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フィロソファーズ・ストーン
回想⑪ 無人
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「末木さん、サボりですか? 」
私はチラリと武田の方を見たが、すぐに視線をディスプレイに戻した。
「気分転換のドライブだ。湊さんには黙っておいてくれると助かる。……サボりではないがな」
「別に言いませんよ。そんなに念を押すならやめたらいいじゃないですか」
「愛車に乗れないのがストレスでね。たまにこうやって、火を入れてやってるんだ」
「……これ、ゲームですよね? なんてタイトルですか? 背景とか、すれ違う車とか実車並みの映像ですね」
「名前なんてない。私が作ったんだからな。それにこれは実車だよ」
武田が少し眉をひそめる。あきれたようにも、感心したようにも見える、不思議な顔だ。やがて、ため息とともに毒を吐いた。
「……技術の無駄遣いです。その無駄な情熱をARIAに注いで欲しいものですね。……どうやったんです、それ? 」
「たいした話じゃない。自動車もコンピューターで制御されているからな。
CANBUSからハックしただけだ」
「バレたら懲戒免職じゃ、すみませんよ、これ」
「だから、深夜にこっそり、ドライブしているんだ。すれ違いざまに対向車線の運転手が驚愕する顔は傑作だぞ」
思い出してクククと笑ってしまう。
深夜に無人の車両が勝手に走っているのだ。恐怖する人々の顔を見ると愉快で仕方ない。そのうち、都市伝説に昇格することだろう。
私は机の引き出しを開けて、手のひらに収まる程度の小さな機械を手に取り、武田に投げて渡した。
「おっとっと……なんですかこれ? 」
「それをCANBUSに接続すると、無人カーの完成だ。そうそう、メーカー純正のドラレコとバックモニターがついている車両に限るがな。君もドライブしたらどうだ」
武田はその機械をひとしきり観察した後、私に投げて返してきた。
「……遠慮しておきます」
「釣れないなぁ。ま、気が変わったら言ってくれ。アプリは共有フォルダに入っているから」
すると、武田が無言で私のマウスを掴み、さっとアプリを削除してしまった。
一瞬、武田の行動に言葉を失ったが、すぐに眉をひそめ、抗議するように言った。
「あー! 何するんだ」
「上司を犯罪者にしないための部下なり配慮ですよ。さっ、これで家に帰るか、仕事するかの二択です」
「……なら、仕事する。家に帰っても、仕事するだけだからな」
武田は眉間に皺を寄せ、口を開いて、閉じた。間を置いてから再び、口を開いた。
「末木さん、俺は今の湊さんのやり方ではプロジェクトARIAは失敗すると思います。そう思いませんか? 」
「……言っている意味が分からないな。何故、そう思う? 」
「判断が遅い。脳オルガノイドの投入にしても、高瀬さん……京香さんの配置にしても……」
武田が高瀬くんに執着しているのは知っている。私には彼が私情を挟んで発言しているようにしか見えない。
だが、それを指摘するのは得策ではないと思っていた。
自分の正義を振りかざすものは、自分にとって都合の悪い事実を認めないものだ。言った、言わなないの水かけ論になるし、相手のプライドを傷つけるだけで、問題は悪化していくばかりだ。
私は研究さえできればいい。食事も睡眠も、政治も、経済も、世論も、恋愛も、生も死も私にはどうでもいい事象に過ぎない。
だから、彼の想いが重かった。心を震わせ、囚われ、執着する、その気持ちを理解ができない。
私は湊さんのことを単なる同僚としか捉えていない。私が苦手とする事務や対外的な交渉をしてくれる便利な人間だ。
だから、武田に伝えるべき最適解が算出できない。きっと、これから私が吐く言葉も正解ではないのだろう。
「悪いが興味ないな。少なくとも、私は困っていない」
落胆する武田の顔を見て、ああ、やっぱりなと思った。気にしても仕方がないので、ディスプレイに向き直り、仕事を再開する。
「末木さん、明日のスポンサーへのプレゼン代わって貰えませんか? 」
一瞬思案したが、彼に任せる事にした。私への不満を転嫁させるのには丁度いい。
バタンとノートパソコンを閉じて、武田の方を向き直る。
「分かった。明日、湊さんに交代すると伝えておく。私は眠くなってきたから帰る」
「……えっ、いいんですか? 」
「構わん。私は人前で話すのが得意ではないからな。君と湊さんに任せる」
「あ、はい……」
また、武田が判断に困る表情していた。……それはどういう感情なんだ?
