ARIA(アリア)

残念パパいのっち

文字の大きさ
上 下
51 / 99
ゴースト

言葉なき被害者

しおりを挟む
「落ち着け、木崎きざき

「もう、黙ってらんない。皆、佐藤先輩さとうせんぱいを甘やかしすぎ」

肩を怒らせ、ずんずんと道を歩いていく。

予想はしていたが、木崎は苛烈だ。佐藤はフェイクポルノの被害者だ。

被害者の気持ちなど、被害者にしか分からないし、根気強くケアしていくしかないと俺は思う。

……が、木崎に言わせると「甘えんな。あんなもん、首と身体をすげ替えただけの偽物だろ。気にしすぎなんだよ」らしい。

高瀬先輩たかせせんぱい、止めないでください」

「弥生ちゃん、ひろしさんの言う通りだよ。一回落ち着こう」

「だって……」

前に山内から、木崎には五十嵐拓人いがらしたくとをあてがえば、大人しくなると聞いて声をかけておいた。

……なるほど、そういうことか。つまり、木崎は五十嵐のことが好きなのか。本当に分かりやすい性格だ。

「弥生ちゃんは佐藤先輩を救うための言葉を持ち合わせているのか?」

木崎は少し俯き、言葉を探すように目線を漂わせた。五十嵐の言うことはもっともだ。

我々は佐藤の心に土足で入るべきではない。玄関から声をかけ、靴を整え、慎重に上がり框あがりがまちに足を乗せ、少しずつ、近づいていくべきだ……と思う。

「多分、持ってる。佐藤先輩を救える言葉を」

思わず、五十嵐と目を合わせてしまった。

「そうなのか、木崎?」

木崎はコクリと頷いた。

「弥生ちゃん、その……佐藤先輩になんて声をかけるの?」

「ごめん、それは拓人くんにも言えない。でも、嘘じゃない」

彼女の苛烈な性格を目の当たりにしているから、俺はその言葉を信じきれなかった。

だが、五十嵐は違ったようだ。

「分かった。じゃあ、行こうか」

「まて、五十嵐、本気で言ってるのか?」

「はい、勿論。俺もついていきますけど」

「なんで急に……」

「弥生ちゃんは嘘つくと顔にでるから。多分、何かあるんですよ」

五十嵐はそう言うとニカッと笑った。その顔を見て、木崎も微笑んだ。

俺も腹をくくる。木崎が何を考えているのか分からないが、男の俺には分からない機微を持ち合わせてはいるのだろう。

「分かった。俺もついていく。少しでも、まずいと思ったら、すぐにひく。それでいいな?」

二人共、首を縦に振る。

そこからは3人とも無言で駅まで歩き、茅ヶ崎ちがさきから辻堂駅つじどうえきまで何も会話をしなかった。

重苦しい雰囲気はなかったが、軽い気持ちで話をするような空気でもなかった。

15分ほど歩くと二階建ての小さなアパートが見えた。白い外観に二階にはベランダがついている。

二階の東側の角部屋が佐藤の部屋だ。鉄製の外階段を上るとカンカンカンと足音が響いた。

部屋の前まで来ると、木崎がインターフォンを鳴らす。

「佐藤先輩、木崎です」

「佐藤、高瀬だ。開けてくれないか?」

五十嵐は黙って様子を見ているようだった。佐藤とは面識がないと聞いたので、静かにしているようだ。

しばらく待ったが、インターフォンに出る気配がない。

「佐藤先輩、お話したいことがあるんです」

そう言うと、ドンドンとドアを叩き始めた。

「弥生ちゃん!」

すかさず、五十嵐が腕を掴み、木崎の目を見ながら首を横にふる。

「木崎……配慮が足りない。もう、やるな。帰るぞ」

「……」

「あっ!」

その時、木崎は五十嵐の手を振りほどき、ドアノブを回して扉を開ける。木崎が一瞬の隙をついて、中に入ってしまった。

「馬鹿な真似はよせ!」

いくら木崎とはいえ、さすがにやり過ぎだ。

「五十嵐は外で待っててくれ。俺が中に入る」

その瞬間、疑問が頭を過ぎる。なぜ、鍵がかかっていないのだろうか。

すると、玄関で木崎が立ち尽くしていた。木崎の腕を掴んで引っ張る。

「何を考えてるんだ、帰るぞ、木……」

「気が付かないんですか?」

木崎の顔が引きつっていた。俺は木崎の視線の先を見て、部屋の中の惨状にようやく気がついた。

土間には紙くずやゴミ、脱ぎ捨てられた靴に植木鉢の破片が散乱していた。

「なんだこれは……」

「前に来たとき、こんなに荒れてなかったですよね」

木崎の手を引いて、俺の背後に移動させ、チラッと木崎の方を振り返る。

「木崎は外の五十嵐のところに戻れ」

「部屋の中を確認したら戻ります」

「……分かった。だが、先頭は俺が行く。何かあったら五十嵐のところへ戻れ。いいな?」

木崎は首肯する。

少々気が引けたが土足で上がる。部屋は1DKで玄関すぐ左にキッチンで少し広いスペースがある。

その先にドアを隔てて佐藤の部屋がある。キッチンのある部屋は窓がないので、昼間だが薄暗い。

慎重に歩くが紙くずやビニールがガサガサと音を鳴らす。靴裏にじゃりじゃりとした感触やパキパキと割れる破片が伝わり、一歩進むたびに不安が増して行く。

木崎の方を振り返り「開けるぞ」と伝えると、木崎は小さく頷いた。

俺はドアノブに手をかけ、深呼吸をしてからゆっくりと押し開けた。ドアが軋む音が響き、薄暗い部屋の中が見える。

「佐藤、入るぞ」

部屋の中はさらに荒れていた。書類や本が散乱し、カーテンは半ば引き裂かれている。テーブルはひっくり返り、床には食べかけの食事の残骸が乾いた状態で放置されていた。

「佐藤!」

「佐藤先輩!」

木崎が後ろから声を張り上げる。部屋の隅々を見渡しても、佐藤先輩の姿はどこにもなかった。

「佐藤先輩が……いない」

慌てて佐藤に電話をかける。トゥルルルとリングバックトーンはするが、電話には出ない。

「高瀬先輩、あれ」

木崎が指差したところにスマホが落ちていた。スマホから音は鳴らなかったが振動していた。

画面には高瀬寛と表示されていた。

「くそっ……佐藤どこに行った」


その時、木崎はそのスマホを拾い上げた。

「木崎、もとに戻せ。できるだけ、現場をそのままにして、警察に連絡するんだ」

「そんな悠長なこと言ってらんない。今、この瞬間、佐藤先輩がどこかで自殺するかもしれない」

「スマホがあってもそれは一緒だ。戻せ」

二人の間に一触即発の空気が流れた。

「……西園寺なら、中身の解析ができるんじゃないですか? 」

雫ちゃんは昏睡状態のはずだ。連絡もつかないと桔梗さんからは聞いている。

「雫ちゃんは今……」

「昨日、西園寺から連絡があったんですよ」

「なんだと!? 」

「西園寺に連絡して、駄目なら警察に任せます。だから……」

「分かった。俺も佐藤が気になるからな……」

木崎は頷くと雫ちゃんに電話をかけ始めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 遠山未歩…和人とゆきの母親。 遠山昇 …和人とゆきの父親。 山部智人…【未来教】の元経理担当。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

処理中です...