ＡＲＩＡ（アリア）

ゴースト

闇に笑う化け物

顔に重い蹴りを受けた。

誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが、意識は混濁し、音を正確に拾うことができない。

そのまま頭から後ろに倒れ込み、衝撃で心がひしゃげて、ぺしゃんこになった。絶望だけが残り、心は空っぽだ。

武田は、反応しなくなった僕の瞳をじっと覗き込む。

僕は髪を鷲掴みにされ、無理やり引き起こされた。目の前の男は、先程とは違い、能面のように無表情だ。

日が落ちてきたのか、武田の表情は見えにくくなっている。白目の中に黒い瞳だけが際立ち、人間ではない何か……まるで化け物のようだった。

ああ、俺も殺されるんだ。

咲夜を巻き込んだのは僕だ。僕のせいで、咲夜は……咲夜は……。

眉間に冷たく硬いものが押し当てられる。それは銃口だった。

「悪足掻きはもうおしまいか？　なら、もう、死ぬか？」

高瀬さんの叫び声が聞こえた。

「待って！　武田さん、目的は私なんでしょ。なら、その子は関係ない。解放して」

武田は僕から視線を外さずに答えた。

「高瀬さん……確かに俺はあなたが必要だ。いつか、その身体も心も俺のものにしてやろうと思っている」

「なら、私以外は解放して」

「だが、秘密を知った人間を生かして返すわけにはいかない。山内、三神、末木、佐藤……そして、君にも死んでもらう」

「もう、やめて……」

「やめないよ。残弾もジャストだ。ARIAもデリートだ。もう、十分にデータは得られた。これで俺は億万長者だ」

「くだらん……。高瀬くんを殺すのは、君の思い通りにならなかったからか？」

その言葉を聞いた瞬間、僕の眉間に突きつけられた銃口が揺らいだ。

武田は僕から視線を外し、末木さんの方向を見つめる。

「末木～。まだ喋れたのか？　何が言いたい？」

「高瀬くんに振られたのが、そんなにショックだったのかと思ってね。慰めてやろうって話だよ」

「ああ……？」

銃口は完全に末木さんに向いていた。髪の毛からも手が離れ、気がつくと武田は末木さんの元に向かって歩いていた。

武田は末木の胸ぐらを掴む。

「俺はなぁ、昔からあんたが嫌いだった。好き勝手やってる上に、それなりに結果も出す。能力は俺の方が上なのに、いつも目立つのはお前ばかりだ」

末木さんは胸ぐらを掴まれ、咳き込んだ。

「そんなことだから気が付かないんだ。高瀬くんの心は湊みなとさんにとらわれている。君には永遠になびかないよ」

「出た出た、高瀬湊たかせみなと。俺はあいつのことも嫌いだ。あいつの笑顔を見ると鳥肌が立つ。善人ぶりやがって」

「武田……お前は必ず報いを受ける。ここにいる全員を殺せば、今回は必ずだ。」

「今回は……？　末木、お前まさか知っているのか。俺の秘密を」

「知っているさ。湊さんを殺したのはお前だ」

高瀬さんの口から小さく声が漏れた。

「えっ……湊が武田さんに？　」

工場は日が落ち、暗闇に包まれていく。末木さんの前に立つ武田は闇をまとい、完全に化け物と化していた。

「お前のその何でもお見通しって面が特に嫌いだった。まさか、そこまで知っているとはな」

「凡夫の考えることなんて、お見通しだよ。もっとも、凡夫の気持ちは分からないがね」

「……気が変わった。お前は拷問の上、惨たらしく殺す」

「好きにしたらいい。今回も私の勝ちだからね」

「ほざけ」

そのときだった。もう一体の黒い影が空から降ってきた。

激しい衝撃音が工場内に響き渡る。その黒い影は着地すると同時に、武田の腕を捻り上げた。

武田は悲鳴を上げ、銃を地面に落とす。

もう一体の影はすかさず銃を蹴り飛ばし、遠ざけた。

「叔母さん！　四ノ原咲夜に応急処置を。山内立ち上がれ、まだ、四ノ原は死んでない」

武田は捻り上げられた腕を強引に外した。少し、距離を取ると、すかさず上段蹴りを影に向かって放つ。

だが、影はそれを腕でガードした。

「寛……さん？　」

「悪い、遅くなったな」