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28.依存性友愛 そのさん

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「ナツ、しんどい?」


 俺の顔を覗きこむハルは、何処まで優しいのだろう。自分の方が余っ程傷付いていのに俺の心配なんてして。
 大丈夫、の意味を込めて笑うけれど、ハルは益々眉を下げる(当社比)だけだ。背後から自然と着いてくる八束センパイも心配してくれているのか、声を掛けて来ずに見守ってくれている。

 周りの人間が良い人であればある程、後ろめたくなる。こんなーー何も変えられないような、なんの価値もない人間を好いて関わってくれるなんて。
 罪悪感、劣等感、色んな思いが込み上げては、俺の何処かを切り刻んでいく。


「……なんか、疲れちゃったみたい。ごめん」
「俺も疲れた。明日もあるし今日は寝よ」
「うん、ごめん」
「なんで謝る?」


 心底不思議そうなハルが廊下のど真ん中で立ち止まる。連られて立ち止まれば、ハルは俺の正面に立つ。そして、俺の両手を優しく握り、再度俺を覗き込んできた。
 
 その顔が、あまりにも優しくて穏やかで。


「ーーッ、ぅ、」
「うん」
「……ッ、っ、なんかっ」


 ぶわり、と、奥底から湧き上がる衝動に視界が緩んでいく。両手が繋がれていくので拭き取ることも出来ず流れ出すそれに、廊下を歩いていた生徒達が騒然とし始めた。
 すると、ハルは「ちょっとごめん」と呟いて俺を抱き上げ、何処かへとスタスタ歩き出す。背後からは八束センパイの「今見た人は手を挙げてください」という威圧感たっぷりな声が微かに聞こえた。

 ぐず、ぐず、と汚く鼻を啜るけど、ハルは気にも止めていないようで、ただ俺を抱き上げる腕の力を強くし、先程とは違う空き教室へと入った。
 いつの間にか着いてきていた八束センパイに椅子を引かれ、そこに座らされる。目の前にしゃがみ込んだハルが再度両手を優しく握ってくれるから、八束センパイの声で引っ込みかけていた涙が再度じわじわ浮いてきてしまった。


「聞かせて」
「な、んか、なんで、あんなッ」
「うん」
「もっと考えろよッ…、ハルのこ、こと、大事なら、もっとあるだろッ…」
「うん」


 ただただ優しく頷いてくれるハルにぐったりともたれかかれば、ハルは優しく抱き留めてくれた。いよいよ堪えきれなくなった涙がボタボタとハルの肩を汚す。


「でもッ、ハルのことなのに、かっ、勝手に…ッ」
「勝手に?」
「勝手にッ、俺が、傷付いて…ッ」
「優しいね」

「違う!!!!」


 ハルに向かって、大声で怒鳴ってしまった。そう理解して慌てて「ごめん」と謝れば、ハルは不思議そうに首を傾げて。

 そうやって、何でもかんでも受け入れないでくれ。でなければ、もうそろそろ本当にハルがいないと生きていけなくなってしまう。ハルがいないと、自分で立てなくなってしまう。
 何が悲しいって、ハルはことだ。御門クソゴミ野郎の事件があったからこうして俺を頼ってくれているけれど、ハルは何時か俺なんていなくてもまた直ぐに自分で歩いて行けるようになるのだ。

 ーー俺だけが、いつだって。

 グッと唇を噛み締め、目を閉じる。ハラリと一雫の涙がハルの肩に落ちたが、ハルはなんでもないように微かに笑んで俺の高等部を抱き締めるように撫でた。


「おれは、…お、おれ、」
「うん」
「は、ハルを、秋風クンに取られたくないッ…取られたく、ないしッ、」
「うん」
「勝手に傷付いてるし、ど、独占欲凄いしッ…、おれ、迷惑だ…」


 ほら、今だって自分で言っておいて自分で傷ついて、本当に馬鹿みたい。自分で立っていられない癖して一丁前に独占欲だけは強くて周囲を拘束する。
 誰かが俺かハルを尊重する素振りを見せる度に、信じてみたくなる。で、勝手に俺のことじゃないのに裏切られた気持ちになって。

