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7.イカれたメンバー そのいち

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「……」
「……」
「……」
「……」


 理事長から受け取った端末を翳し、会長に案内された部屋を開け。

 入室し、廊下を突っ切った先のリビングに座っていた男とバチりと目が合って。

 
「……」
「……」
「……」
「……」


 かれこれ5分程、俺たちは無言のまま見つめ合っている。

 何故か先に目を逸らしてはいけない気がして耐久しているのだが、相手は相手で永久に俺から目を逸らさないし何も話さない。
 突然入ってきた俺に訝しげな表情や驚いたような表情でもすればまだ人間味があるのだが、何故か彼は八束センパイばりの無表情で俺をガン見し始めたのだ。俺は俺でもし彼が襲いかかって来でもしたらと思うと警戒せざるを得ず、ガチガチに固まってしまい。


「……」
「……」
「……」
「……」


 人ってどうやって会話するんだっけ。

 片やリビングのソファにふんぞり返った姿勢のまま、片や廊下とリビングを繋ぐ扉のノブを掴んだまま。
 一応何時でも逃げ出せるよう半身になっているが、座った体勢でも彼が高身長であることは何となくわかる。ーー逃げても追い付かれるかもしれない。

 もう一歩、後退する。


「……夏樹 颯夏?」
「ヒョェ」


 急に喋んな変な声出たわ。

 ビクリと身体を震わせて廊下に出、ドアを閉める。扉越しに男が立ち上がった気配がして、玄関扉まで突っ走る。
 玄関扉のドアノブに手をかけた所で、背後の廊下の扉が開いた。

 ぎ、ぎ、ーーと軋む身体を叱咤して振り返れば、部屋の主である男と再度目が合う。彼は俺の体勢を上から下までじっと見つめた後、不思議そうに首を傾げた。


「夏樹 颯夏じゃないの」
「ーー、そ、うですけど」
「ここで合ってるけど」


 なんで出てくの?

 首を傾げたまま廊下に突っ立っている高身長の男。お前傍から見たら滅茶苦茶怖いから自覚した方がいいぞ。
 それ以上近づいて来ないでくれ、という心中を察してか否か(多分否)彼は扉の前から動かない。その事に少しだけ安堵して、俺は微かに息を吸って吐く。

 どうせ逃げられないのなら、せめて舐められてはいけない。


「この度同室になりました夏樹 颯夏ですー」
「知ってるけど」
「……お名前伺ってもー?」
春名 義春はるな よしはる 」
「…………もしかして名前……?」


 夏樹 颯夏。
 春名 義春。

 んな安直な。いや真逆な。ぶるぶると頭を振る俺を尚も不思議そうに眺める春名君。「入れば?」と扉を開いて入っていく彼に距離を開けつつついて行くと、丁度彼はソファに座り直したところだった。
 見ていたのだろうテレビからは、学園の放送部が放送している天気予報が流れている。

 所在なげに突っ立っていると、春名君は「座らないの」と彼の隣をぽふぽふと叩いた。初対面でそこに座るのは距離感可笑しいだろ。
 首を振れば、それ以上は要求することなくまたテレビへと視線を移した。


「……」
「……」
「……」
「……」
『ーー明日は晴れ後曇りーー夜からはーー』


 え、終わり?

 2人部屋にしては広いリビングに、放送部員らしき男の単調な声だけが寂しく響く。
 嫌がっていた自分が自意識過剰な気がしてくるようなこの雰囲気に、謎に恥ずかしさすら覚えてきた。いや、俺可笑しくないよね?


『お2人は俺の同室の方、どういう方か知ってますー?』
『イカレサイコ野郎』
『友人になれば良い人なのだと思います』
『……危険人物じゃん』


 教員塔の前で会長と八束センパイと交した会話を思い出す。その時は普通の顔をしたその裏は恐ろしい不良だったーー的なあれを想像していたのだが、そういう事もなさそうだ。
 

「あ、あの」
「何」
「え、と、」


 思わず俺の方から声をかけてしまい、即座に返答が返ってきた事に驚いて固まってしまう。立ち尽くす俺をじ、と見つめる眼鏡越しの黒目は、会長の澄んだそれとは違ってなんかこうーー光がない。
 深淵を覗いているような絶望感から逃げる為に目を逸らせば、彼は再度「何」と呟いた。

 理事長は何をどのように判断してを定義付けているのか小一時間問い質したい。嘘、小一時間も対面したくない。
 

「こ、これからよろしくお願いしますー」
「うんよろしく」
「えと、俺何処の部屋使えばいいですかー」
「左の部屋。右は俺の個室。浴室とか台所とかは共用」
「わ、かりましたー」


 目を逸らしつつ「じゃ、失礼しますー」と適当に告げてじりじり後退りする。春名君の反応を待つ前に自室と言われた左の部屋のドアノブを後ろ手に探って開け、身体を滑り込ませた。
 しっかり鍵を閉め、開かないことを確認して振り返る。

 誘拐された時に回収されたのだろう。少ない私物が床に丁寧に置かれていた。無論高校の教科書や制服は全てなくなっていて、あるのは私服と日用品、加えて帝華学園高等部の制服くらい。愛花とお揃いで買ったものはしっかり処分されているようだった。
 ただでさえ少ない荷物がさらに厳選されていた為、片付けも直ぐに終わってしまった。

 とりあえず誘拐された時の格好のままだったので、スウェット姿からオーバーサイズのロングシャツとスキニーパンツに着替える。今更だが、この格好で理事長と喋ってたのか俺。必死過ぎて気付いていなかったが、思い返すと滅茶苦茶恥ずかしい。
 あんなシリアスなやり取りを寝巻き姿で……。やめよう。

