たぶん戦利品な元王女だけど、ネコババされた気がする

美海

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落城と白いドレス

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 こんな悪趣味な城は早く無くなってしまえばいいのに、とエフィは常々思っていた。
 築城狂いの父王は、建国王が築いた無骨な山城を白亜の尖塔に変えてしまった。美しく荘厳なのは見た目ばかりで、中身の伴わない虚飾の城に。

「確かにわたくしたちには、はりぼての城がお似合いかもしれないけれど。まさか無くなる時まで一緒だなんて」

 エフィはくすりと笑った。
 貧困に喘ぐ民を顧みず、無謀な戦争と浪費に勤しみ、臣に反旗を翻される王族の最期にはふさわしい舞台だろう。
 城を取り囲む反乱軍に火矢を射かけられたのか、白く美しい王城はみるみるうちに炎に呑まれ、黒煙を上げていた。

 もはや誰の目にも明らかだった。三百年の歴史を誇るスヘンデル王国は、今ここに滅びるのだ。
 そして、エフィも――現国王の第一王女エフェリーネ・ウィルヘルミナ・スヘンデルもまた、この城と運命をともにするのだと。

「……だからこそ、わたくしは、、死ぬわけにはいかない!」

 エフィは覚悟を決めて、止まっていた足を再度動かした。
 向かう先は王城の裏手、崖下の湖へと繋がる道だ。
 築城の際に、城のバルコニーから美しい湖畔の風景が眺められるようにと、周囲の建物は全て撤去され、近くに住んでいた民は土地を追われた。
 城の近くに拠点を置ける拓けた場所が無い以上、湖側には反乱軍も陣を敷いていないだろう。

(いえ、もしも、この抜け道の存在を知っている者が反乱軍の側にもいるなら――)

 思い浮かんだ面影を、そんなはずはないと即座に打ち消した。
 エフィがかつて唯一『秘密の抜け道』を打ち明けた相手は、とうにこの国を見放して去ったのだから。
 だから、今さらそんな『もしも』が起こるはずがない。

 切り立った崖面には、階段とは名ばかりのわずかな凹みが設けられている。
 エフィは眼下の湖へ落下しないよう慎重に、されど素早くその凹みに手足をかけて、順調に降っていった。常人でも足がすくみそうなものを、きらびやかな白いドレスを身にまとったまま軽々と。

「やっぱり、もっと動きやすいドレスにすればよかったわ。でも、仕方ないわね。これが一番もの」 

 スヘンデル王国一の仕立て屋が一番高級な生地を外国から取り寄せて、種々の宝石を散りばめて作った、とてつもなく高価な美しいドレス。
 下々の民の稼ぎでは一生かかっても手に入れられないような、街を出歩けば民からの憎悪を一身に向けられそうなドレスが、エフィにとっての最後の鎧だった。

(この道を抜けたら、まずは州都に向かいましょう。わたくしの顔を知っている相手に早く会わないと。それから……あら?)

 無事に崖を降りきって、エフィは湖畔の森の中に身を潜めた。
 予想通り、ここまでは反乱軍も陣を敷いていない。だが、彼女の視線の先には一人の男が立っていた。

(近隣に住む木こりや猟師? お父様が立ち去らせたはずよ。反乱軍からのはぐれ者かしら?)

「そこにいるのは、何者だ」

 エフィが考えを巡らせているうちに、男はつかつかと歩を進めた。
 鋭い誰何の声を聞いて、エフィはにこりと微笑んだ。――ああ、よかった。

「はじめまして。反乱軍の指揮官殿とお見受けします。わたくし、エフェリーネ・ウィルヘルミナ・スヘンデルと申しますの」

 ああ、よかった。
 身なりのいい服装も、低い声の訛りのない発音も、理性的な態度も、目の前の男が反乱軍の中でもそれなりの地位に就いていることを示していた。
 これなら、きっと正しく伝わるだろう。

「あなたは、わたくしのこと、ご存知かしら」
「……知らないわけがないだろう。第一王女がわざわざこんなところに、何をしにきた? 投降か?」
「いいえ」

 そうではない。
 万が一にも『投降』などと勘違いされて、助命されてしまったら困るから、わざわざここまで出向いてきたのだ。

「わたくしは、王女でありながら情けなくも城を捨てて逃げてきたのですわ。避難には向かないような装飾品を欲深く身につけて、一人だけ逃げ出したところを、正義の騎士様に捕らえられるのです」
「は……? 何を言ってるんだ」

 敵に見つかったのに全く慌てるそぶりが無いことも、発言の内容も、理解の範疇を超えていたのだろう。
 訝しむような顔をした男に向かって、エフィは完璧な淑女の礼をとった。

「わたくしは断首台の上で、殺されて当然の愚かな王女らしく、見苦しく泣きわめき悪態をついて逃げまわりますので、どうかあなたがわたくしの首を落としてくださいませんか?」
「何を、」
「ここまで進んだ争いは、血が流れなければ終わりませんわ」

 覚悟ならとうの昔に決まっていた。
 死ぬ覚悟ではなくて、惨たらしく殺される覚悟なら。
 愚かで傲慢な王女だって、それゆえに反乱――否、『革命』は正しかったのだと民の団結を高める礎くらいには、成れると思った。

「だって――わたくしは王女なのに、これまで民を見捨ててきたんですもの。最期くらい、王女らしいことをさせてくださいな」

 嫣然とした笑みに、男は気圧されたように息を呑んだ。
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