元会計には首輪がついている

笹坂寧

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15.知らぬが仏

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 1年B組、模部 一もぶ はじめ
 通称、モブ1。

 その名に違わぬ平凡な顔、低くも高くもない身長、平均な成績、平均的な運動神経。家柄だけは非凡だが、生憎三男である俺は家を継ぐことなく放り出されることが決定しているので結局平凡な人生を歩むことが決定していた。
 しかし、そんな俺は今、人生でも1度あるかないかーー恐らくないであろう貴重かつ恐ろしい体験をしている。


「ど、どうぞ……」
「ありがとーございますー」


 にこ、と笑って俺からプリントを受け取ってくれる夏樹 颯夏様。中等部では中等部からの編入生という立場でありながら生徒会会計を務め上げた猛者だ。
 授業をサボりがちだったり親衛隊を食い散らかしていたりと不穏な噂話はあるものの、会計としては有能な人材だったらしい。

 そんな彼がB組の、俺の後ろにくる確率よ。人生レベルの運を使い切ってしまったのかもしれない。
 ブルブルと震える手で何とかプリントを渡し、直ぐ様そのご尊顔を見ないように前を向く。俺如きモブ1が彼と目を合わせでもしようものなら親衛隊に殺される。

 しかし、これだけならばまだ奇跡とは言えない。これは、本当に俺の席と俺の横の席の生徒だけが聞くことが出来るーー


「ナツ、ここ教えて」
「ハルって意外とお馬鹿だよね」


 夏樹様の、タメ口。

 オールウェイズ敬語(敬意が伴っているのかは微妙と思われる)を使っていた夏樹様の、タメ口。
 ちらりとこの感動を共有したくて隣のモブ2を見れば、彼はブルブルと目を血走らせて震えながらノートに何かを書きなぐっていた。……怖、喋りかけんとこ。

 ーーとにかく。
 夏樹様の療養明けからまだ日も浅いと言うのに、イカレサイコパスこと春名と随分仲良くなったらしい。
 互いにすっかり気を許した様子で勝手に机を近付けてヒソヒソ話す2人は、彼等を知らない人間が見ればずっと前から仲の良かった親友と勘違いするレベルで仲が良い。


「ハルー、今日の夜ご飯何?」
「何がいい?」


 この時点で、春名が相手を思いやっている姿に俺達モブは恐れ戦くのだが、夏樹様は当たり前のようにそれを受け取って晩御飯のメニューを考えている。

 夏樹様は、病的とまでは言わないもののかなり心配になるレベルで細身である為、春名は毎日しっかり3食ご飯を食べさせているのだとか(夏樹様の親衛隊談)。
 その甲斐あってか、夏樹様が戻ってこられてから数週間で、彼の顔色はかなり良くなったと思う。

『夏樹 颯夏ですー』

 そうヘラりと笑顔で自己紹介をした彼を見た時。浮かれた1部の生徒を除いて、殆どが彼の顔色の悪さに驚いたのでは無いだろうか。
 ご病気だったと言われても納得のその様子に、B組の親衛隊員は完全に過激化している。


「アッサリしたものが食べたいかも」
「まだガッツリはキツい?」
「んー、キツい」


 ブワッと込み上げてくる感情を抑える為に目を覆って天井を見上げる。
 そうだよね!まだガッツリ肉とかはしんどいよね……!と謎に後方保護者面をしつつ盗聴を続けれていれば、春名が凄く心配そうに「そっか」と相槌を打った。

 そうだよね!心配だよね……!!

 隣の席のモブ2はカッと目を見開いたかと思うと、ノートに何かを書き綴って机に突っ伏して頭を抱えている。何をそんなに悩んでいるんだ。
 しかし、モブ2人の意味不明な行動に一切気付かない(気付いてくれなくていい)彼らは、和やかな会話を続けている。

 
「魚は?」
「鰆?」
「そ、この前届いた奴」
「食べたい!西京焼きだ」
「食べれる?」
「うん。そのくらいなら」
「汁物はお吸い物にしようか」
「あっさりだ」
「そう」


 か、可愛い……。

 振り返る事は出来ないけれど、きっと夏樹様ニコニコと可愛らしく笑っているのだろう。春名は確実に真顔だろうが。
 
 無事夕食のメニューが決まったらしい2人は、「お昼ご飯は洋食にしようかな」なんて談笑しながら教室を後にする。
 ちなみに、確かにチャイムはなったけれど、授業はまだ終わっていない。声をかけあぐねていた教師がしょんぼりとした顔で項垂れている。


