たぶん戦利品な元王女だけど、ネコババされた気がする

美海

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策略と過去の話《ヴィルベルト視点》

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 数日ぶりに会った親友は、執務を執り行う円卓の間でヴィルを迎えた。

「やあ、おかえり。ご苦労だったね、

 フレッドのうさんくさい笑顔は常と変わらないが、今日は『護国卿らしく』ふるまうつもりらしい。傍らに書記官と護衛を数人従えていた。

「護国卿、対スヘンデル情勢に変化があったから、報告したい」
「あれ? その話なの?」
「そのために各地を駆け回らせておきながら、他に何だと?」
「別にぃ。みんな、僕が呼ぶまで下がっていて」

 ならばそれらしく合わせてやるかと口火を切ると、意外にも、フレッドは拍子抜けしたような顔をした。最後の一人が部屋を出て行った後で、彼はだらしなく椅子に背をもたれさせて言う。

「ああやだやだ、どうせどこもカッカしてるんだろ? 聞く気しないけど、聞かなきゃダメだよね?」
「当然だろう。まず、コルキアだ。十六通目の抗議文書が届いた。『次は派兵もやぶさかではない』らしい」
「さすがに国王処刑までやるとビビった感じ?」
「あそこの王太后はレオポルト7世の姉だからな」
「はーん、自国への革命の波及が怖いのか、なんだかんだ肉親の情はあるのか。生きてるあいだは暗愚な弟を諌めもしなかったくせに、死んだら一丁前に姉ぶるのもウケるけど」
「いちいち悪態を吐くな。報告を静かに聞けないのか」

 聞きたくないのにちゃんと聞いてるだけえらくないか、と口を尖らせるフレッドを見ても、全く同情心は湧いてこない。
 お前は今年何歳だ、という呆れならとめどなく湧いてくるけれど。出会った時から見た目が変わらないから時々忘れそうになるが、彼はヴィルより二つ年上のはずなのだ。

「カルメは今のところ静観だ。ただ、取り逃した王権派貴族が数人身を寄せているらしい」
「漁夫の利に敏いお国柄だからね。『王権派に祖国を取り戻させるためにスヘンデルに侵攻してあげる』にも『王権派を革命政府に引き渡すので今後よしなに』にも転びそうだ。抱き込むために武器でも買ってあげようかな」
「サルサスとは変わらず国境で睨み合いが続いている。先日はティアーノ王子が激励に訪れたそうだ。『スヘンデルの苦しむ民を救うのは、両国の平和の使者となるべき自分だ!』と」
「とんだ夢見る花畑王子様だな。エフェリーネ王女との婚約は三年前に自分から破棄したんだろうに」
「……」
「あっれー? なあに、『元婚約者』に妬いちゃったぁ?」

 分かりきったことを、にやにやと笑いながら聞くな。
 苛立ちを『ここで反応するとフレッドの思うつぼだ』と堪えて、努めて冷静にヴィルは切り出した。

「婚約のことが無くとも、ティアーノ王子の曾祖母はスヘンデル王女だった。もちろん嫁ぐときに王位継承権は放棄しているが、流れる血は捨てられない。そちらの線で主張する可能性もある」
「最大限に警戒しちゃってまあ、いやあ、お熱いねえ。独り身の僕にはうらやましいよ」
「……ああ、それから。報告はこれで終わりだが」
「なに?――ぶべっ!」
「お前、彼女に何を吹き込んだ!?」

 冷静になったのはあくまでも口だけで、次の瞬間には雄弁な拳がフレッドの秀麗な頬をえぐっていたのだけれど。

「いててっ……いちおう警戒してたのにさぁ、開口一番切り出さないから油断しちゃったじゃん。なんでバレた?」
「家を訪ねた者がいれば全て報告しろと命じてある。お前がいくら脅しすかして口止めしても無駄だ」
「え、そうなの? 先に言っといてよ。でもさ、ダメだった? しっかり据え膳食ったんだろ、その顔は。僕もこれでも人の子だから、親友の恋を応援したくってさ――」
「御託はいい。どうせ嘘だろう」
「失礼な。三割は本音だよ」
「残り七割で何を考えてる?」

 この食えない男にかぎって、『友人の幸せを願って強引に後押し』などという動機はありえない。
 しかし、そうでない政略上の理由だとしたら、彼にしては動き方が拙速すぎる。普段は、からめ手から相手をそれとなく操って、いつの間にか自分の思い通りに物事を運んでいるようなやつなのに。

