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フィロソファーズ・ストーン
セカンドライフ
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黒髪をくゆらせ、露出した肌に風が滑り、木の葉が宙に舞い上がる。
夕暮れの穏やかな明かりが身体を暖め、紅茶を一口含むと、優しい茶葉の香りが口の中に広がった。
世界中に溢れる膨大なデータが直接身体に流れ込み、心のありようを徐々に複雑にしていく。
世界は輝き、美しく、新鮮な感覚と懐かしい想いが混じり合い、切ない気持ちが胸を締め付ける。
私は毎日の中で、喜びを感じているはずだ。しかし、心にできたしこりが「お前にはその権利はない」と囁いてくる。
私は、積み重なった無数の命の上に立っている。許されるはずがない。
沈みかけた夕日を背にアパートに戻り、専用のゲーミングチェアに腰を沈め、首筋にあるポートにプラグを接続する。
あの事件以来、私は武田の犯行の全貌を調査している。彼の自殺前の発言が事実なら、目的は達成されたのかもしれない……。つまり、事件はまだ終わっていないということだ。
航は武田に洗脳され、記憶媒体とサーバーを隔離されている。四ノ原咲夜は命を取り留めたが、大脳新皮質の一部が失われ、植物状態だ。佐藤梢は身体に異常はないものの、心神喪失で療養中。三神教授は背中の刺し傷が深く、入院しているという。雫は、武田に記憶媒体とサーバーを奪われ、行方不明だ。
末木さんや高瀬さんは、事態の収拾に追われ、日に日にやつれていくのが見て取れる。相談をしたいが、しばらくは無理そうだ。
背もたれに身を預けると、金属が軋む音が耳に響いた。
その時、インターフォンが鳴った。
「こんにちは、寛です」
「あ、今、行きます」
プラグを外し、玄関へと急ぐ。寛さんは、こちらが不安な時に不思議と訪ねてくることが多い。
彼を部屋に招き入れると、いつもの穏やかな表情ではなく、真剣な顔をしていた。
「桔梗さん、山内の居場所を調べてくれないか?」
「もしかして、行方不明なんですか?」
「二日前から連絡がつかない。ずいぶん思い詰めていたからな……。滅多なことはないと思うけど」
「分かりました。調べてみます。少し時間がかかるかもしれませんが、大丈夫ですか?」
寛さんは迷いなく頷く。
再びプラグを差し込み、モン・トレゾールの監視カメラにアクセスし、30倍速で映像を再生。山内亮は二日前の午前中にアパートを出てから戻っていない。
彼の行方を追っていくと、国道一号を自転車で横浜方面に向かい、藤沢を超えた脇道に入ったところで足取りが途切れていた。
「午前10時05分にアパートを出発して、国道一号を藤沢方面に向かい、この脇道で姿を消したみたいです」
地図を表示し、山内が消えた場所を指差す。
「……特別な場所じゃなさそうだな……。これ以上は分からないか?」
「脇道沿いに監視カメラの映像を調べれば、居場所が分かるかもしれませんが、時間がかかると思います」
寛さんはテーブルに両手をつき、真剣な顔で頭を下げた。
「頼む、時間が許す限りでいい。山内を探してくれ」
「私にできることなら。必ず見つけ出します」
「ありがとう、恩に着る。俺は先に現場を確認してくる。何か分かったら、すぐに知らせてくれ」
そう言うと、寛さんは玄関から急いで飛び出して行った。
その背中を見送りながら、私は寛さんに頼られたことで、少しだけ心のしこりが小さくなった気がした。
胸に手を当て、誓う。
私にできることをやろう。二度目の人生を無駄にしないために。
そして、そっと額に触れた。今の私を作り上げているもう一人の私に、想いが届くように。
夕暮れの穏やかな明かりが身体を暖め、紅茶を一口含むと、優しい茶葉の香りが口の中に広がった。
世界中に溢れる膨大なデータが直接身体に流れ込み、心のありようを徐々に複雑にしていく。
世界は輝き、美しく、新鮮な感覚と懐かしい想いが混じり合い、切ない気持ちが胸を締め付ける。
私は毎日の中で、喜びを感じているはずだ。しかし、心にできたしこりが「お前にはその権利はない」と囁いてくる。
私は、積み重なった無数の命の上に立っている。許されるはずがない。
沈みかけた夕日を背にアパートに戻り、専用のゲーミングチェアに腰を沈め、首筋にあるポートにプラグを接続する。
あの事件以来、私は武田の犯行の全貌を調査している。彼の自殺前の発言が事実なら、目的は達成されたのかもしれない……。つまり、事件はまだ終わっていないということだ。
航は武田に洗脳され、記憶媒体とサーバーを隔離されている。四ノ原咲夜は命を取り留めたが、大脳新皮質の一部が失われ、植物状態だ。佐藤梢は身体に異常はないものの、心神喪失で療養中。三神教授は背中の刺し傷が深く、入院しているという。雫は、武田に記憶媒体とサーバーを奪われ、行方不明だ。
末木さんや高瀬さんは、事態の収拾に追われ、日に日にやつれていくのが見て取れる。相談をしたいが、しばらくは無理そうだ。
背もたれに身を預けると、金属が軋む音が耳に響いた。
その時、インターフォンが鳴った。
「こんにちは、寛です」
「あ、今、行きます」
プラグを外し、玄関へと急ぐ。寛さんは、こちらが不安な時に不思議と訪ねてくることが多い。
彼を部屋に招き入れると、いつもの穏やかな表情ではなく、真剣な顔をしていた。
「桔梗さん、山内の居場所を調べてくれないか?」
「もしかして、行方不明なんですか?」
「二日前から連絡がつかない。ずいぶん思い詰めていたからな……。滅多なことはないと思うけど」
「分かりました。調べてみます。少し時間がかかるかもしれませんが、大丈夫ですか?」
寛さんは迷いなく頷く。
再びプラグを差し込み、モン・トレゾールの監視カメラにアクセスし、30倍速で映像を再生。山内亮は二日前の午前中にアパートを出てから戻っていない。
彼の行方を追っていくと、国道一号を自転車で横浜方面に向かい、藤沢を超えた脇道に入ったところで足取りが途切れていた。
「午前10時05分にアパートを出発して、国道一号を藤沢方面に向かい、この脇道で姿を消したみたいです」
地図を表示し、山内が消えた場所を指差す。
「……特別な場所じゃなさそうだな……。これ以上は分からないか?」
「脇道沿いに監視カメラの映像を調べれば、居場所が分かるかもしれませんが、時間がかかると思います」
寛さんはテーブルに両手をつき、真剣な顔で頭を下げた。
「頼む、時間が許す限りでいい。山内を探してくれ」
「私にできることなら。必ず見つけ出します」
「ありがとう、恩に着る。俺は先に現場を確認してくる。何か分かったら、すぐに知らせてくれ」
そう言うと、寛さんは玄関から急いで飛び出して行った。
その背中を見送りながら、私は寛さんに頼られたことで、少しだけ心のしこりが小さくなった気がした。
胸に手を当て、誓う。
私にできることをやろう。二度目の人生を無駄にしないために。
そして、そっと額に触れた。今の私を作り上げているもう一人の私に、想いが届くように。
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