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2.明くる日の朝
しおりを挟むーー朝。
とはいっても、薄暗い路地裏に構えている黒猫亭に、天の恵みとも言える朝日は殆ど入らないので、「窓から差し掛かる光が……」なんて美しい朝を迎えることは無い。湿気は魔法で何とか出来るからまだマシだが、この薄暗さにはどうにも気が滅入るというものだ。
寝具から出て顔を洗って1階に降り(俺の住処は黒猫亭の上の階だ)、いそいそと黒猫亭の掃除を始めていく。昨晩住人達がある程度綺麗にして行ってくれたおかげでそれも直ぐに終わり、今度は朝の仕込みを始めていく。
鶏卵を鉄の容器に割り入れ、魚の骨からとった出汁を混ぜ、保冷庫へ。一昨日住人が持ってきてくれた大豆を煮てスープに。そこに野菜やベーコンをポイポイと投げ入れ、ぐるぐる混ぜる。
「……はぁ、良い香り」
きっと今、路地裏には排気口から料理の香りが充満して、一種の暴力のようになっていることだろう。
黒猫亭で出す料理の下準備がある程度終わったところで、自分も部屋着から正装へと着替える。とは言ってもそんな大層な服装ではなく、ある程度の武装をするだけなのだけれど。
「……買い足すものあるっけ」
保冷庫をのぞき込み、首を傾げる。昨晩予想外の来客(客と呼ぶのも嫌だが)があったせいで、チーズが無駄に減ってしまった。……あ、あと牛乳も足りないな。今度は地下の貯蔵庫に向かい、野菜や肉類の在庫を見ていく。
住人に無償で食事を提供していると、どうしても肉や乳製品、調味料など貧民街では量産出来ないものは不足する。あとは、薬。病や怪我に効果をなす薬草は、魔力が豊かな森に自生するものなので、貧民街ではどうしても取れない。
貧民街にやってくる人々のほとんどは魔力を持たないか微量の人々なので、貧民街の土地が豊かになるにはどうしても限界があるのだ。
せめて、月に1回くらい配給とかしてくれても良くない?と国や王都の役所に訴えた所で、鼻で笑われるか不敬だと怒られるのがオチ。
「……鶏肉、山羊肉、卵、牛乳、チーズ、包帯、痛み止め、……くらいか」
カリカリと紙切れにメモをし、貯蔵庫を出る。1階に戻って水を1口飲み、小さく息を吐いた。
『善行を積んで救われたつもりカ?我々に救済なんてナイ』
耳障りな声が脳裏をよぎる。
そんなつもりでここに住んでいる訳では無い、と声を大にして言えなかったのは、少しでも自分にそのつもりがあったからなのだろうか。
ツキツキと痛む頭を抑えてもう一度溜息を吐けば、外の陰鬱な湿気が室内に入り込んでじわじわと染め上げていくようで。魔法で除湿しているはずなのに、気分は下がるばかりだ。
『この世界を裏切るつもりか?テオ』
『世界を謀る大犯罪者が!!!二度と我が目の前に現れるな!!!』
『お前には死すら生温い』
ぐわん、ぐわん、と。かつてかけられた言葉の数々は、今も俺の心を突き刺して鎖のように拘束する。
大犯罪者、ねぇ。
「仕方なくねぇ?……だって、法律がおかしいって……」
誰にともなく小さく呟けば、思ったよりも随分頼りなく細い声が出た。
魔力のない人を切り捨てて、職を失った人を切り捨てて、それに異を唱える人を切り捨てて、赦しを請う人を切り捨てて。
それで、世界一平和な国と呼ばれる事を許し自負さえする、この国の為政者が赦せなかっただけ。
『お前まで、私を裏切るのか』
『お前が、私を捨てるか』
「ーーあーあーあー、やめよやめよ!折角の朝なんだから」
パンッと両頬を軽く打ち、目を閉じる。
今の俺は、【世界を謀る大犯罪者】なんかじゃない。ただの路地裏暮らしのテオなのだから。これからやってくる貧民街の住人達にこんな暗い顔を見せるわけには行かない。
気付けば開店の時間はすぐそばまで迫っていた。
「おはよー!テオ!」
「あぁ、おはようネナ」
「テオ、これパパとママが持っていけって」
「お、ロロの実じゃねえか。ありがとなーロイド」
次々にやってくる子ども達を受け入れ、時折その頭を撫でる。すると彼らは嬉しそうな顔をしてそれを受け入れてくれるから。
俺がしたことーーしていることは間違いなんかじゃない。
「……だよな?」
「どーしたの?テオ」
「悩み事?」
「いや、大丈夫。ありがとなー」
「うん!!」
「おや、悩み事さね」
食品を買い足しに平民街ーー【クローバー地区】にある馴染みの店に行くと、聞き慣れた声。振り向くと、この店の長である老婆が近くに立っていた。
ちなみに、クローバー地区は商業系のギルドが沢山入っている王都の中でも有数のギルド街でもある。冒険者や旅人なども多く徘徊し、彼等も出店を出すことを許されている為、異国の品々も多く手に入る発展した街だ。
俺は買い出しの際、大体この街に出没している。路地裏暮らしだけど、それっぽい格好さえしていれば騎士団や傭兵ギルドの目に留まることもそうそうない。
違法だって?法が悪くね?
老婆はいそいそと俺の隣にやってくると、「贈り物さ」と言って小さな小袋を手渡してくる。途端嫌そうな顔になったのがバレたのだろう。彼女はニタニタと嫌ぁな笑い顔を浮かべると、すぐさま俺から距離を取った。
成程、返却は禁止らしい。嫌々ながらも鞄にしまい込むと、老婆は満足そうにニタニタと笑う。
「お主の悩み事は何じゃろうなぁ?お主はいつ見ても悩んでおる」
「……今はコレをどう処分するかで悩んでるよ」
「ホッホッホ、アレも、一途なものじゃ」
贈り主の顔を思い浮かべてしまい嫌悪に眉を顰めると、老婆は益々口角を上げた。
「お主を憎んで憎んで、憎んだ末にそれは執着へと変貌してもうた。かと思えば直接会いに来るほどの度胸は無い。若いのぅ」
「鬱陶しいだけだ。あいつが変わらない限り、俺も変わらない」
思ったより、硬質な声が出て。それにさらに顔を歪めれば、老婆の笑い声が響く。
彼女の気配が近付いてきた時点で人払いをの魔法をかけておいてよかった。でなければ今頃通報されているだろうから。
さっさと目的のものを手に入れて会計を済ませる。
老婆もこれ以上は話すべきでないと分かっているのだろう。引き際と品揃えだけはいいから縁を切れずにいるのだ。
買い物袋に手を触れ、魔力を込める。キラキラと魔力が煌めき、荷物は姿を消した。既に黒猫亭の貯蔵庫に納められているだろう。
老婆がパチ、パチ、と適当な拍手をし、「大したもんだの」と嘯いた。
「お主を失ったことが、如何に国にとっての損失だったのか……失って初めてそれに気付き、途端お主を追い回すのだから馬鹿な貴族共は面白いものじゃ」
「……そりゃどーも」
「ホッホッ、ーー楽しみじゃ。お主らがこの国を滅ぼすのが」
ホッホッホ、ホッホッホ。
不気味に笑う老婆は、黙りこくった俺の目をジィっと見つめ、小さく告げた。
「束の間の安寧はもう終わりじゃ。昨夜、異界から神子がこの国に降り立った。
ーー【救世主】の登場だ。
赦せぬだろう?」
「……あぁ、殺さないと」
そう呟けば、老婆は満足そうにニタリと嗤った。
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