私はすでに疲れ果てて、気にする気力もなかった。その場を後にしたが、今にして思えば、もっと深く考えるべきだった。
湊さんは翌日のプレゼン後、帰らぬ人となった。私は動揺し、翻弄され、気が付くのが遅れてしまった。
あの日、武田に見せた機械が引き出しから無くなっていたことに──
私はチラリと武田の方を見たが、すぐに視線をディスプレイに戻した。
「気分転換のドライブだ。湊さんには黙っておいてくれると助かる。……サボりではないがな」
「別に言いませんよ。そんなに念を押すならやめたらいいじゃないですか」
「愛車に乗れないのがストレスでね。たまにこうやって、火を入れてやってるんだ」
「……これ、ゲームですよね? なんてタイトルですか? 背景とか、すれ違う車とか実車並みの映像ですね」
「名前なんてない。私が作ったんだからな。それにこれは実車だよ」
武田が少し眉をひそめる。あきれたようにも、感心したようにも見える、不思議な顔だ。やがて、ため息とともに毒を吐いた。
「……技術の無駄遣いです。その無駄な情熱をARIAに注いで欲しいものですね。……どうやったんです、それ? 」
「たいした話じゃない。自動車もコンピューターで制御されているからな。
CANBUSからハックしただけだ」
「バレたら懲戒免職じゃ、すみませんよ、これ」
「だから、深夜にこっそり、ドライブしているんだ。すれ違いざまに対向車線の運転手が驚愕する顔は傑作だぞ」
思い出してクククと笑ってしまう。
深夜に無人の車両が勝手に走っているのだ。恐怖する人々の顔を見ると愉快で仕方ない。そのうち、都市伝説に昇格することだろう。
私は机の引き出しを開けて、手のひらに収まる程度の小さな機械を手に取り、武田に投げて渡した。
「おっとっと……なんですかこれ? 」
「それをCANBUSに接続すると、無人カーの完成だ。そうそう、メーカー純正のドラレコとバックモニターがついている車両に限るがな。君もドライブしたらどうだ」
武田はその機械をひとしきり観察した後、私に投げて返してきた。
「……遠慮しておきます」
「釣れないなぁ。ま、気が変わったら言ってくれ。アプリは共有フォルダに入っているから」
すると、武田が無言で私のマウスを掴み、さっとアプリを削除してしまった。
一瞬、武田の行動に言葉を失ったが、すぐに眉をひそめ、抗議するように言った。
「あー! 何するんだ」
「上司を犯罪者にしないための部下なり配慮ですよ。さっ、これで家に帰るか、仕事するかの二択です」
「……なら、仕事する。家に帰っても、仕事するだけだからな」
武田は眉間に皺を寄せ、口を開いて、閉じた。間を置いてから再び、口を開いた。
「末木さん、俺は今の湊さんのやり方ではプロジェクトARIAは失敗すると思います。そう思いませんか? 」
「……言っている意味が分からないな。何故、そう思う? 」
「判断が遅い。脳オルガノイドの投入にしても、高瀬さん……京香さんの配置にしても……」
武田が高瀬くんに執着しているのは知っている。私には彼が私情を挟んで発言しているようにしか見えない。
だが、それを指摘するのは得策ではないと思っていた。
自分の正義を振りかざすものは、自分にとって都合の悪い事実を認めないものだ。言った、言わなないの水かけ論になるし、相手のプライドを傷つけるだけで、問題は悪化していくばかりだ。
私は研究さえできればいい。食事も睡眠も、政治も、経済も、世論も、恋愛も、生も死も私にはどうでもいい事象に過ぎない。
だから、彼の想いが重かった。心を震わせ、囚われ、執着する、その気持ちを理解ができない。
私は湊さんのことを単なる同僚としか捉えていない。私が苦手とする事務や対外的な交渉をしてくれる便利な人間だ。
だから、武田に伝えるべき最適解が算出できない。きっと、これから私が吐く言葉も正解ではないのだろう。
「悪いが興味ないな。少なくとも、私は困っていない」
落胆する武田の顔を見て、ああ、やっぱりなと思った。気にしても仕方がないので、ディスプレイに向き直り、仕事を再開する。
「末木さん、明日のスポンサーへのプレゼン代わって貰えませんか? 」
一瞬思案したが、彼に任せる事にした。私への不満を転嫁させるのには丁度いい。
バタンとノートパソコンを閉じて、武田の方を向き直る。
「分かった。明日、湊さんに交代すると伝えておく。私は眠くなってきたから帰る」
「……えっ、いいんですか? 」
「構わん。私は人前で話すのが得意ではないからな。君と湊さんに任せる」
「あ、はい……」
また、武田が判断に困る表情していた。……それはどういう感情なんだ?
私はすでに疲れ果てて、気にする気力もなかった。その場を後にしたが、今にして思えば、もっと深く考えるべきだった。
湊さんは翌日のプレゼン後、帰らぬ人となった。私は動揺し、翻弄され、気が付くのが遅れてしまった。
あの日、武田に見せた機械が引き出しから無くなっていたことに──
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