路地裏の少年は逃げ惑う

笹坂寧

文字の大きさ
上 下
3 / 4

2.明くる日の朝

しおりを挟む




ーー朝。


 とはいっても、薄暗い路地裏に構えている黒猫亭に、天の恵みとも言える朝日は殆ど入らないので、「窓から差し掛かる光が……」なんて美しい朝を迎えることは無い。湿気は魔法で何とか出来るからまだマシだが、この薄暗さにはどうにも気が滅入るというものだ。

 寝具から出て顔を洗って1階に降り(俺の住処は黒猫亭の上の階だ)、いそいそと黒猫亭の掃除を始めていく。昨晩住人達がある程度綺麗にして行ってくれたおかげでそれも直ぐに終わり、今度は朝の仕込みを始めていく。
 鶏卵を鉄の容器に割り入れ、魚の骨からとった出汁を混ぜ、保冷庫へ。一昨日住人が持ってきてくれた大豆を煮てスープに。そこに野菜やベーコンをポイポイと投げ入れ、ぐるぐる混ぜる。


「……はぁ、良い香り」


 きっと今、路地裏には排気口から料理の香りが充満して、一種の暴力のようになっていることだろう。

 黒猫亭で出す料理の下準備がある程度終わったところで、自分も部屋着から正装へと着替える。とは言ってもそんな大層な服装ではなく、ある程度の武装をするだけなのだけれど。

 
「……買い足すものあるっけ」


 保冷庫をのぞき込み、首を傾げる。昨晩予想外の来客(客と呼ぶのも嫌だが)があったせいで、チーズが無駄に減ってしまった。……あ、あと牛乳も足りないな。今度は地下の貯蔵庫に向かい、野菜や肉類の在庫を見ていく。

 住人に無償で食事を提供していると、どうしても肉や乳製品、調味料など貧民街では量産出来ないものは不足する。あとは、薬。病や怪我に効果をなす薬草は、魔力が豊かな森に自生するものなので、貧民街ではどうしても取れない。
 貧民街にやってくる人々のほとんどは魔力を持たないか微量の人々なので、貧民街の土地が豊かになるにはどうしても限界があるのだ。

 せめて、月に1回くらい配給とかしてくれても良くない?と国や王都の役所に訴えた所で、鼻で笑われるか不敬だと怒られるのがオチ。


「……鶏肉、山羊肉、卵、牛乳、チーズ、包帯、痛み止め、……くらいか」


 カリカリと紙切れにメモをし、貯蔵庫を出る。1階に戻って水を1口飲み、小さく息を吐いた。

 
『善行を積んで救われたつもりカ?我々に救済なんてナイ』


 耳障りな声が脳裏をよぎる。

 そんなつもりでここ貧民街に住んでいる訳では無い、と声を大にして言えなかったのは、少しでも自分にそのつもりがあったからなのだろうか。
 ツキツキと痛む頭を抑えてもう一度溜息を吐けば、外の陰鬱な湿気が室内に入り込んでじわじわと染め上げていくようで。魔法で除湿しているはずなのに、気分は下がるばかりだ。


『この世界を裏切るつもりか?テオ』
『世界を謀る大犯罪者が!!!二度と我が目の前に現れるな!!!』
『お前には死すら生温い』


 ぐわん、ぐわん、と。かつてかけられた言葉の数々は、今も俺の心を突き刺して鎖のように拘束する。

 大犯罪者、ねぇ。


「仕方なくねぇ?……だって、法律がおかしいって……」


 誰にともなく小さく呟けば、思ったよりも随分頼りなく細い声が出た。


 魔力のない人を切り捨てて、職を失った人を切り捨てて、それに異を唱える人を切り捨てて、赦しを請う人を切り捨てて。

 それで、世界一平和な国と呼ばれる事を許し自負さえする、この国の為政者が赦せなかっただけ。


『お前まで、私を裏切るのか』
『お前が、私を捨てるか』


「ーーあーあーあー、やめよやめよ!折角の朝なんだから」


 パンッと両頬を軽く打ち、目を閉じる。

 今の俺は、【世界を謀る大犯罪者】なんかじゃない。ただの路地裏暮らしのテオなのだから。これからやってくる貧民街の住人達にこんな暗い顔を見せるわけには行かない。

 気付けば開店の時間はすぐそばまで迫っていた。




「おはよー!テオ!」
「あぁ、おはようネナ」
「テオ、これパパとママが持っていけって」
「お、ロロの実じゃねえか。ありがとなーロイド」


 次々にやってくる子ども達を受け入れ、時折その頭を撫でる。すると彼らは嬉しそうな顔をしてそれを受け入れてくれるから。

 俺がしたことーーしていることは間違いなんかじゃない。


「……だよな?」
「どーしたの?テオ」
「悩み事?」
「いや、大丈夫。ありがとなー」
「うん!!」







「おや、悩み事さね」


 食品を買い足しに平民街ーー【クローバー地区】にある馴染みの店に行くと、聞き慣れた声。振り向くと、この店の長である老婆が近くに立っていた。

 ちなみに、クローバー地区は商業系のギルドが沢山入っている王都の中でも有数のギルド街でもある。冒険者や旅人なども多く徘徊し、彼等も出店を出すことを許されている為、異国の品々も多く手に入る発展した街だ。
 俺は買い出しの際、大体この街に出没している。路地裏暮らしだけど、格好さえしていれば騎士団や傭兵ギルドの目に留まることもそうそうない。

