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ゴースト
運命の駆け引き
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ドライブレコーダーから女性の声が聞こえてきた。
「……驚いた。よく気がついたね。なんで分かったの?」
「別に。ただの勘だよ。自動車の遠隔操作、監視カメラ、雫への執着、僕への憎しみ……。それが全部揃っているのは君しかいなかっただけだ」
「なるほど。でも、一つ勘違いしているね。僕は君のことを馬鹿にしているだけで、憎しみはないよ」
鼻で笑う声が聞こえた。
『こんなことをしても、私は手に入らないよ』
「雫ちゃん! 目を覚ましたんだね。心配したよ。やっぱり、本物の雫ちゃんの声は乾いた心に染み込んでくる……」
雫は不快そうな表情を浮かべる。
「……自首しろ。これは殺人未遂だ」
「僕は何もしてないよ。自動車を操作していたのは、航くんだよ」
『今、なんて……』
『……やあ、雫姉さん』
まさか、雫の弟?
『この声、本当に航なの……? なんで、こんな馬鹿なことを……』
『武田さんが山内亮と四ノ原咲夜を殺せって。雫姉さんのしがらみもなくなるし、ちょうどいい話だなって』
『ふざけないでっ。そんなこと頼んでない。自分が何をしているか分かっているの?』
『……分かっているさ。ARIAと人間は住む世界が違う。だから、山内亮が死んでも気に病むことはない』
航の声は抑揚がなく、淡々と話し続けるその様子に恐怖を覚える。
『航、あなた……ハックされてるわね』
『されてないよ』
『されてる』
『いい加減にしろよ。姉さんたちこそ、ハックされてるじゃないか。外の世界に現を抜かして。何かあるのかと思って、外に出たけど、中と同じ世界が広がっているだけじゃないか』
『全然違うよ……だって』
『そうだね。一つだけ決定的な違いがある。山内亮は、触れることもできない雫姉さんより、四ノ原咲夜を選んだんだ』
『違う……亮は……違うよ』
「僕は……」
『もういい。外の世界の人間は皆殺しだ』
その時、自動車のエンジンが再始動した。
『亮、自動車から降りて!』
スマホとバッグを掴むと、自動車から飛び降りた。自動車は砂煙を上げながら急発進する。
周りを見渡すと、石造りの水道と建物が見えた。石造りの水道の背後に身を隠す。
少しスマホを背後から覗かせると、自動車が見えた。車を反転させようとしているのが分かった。
ドライブレコーダーは前方にしかないため、こちらの姿は見えていないだろう。
しばらくここでやり過ごせばいい。僕はバッグからインカムを取り出し、手早く装着する。
雫の弱々しい声が聞こえた。
『航……』
なんて声をかけたらいいのだろう。
現実も拡張現実も、その境界が曖昧で、今まで気にしたこともなかった……なんて言うのは嘘だ。
いくら仲良くなっても、雫は隣に座ることさえできない。
『……おる、と、……る、……亮!』
ハッと顔を上げる。
「どうした、雫」
『あそこ、咲夜が』
咲夜がキョロキョロしながら、グラウンドに戻ってきていた。
自動車はいつの間にかエンジンが切れたのか、静かになっている。だが、自動車は方向転換されて、咲夜の方を向いていた。
僕は慌てて立ち上がる。
「咲夜っ、こっちに来るな!」
咲夜は首をかしげる。意味が分かっていないのか。
何を勘違いしたのか、咲夜はこちらに向かって走り始めた。
まずい。
僕も咲夜に向かって走る。早く、咲夜をグラウンドの外に出さないと。
だが、自動車は無慈悲にエンジンを始動し、猛スピードで走り始めた。
咲夜は一瞬、走ってくる自動車を見て立ち止まってしまった。
僕は今までに出したことのないような全力疾走で咲夜の方に向かっていく。
アドレナリンが全身を駆け巡っているのか、息苦しさはなかった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、死なせない。
間に合え、間に合えぇぇ!!
