は全く無かった。
けれど、ヴィルとエフィが正式な結婚をする必要は無いだろう。
スヘンデルや周辺諸国の国教では一夫一妻制が定められている。訪れない方がいい『万が一』の機会にしか役に立たない、表に出せない妻子を抱えたところで、彼にとっては利が無いどころか致命的な弱みになるだけだ。
「うう……」
だから、彼の求婚を断ったのは『政略的に正しい答え』のはずなのに、どうしてあれ以来、ヴィルは意地悪ばかりするのだろう。
「泣くな。綺麗な目が溶けそうだ」
「もうやだっ、早く終わらせて!」
「こんなに綺麗なのにもったいないだろう」
陶然とした目つきで『ずっと見ていたい』と口にしたヴィルは、滑らかな肌を愛でるように、エフィの薄い腹を撫でた。
くつろげてはいるが服を着込んだ彼の前で、自分だけが裸身を晒すのは、幾度経験しても恥ずかしくてたまらない。だが、今のエフィには自分の体を隠すことすら許されてはいなかった。
夜着を剥がれたエフィは、右の手首と右の足首を、左の手首と左の足首を、まとめて幅広のリボンで拘束された。膝を立ててから折り曲げられた脚は左右に大きく開いてしまい、脚の間の蜜を滴らせる孔までも露わにしていた。
「こうして見ると、お前がプレゼントになったみたいだな。白い肌に赤がよく映える」
右の拘束された手首に口づけを落として、ヴィルは呟いた。
厚い上質な生地のリボンは確かに、大切な贈り物や婦女の髪でも飾っている方が似つかわしい。淫らな夜の道具として使われている現状を思って、エフィの目からはまた涙が溢れた。
昨日はこの姿勢で縛られたまま、大理石の張り型で貫かれた。
冷えた石が胎内に入ってくる異物感は気持ち悪かったはずなのに、ヴィルに弱いところばかりを責められて最後には達してしまった。平静を失わない彼の前で痴態を晒す恥辱に耐えられず、張り型を抜いて彼自身のものを挿れてほしいと請うと、求婚に頷くように求められた。エフィが頷けるはずもないのに。
「張り型は、いや……っ」
昨日のように、意識を飛ばすまで一方的に責められるのは嫌だ。
青ざめたエフィがふるふると首を振ると、ヴィルは『今日は違うことをしよう』と宥めるように愛撫した。
「ちがうこと……?」
「エフィに似合いそうだと思って用意したんだ」
彼は、寝台脇の机に置かれていた、布張りの小箱を手に取った。開いた箱の中には、小さな装身具が三つ納められている。ネジ式の留め具に繊細な銀鎖と赤い石があしらわれたそれらは、一見すると耳飾りのように見えた。
「綺麗な耳飾りね。でも……?」
耳飾りなら普通に渡してくれればいいのに、どうして今なのか。
戸惑うエフィの体を抱き寄せて、ヴィルは囁いた。
「縛っていないと、おとなしく着けさせてくれないだろう?」
「え? 耳飾りでしょう? 着けるだけなら……待って、やめて! そこは違うわ!」
ヴィルはエフィの豊かな乳房を揉みしだいて芯を立たせると、左右の尖りに手早く装身具をつけてしまった。縛られた腕では、留め具を取り外すことも、石の重みで引かれて卑猥な形に歪んだ胸を隠すこともできない。
せめてもの抵抗にと身をよじると、無防備に開いた太ももを捉えられ、敏感な花芽にも留め具を当てて噛まされる。装身具は三つあったのだと、エフィは遅れて思い出した。
「っ、はずしてっ!」
「思った通りに似合っているな。しばらく着けたままでいいんじゃないか」
「冗談でしょう!? んっ、あっ、そこ、さわらないで! いま、敏感だからぁっ」
「……そう言われて俺が止まると思っているのか」
余計に煽ってどうする、というヴィルの嘆息は、余裕をなくしたエフィの耳には入らなかった。
三点を同時に責められて恐慌状態に陥ったエフィは体をわななかせ、その度に秘所に取り付けられた淫具の鎖がしゃらしゃらと音を立てる。
エフィは涙を溜めた目でヴィルを見上げて哀願した。
「はずしてっ……ぁっ、なんでもっ、するからぁっ」
「何でもするなら結婚してくれ」
「っ、ぁん、それは、だめ……!」
「強情だな」
快楽に蕩けた頭でも、彼の求めに頷いてはいけないことだけは分かる。
エフィがかろうじて拒むと、ヴィルは不満を露わにした顔をして一度離れ、机上の羽根ペンを持って戻ってきた。そして、留め具に絞られて突き出た乳頭や秘玉を、羽根で優しく擽りはじめた。
「ひあっ! あひぃっ、やめっ、やめてぇっ! あぁん!」
絶え間なく与えられる快楽に、呼吸さえおぼつかない。
せめて同じところを刺激してくれれば達することができるのに、絶頂を迎えそうになるたびに責めるところを変えられて、じれったい快感の熾火に身を炙られているようだった。
「……達きたいのっ、おねがい……」
エフィが喘ぎすぎて掠れた声でようやく口にした時、長く弄られ続けた体は痙攣を繰り返し、白い肌は上気して薄紅色を帯びていた。留め具に保持されつづけた胸の突起は充血して膨らみ、つんと上を向いている。
