フィル厶トレイラー 〜夢見る少女は間違えない〜

残念パパいのっち

文字の大きさ
上 下
8 / 10

想定外

しおりを挟む
汗が止まらない。そして、心なしかさっき強打した脇腹も痛い気がする。

時刻は午後5時27分だった。父の会社には5時少し過ぎに着いた。
外で待つように言われ、すでに20分以上が経過している。

自転車のハンドルを人差し指でトントンと叩きながら、なかなか出てこない父に焦燥感が募る。

「風花、すまない待たせたな!」

「遅い!」


そう言いながら、父の手のひらにUSBメモリを叩きつける。


「イテっ!なんで怒ってるんだよ……」

「出てくるのが遅いからに決まってるでしょ!もう、行くからね!」

少しやりすぎたかも……と、思ったが今更引けない。

少し切なそうな顔の父を見て、罪悪感を覚えたが、振り返らず自転車で目的地に向かう。

目的の歩道橋までは自転車で5分くらいの距離だ。産業道路の交差点を左に曲がるときに、右目の端に夕焼けが映った。

雲の下部が夕焼けの色に染まっている。その儚げな色は、燃え尽きる直前の炎を思わせる。

私は夕焼けを見て、不安になった。

──いや、きっと大丈夫。

何とかなる。

不安を振り払うために必死で自転車を漕ぐ。息の絶え絶えの中、目的の歩道橋が見えた。

見えた、目的の歩道橋だ。

すでに現場にはりえちゃんの姿があった。

手を振っているのが見えた。

もう少し!

自転車から飛び降りて、歩道の脇に自転車を停める。

「はあ、はあ、はあ、ごめん、りえちゃん
遅くなった」

自転車を降りると両膝に手をついて息を整える。


「私は大丈夫、それよりもう時間がない。トマトジュースを脇腹にかけて、道路にうつ伏せになって」

「はあ、はあ、分か……た」


準備してきたトートバッグを漁る。

ない、ない。なんで!?

血の気が引く。


「トマトジュースがない。なんで!? 」

「えっ!?」


りえちゃんの顔から余裕が消える。

さっき、転んだときに落としたのかもしれない。

スマホの時計を見ると午後5時35分になっていた。慌てて周りを確認するが自販機すらない。

その時、走ってくる人影が見えた。


「風花……ちゃん、さん!受け取れ!」


声がした方を向くと安井くんがいた。そして、彼はトマトジュースの缶を投げてきた。

体が自然と動いて綺麗にキャッチできた。


「や、安井くん~!!」

「いいから早く、脇腹に!」


指が震えて、なかなかプルトップを開けられない。

カッ、カッ、カッ……カシュと音がして開いた。

落ち着け、私。予告編だと血溜まりは出来ていなかったから、かけ過ぎたらダメだ。

缶に服を押しあてて、一瞬缶をひっくり返して戻す。

……よし、上手くいった。

これを2、3回繰り返した。

ほどほどの染みが出来上がった。

「りえちゃん、今から倒れる!」

「待って、眼鏡かけるから……」

りえちゃんが眼鏡をかけたのを確認して、ガードレールを左手を飛び越える。

……多分、このくらいの位置でいいはずだ。うつ伏せに寝転ぶ。

あとは、待つだけ。

「りえちゃん、どのくらいこのままでいればいいと思う? 」

…………?

答えがない。

「安井くん?」

やはり、返事はない。

何が起きているの?

すごくまずい気がする。

下手に動けば予告編の強制力が働くかもしれないので確認もできない。

日が暮れるまでこの状態で待つしかない。腹をくくったら気持ちが落ち着いてきた。

徐々に周りが暗くなる。

自動車が通り過ぎる音が聞こえる。

不思議と道路に人が倒れているのに誰も声をかけてこない。


深く深呼吸をする。


落ち着け、私。

自分の未来を人任せにしてはダメだ。自分で考えないと。

りえちゃんは日の入りの時刻は午後5時45分と言っていた。

なら、あと数分であたりがかなり暗くなる。そこまで待てば予告編は成立したと考えても問題ないはずだ。

それにしても少し暑い。

昔は秋という季節は涼しかったらしい。

最近はいつまでが夏で、いつからが秋なのかわからない。

だからだろうか。

夕暮れのアスファルトはまだ熱を帯びて、ほのかに暖かかった。

後、少し。

このまま何も起きないで下さい──


「風花ちゃん!!」


その声に絶望的な気分になる。

なんで、ここにいるの──



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

先生、それ、事件じゃありません

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

処理中です...