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ゴースト

密室の殺人鬼へ

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「これで……動ける奴は、いなくなったか」

三神教授のシャツが赤黒く染まっていく。

「遊びすぎたな。危うく、ゲームオーバーになるところだった」

寛さんは後ろ手に落ちている瓦礫を掴み、武田に向かって投げつけた。

瓦礫は武田の後頭部に直撃し、鈍い音が響く。武田がグルリと振り向くと、苦虫を噛み締めたような渋い顔をしていた。

「武田、お前の相手は俺だ……本当に余所見が好きだな」

寛さんの言葉に武田は舌打ちし、ゆらゆらと寛さんに近づいてくる。先ほどの上段蹴りが効いているのか、足下がおぼつかない。

「腹の底からムカつく奴らだ。次から次へとゴキブリみたいに這い出て来やがって……」

武田はサッカーボールを蹴るように寛さんの頭を蹴り飛ばした。

中途半端に立ち上がっていた寛さんは、バランスを崩し、僕の近くに倒れ込んできた。

寛さんは仰向けに倒れ、鼻血を垂れ流し、白目を剥いていた。

「寛さん……」

武田は床に落ちていたハンドガンを拾い上げた。マガジンを取り出し、残弾数を数えて呟く。「残り4発か……」

「さて、誰から殺そうか……そうだ、高瀬さん、あなたが指名してください」

高瀬さんは心臓マッサージを続けながら、武田を睨みつける。

「なら、私を殺しなさい」

「却下。自分以外で……だ。決めなければ、心臓マッサージ中のその女を最初に殺す」

「僕を殺せ……その代わり、咲夜を……」

武田は僕に銃口を向け発砲した。弾丸は僕の足元の床で跳ね返り、どこかへ飛んでいく。

血の気が引いていくのを感じ、心臓が激しく鼓動するのが自分でも分かった。

「次に発言したらお前の両目を潰す。だが殺さない」

「……どういう意味だ」

「発言したらどうなるのか、聞いていなかったのか? 」

「っ………」

「まあいい。お前、その女が助からないと思ってるだろ。最高にいい顔してるぜ。お前は。そう思うと殺せなくてな」

歯を食いしばり、下唇を噛み締める。俺は……無力だ。

「高瀬くん、私を指名してくれ」

壁際で気絶していた末木さんが目を覚まし、高瀬さんに呼びかける。

高瀬さんは苦痛に顔を歪め、何かを言おうとするが、口を閉じた。

「末木~、勝手に喋ったら殺す……聞いてなかったのか?」

「耳が遠くてね。すまない、ほどほどに気をつけるよ」

武田は末木さんに近づくと、顔面を蹴り飛ばした。

末木さんは横向きに倒れ、両手を上げておどけてみせる。「降参、降参」

武田は舌打ちをし、スマホを取り出した。イライラが顔に出ている。

「末木……まだ、何か隠しているのか?」

末木は微笑を浮かべる。

「ARIAか……あいつらはデリート消去だな。これ以上邪魔者が増えても困る」

そう言って、スマホを操作し始めた。

「いいのか? ARIAを消してしまって。億万長者になれないぞ」

末木が皮肉を言ったが、武田は涼しい顔でいなす。

「ああ、それは別にいいんだ。もう、必要なデータはクライアントに渡したし、目的は既に達成されている」

パタパタとスマホを操作した後、武田が呟いた。「あと、スリーステップでデリートが実行される」

「デリートにはお二方の音声認証が必要なんだ。協力しない場合は全員殺す」

「全員殺すって、語彙力がないなぁ、武田くん」

末木はまた頭を蹴飛ばされ、武田に髪を掴まれ、スマホを押し当てられる。

「…………」

「だんまりか。じゃあ、高瀬さんから殺そうか?」

「……末木だ。デリートを承認する」

武田は末木の髪を乱雑に放り投げる。末木はまだニヤニヤしており、武田は舌打ちする。

心臓マッサージを続ける高瀬さんの顔にスマホを押し当て、武田が囁いた。「さっさと承認してもらえます?」

「……高瀬です。承認……します」

高瀬さんは唇を噛み締め、涙を流していた。

ARIAを……雫を消す? 

その言葉に、体中の血液が沸騰し、毛穴という毛穴から気体が吹き出すような激しい感情に支配される。

だが、逆に頭は冷静に、思考が研ぎ澄まされていく。

おそらく、末木さんは何かを狙っている。今までの会話の流れからして、何かがあるときほど軽口を叩いている。

微かな変化も見逃さないように、武田と末木さんの会話、高瀬さんや、寛さん、三神教授に佐藤先輩の所作、周囲の状況変化に神経を張り巡らせる。

「あとは、俺が承認すればARIAはデリートが実行される。最期に言い残すことはあるか? 開発責任者様?」

末木さんはクックックと笑う。

「なあ、武田くん、ここは密室だと思うか? 」

「頭のネジが足りないんじゃないか? そんな質問に何の意味がある。やはり天才様は何かが欠けているんだな」

「答えは? 」

「……ドアも窓も空いている。密室には程遠い」

「GoBだと、これは密室なんだ」

「はぁ? それがARIAの最期に伝えたかったことなのか。凡人の俺には理解できませんなぁ」
 
武田は意味がわからない、そんな顔をしていた。だが、僕には意図が分かった。

そう言うと、武田はスマホを耳元につけた。「武田だ、しょう……」




「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」




音が割れるほどの大音量がスマホから漏れ聞こえ、武田の鼓膜を揺さぶったのか、掌からスマホが滑り落ちて、ガタン、カッカッと勢いよく床に落ちた。

「耳がぁ……」

武田は頭を抱え、よろめいていた。


『亮っ! 』


雫……!

俺は顔を上げ「高瀬さん、止血を」、咲夜から手を離した。

高瀬さんが何かを叫んでいるが、不思議と何も聞こえなかった。僕は床に散乱する瓦礫の中から、手に握れるサイズの鉄板を手に取り、立ち上がる。

耳を塞いだ格好の武田が薄目を開けて、こちらを見ているのが手に取るように認識できる。

武田は右手に持っていた銃をこちらに構えようとしている。その動作があまりにゆっくりなので、ふざけているのかと勘違いするほどだった。

違う。

武田の視線、予備動作、呼吸の回数、ラインや足元の瓦礫の位置、空間の温度、ハンドガンの癖、残弾数、立ち位置、末木さんの狙い、寛さんの思惑、倒れている人の数……4人、身動きがとれないもの……2人、動ける人間の数……2人。

膨大な情報が頭に流れ込み、脳のに高負荷がかかっているのだ。世界はスローモーションに、世界は無音に、無駄な機能はそぎおとされ、リソースは全て目の前の敵に注ぎ込まれていく。

ハンドガンのトリガーにかかる人差し指の欠けた爪先まで確認できた。

発砲音が聞こえた。

でも、大丈夫、心臓の上、5センチ。

手に持った鉄の板で弾丸を弾き返した。武田は大きく目を見開いていた。

手作り銃のバレルは歪んでいるのか、銃口から射出されたときに弾道が少し左に反れるようだ。

武田はすぐに二発目を発砲する。

前に一歩、鉄板の位置と角度を調整し、構えると弾丸は吸い込まれるように、鉄板に当たり、跳弾する。

跳弾は何度か、壁やラインに跳ね返った。



「ぐわぁぁあ!」



最後に武田の右腕に被弾した。俺は鉄板を振りかぶり、武田の顔面を全力で殴った。

今度こそ、武田は床に倒れ伏した。

外が騒がしい。大勢の人がなだれ込んでくる足音が聞こえてきた。

「あそこです! 早く!」

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