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ゴースト

ゆうれいの帰還

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廃工場の敷地は草木が生い茂り、まるで自然が建物を飲み込もうとしているかのようだった。

草は青々としたものから、枯れて薄茶色になったものまでまばらに群生している。

敷地の入口には「立ち入り禁止」の看板と、「私有地への立ち入りは犯罪です」と書かれた立て看板が併設されていた。

心霊スポット騒ぎで近隣住民からの苦情が多かったようで、警察が定期的に巡回しているらしい。そのため、敷地内には人の気配はなかった。

少し後ろめたい気持ちを抱えつつも、俺たちは奥へと進んだ。草木が近いせいか、青臭さが鼻をつき、小さな羽虫が足元を飛び回っているのがわかった。

目的のK&K Industriesの建物は背丈の高い草に阻まれて見えないが、幸いにも先人たちが多く訪れたのか、人ひとりが通れる程度の踏みならされた道ができていた。

ガサガサと草をかき分け、前へと進むと工場の入口が見えた。

壁は赤茶けて、窓ガラスは割れ、落書きもされていた。10年前まで人が働いていたとはとても信じられない。

建物の正面には大きなシャッターが降りていて、その隣には扉がある。シャッターには大量の落書きがされていた。

赤や白を基調とした意味不明な英単語と、陽気に笑うカエルの絵が描かれていた。

シャッターの一部は不自然にへこんでいて、無理やりこじ開けようとした形跡があった。

結局、隣の半開きになったドアから侵入したのだろうと予想がついた。

扉の横には、スニーカーが二足、丁寧に並べた状態で置いてあった。まるで、先程脱いだばかりのような佇まいに首を傾げた。

もしかして、中に誰かいるのか?

俺は半開きのドアを開けようとして、躊躇ちゅうちょした。予想通り、中から誰かの話し声が聞こえたからだ。

手で「入らないように」と合図をする。

ドアの隙間に身を寄せて、声に耳を澄ますと、中から男女数名の話し声が聞こえた。

淡々と話す者、声を荒らげる女性、小さなうめき声のようなものも聞こえた気がした。

次の瞬間、ダンッと激しい爆発音のようなものが聞こえた。驚いて、思わず声が出そうになった。

中から誰かの叫び声と怒号、笑い声が聞こえた。

後ろを振り返ると、二人も目を見開き、恐怖に引きつった顔をしていた。

ドアの隙間からでは中の様子が見えないため、状況はわからないが、何かまずいことが起きているのは想像に難くなかった。

明らかに誰かがいる。

こんなところに本当に佐藤がいるのだろうか?

いや、俺はそう理由をつけて、この場から立ち去りたかっただけなのかもしれない。

「木崎、五十嵐、二人はここから離れて警察を呼んでくれ」

桔梗ききょうさんは……すまないがもう少し付き合ってくれますか?」

桔梗は首肯する。

「大丈夫です。この建物の間取りがわかるのは私しかいませんものね」

無理に笑顔を作っているのがわかった。

「ひ、寛さん……一緒にここから出ましょうよ。絶対に今の、銃声ですって」

ダンッ、ダンッと再び銃声が聞こえた。

思わず、その場にいた全員が頭を抱え、身を縮こませた。

「拓人くんの意見に賛成。リスクしかない。残る意味がわからない」

「状況はわからないが、佐藤がもし撃たれたのだとしたら、今すぐ応急処置をしないと命に関わるかもしれない。放ってはおけないだろ」

木崎は小さくため息をついた。

「警察呼んだら、すぐに戻りますから無茶しないでくださいね」

「わかった」

五十嵐と木崎は静かにその場を立ち去った。

「桔梗さん、中の様子を伺うことのできる場所はわかるか?」

「この建物に沿って反対側に行くと、裏口があります。そこから侵入して、工場内部を見ることができる部屋がありますので、そこに行きましょう」

俺は頷き、壁伝かべづたいに移動を始めた。

幸い、中の人間は話に夢中なのか、こちらの気配を察知された様子はない。

ちらりと桔梗さんの顔を確認する。

平静を装ってはいるが、明らかに疲労している。無理もない。

素足にサンダル、小さな生傷が散見される。きっと歩くのもつらいだろうし、何より、一度出たはずの建物に戻ってきているのだ。

平気なわけがない。

壁伝いに裏口へと移動する。裏口はあまり人が通った形跡がなく、鬱蒼うっそうとしていた。

顔の周りを飛ぶ羽虫や蜘蛛の巣が鬱陶うっとうしい。だが、そんなことを気にしている暇はない。

気持ちが焦り、急ぎ足になる。草をなぎ倒し、歩いていくと裏口と思しき場所に出た。

正面の入口とは異なり、裏口は明らかに誰かが出入りしていることがわかるくらい綺麗だった。

そして、裏口の前には駐車場があり、そこに一台の車両が停まっていた。

俺はスマホを取り出し、車とナンバープレートの写真を撮影し、すぐに木崎にSNSで送っておいた。

合わせて、工場のどの位置なのかわかるように、数枚の写真も撮影して送っておいた。

裏口の周りは高い塀に囲まれており、ゲートもついている。表の立て看板があった場所とは大違いだ。

「桔梗さん、ここですか?」

「はい、この入口で間違いありません」

桔梗さんがドアノブを回すと、呆気なくドアが開いた。鍵は掛かっていないようだ。

桔梗さんは口の前に人さし指を立てる。俺は首を縦に振り、後をついていく。

中は正面玄関と異なり、リノリウムの小綺麗な床に蛍光灯の光が反射して光沢を放っている。

廊下には左右にいくつかの扉があり、小部屋になっているようだ。

「この奥です」

桔梗さんは小さな声で案内する。

階段を上がると、ガラス張り……正確にはガラスが割れた大きな窓から工場内部を確認できる小部屋があった。

おそらく、工場のラインを監視するための部屋なのだろう。

階下は薄暗かったが、外光が差し込んでいたため、幸いにも視認できる程度の明るさはあった。

男女が数名見えた。

立っている者、横たわっている者、その中にすぐに見知った顔があることに気づいた。

「山内……!」
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