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3.毒の記憶

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「夏樹様!!夏樹様!!」
「おい、医療班は」
「直ぐに!!」


 こわい。ころさないで。

 過呼吸の合間にその2つだけを呟き続ける颯夏には、周囲の声は全く届いていない。その2つの言葉でさえ、もはや声にならない掠れた呼吸に近いもので。
 それでも瞬き1つする事なく頭を抱える颯夏は、誰がどう見ても異常だった。

 ぼろぼろと泣きながら呆然と颯夏を見つめる女は、颯夏にとっての己の価値を見謝っていたのだろうか。

 ーー否。そんな事を考えてすらいなかったに違いない。だって、彼女のあの言葉は、ではなかったのだから。


「面の良い彼氏手に入れて、都合が悪くなれば即切れる」
「ヒッ」
「こぇえなァ女って奴は。いや、テメェが屑なだけか?」


 尚もSPに髪を引っ掴まれたままの女の前髪を掴み上げ、告げる。


「安心しろよ。何方にせよお前、終わりだから」
「なっ、や、約束と違うやん!!」

「は?」


 呼吸気をつけて担架に乗せられ、運ばれて行った颯夏を見送った男ーー親衛隊隊長が女の口を鷲掴みした。何気此奴俺よりえぐいよな。
 親衛隊隊長はキマリ切った目で女を睨み付け、ギチギチと音が鳴るほどの強さで顎を締め上げていく。


「貴様如きが夏樹様と同じ空気を吸うだけでも不敬に値するのに加えて接吻を望んだ挙句同衾しようとしそれ程の栄誉を与えられておきながらよくも保身の為に夏樹様に迷惑などと言えたな」
「一息」
「会長様は黙って下さい。貴様の一族郎党諸共地獄に落としてやるから安心するといい。明日から貴様の両親は職を失いをかって信頼も失い社会的にも殺されるのだから」
「や、やめて!!!なんで!!マナなんも悪ないやん!!あ、あいつの方から近付いてきたのになんでそんな、おかしいやろ!!!頭おかしい!!」


「あいつ?」


 あー終わった。俺は溜息を吐き、これ以上の惨状を目に入れたくないので退室する事にする。颯夏が手当てを受けているリムジンにさっさと戻りたい。
 さっさと学園に帰って理事長に報告しなければ。

 親衛隊隊長にアイコンタクトだけして退室し、リムジンへと急ぐ。「まわせ」と一言だけ聞こえて来た言葉を鼻で嗤い、怯える老害の横をとおりすぎて古臭い犬小屋のような施設から離れた。
 既に車内では万が一の為に用意しておいた医療班がフル活動して颯夏の手当てに当たっている。


「容態は」
「安定しております。先程1度正気に戻られ逃げようとなされたので、鎮静剤を打たせて頂きました」
「あぁ、良い」


 寝息も立てず眠る颯夏の頬を指先で撫でる。その荒れひとつない艶やかな肌の感触に、先程までの苛立ちや嫌悪が鎮まっていき、穏やかな気分が甦ってくる。
 眠る颯夏の向かいに腰掛け、水を飲む。見慣れない黒髪は、彼の青白い肌をより青ざめさせて見せ、悲愴感に拍車をかけていた。


「……お前にとって、そこまであの学園は恐ろしい場所か」


 会計、なんて大層な立場を手に入れておいて?

 と思ってしまうのは当然だと思う。それ程までに帝華学園で生徒会に与えられる特権は特別なものだ。生徒自治を唄うだけあって、生徒会の立場は往々にして教師よりも重い。理事長以外の教師は生徒会にとっての人間である。唯一風紀委員だけは同等の立場を持つが、奴らと颯夏はほとんど関わりを持っていなかったはずだ。

 お前も笑って過ごしていたじゃないか。

 颯夏は、いつも笑顔で、飄々としていて。余裕があって、そんな姿が羨ましいと零した副会長。
 無口な己を導き、他者との相談の際は力になってくれるのだと彼に感謝を述べた書記。
 一卵性の自分達を好奇や嫌悪の目で見ることなく、平等に対等に接してくれた彼を好んでいた庶務達。

 彼らの想いを裏切ってまで、あの学園を去りたい何かがあったか。言ってくれれば、俺達が潰してやるのに。


 今の己は生徒会会長ではないが、来年はそうなる。それは確定された未来であり、周囲も当然のものとして俺を会長と呼んでいる。
 そして、その横にはお前がいる。そこまでが俺の未来なのだから。


