66 / 99
ゴースト
殺し赦し問わに
しおりを挟む
「寛さん……?」
「悪い、遅くなったな」
寛さんは武田の上段蹴りを右腕でガードしながら、いつになく張り詰めた表情で答える。
「京香叔母さん、早く四ノ原を!」
「……寛くん? なんで、ここに」
「いいから、早く」
高瀬さんはお腹を抱え、足を引きずりながらこちらに駆け寄ってく る。
「弾丸が額から頭頂部にかけて貫通してる。とりあえず、止血する」
高瀬さんは周りに落ちている瓦礫 を咲夜の頭の下に入れて、枕代わりにする。
「何か、タオルみたいなものはある? 」
「バッグにハンドタオルくらいなら」
「十分よ。いい、こことここををタオルで押さえて、圧迫止血して」
その間、高瀬さんは咲夜の手首から脈拍を測り、呼吸を確認する。
「生きてはいるけど、脈拍も呼吸も弱い。......駄目、逝かないで、頑張って!」
高瀬さんはすぐに気道確保と人工呼吸を始めた。
その横で、寛さんは武田と激しい攻防を繰り広げていた。寛さんの表情は強張り、歯を食いしばっている。
攻撃を全てさばき切れないのか、時折、武田の打撃や蹴りを受けている。
それに対して、武田は弱者をいたぶる快感に浸っているかのような、湯悦に満ちた顔をしていた。
武田の拳が寛さんの顔面を捉え始め、途中からガードする余裕もなく、一方的に殴られる状況になった。
武田は周囲を気にせず、寛さんに集中していた。その時、末木さんが横から武田に体当たりをした。
武田は体勢を崩し、倒れそうになる。
「末木!!」
武田が末木さんの顔を力いっぱい殴りつけた。しかし、殴られる直前、末木さんは口元に僅かな笑みを浮かべたように見えた。
「余所見とは余裕だな」
「しまっ……」
寛さんはその僅かな隙を見逃さなかった。
寛さんの上段蹴りが武田の顔側面に直撃し、首が折れそうなほど曲がったかと思うと、武田は白目を剥いて倒れた。
ラインに身体がぶつかり、跳ね返って、瓦礫の散乱する床に横向きに倒れた。
ドシンと重たい音が、工場内に響き渡った。
寛さんも集中力が切れたのか、その場で尻もちをつくように座り込んだ。
「寛くん、大丈夫? 」
「ええ、まあ、何とか……。後、10分もしない内に救急車が来るので、叔母さんと山内は処置を続けてください」
その場にいた、誰もがほんの一瞬ではあるが緊張の糸が切れたのだと思う
もちろん、咲夜は予断を許さない状況だし、負傷者も沢山いる。
でも、武田が倒れたことで状況が良くなって行くのではないかと錯覚させるくらいには油断したのだ。
一人を除いては。
「佐藤先輩……? 」
佐藤先輩は立ち上がり、ふらふらと歩き始めたかと思うと、腰を曲げて何かを拾い上げた。
そのまま、彼女は武田を真下に見下ろす位置まで来ると、拾い上げた黒い物を武田に突きつけた。
僕たちは武田の襲撃により、大事な事を忘れていた。
何故、彼女がこの工場にいるのかを。
「……佐藤、お前、何してるんだ」
佐藤先輩のもとへ行こうと寛さんが立ち上がろうとするが脚に力が入らないのか、倒れてしまった。
僕も高瀬さんも咲夜の処置で手が離せないし、末木さんは殴られた時に気絶をしたのかピクリとも動かない。そして、三神教授もずっと意識を失っている。
そこに彼女を止められる人間がいなくなっていた。
「こいつのせいで私の人生めちゃくちゃになったの……」
「佐藤、駄目だ、よせっ!」
「佐藤先輩!」
佐藤先輩は武田の落としたハンドガンを武田の頭に向け、引き金を引いた。
ダンと音が反響したかと思うと、カランカランと薬莢が床に落ちて乾いた音を立てる。
僕は目をつぶってしまった。目を開けたら、佐藤先輩が武田を殺した事実を受け入れなければいけない。
それが怖くて瞼をぎゅっと固く瞑り、誰かが何かを、発するのを待ってしまった。
「ミス佐藤、人殺しは見過ごせ……ないな」
三神教授の声がした。
目を開けると、三神教授が佐藤先輩の手首を掴み、弾丸の軌道を武田から逸らしていた。
三神教授は、佐藤先輩の手首を掴んだまま、彼女の震える手からそっと銃を取り上げた。
彼女の目は虚ろで、何かを見ているようで見ていない。
まるで、現実から逃れたいかのように、彼女の意識はどこか遠くに飛んでいるようだった──
「悪い、遅くなったな」
寛さんは武田の上段蹴りを右腕でガードしながら、いつになく張り詰めた表情で答える。