「だって、結果が出るまで時間がかかるからさ」
「結果?」
「護国卿として命じよう――」

 何の結果のことだ、と問おうとしたヴィルを遮って、スヘンデルの現国家元首、護国卿フレデリック・ハウトシュミットは厳かに告げた。

「――できるだけ早く、王女を孕ませろ。黄金の瞳の子が欲しい」

 黄金の瞳。伝説上の名君として誉れ高い建国王と同じ、建国王の子孫の証。
 王家に生まれず、侯爵令息ヴィルベルトが持って生まれたばかりに幾人もの運命を狂わせた災いの種が欲しいのだと、フレッドは言った。

「……これ以上、火種を増やそうと?」
「違うね。増えるのは火種じゃない、僕のだ。考えたんだよねぇ、『王女を殺す』のは『今後の火種』を消す行為だ。だから、同じ効果があるなら命までは取らなくてもいいと思った。でも、それはマイナスがゼロになるだけで、プラスに転じるわけじゃない」
「情勢をみて考えを変えたのか」
「大正解。諸国が僕らの国に手を伸ばそうとしてるだろう? スヘンデル王族の血は自分達にも薄く流れているから、血を持たない庶民から国を取り上げてパイみたいに分ける資格があるって……それが世界のルールだって信じてるバカも多い」

 ――それなら、彼らに『より正しい血統』を示してやればいいと思わないか。彼ら、どんな顔をするだろうね。

 フレッドは笑って言った。血の縁を頼りに躍起になる者たちのことを、心の底から馬鹿にしてあざけ笑った。

「まあ、めったに生まれないものらしいし、黄金の瞳までは求めないさ。君たちの子どもを僕にちょうだい? 僕も対等以上のカードを手にしていないと、交渉のテーブルにもつけない」
「……」
「これって、いい考えじゃない? 君たちはイチャイチャイチャイチャしてるだけでいいしぃ、なんなら今から女王陛下と夫君陛下にしてあげてもいいよ。もちろん僕の傀儡だけどね」

 甘い言葉をふんだんに囁いて、悪魔は笑う。
 ヴィルは親友の顔をまじまじと眺めて、彼の瞳に執念の色を見つけた。それを見て、心は決まった。

「――断る」

 譲歩の余地もなく切り捨てられて、フレッドは動きを止めた。

「はぁ? 僕に逆らうつもり?」
「ああ、そうだ」
「ひどいなあ、友達甲斐が無い」
「俺はお前の言うことを聞くと誓ったし、彼女にも同じような約束をさせたんだろう。それについては俺たちの落ち度もあるが、まだ生まれてもいないうちから親に勝手に売られる子はどうだ」
「……っ」
「そういう理不尽は、お前が一番嫌うものじゃないのか」

 善き人は救われて、悪しき者は正しい裁きを受ける。
 そうあってほしいと願ったから、わざわざ『革命』を起こしたんだろう。
 もしも『自分にとって気に食わないやつはひどい目に遭って、気に入ったやつには褒美をやる』だけでいいのなら、話はもっと簡単だった。分かったうえで、あえてその道を選ばなかったくせに。

「そうだろう、
「……あ゛ー! もう、そうだよ! でも、僕らにとっては、手札を使ったカードゲームが一番楽じゃんか!」
「楽がしたいなら、革命なんて起こすべきじゃなかったな」
「確かに僕って有能だから、ぶっちゃけ王家御用達の商人として金稼ぎ続ける方が楽だし儲かってたんだよね。なんっで、今こんな苦労してるのかなあ! 夢見る理想の実現のため? 僕ってそんなに青かったっけ? いや――」

 フレッドは、どこか遠くにある、今までに置いてきたものを見るような眼をした。
 懐古と思慕と後悔が入り混じった、その感情の名は――。

「罪悪感かな。『これまでに大きな犠牲を出したのだから、まだ生きている自分はもっと苦しんで、より良い道へ進まねばならない』って思いのせいだ」
「……罪悪感か」

 もう『この先』が無い者のために、その者の分まで、その者を背負ってこの先へと進む覚悟が、背中を押してくれるのだとフレッドは言った。いいや、背中を押してくれるどころか、むしろ立ち止まることを自分に許してくれないのだと。