「おかえり、颯夏。お前は責任もって俺が飼ってやる」


 かちり、と首輪を嵌める音が、確かに聞こえた気がした。












 楽しかったのは、入学して1週間くらいだろう。何も知らず、次々に話しかけてくれる気安いクラスメイト達に感謝していた。
 成長期が始まっていなかった俺はまだ幼く、1年生の中でも小さかったから。奴ら化け物共からすれば、俺は恰好の餌だったのだろう。

 ひと月も立たない頃、クラスメイト数人に空き教室で襲われかけた。体格がそこまで変わらなかったこともあり、必死に叫んで殴って暴れて何とかその時は逃げ切ったけど、それ以来教室に入るのが恐ろしくなった。
 話しかけてくる人間全てが俺をで見ているように思ってしまって、そんな自分に反吐が出た。

 寮を安全基地だと信じていた。夜、夜食を買いに購買に寄ったところで、寮管に連れ込まれ殴られた。何度も何度も殴られて力を失った所を犯されそうになって。誰かが尋ねてきたところで偶然逃げ出せたけど、寮は危険な場所になった。
 あんな恐ろしい男が、己の部屋のマスターキーを持っているのだと思うと、眠りにつくのが怖くなった。

 保健室に助けを求めに行ったら、筋弛緩剤を注射された。力が入らない身体が恐ろしくて涙を流せば、それを写真に撮られた。彼は人が苦しむ様を写真に撮りたいのだと笑い、犯されこそしなかったものの、玩具で散々貶められた。怖くて怖くて怖くて恐ろしくて、それでも身体が動かない。涙を流せばフラッシュが光った。

『何があっても笑っているといい』

 漸く終わりを告げられて。無理やり笑顔を作れば、それでいいのだと頷かれた。

『助けを呼ぶなんて馬鹿げているだろう?君は辛くても悲しくても笑っていなさい。それが君の義務であり権利だ』

 笑って、笑って、笑って。

 襲われそうになっても笑って。殴られそうになっても殴られても笑って。余裕なのだと皮を被って必死に笑って。

 気付けば俺の後ろには親衛隊なんてものが着いてきて。権利を手に入れたのだと安堵しそうになった俺の目に入ったのは、で。
 親衛隊、という明確な味方が手に入った。俺の信奉者を唄いながら、俺を襲おうと常に根を張っているのだ。
 身体の関係を求められたから、キスで代用して己との夜に価値をつけた。何とかして上に。俺が上にならなければ。何時かすぐ裏切られるから。

 生徒会だって、安寧の場にはならなかった。何時だってお互いを蹴落とし合うような雰囲気の中で、寝首をかかれないよう隙を見せないよう。会長に別室に連れ込まれそうになって、副会長に家を蔑まれお前に価値はないと嫌味を言われ、書記には己の弱い真実が見透かされているような気がして、庶務達の身体接触が恐ろしくて。
 少しすれば、今度は親衛隊のように友好的な素振りで距離を縮めようとしてきた。誰がそれを信じるというのか。何時だって俺の背後を取り、失墜させよう殺そうとナイフを光らせているのだろう。
 近寄らないで。触らないで。傷付けないで。壊さないで。

 これ以上俺の中に入って来ないで。

 風紀委員だって、治安維持なんていいながら私利私欲の為に動きまくっているヤクザ組織だ。委員長には何度も何度も襲われそうになった。殴られて連れて行かれそうになったことだってある。笑顔が気に入らないと何度も何度も。
 
 助けて、は言えない。言ったら弱みを握られて脅される。
 握られた手が震えていないかいつも怖かった。怯えがバレて牙を剥かれるのではと気が気でなかった。それでも助けなんて呼べない。助けなんて来ない。誰も誰も誰も彼も敵なのだから。

 笑え、笑え、笑え、笑え。



 卒業さえすれば解放される。

 あと2年。

 あと1年。

 あとーー



 やっと手に入れた幸せも、嘘で。



『おかえり、颯夏』


 帰る場所があの学園の何処にあるって言うんだろうか。
 理事長にどんな沙汰を下されるのかな。

 
 親衛隊達の奴隷にされてマワされるのかな。
 生徒会の性処理係にでもされるかな。
 教師達のストレスの捌け口になる?
 生徒達に好き勝手殴られ犯されるようになるのかな。


 怖いなぁ。

 誰か助けて欲しかったなぁ。






 
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