元会計には首輪がついている

笹坂寧

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21.風紀委員会 そのいち

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 結論から言うと、ハルの怪我は『夏樹 颯夏親衛隊からの制裁によるもの』として正式に処理された。本当はなかったことにしなかっただろうが、ハルの怪我は顔にまで及んでいたため、揉み消すことは出来なかったのだろう。
 マジで気に食わなかったが八束センパイの紹介で適切な検査を受けることができたので、今回はそれで手を打とうと思う。でも御門は死ね。あと2人も。

 医師の診察を受けた所、ハルは頭などを打ってはいたものの、軽い脳震盪で後遺症の心配も恐らくないだろうとのことだった。とはいえ脳震盪は油断ならないので、暫くは衝撃にとにかく気をつけるように、と。
 
 ーーでも。

 
「ハル、いきましょー」
「……うん」


 精神的なダメージは深刻だ。
 徹頭徹尾無表情なので一見堪えていないように見えるが、今回のことはハルの中には明確なトラウマとなって残っている。

 まず、監査委員会に顔を出すことができなくなった。今は怪我を理由に休んでいる事になっているが、監査委員長からの裏切りは何よりもハルの心を傷付けたらしい。
 もう間も無くに迫っている『新入生歓迎会&交流会』の仕事をサボれると喜んでいる素振りをしていたが、その身体は小刻みに震えていた。

 また、今までにも増して、俺以外の人間からの身体接触を避けている。
 今までは相手から触られる分には特に気にせず受け入れていたが、今は触れられないように距離感を保つようになった。暴力を振るうときは教科書や定規など、遠距離武器を用いている。

 唯一の救いは、俺からの接触だけは受け入れてくれていること。今も俺はハルと手を繋いで廊下を歩き食堂に向かっている。
 ちなみに、彼は手指も怪我していたので現在料理は禁止である。俺がやろうと思ったけど無理でした。


「ナツ、俺から離れないで」
「勿論。ここ座りましょーか」


 ぼんやりと思考に耽っていると、少し距離が空いていたらしい。グイッと引っ張られてぶつかる身体に顔を上げれば、無表情のハルが俺を見下ろしていた。
 俺はにっこり笑い返してハルの手を握り直し、空席に誘導する。食堂からは悲鳴が飛んだが、無視だ。

 本当は人の気配が多い食堂になんてハルを連れてきたくはないのだが、真面目に人を殺しかねない作品を生み出してしまったので、仕方がない。

 俺はおばんざい、ハルはうどんを頼み、息を吐く。


「ナツ」
「んー?」
「もう離れないで」
「うん、ハルも俺のそばにいてね」
「うん」


 時間さえあれば、こうして俺の存在を確かめるハルに、俺も何度も同い言葉をかえす。何度も何度も同じことの繰り返しだけれど、きっと大切なことだ。
 手を繋いだまま微笑みかけるけれど、ハルはずっと不安なままだ。無表情で俺の手を握る力を強める。

 ハルをダシにして俺を引き出そうとした御門のことは、絶対に許さない。あんなことをしておいてのうのうと過ごしていることを許すわけもなく、俺は八束センパイを通じて御門に全面戦争を仕掛けている。
 八束センパイ曰く、あの日以来親衛隊の結束はますます強固なものになったらしい。人数の多い御門の親衛隊をものともせず御門に直接攻撃を行っているとのこと。褒めたら滅茶苦茶喜ばれて引いた。

 
「絶対に御門だけは殺す」
「一緒に」
「もちろん。俺、ハルがいないと立ってられないから」
「うん、俺も」


 ナツがいないと駄目だ。

 その言葉を、嬉しいと思ってしまう俺は、罪深い男だ。本当ならば彼が今まで通り格好良く過ごす姿を望むべきなのに、俺は俺がいないと立っていられないハルに歪な歓喜を覚えている。

 だって、ハルには俺が絶対に必要なのだから。何があっても、俺を望んでくれるよね?

 仄暗い愉悦を抱える俺も、御門達のことを言えないくらい性格が悪い。でも、俺を俺として欲してくれる類い稀な存在を失いたくない。
 ごめんね、ハル。汚い人間で。
 


 ーーぎゃああああああああ!!!!!


