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疾走
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時計の針は午後4時40分を指していた。
今のところ、出かける用事は発生していない。
りえちゃんは家に帰った。
『ちょっと準備もあるから一旦家に帰るね』
……と言うことらしい。
そわそわする。荷物は揃っているし、大丈夫なはず……。
りえちゃんの作戦は単純明快だった。
一時間ほど前の話だ──
「回避できないなら回避しなければいい」
「どういうこと?倒れて血を流せばいいってこと?」
「よくわかったね。その通り」
「それじゃ、私、死んじゃうじゃん!!」
りえちゃんが薄く笑う。
「でも、予告編だと生死は不明でしょ。それに脇腹から染み出しているものは本当に血液なのかな? 」
なるほど……確かにそれは分からないな。状況から勝手に血液だと思い込んでいた。
「……それは、トマトジュースかもしれないってこと? 」
「そう、だからトマトジュースを脇腹にかけて道端で倒れたふりをすればいい」
「あっ、そうか予告編と同じ状況に無理矢理しちゃえばいいってことか!」
さすが、りえちゃん。賢い!
「まあ、映画や小説なんかでよくあるトリックなんだけどね」
あ、有名な方法なんだ……
でも、これは確かに有効かもしれない。
「あとは私がその場で倒れている風花ちゃんを目視で確認すれば予告編が成立する」
「その場にりえちゃんがいる必要があるって事?」
りえちゃんが頷く。
「おそらく、絵に描かれた黒い枠は眼鏡だと思う」
「眼鏡?」
「そう。実は、眼鏡のおかげで気づいた。予告編は、風花ちゃんの不幸な未来を観測する誰かの視点だと思う。」
少し難しい言い回しで、首をかしげたが言葉を反芻するとおぼろげに意味が分かってきた。
「……つまり、誰かが見た未来を私が予告編として夢に見ている……と言いたいのかな?」
山下が首を縦にふる。
「だから問題はそれが誰なのかだけど……眼鏡をかけている知り合いって特定できないよね?」
「多すぎて無理かな……」
「だから、私が眼鏡をかけて風花ちゃんが倒れている現場を確認すればいい」
よく出来た作戦だ。でも、現場の確認をして不安を少しでも取り除きたい。
「なら、早めに言って現場のチェックをしておいた方がいいかな?」
「いえ、自然の成り行きに任せましょう。風花ちゃんのお父さんから電話がかかってくるから、それまで待って」
そんな都合よく電話がかかってくるものだろうか?そんな気持ちを見透かしたのか、りえちゃんは断言した。
「かかってくるよ。そうしないと辻褄があわないから」
──と、言うことがあったのだ。
その時、スマホの着信音がなった。
本当にお父さんからの着信だった。
「もしもし」
『父さんです。風花、今忙しいか?』
「いや、そうでもないよ」
『すまないがお遣いを頼まれてくれないか? 実は書斎にUSBメモリを忘れたっぽくてな……』
「特徴は?」
『シルバーの筐体に青のストライプが入っているから見ればすぐ分かる』
電話を繋いだまま書斎へ向かう
「テレビ通話に切り替えて書斎を映すから、どこにあるのか教えて」
『分かった』
室内の映像を映す。
『机のキャビネットの二段目の引き出しを開けてくれ』
「あった……これかな?」
『そう、それだ!それを俺の会社まで持ってきてくれないか?住所は……』
「芽原市東町1025番地でしょ?」
『なんで会社の住所を知ってるんだ?』
「ふふん、まるっとお見通しだよ。じゃ、そっちに行くね」
『あ、ああ、頼むよ』
そう言って、電話を切った。
よし、予定通りだ。
りえちゃんにもSNSで連絡をして、家を出発する。
距離がそこそこあるので、自転車で向かう。地図アプリによると自宅から会社まで7Km離れているらしい。
家から産業道路までの距離は2kmくらいだ。
少しでも時間に余裕が欲しい。
服装は予告編で着ていたティーシャツとハーフパンツの組み合わせだ。髪型もハーフアップにしてあるので、多少激しく動いても邪魔にはならないはずだ。
幸い、動きやすい恰好なので立ちこぎして全速力で目的地に向かう。
しかし、予告編のためにこの格好を選んだのか、ただ単に今日の私はこの格好を好んだのか分からなくなる。
「……まあ、いいか。余計な事を考えると頭が混乱するし」
時間前に段取りを済ませて、目的の場所で倒れたふりを5分くらいすれば完璧だ。
いくら都会になりきれない半端な田舎とはいえ、自動車も人もそれなりにはいる。
十分に周りを警戒しながら、産業道路へ向かう。
見えてきた……産業道路だ。
交差点を左に曲がり、自転車専用レーンを全速力で走る。
「はっ、はっ、はっ、絶対に回避する……!!」
会社まで残り5km!