「京香叔母さん、早く四ノ原を!」
「……寛くん? なんで、ここに」
「いいから、早く」
高瀬さんはお腹を抱え、足を引きずりながらこちらに駆け寄ってく る。
「弾丸が額から頭頂部にかけて貫通してる。とりあえず、止血する」
高瀬さんは周りに落ちている瓦礫 を咲夜の頭の下に入れて、枕代わりにする。
「何か、タオルみたいなものはある? 」
「バッグにハンドタオルくらいなら」
「十分よ。いい、こことここををタオルで押さえて、圧迫止血して」
その間、高瀬さんは咲夜の手首から脈拍を測り、呼吸を確認する。
「生きてはいるけど、脈拍も呼吸も弱い。......駄目、逝かないで、頑張って!」
高瀬さんはすぐに気道確保と人工呼吸を始めた。
その横で、寛さんは武田と激しい攻防を繰り広げていた。寛さんの表情は強張り、歯を食いしばっている。
攻撃を全てさばき切れないのか、時折、武田の打撃や蹴りを受けている。
それに対して、武田は弱者をいたぶる快感に浸っているかのような、湯悦に満ちた顔をしていた。
武田の拳が寛さんの顔面を捉え始め、途中からガードする余裕もなく、一方的に殴られる状況になった。
武田は周囲を気にせず、寛さんに集中していた。その時、末木さんが横から武田に体当たりをした。
武田は体勢を崩し、倒れそうになる。
「末木!!」
武田が末木さんの顔を力いっぱい殴りつけた。しかし、殴られる直前、末木さんは口元に僅かな笑みを浮かべたように見えた。
「余所見とは余裕だな」
「しまっ……」
寛さんはその僅かな隙を見逃さなかった。
寛さんの上段蹴りが武田の顔側面に直撃し、首が折れそうなほど曲がったかと思うと、武田は白目を剥いて倒れた。
ラインに身体がぶつかり、跳ね返って、瓦礫の散乱する床に横向きに倒れた。
ドシンと重たい音が、工場内に響き渡った。
寛さんも集中力が切れたのか、その場で尻もちをつくように座り込んだ。
「寛くん、大丈夫? 」
「ええ、まあ、何とか……。後、10分もしない内に救急車が来るので、叔母さんと山内は処置を続けてください」
その場にいた、誰もがほんの一瞬ではあるが緊張の糸が切れたのだと思う
もちろん、咲夜は予断を許さない状況だし、負傷者も沢山いる。
でも、武田が倒れたことで状況が良くなって行くのではないかと錯覚させるくらいには油断したのだ。
一人を除いては。
「佐藤先輩……? 」
佐藤先輩は立ち上がり、ふらふらと歩き始めたかと思うと、腰を曲げて何かを拾い上げた。
そのまま、彼女は武田を真下に見下ろす位置まで来ると、拾い上げた黒い物を武田に突きつけた。
僕たちは武田の襲撃により、大事な事を忘れていた。
何故、彼女がこの工場にいるのかを。
「……佐藤、お前、何してるんだ」
佐藤先輩のもとへ行こうと寛さんが立ち上がろうとするが脚に力が入らないのか、倒れてしまった。
僕も高瀬さんも咲夜の処置で手が離せないし、末木さんは殴られた時に気絶をしたのかピクリとも動かない。そして、三神教授もずっと意識を失っている。
そこに彼女を止められる人間がいなくなっていた。
「こいつのせいで私の人生めちゃくちゃになったの……」
「佐藤、駄目だ、よせっ!」
「佐藤先輩!」
佐藤先輩は武田の落としたハンドガンを武田の頭に向け、引き金を引いた。
ダンと音が反響したかと思うと、カランカランと薬莢が床に落ちて乾いた音を立てる。
僕は目をつぶってしまった。目を開けたら、佐藤先輩が武田を殺した事実を受け入れなければいけない。
それが怖くて瞼をぎゅっと固く瞑り、誰かが何かを、発するのを待ってしまった。
「ミス佐藤、人殺しは見過ごせ……ないな」
三神教授の声がした。
目を開けると、三神教授が佐藤先輩の手首を掴み、弾丸の軌道を武田から逸らしていた。
三神教授は、佐藤先輩の手首を掴んだまま、彼女の震える手からそっと銃を取り上げた。
彼女の目は虚ろで、何かを見ているようで見ていない。
まるで、現実から逃れたいかのように、彼女の意識はどこか遠くに飛んでいるようだった──
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
ミステリー
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる