たぶん戦利品な元王女だけど、ネコババされた気がする

美海

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幼馴染と過去の忠誠

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『どうか、わたくしを王女として、国民共通の敵として殺してほしい』

 最期の願いごとを聞かされて絶句した男には構わず、エフィは続けた。

「わたくしは仮にも第一王女ですもの、この首には価値があると思うのです。あなたがどこのどなたかは存じませんが、きっとお役に立てると思いますから――」
「……ちがう」
「え?」

 絞り出すような声だった。
 なんと言ったのか聞き返そうと、エフィは男の顔へと目を向けた。
 漆黒の髪は艶やかで、指を差し入れてみたいと思わせるものの、髪色自体はスヘンデル王国においてはありふれている。それよりも人目を惹くのは、精悍に整った面差しと――光の加減で金色にも見える琥珀色の瞳だった。

……!」

 まさか、そんなはずはない。
 エフィの胸は早鐘のように高鳴っていた。
 伝説の建国王が有していたと伝えられ、かつてはスヘンデル王族の特徴とされた『黄金の瞳』は、三百年の長い月日を経るうちに王家から失われた。建国王の嫡流のエフィだって、至って平凡な灰色の瞳を持って生まれたというのに。

「どうして、あなたが……!?」

 持って生まれれば建国王にあやかりたい家系に即座に取り込まれるというくらい、黄金の瞳は貴重なものとされている。
 スヘンデル王国の王女であるエフィは、その瞳の持ち主を全て把握している。エフィが知る中で今も存命の『黄金の瞳』は『彼』しかいないはずなのに。

「幼なじみに向かって、やれ『はじめまして』だ、やれ『知らない』だなんて、ご挨拶だな」
「ヴィル、本当にあなたなの……!?」
「ようやく思い出したか」

 目の前の凛々しい面差しと立派な体躯とを持ち合わせた青年には全く覚えはないけれど。
 呆れたように皮肉っぽい笑みを浮かべたその表情には、エフィは嫌というほど心当たりがあった。

 ヴィルベルト・レネ・リーフェフット。
 ヴィルは、七年前まではスヘンデル王国随一の名門であるリーフェフット侯爵家の子息で、順当に行けば次期侯爵になると目されていた。

(順当に行けば。……そうはいかなかったけれど)

 建国王の盟友を開祖とするリーフェフット家は、元々スヘンデル王国の内政への影響力が大きく、歴代の王妃を輩出し、王女の降嫁を受けたこともある名門貴族だった。
 いつしか王家の嫡流よりも建国王の血が濃くなったのか、リーフェフット家に『黄金の瞳』を持つ者が生まれるようになったのも、経緯を考えれば当然のことだ。

(でも、お父様は『当然のこと』と考えられなかった……)

 先代のリーフェフット侯爵と国王は同年代で、若い頃から何かにつけて比較されることが多かったという。
 内政手腕でも人格面でも侯爵に劣ると自覚している国王にとって、拠り所は『偉大なる建国王の末裔であること』だけだったのに、そのような中で侯爵令息が黄金の瞳を持って生まれてしまったのだ。国王もその子どももついに持ち得なかった、『建国王の子孫の証』を。
 国王は、自らの失政による悪評を、黄金の瞳を持たぬことへの不満だと転嫁した。そして、鬱憤をぶつける先として、行儀見習いの名目で侯爵令息ヴィルベルトを王城に召し上げたのだ。

『ヴィルベルト・レネ・リーフェフットは、貴女に永遠の忠誠を誓います』
『ええ、それで結構よ』

 エフィは、まだ少年だったヴィルの硬い声を思い出した。それに対してツンとすました声で答えた、幼い自分のことも。
 騎士は二君に仕えることができない。たとえ何かの事情があって主君を変えたとしても、『裏切り』や『鞍替え』だと不名誉な扱いを受けることは免れない。
 いずれ政略結婚の駒として使われるだけの王女に忠誠を誓わせるとは、ヴィルを政治権力から締め出すということ――彼の未来を閉ざすことに他ならなかった。

(それなのに、わたくしはあの時、『嬉しい』と思ってしまった)

 密かに憧れていたひとに、『貴女が生涯唯一の主君だ』と言ってもらえたと思ったから。
 その裏で、難癖をつけてリーフェフット侯爵家を取り潰す国王の計略が巡らされていることも、ヴィルが家を守るために余儀なくされて行動しただけだとも、あの時のエフィは知らなかった。
 彼の努力も虚しく謀反の疑いをかけられたリーフェフット侯爵家が取り潰される未来を、知るよしもなかった。

「今まで本当にごめんなさい、ヴィル。ねえ、おねがい。わたくし、あなたに殺されたいわ」

 これまで彼を苦しめたことを考えれば、恨まれるのも当然で、エフィがこの場で謝って済むことでもない。
 だからこそせめて、『王女殺しの手柄を立てる』という目に見える形で彼に返したい。
 エフィは間近に迫ったヴィルを見上げた。元からあった身長差はさらに開いていて、首が痛くなるくらいだ。
 その痛みに離れていた期間のことを思って、彼の七年間が穏やかなものであったならばいい、と願わずにはいられなかった。
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