眩暈がするほど卑猥な体をくねらせて、エフィは大きく脚を開いた。中央にぶら下げられた淫具が淫核に擦れて、ちゃり、という音を鳴らす。多量の蜜はシーツにまで滴り落ちて、てらりと光っていた。
「達かせてくださいっ、おねがいっ、おねがいします……っ」
「こんなに濡らして、気持ちよかったか?」
「んっ……でも、まだちゃんと達けてないっ! ナカ、してぇっ!」
「挿れるぞ」
「あっ、あぁあ……っ!」
ぬかるんだ洞に熱いものが突き入れられて、満たされる。
ぎちぎちと隙間もなく埋められた圧迫感すら愛おしくて、エフィは自分でも知らないうちにゆるんだ笑みを浮かべていた。
「んんっ、きもちいっ!」
「好きか?」
「ヴィル、好き、だいすきっ!」
「……お前がそう言うから、期待するのをやめられないんだ」
『俺も愛している』と返したヴィルは、ゆるやかに腰を振りたくり始めた。
「でも、愛し方が違うんだろうな。俺は愛しているからお前を独占したいし、抱きたいし、お前との子どもが欲しい。お前に似た子ならきっと可愛いだろう」
「ん……ああ゛っ! ぁがっ!」
「先に寝られると寂しいから起きてくれ」
「きいてる、聞いてるからっ! やぁっ、深いの……!」
「奥でも感じられるようになったな。触りながら突かれるのも好きだろう?」
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エフィは手足を縛られて受け身も取れないまま、ヴィルの膝に乗り上げるような格好に姿勢を変えられていた。この体位は自重のせいで深くまで突き刺さってしまうから嫌なのだと泣き叫んでも、ヴィルは一向にエフィを責め苛む手も腰づかいも止めてくれない。
「子どもより先に、結婚のことを決めないとな。エフィは何か希望はあるか?」
「けっこんは、しないっ!」
「そうか、まだ駄目か。明日もゆっくり話し合おうな?」
「ひぃっ!」
明晩もまた、『話し合い』とは名ばかりの一方的な蹂躙を受けると聞いて、エフィは体を震わせた。ヴィルはエフィに頷かせるまで、この甘い拷問を続けるつもりなのだ。
怖くなって首を振り逃げようとすると、細い腰を掴んで持ち上げてから再度引きつけられ、最奥を抉られる。
悲鳴のような喘ぎしか出せなくなったエフィのことを、ヴィルは愛おしげに見つめた。
「式を挙げることはできないが、フレッドは暇を作って来るだろうから証人になってもらおう。弱みを握っている神父にも二、三人はアテがあると言っていたし、そのまま教会に届けを出してもいい」
「う……っ」
どうやったって逃がさないと、黄金の瞳が雄弁に言っていた。
このままでは、エフィは遠からず快楽の前に屈服することになるだろう。そうなったが最後、彼女を繋ぐ『鎖』は既に幾重にも張り巡らされているのだと。
「……なあ、エフィ。俺は優しくないから、ここにお前を繋ぎ留めておくためなら何でもする」
もしも逃げたり自死を選べば見張り役のハンナを罰する――そう言われれば、エフィは逃げられない。『王女暗殺未遂事件』以来、エフィは周囲に責を負わせることにひどく臆病になった。
自分の行為の責は自分のみが負わねばならない。
その自罰的な思考の行きつく先は、一度でも結婚を了承してしまえば、それは『エフィのせい』で『エフィがやったこと』になる。
エフィ自身が望んで得た『夫』や『子ども』の存在は、本物の手枷足枷をつけるよりもさらに強固に、エフィのことを縛るだろう。
「やめっ、やだぁっ! 怖いのっ、わたくしを、変えないで……っ! おねがい、こわさないでっ」
「ようやく手に入れたんだ、お前は俺のものだ。他の誰にも渡さない。正気のままでは俺を愛せないと言うのなら、早く壊れてくれ」
壊すくらいに愛を注ぎ、壊れても愛し続ける、と。
その宣言が、元からろくに与えられなかった逃げ道を完全に閉ざしていくのに気づきながら、エフィは何もできなかった。
――それから二ヶ月後、ヴィルベルト・レネ・リーフェフットの戸籍には密かに『妻』の存在が書き加えられた。
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某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
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そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
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