「あの2人仲良すぎじゃね……」
「この前なんて手繋いで歩いてたからな」
「チャラチャラ会計は兎も角、春名が彼処まで距離詰めると思わなかった」


 B組の主な緊張材料である2人がいなくなったこともあってか、生徒達が皆思い思いに話し始める。教師はこれ以上の講義が難しいと早々に判断し、適当に授業を切り上げて出て行ってしまった。そこに関しては感謝しかない。なげぇんだよ延長すんな。
 俺は隣の席のモブ2に近付き、当たり前のような顔で鼻血を拭いている彼に声をかけた。


「……やばくね、この席」
「やばい。親衛隊にバレたら確実に嫉妬で制裁だな」


 夏樹様のSSRタメ口を耳に入れるなんて幸運を得たモブの末路は残酷だ。絶対に墓まで持っていかねばならない秘密ができてしまった。
 モブ2は小さく「最高」とだけ呟き、何やら書き殴っていたノートを閉じた。


「そういやさ、お前何書いてたの。授業じゃなかったよな?」
「企業秘密」
「企業が絡んでるのか……?」
「そう。どっちがどっちかっていう、解決すればノーベル平和賞受賞ものの問題に立ち向かってるんだよね」
「すげぇなお前」


 何だよ全然モブじゃないじゃないか。裏切られた気分だ。ところでどっちがどっちってなんだ?と質問をした所「企業秘密」と返されてしまった。門外不出って奴か。

 それきり思考の海に沈んでいってしまったモブ2は放置して、俺は教室を出る。向かうは彼らも向かったであろう大食堂である。
 



 ざわざわと賑やかな大食堂の通路を歩き、適当な空席に腰掛ける。俺はモブらしく『白階級』なので、空席は争奪戦なのだ。悠長に場所など選んでいられない。
 さっさとラーメン餃子炒飯セットを頼み、ぐるりと周囲を観察する。

 
「あ、」


 偶然俺が取ったのは『銅階級』の席の近くだったらしく、割とすぐそばの席に件の2人組が座っているのが目に入った。相変わらず4人用の円卓で対面でなく隣り合って腰掛けている2人は、『人気者』が余り食堂にいないこともあってかなりの視線を集めている。


「あぁ、麗しい」
「なんであんな平凡が……」
「ちょ、本人に聞かれたら殺されるよアンタ」
「ヤリてえーマジでエロくね?」
「正直さ、春名もエロくね?スタイル良いし」
「それな。食べる口エロ……咥えさせてえ」


 おいおい、後半不穏だな。聞こえた声に思わず振り向けばーー


「そこのお2人、少しお時間を頂いても?」


 あ、終わったな。あの2人。
 ニコォ…、と歪な笑みを浮かべて立つ、俺からすると雲の上の存在その3。夏樹様の親衛隊隊長を務めている八束様。ビクリと震えて振り返った男達は途端に顔を真っ青にして謝罪し始めた。


「お話は別の場所で伺いますね。此処では夏樹様の迷惑になりかねませんので」


 いや、夏樹様気付いてもいませんが。
 どちらかというと周囲を囲んでいる俺達一般生徒を心配して欲しかったが、八束様にそれを求めるのはお馬鹿のすることである。
 彼の合図で数名の生徒達が静かに現れ、無表情で男達を拘束していく。抵抗した1人がしっかり首絞めで落とされるのを見てしまった俺は思わず呻き声を上げた。
 およそ数十秒で拘束を終えた親衛隊員は、無言のまま食堂の外へと男達を連れ去っていった。


「……ぇ」


 ラーメンが伸びる前に食べてしまわねば、と全てを見なかったことにして(何人か風紀に通報しようとしている生徒もいたが八束様の笑顔に悩殺されていた)振り返った俺は。
 
 ーー夏樹様?

 夏樹様が、見たこともないような冷めた表情で、八束様の方を見つめているのを見つけて。
 思わず瞬きをしてもう1度確認すれば、その時にはもう彼はいつもの夏樹様だった。笑顔で無表情の春名に話かけ、楽しそうにスープパスタを頬張っている。

 勘違い、だろうか。
 夏樹様が、あんなーー寒気がするような無表情をするだろうか。しかも、それを男達にではなく、親衛隊隊長に向けるなんて。


「……まさか、な」


 きっと、勘違いだろう。そう結論づけた俺は目の前のラーメンセットを食い尽くすべく先ほどの出来事全てを思考の隅に追いやる。

 モブ1は、知っているから。

 この学園において、ことは破滅を意味する、ということを。
 あの2人が何かを抱えていたとして、モブにそれを知る必要などない。
 

「……関わらんとこ」


 関われるはずもないのだけれど。

 自分のようなモブは、ただ傍観していれば良い。

 
 
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