 救いようがない。

 はらりと落ちていく涙の粒をぼんやりと見つめる。こんな風に消えてなくなれるなら、なくなりたい。
 怖いし、辛いし、しんどいし、でも誰か寄る辺を探すしかないし。本末転倒じゃないか。いっそ駒のように倒れてしまった方が楽かもしれない。
 
 ヘラ、と笑ってもう一度「ごめん」と囁く。すると、そんな俺をただじっと見て聞いていたハルが、俺の頭を撫でてくれた。


「嬉しい」
「……え」


 気持ち悪い。押し付けんな。最低だ。

 そんな言葉ばかりを予想していた俺にとって、返ってきた返事は完全に想定外のもので。文字通り固まってしまった俺の目を真っ直ぐ見つめたハルは、再度「嬉しい」と呟いた。


「もっと駄目になって」
「でも、自分勝手に、俺、」
「俺もそう。ナツに勝手に同調して今ここにいる。悪いことじゃない。だって隣にナツがいてくれるから」
「いる、いるよッ、ハルが要らなくならないかぎーー」
「ならない」


 ギュム、と両頬を掌で潰され、タコのような顔になってしまう。抵抗も出来ずに目を見開いている俺を心底真面目に見つめてくるから、なんだか変な気分だ。
 

「……、ね、」
「うん」
「いつか離れるなら、ちゃんと聞かないで…」
「離さない」
「嘘」
「ナツ俺から離れるの?」


 挟まれた手に力が入る。え、なんか……え?ふお、不穏になってない?

 徐々に徐々に力が込められ始め、頬骨に痛みが走り始める。顔を歪めるけれどハルは気にした様子はなく、益々力を込めて来る。
 八束センパイ助けて、と思ってチラリと横を一瞥すると。おいおいおいおい何肝心な時に端末弄ってんだ。痛い痛い痛い痛い。


「駄目だよナツ。一緒にいるって言った」
「い、いた」
「痛くしてるから。酷い事言うから仕返し。なんで?離れるって何。俺はとっくにナツのことも俺自身のことになってる。ナツもそうなればいい」
「……ぇ、」

「ナツが同じ所まで来てくれて嬉しい」


 ーーずっと一緒。

 耳元で囁かれ、抱き締められる。


「俺の1番はナツ。ならナツの1番も俺であるべき」
「そ、そうだよ今」
「うん。だから俺より大切なもの作ったら怒るから」
「………………」
「おい」
「ヒェ」


 ハルってそんな低い声出せんの?ポカンと顔を見上げると、じっと深淵のような濡れ羽色で睨まれた。もう一度頬を押さえつけようと構えられたので、俺は慌てて八束センパイの背後に隠れる。

 あ、益々ハルの機嫌が急降下し始めた。不味い。八束センパイは何故かずっと端末に何かを打ち込んでいる。

 でも。
 決して怖くはない。御門と八束センパイの時のような絶望や恐怖は一切なくて、ただただぬるま湯のような心地良さが俺を包んでいた。
 ある種、優越感に近いのかもしれない。だって、ハルは秋風君がどれ程縋っても話を聞こうとはしなかった。だけど、ハルは俺を追い掛けてくれる。

 その事実に喜んでいること自体が俺の汚さだとは分かっているけれど。


「ーーふ、ふふ」
「俺怒ってるんだけど」
「へへへ……ごめん、ふへへ、」


 へにゃりと頬が緩んでしまい、口元を抑える。ハルはじとりと俺を暫く間見つめ続けていたけれど、諦めたように溜息を吐いて、微笑んでくれた。
 ぽふぽふと頭を撫でてくれるハルに抱き着けば、抱き締め返してくれる。