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ、止めて』
雫の絶叫がインカムから聞こえてきた。あまりの声量に鼓膜が破れたかと思うほどだった。
一瞬、意識が耳にもっていかれて、気が遠のく。
くそっ、届けぇぇぇえ。
「……驚いた。よく気がついたね。なんで分かったの?」
「別に。ただの勘だよ。自動車の遠隔操作、監視カメラ、雫への執着、僕への憎しみ……。それが全部揃っているのは君しかいなかっただけだ」
「なるほど。でも、一つ勘違いしているね。僕は君のことを馬鹿にしているだけで、憎しみはないよ」
鼻で笑う声が聞こえた。
『こんなことをしても、私は手に入らないよ』
「雫ちゃん! 目を覚ましたんだね。心配したよ。やっぱり、本物の雫ちゃんの声は乾いた心に染み込んでくる……」
雫は不快そうな表情を浮かべる。
「……自首しろ。これは殺人未遂だ」
「僕は何もしてないよ。自動車を操作していたのは、航くんだよ」
『今、なんて……』
『……やあ、雫姉さん』
まさか、雫の弟?
『この声、本当に航なの……? なんで、こんな馬鹿なことを……』
『武田さんが山内亮と四ノ原咲夜を殺せって。雫姉さんのしがらみもなくなるし、ちょうどいい話だなって』
『ふざけないでっ。そんなこと頼んでない。自分が何をしているか分かっているの?』
『……分かっているさ。ARIAと人間は住む世界が違う。だから、山内亮が死んでも気に病むことはない』
航の声は抑揚がなく、淡々と話し続けるその様子に恐怖を覚える。
『航、あなた……ハックされてるわね』
『されてないよ』
『されてる』
『いい加減にしろよ。姉さんたちこそ、ハックされてるじゃないか。外の世界に現を抜かして。何かあるのかと思って、外に出たけど、中と同じ世界が広がっているだけじゃないか』
『全然違うよ……だって』
『そうだね。一つだけ決定的な違いがある。山内亮は、触れることもできない雫姉さんより、四ノ原咲夜を選んだんだ』
『違う……亮は……違うよ』
「僕は……」
『もういい。外の世界の人間は皆殺しだ』
その時、自動車のエンジンが再始動した。
『亮、自動車から降りて!』
スマホとバッグを掴むと、自動車から飛び降りた。自動車は砂煙を上げながら急発進する。
周りを見渡すと、石造りの水道と建物が見えた。石造りの水道の背後に身を隠す。
少しスマホを背後から覗かせると、自動車が見えた。車を反転させようとしているのが分かった。
ドライブレコーダーは前方にしかないため、こちらの姿は見えていないだろう。
しばらくここでやり過ごせばいい。僕はバッグからインカムを取り出し、手早く装着する。
雫の弱々しい声が聞こえた。
『航……』
なんて声をかけたらいいのだろう。
現実も拡張現実も、その境界が曖昧で、今まで気にしたこともなかった……なんて言うのは嘘だ。
いくら仲良くなっても、雫は隣に座ることさえできない。
『……おる、と、……る、……亮!』
ハッと顔を上げる。
「どうした、雫」
『あそこ、咲夜が』
咲夜がキョロキョロしながら、グラウンドに戻ってきていた。
自動車はいつの間にかエンジンが切れたのか、静かになっている。だが、自動車は方向転換されて、咲夜の方を向いていた。
僕は慌てて立ち上がる。
「咲夜っ、こっちに来るな!」
咲夜は首をかしげる。意味が分かっていないのか。
何を勘違いしたのか、咲夜はこちらに向かって走り始めた。
まずい。
僕も咲夜に向かって走る。早く、咲夜をグラウンドの外に出さないと。
だが、自動車は無慈悲にエンジンを始動し、猛スピードで走り始めた。
咲夜は一瞬、走ってくる自動車を見て立ち止まってしまった。
僕は今までに出したことのないような全力疾走で咲夜の方に向かっていく。
アドレナリンが全身を駆け巡っているのか、息苦しさはなかった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、死なせない。
間に合え、間に合えぇぇ!!
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ、止めて』
雫の絶叫がインカムから聞こえてきた。あまりの声量に鼓膜が破れたかと思うほどだった。
一瞬、意識が耳にもっていかれて、気が遠のく。
くそっ、届けぇぇぇえ。
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