 手持ち無沙汰になったので、スマホ端末を起動してみる。既に連絡先として登録されていた家族からは、心配と激励のメッセージが届いていた。
 曰く、此方は無事なので心配しなくて良いこと。無理はしないように、辛くなったら連絡するように、とのこと。電話をする気にもなれず、『ありがとう大丈夫』とだけ返信すると、即レスで心配を意味するスタンプが送られてきた。

 あとは、会長からの連絡と八束センパイからの連絡。ただの雑談っぽいので会長の方は無視しておき、八束センパイの親衛隊関連の連絡にだけ返す。
 俺の入学に合わせ、正規の親衛隊として再度発足する為の申請の許可が欲しいとの事だったので、ボイスメッセージで『よろしくお願いしますー』とだけ送っておいた。数十秒のラグがあった後、『感謝いたします』とだけかえってきた。


「……それでいいんかい」


 直接ついて行く必要は無いらしい。良かった良かった。運営は一任するが、中等部の時のようなはやめてくれ、といった内容を送る。
 直ぐ様『畏まりました。もしそういった事を目的として部屋を尋ねる者があれば仰って下さいませ。殺します』と恐ろしい内容が帰ってきたので未読無視しておいた。

 
 ーーコン、コン、コン

 ドン引きしてスマホを見つめていれば、静かなノックが部屋に響いた。

 思わずビクリと身体を震わせてしまう。


 部屋の外に、人がいる。


「ーーッ」


 こわい。


「寝た?夕ご飯食べに学食で行ってくるけど行かない?」
「ーー」


 どう返すのが正解?

 居留守を使っても大丈夫な場面か?いや、不愉快になってこじ開けようとしてくるかも。ついて行くべきか?でも、部屋を開けた途端押し入って暴力を振るわれるかも。声を上げて行かないと伝えるべきか?誘ってやったのにと怒られなるかも。

 ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。

 色んなパターンの絶望が脳内を駆け巡り、身体が震え出す。足音はしていないので、おそらくはまだ部屋の外にいるのだろう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 
「おーい」


 向こうは向こうで、俺が寝ていないことを何となく察しているのだろう。さっき対面した時と同様の平坦な声音のままもう一度声を掛けてくる。

 どうするのが正解なんだろうか。


「ーー」 


 持っていたスマホ端末をもう一度起動し、会長のメッセージを開いて文字を打ち込んでいく。


『同室者にご飯に誘われたんですが、行くべきですか』

 直ぐ様既読がついた。

『行け』


「ーーーー、あ、い、行きます」
「スウェットは流石に着替えた方がいい」
「もう着替えましたぁ」


 会計の時、散々会長の指示を聞いて動いたからだろうか。癖のように、気付けば会長の指示を仰いでいた。同時に明確な指示を返してくれることに不思議と安心感を抱いている自分に気付き、眉を顰める。
 信用してなんかない。ただ、上手く使ってるだけだ。ーーなんて、誰かに言い訳するかのように口の中だけで呟く。

 深呼吸をして扉を開ければ、少し離れた所にスマホ端末を持った春名君が突っ立っていた。
 出てきた俺と目が合うと、彼はそれをスラックスのポケットに入れて「いこ」とスタスタ扉へ向かっていく。

 慌てて俺も端末を持ってその後を追い、部屋を出た。

 








 夏樹様!?

 戻って来られたのか

 黒髪もエロくね?

 おい写真撮れ!



 ざわざわ、ザワザワ、ざわざわ。



 廊下で生徒とすれ違う度、驚愕の視線と叫び声が上がる。その度に身体が震えそうになって、笑みを浮かべてやり過ごした。
 単純な驚愕だけじゃない。数々のを見る目に、もう何度目かになる怖気を味わう。

 見てんじゃねーよ。と叫べたらどれだけ過ごしやすくなるか。臆病な自分では出来もしない事を考え、小さく溜息を吐いたーー



 その瞬間。




「五月蝿い」

 

 ーーダァアアアンンンン!!!!

 
 轟音。


 えげつない音が廊下に響きわたり、思わず肩を跳ねさせる。慌てて音の発生源である横を見ると、そこに立っていた春名君が腕を壁に叩きつけていた。…………え?

 しん、と静まり返る空間。


「ーー!?、、!??、?」
「あぁごめん。五月蝿かったから」

 
 ……う、五月蝿かったら、人は壁を殴るのか?
 ごく当たり前とばかりに平坦に告げて再び歩き始める春名君。驚きの余り硬直してしまっていた俺も慌てて後を追いかけ横に並ぶ。チラリと此方を一瞥だけした彼は、少しだけ歩く速度を落として俺に合わせてくれた。


「…………ふ、はは」
「なんかあった?」
「あは、んーん、スっとしたなーって。ありがとーございます」
「?」


 静まり返った廊下に、溜まり切っていたストレスが一気に開放された心地になって。

 相変わらず視線の数は凄いけれど、そのどれもが好奇や肉欲から、春名君にドン引くものに変わっていくのがわかる。

 何となく楽しくなって、知らず笑みが浮かぶ。隣の春名君は不思議そうで、それがまた面白くて。
 この人が俺に興味の欠片もないのが十分にわかった。
 

 同室、彼で良かったかも。


「ちょっとくらいは感謝しなきゃですねぇ」
「何が」
「理事長」
「しなくていいだろ」
「あはは!!確かに!!」


 格好良いな。





 
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