持てる力で走り切って、USBメモリを父さんに渡したら、予定のポイントまで移動だ。
あれ?
道路の反対側の歩道に安井くんによく似た人がいることに気がついた。
背恰好も似ているし……。
だが、確認している暇がないので諦める。
後でSNSで聞いてみよう。
帰り際に連絡先を交換しておいたのだ。
視線を戻すと、眼の前に道路を渡ろうとしている猫が見えた。
猫と目が合う。
ブレーキ間に合わない……!!
自転車のハンドルを左に切って無理矢理避けた結果、ガードレールに勢いよくぶつかった。
ガードレールに押し返されて、自転車から投げ出される。
「いてて……」
驚いた猫は走り去り、荷物を入れていたトートバッグが車道側に落ちたので、車が来る前に回収する。
左脇腹を強打した上に転ぶという間抜けぶりに辟易する。
幸い、手を擦りむいただけで済んだが、無意味に左脇腹が痛い……。
「だから、予告編はポンコツ能力なんだよ……」
思わず愚痴る。
こういうことを予告編で必ず見れるわけでもないし、見たところで回避もままならない。
ちょー無意味。
自転車を立て直して再び走り始める。
次の信号を右だ。
産業道路を渡る必要があるので、信号が変わるのを待つ。
人差し指で自転車のハンドルにトントンと叩く。焦れる自分がいた。
信号が青に変わった。
あとは真っ直ぐ行けば父さんの会社だ。
時計の針は午後05時01分を指していた。
転んだことでロスタイムが出てしまったけど、まだ余裕はある。
きっと、大丈夫──
今のところ、出かける用事は発生していない。
りえちゃんは家に帰った。
『ちょっと準備もあるから一旦家に帰るね』
……と言うことらしい。
そわそわする。荷物は揃っているし、大丈夫なはず……。
りえちゃんの作戦は単純明快だった。
一時間ほど前の話だ──
「回避できないなら回避しなければいい」
「どういうこと?倒れて血を流せばいいってこと?」
「よくわかったね。その通り」
「それじゃ、私、死んじゃうじゃん!!」
りえちゃんが薄く笑う。
「でも、予告編だと生死は不明でしょ。それに脇腹から染み出しているものは本当に血液なのかな? 」
なるほど……確かにそれは分からないな。状況から勝手に血液だと思い込んでいた。
「……それは、トマトジュースかもしれないってこと? 」
「そう、だからトマトジュースを脇腹にかけて道端で倒れたふりをすればいい」
「あっ、そうか予告編と同じ状況に無理矢理しちゃえばいいってことか!」
さすが、りえちゃん。賢い!