「……あぁ、生徒会ですねえ」
「……」


 食堂の扉が開いたと同時に、大歓声が食堂を満たす。次いで入ってきた生徒達を見て呟けば、ハルが不愉快そうに眉を顰めた。
 入ってきた生徒会役員達は、補佐も含めて皆で仲良くお食事らしい。『銅階級』のお上にある『金階級』の座席に着くために俺達の近くまで歩いてくる。

 生徒達も、『銅』の席に座っている俺達と、それに近付く生徒会役員共に興味津々らしい。「勧誘なされるのかしら」「どうだろう」なんて囁き声があちこちから聞こえる。
 とはいえ俺は彼らと話す気など毛頭ないので、あえて視線を合わせるような真似はしない。届いた料理を何食わぬ顔で食べていると、目の前に影がかかった。

 ……どの面下げて、関わってくるのだろう。


「よぉ颯夏」
「……なんですかー?」
「そろそろ生徒会に入る気になったかぁ?」


 御門の言葉に、事情を知らない一般生徒達が湧き上がる。まさか断るとは思ってもいないのだろう。
 俺はニコリと愛想笑いを返し、机の上にあるハルの手を握った。途端、御門の顔が不愉快そうに歪められる。

 ハルも見せつけるように俺と恋人繋ぎをすると、真っ直ぐに御門を見上げた。ーーこういうところは本当に強いなぁと思うけれど、そういうところが人間を惹きつけるのだ。
 ニヤニヤと笑って俺たちの様子を見守っている現生徒会長を一瞥し、俺は密かに溜息を吐いた。


「生徒会ですかー?」
「あぁ。さっさと戻ってこい」
「会計補佐ですかー?」
「決まってんだろ」


 にこーーー、と笑う俺を訝しげに見つめる御門。


「なんで入ると思ってるんですかー?」


 ざわり。と、食堂が揺れる。

 俺はニコォ、と笑みを深め、御門を見上げる。その笑みに浮かぶ嘲笑を正確に読み取ったのだろう。彼はピクリと眉を顰めた。
 この前からの今日で、脅しになったとでも思ったのだろうか。こんなに浅はかで愚かな奴だとは思っていなかった。

 俺は努めて余裕のある表情を作り、生徒達にである様に印象付ける。視界のはしで、興味深そうに此方を眺める現生徒会役員達が映った。


「じゃあー、俺がついていきたいなーと思うような人になって下さーい」
「ぁあ"?お前、」
「わー、そんな脅しみたいな、やめてくださいよー怖いなぁ」
「怖い、だぁ?」
「そうですよー。そんなんだったら俺ーー


 風紀に入っちゃおうかなー」


「ーーは?」


 御門の目が、これでもかと言うほど見開かれる。同時に、食堂が一気に騒然とした。

 風紀委員会と生徒会は、代々敵対関係にある。つまり、生徒会役員であった俺が風紀委員会に入るなんてことがあれば、それは生徒会を裏切ったことになるということだ。

 暗にをした俺をみる生徒会の目つきが次第に厳しくなる。それだけでも背筋が凍る程の恐怖が俺を包み込んだ。
 ーーだけど、ハルがギュッと繋いだ手に力を込めてくれて。俺がハルをみると、ハルも俺を見つめてくれる。

 そうだね。俺にはハルがいる。
 だから、大丈夫。


「実は、風紀委員長様から、お誘いをいただいてましてー」
「はぁ"?」


 これは、御門ではない。

 愉しそうに傍観していた現生徒会長から、地獄から這い出してきたかの如き恐ろしい低音が響いた。その気迫に、近くの生徒が数人失神する。
 運ばれていく彼らをチラリと見つめつつ、俺は微笑みを崩さない。ハルがいれば、この男も怖くないと思い込もう。

 ちなみに、風紀委員長から勧誘を受けたのは本当のことだ。ハルも同席の場で勧誘を受けたので、ハルも当然のことのように頷いている。

 御門の追求の視線に応え、経緯を説明しようと口を開いたーー

 
 その時。


 ーーぽん。


「そうだぜェー?よォ、生徒会共。辛気臭ェ顔してんなァ?」


 背後から近付いてきた男が、俺の両肩に手を添えて。途端走る怖気をなんとかこ堪えつつ俺は笑顔を保つ。

 そんな俺とは反対に。
 生徒会役員達が、その顔を実に素直に憎悪に染めた。


「なァ。夏樹」


 見下ろしてくる黄金を見上げ、俺はもう1度強くハルの手を握った。

 にこぉ。


「ーーはーい。風紀委員長」

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