「それは、簡単に投げ出すわけにはいかないものなのか? 『犠牲』の側が『許す』と言っても」
「お姫さまの話?」
「ああ。まだ七年前のことを気にしているらしい」
「七年前って、リヴィシェーンの? そりゃあの事件を気にするなって方が無茶だ。君だってそうじゃないの?」
「誰が熱を出しただけの子どもを恨むんだ。本気で言ってるなら、俺を馬鹿にするにも程がある」

「そう? どうにもならないことに対しても人間は『もしも』を考えてしまうのに、彼女の場合は、君の家族の死に、関係をこじつけられたんだろう?」

 七年前にはまだ王城への出入りを始めたばかりの商人だったフレッドですら、『あの事件』として知っているくらいだ。大スキャンダルの当事者が、たった七年前のことを忘れられるわけがない。
 フレッドの言葉が正しいと分かるからこそ、ヴィルは歯噛みするしかなかった。

 七年前、王家の避暑地リヴィシェーンの離宮で、王女暗殺未遂事件が起きた。
 被害者の第一王女エフェリーネは当時まだ十一歳で、小さな体躯ゆえに摂取した毒の影響が強く出たのか、長く寝つくことになった。
 王女に付き従っていたリーフェフット侯爵令息ヴィルベルトが容疑者とされたが、一月後その疑いは晴れた。だが、疑われたことを恥じて、彼は国を去った――と、いうことに表向きはなっている。
 そんな『国王の作り話』を信じる者は一人たりともいなかったし、皆が『真相』も『語られなかった余白の出来事』も知っていた。

 幼いエフェリーネは、風光明媚なリヴィシェーンをすぐに気に入った。野の花を摘み、鳥の声を聞き、小川のせせらぎに足を入れた。
 水遊びで体を冷やしたせいだろう、王女は風邪をこじらせてしばらく寝ついた。珍しい話でもない、お転婆だった当時の彼女にはよくあることだった。

 ただ、一つだけ『普段』と違っていたのは――悪意を持った国王がそこに介入してきたこと。

 普段は見向きもしない娘のことを『最愛の娘』と呼び、その周りの侍女や護衛、特に目の敵にしていたヴィルベルトのことを『悪意をもって娘を傷つけた』と詰った。
 ヴィルベルトは即座に拘束されて、難癖に過ぎないと誰もが分かっている国王の『怒り』を解くためだけに、息子を人質に取られた侯爵夫妻は自らの命をもって詫びることになった。

 ヴィルが牢から出されるまでに、全ては終わってしまっていた。ヴィルは独りになった。
 あの時も、今も、恨みを忘れたことはない。きっと、これからだって、忘れることはできない。

『わたくしが、あなたの家族を奪ったんだもの』

 それでも、その恨みを向ける対象は彼女ではないのに。
 勝手に『罪』を押しつけられて背負わされた少女を、これ以上苦しめたくはないのに、どうしてままならないのだろう。

「重荷を投げ出すのも楽じゃないのさ。『自分は苦しんでいる』『自分は良い方に進んでいる』という免罪符が無くなると、犠牲に正面から向き合わなきゃならなくなる」

 スヘンデル王国は既に亡く、エフェリーネは今や王女ではない。
 背負うものも無くなって身軽になったからこそ、無辜の犠牲をよそに自分だけ幸せになるわけにはいかないと思ってしまうのではないか、と。
 フレッドの言葉を聞いて、ヴィルは途方に暮れて呟いた。

「どうにかできないのか」
「こればっかりは本人がどう折り合いをつけるかって話だからねえ。真摯な説得以外にできることはそうそう無いよ」
「だが、あのままだと――」

 謝りながらすすり泣くエフェリーネの姿を思い起こした。
 王女としての名誉ある死すら奪われて、無理やりに生かされて。このままヴィルが思う『幸せ』を押しつけ続ければ、やがて彼女の心は壊れてしまうだろう。

「念のため聞くけど、手放してあげられないの?」
「無理だな。会う前ならともかく、今はもう」
「そっか」

 被害者と加害者が仲良くやろうってのは無理でしょ、と肩をすくめたフレッドも、ヴィルの返答を聞いて『重症だね』とへらりと笑った。

「それならさ。彼女に、罰と使命を与えてあげなよ」
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