「ハル、はーる、俺だけのね」
「うんナツもね」
「うへへー……ふふ、ふ」
「離さないから」
「んー、離さないで」


 ふふ、御門、俺ハルのものだからやっぱりお前のものにはならないよ。そんな愉悦が込み上げてきて、ハルの胸の中で嘲笑う。
 性格が悪くても卑しくても良いさ。誰に嫌われようがハルは俺のだから。それに、八束センパイもいるし。

 俺はくるりと振り返り、八束センパイを見つめる。いつの間にか端末をしまい、ハンカチで目を覆って打ち震えている彼は、俺達の視線に直ぐに気付いてコンマ1秒で姿勢を整えた。


「俺は八束センパイのものにはならないけど、八束センパイは俺のものでもいいですか?」


 酷い事言ってごめんなさい。でも、八束センパイは俺を裏切らないって言ったもんね?
 ニッコリ笑って告げた俺に、八束センパイは陶酔したような笑顔を浮かべる。恭しく頭を下げて胸を抑えた彼は、「勿論です」と確かに告げた。


「この八束 要、夏樹様と春名様を一生涯ーー否、死後の世界までお仕えいたします」
「やったー」
「至上の慶びにございます……」


 誰にも侵害されない俺のもの、2つも手に入れちゃった。


「所でさっき誰と連絡してたんです?」
「風紀委員長です。夏樹様と春名様の邪魔をしないよう釘を指しておきました」
「ふーん、俺を無視して?」
「どうか俺を八つ裂きにして罰して下さい」


 ……発想が怖い。
 とりあえずチョップだけしておいた。








  






「よォ」
「…………」


 人形のような美貌を見下ろし、真宮は笑いかける。しかし、彼は真宮を見返す事も、答えることもない。
 分かりきった事実を前に動揺することも無く、真宮は気ままに言葉を紡いでいく。

 
「俺もお前ももっと互いに正直だったら夏樹と春名みてェになれたのかもなァ」
「……」
「これでももっと早く気付ければ、って後悔してんだぜェ?そしたら、お前は俺のもので、俺はお前のものだった」
「……」


 時すでに遅し。たらればなんて、想像するだけ無駄のこと。そう諦める気持ちと同じ位、もしもの可能性を考えてしまう。
 笑顔は崩れていないだろうか。崩れた所で目の前の男に真宮は
のだが、それでも男が褒めてくれた格好良い己でありたかった。

 真宮はゆっくりと息を吐き、男の艶やかな髪を見下ろす。触れたいけれど、触れることは赦されない。
 これ以上、


「…………諦めねェよ、俺は。お前を」
「……」
「夏樹のおかげだァ。お前がどれだけ苦しかったか辛かったか、俺ァ想像もしなかった。彼奴が逃げたって聞いて、真っ先にお前の言葉を思い返した。……何も知りもしないで勝手にお前に裏切られた気になってた事に気付かされた」
「……」
「ぜってェ助けてやるから」


 ひくり、と微かに動く男の喉元に気付き、真宮は微笑む。至上の幸せを得たとでも言いたげなその笑顔は、ここに他の人間がいれば一瞬で恋に落ちるだろう程美しいもので。
 愛してる、と告げれば、男の美しい瞳から一粒の雫が零れた。

 あァ、それだけでーー。


「お前は動かなくていい。全部俺に任せとけェ」
「……」
「ぜってェ俺が勝つ。お前を連れ戻す。どれだけ辛くても恐ろしくても、それだけは忘れるなァ。

 今もずっと、俺の唯一はお前だけだ」
「……」


 なァ、夏樹。お前には本当に感謝してるんだ。自己中だと、私利私欲だと罵られようがなんだろうが、この借りは必ず返す。


『今更正気に戻ったって赦されると思うなよ、真宮。

 罪を償え。償いきれない罪で死ね。夏樹様と春名様を見殺しにしたなら、夏樹様と春名様の為に動いて死ね』


 点滅するメッセージ通知を見つめ、真宮は美しく儚く笑った。
 

『分かってる』


 死んだ後に、この男が自由に笑える未来があるのならば。

 もう、真宮はそれだけで十分なのだ。
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