 違法だって?法が悪くね?

 老婆はいそいそと俺の隣にやってくると、「贈り物さ」と言って小さな小袋を手渡してくる。途端嫌そうな顔になったのがバレたのだろう。彼女はニタニタと嫌ぁな笑い顔を浮かべると、すぐさま俺から距離を取った。
 成程、返却は禁止らしい。嫌々ながらも鞄にしまい込むと、老婆は満足そうにニタニタと笑う。


「お主の悩み事は何じゃろうなぁ?お主はいつ見ても悩んでおる」
「……今はコレをどう処分するかで悩んでるよ」
「ホッホッホ、も、一途なものじゃ」


 贈り主の顔を思い浮かべてしまい嫌悪に眉を顰めると、老婆は益々口角を上げた。


「お主を憎んで憎んで、憎んだ末にそれは執着へと変貌してもうた。かと思えば直接会いに来るほどの度胸は無い。若いのぅ」
「鬱陶しいだけだ。あいつが変わらない限り、俺も変わらない」


 思ったより、硬質な声が出て。それにさらに顔を歪めれば、老婆の笑い声が響く。

 彼女の気配が近付いてきた時点で人払いをの魔法をかけておいてよかった。でなければ今頃通報されているだろうから。

 さっさと目的のものを手に入れて会計を済ませる。
 老婆もこれ以上は話すべきでないと分かっているのだろう。引き際と品揃えだけはいいから縁を切れずにいるのだ。

 買い物袋に手を触れ、魔力を込める。キラキラと魔力が煌めき、荷物は姿を消した。既に黒猫亭の貯蔵庫に納められているだろう。
 老婆がパチ、パチ、と適当な拍手をし、「大したもんだの」と嘯いた。


「お主を失ったことが、如何に国にとっての損失だったのか……失って初めてそれに気付き、途端お主を追い回すのだから馬鹿な貴族共は面白いものじゃ」
「……そりゃどーも」
「ホッホッ、ーー楽しみじゃ。がこの国を滅ぼすのが」


 ホッホッホ、ホッホッホ。

 不気味に笑う老婆は、黙りこくった俺の目をジィっと見つめ、小さく告げた。


「束の間の安寧はもう終わりじゃ。昨夜、異界から神子がこの国に降り立った。

 ーー【救世主】の登場だ。

 赦せぬだろう?」

「……あぁ、殺さないと」


 そう呟けば、老婆は満足そうにニタリと嗤った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

噂の補佐君

さっすん
BL
超王道男子校[私立坂坂学園]に通う「佐野晴」は高校二年生ながらも生徒会の補佐。 [私立坂坂学園]は言わずと知れた同性愛者の溢れる中高一貫校。 個性強過ぎな先輩後輩同級生に囲まれ、なんだかんだ楽しい日々。 そんな折、転校生が来て平和が崩れる___!? 無自覚美少年な補佐が総受け * この作品はBのLな作品ですので、閲覧にはご注意ください。 とりあえず、まだそれらしい過激表現はありませんが、もしかしたら今後入るかもしれません。 その場合はもちろん年齢制限をかけますが、もし、これは過激表現では?と思った方はぜひ、教えてください。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

無自覚主人公の物語

裏道
BL
トラックにひかれて異世界転生!無自覚主人公の話

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

目覚めたそこはBLゲームの中だった。

BL
ーーパッパー!! キキーッ! …ドンッ!! 鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥ 身体が曲線を描いて宙に浮く… 全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥ 『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』 異世界だった。 否、 腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。

王道学園と、平凡と見せかけた非凡

壱稀
BL
定番的なBL王道学園で、日々平凡に過ごしていた哀留(非凡)。 そんなある日、ついにアンチ王道くんが現れて学園が崩壊の危機に。 風紀委員達と一緒に、なんやかんやと奮闘する哀留のドタバタコメディ。 基本総愛され一部嫌われです。王道の斜め上を爆走しながら、どう立ち向かうか?! ◆pixivでも投稿してます。 ◆8月15日完結を載せてますが、その後も少しだけ番外編など掲載します。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

処理中です...