「まあ、映画や小説なんかでよくあるトリックなんだけどね」
あ、有名な方法なんだ……
でも、これは確かに有効かもしれない。
「あとは私がその場で倒れている風花ちゃんを目視で確認すれば予告編が成立する」
「その場にりえちゃんがいる必要があるって事?」
りえちゃんが頷く。
「おそらく、絵に描かれた黒い枠は眼鏡だと思う」
「眼鏡?」
「そう。実は、眼鏡のおかげで気づいた。予告編は、風花ちゃんの不幸な未来を観測する誰かの視点だと思う。」
少し難しい言い回しで、首をかしげたが言葉を反芻するとおぼろげに意味が分かってきた。
「……つまり、誰かが見た未来を私が予告編として夢に見ている……と言いたいのかな?」
山下が首を縦にふる。
「だから問題はそれが誰なのかだけど……眼鏡をかけている知り合いって特定できないよね?」
「多すぎて無理かな……」
「だから、私が眼鏡をかけて風花ちゃんが倒れている現場を確認すればいい」
よく出来た作戦だ。でも、現場の確認をして不安を少しでも取り除きたい。
「なら、早めに言って現場のチェックをしておいた方がいいかな?」
「いえ、自然の成り行きに任せましょう。風花ちゃんのお父さんから電話がかかってくるから、それまで待って」
そんな都合よく電話がかかってくるものだろうか?そんな気持ちを見透かしたのか、りえちゃんは断言した。
「かかってくるよ。そうしないと辻褄があわないから」
──と、言うことがあったのだ。
その時、スマホの着信音がなった。
本当にお父さんからの着信だった。
「もしもし」
『父さんです。風花、今忙しいか?』
「いや、そうでもないよ」
『すまないがお遣いを頼まれてくれないか? 実は書斎にUSBメモリを忘れたっぽくてな……』
「特徴は?」
『シルバーの筐体に青のストライプが入っているから見ればすぐ分かる』
電話を繋いだまま書斎へ向かう
「テレビ通話に切り替えて書斎を映すから、どこにあるのか教えて」
『分かった』
室内の映像を映す。
『机のキャビネットの二段目の引き出しを開けてくれ』
「あった……これかな?」
『そう、それだ!それを俺の会社まで持ってきてくれないか?住所は……』
「芽原市東町1025番地でしょ?」
『なんで会社の住所を知ってるんだ?』
「ふふん、まるっとお見通しだよ。じゃ、そっちに行くね」
『あ、ああ、頼むよ』
そう言って、電話を切った。
よし、予定通りだ。
りえちゃんにもSNSで連絡をして、家を出発する。
距離がそこそこあるので、自転車で向かう。地図アプリによると自宅から会社まで7Km離れているらしい。
家から産業道路までの距離は2kmくらいだ。
少しでも時間に余裕が欲しい。
服装は予告編で着ていたティーシャツとハーフパンツの組み合わせだ。髪型もハーフアップにしてあるので、多少激しく動いても邪魔にはならないはずだ。
幸い、動きやすい恰好なので立ちこぎして全速力で目的地に向かう。
しかし、予告編のためにこの格好を選んだのか、ただ単に今日の私はこの格好を好んだのか分からなくなる。
「……まあ、いいか。余計な事を考えると頭が混乱するし」
時間前に段取りを済ませて、目的の場所で倒れたふりを5分くらいすれば完璧だ。
いくら都会になりきれない半端な田舎とはいえ、自動車も人もそれなりにはいる。
十分に周りを警戒しながら、産業道路へ向かう。
見えてきた……産業道路だ。
交差点を左に曲がり、自転車専用レーンを全速力で走る。
「はっ、はっ、はっ、絶対に回避する……!!」
会社まで残り5km!
持てる力で走り切って、USBメモリを父さんに渡したら、予定のポイントまで移動だ。
あれ?
道路の反対側の歩道に安井くんによく似た人がいることに気がついた。
背恰好も似ているし……。
だが、確認している暇がないので諦める。
後でSNSで聞いてみよう。
帰り際に連絡先を交換しておいたのだ。
視線を戻すと、眼の前に道路を渡ろうとしている猫が見えた。
猫と目が合う。
ブレーキ間に合わない……!!
自転車のハンドルを左に切って無理矢理避けた結果、ガードレールに勢いよくぶつかった。
ガードレールに押し返されて、自転車から投げ出される。
「いてて……」
驚いた猫は走り去り、荷物を入れていたトートバッグが車道側に落ちたので、車が来る前に回収する。
左脇腹を強打した上に転ぶという間抜けぶりに辟易する。
幸い、手を擦りむいただけで済んだが、無意味に左脇腹が痛い……。
「だから、予告編はポンコツ能力なんだよ……」
思わず愚痴る。
こういうことを予告編で必ず見れるわけでもないし、見たところで回避もままならない。
ちょー無意味。
自転車を立て直して再び走り始める。
次の信号を右だ。
産業道路を渡る必要があるので、信号が変わるのを待つ。
人差し指で自転車のハンドルにトントンと叩く。焦れる自分がいた。
信号が青に変わった。
あとは真っ直ぐ行けば父さんの会社だ。
時計の針は午後05時01分を指していた。
転んだことでロスタイムが出てしまったけど、まだ余裕はある。
きっと、大丈夫──
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