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フェイク ビレッジ

フェイクビレッジ

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大学の事務棟の一階は大理石のようなフロアと窓付きの受付カウンターが見えた。ガラス戸から差し込む光はあるものの、いつも薄暗い。

事務棟は普段あまり学生がいないので、なんとも言えない緊張感があり、なんとなく苦手だ。

フロアには三神教授が待っていた。こちらに気がつくと、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「……ミス加藤は一緒じゃないのか?」

「はい。事務棟の一階で待ち合わせにしているので……来るかどうかはわからないですけどね」

『三神先生、なんか疲れてませんか?』

「ああ、事後処理に追われていてな……」

事後処理という言葉に木崎さんが反応する。

「何の事後処理ですか?」

こちらをちらりと一瞥したかと思うと、小さくため息をついた。

「フェイクポルノ炎上事件の消火活動だ」

「!」

「真相が分かったんですか?」

「その話はミス加藤が来てからにしよう。まあ、概ね真相はわかっている」

そう言うと、三神教授は事務棟のフロアにある長椅子に腰を下ろしてウトウトし始めた。

木崎さんが不思議そうな顔をする。

「なあ、どういうことなんだ?」

『分かるわけないでしょ』

居眠りしている三神教授を起こすわけにも行かず、黙って待つことにした。

約束の時間を5分過ぎた頃に加藤麻里奈は現れた。血色が悪く、黒い顔をしていた。顔色は悪いがいつもと違って顔がサッパリしている。

もしかすると化粧をしていないのかもしれない。

「……三神教授に声をかけるから、そこで待っててもらえるかな」

加藤は小さく頷いた。周りを気にせず、大きな声で話をする人間が一言も話さないのは気味が悪い。

大学にも来ないだろうと思っていたので、二重に驚きである。

三神教授を揺すって起こすと、事務棟の応接室に案内された。

ふかふかのソファに黒い光沢のあるローテーブルが置いてあり、いかにも……な部屋だった。

そこには見たことのない、白髪の初老の男性が待っていた。どうやら事務局長らしい。三神教授も隣に座ると加藤に対してのヒアリングが始まった。

三神教授の質問に対して、加藤は淡々と答えていた。

「つまり、君はミス木崎になりすまして、全く無関係のミスター山内、ミス西園寺に誹謗中傷と嘘の情報をSNS上に投稿した……これで間違いないか?」

「はい。ただ……」

雫をチラッと見ると不思議そうな顔をしていた。隣に座っている木崎さんを横目で窺ったが横顔で表情が分からなかった。

「田之上礼と佐々木裕子も共犯です」

加藤は俯いていたが僅かに口角が上がっているように見えた。

……予想はしていた。僕が言わなくても、彼女は必ず周りの人間を巻き込むと。だから、田之上と佐々木を見逃したのだ。

画面越しに雫は唖然とした表情をしているのが見えた。あまり、雫に見せるべきではなかったかもなと、今更ながらに思った。

三神教授は特別驚いた様子はなく、冷静に淡々と語り始めた。

「そうだろうな。彼女たちの事情聴取は完了している。怪しいアカウントはすべて個人情報の開示請求を行った」

「えっ……」

加藤は意表を突かれたという顔をしていた。

「ミスター山内から君が大学に来てくれると聞いて、自主してくれることを期待したんだ。多少は罪も軽くなるだろうしな」

「あああ……」

「あれでばれないと思ったのか? 正直に話してくれて安心した」

「あ、あの、私はどうなるんですか?」

「被害届が複数人から出ている。このあと、警察に引き渡す。そして、おそらくは退学処分になるだろう」

三神教授は加藤の目を見ながら、しっかりと処遇を伝えた。加藤は糸が切れた操り人形のようにガクンと力が抜け項垂れた。

三神教授は視線を加藤に向けたまま、話しかけてきた。

「……ミスター山内、あとは任せろと言ったのに何故、ミス加藤の自宅まで行ったんだ?」

「単純に腹が立ったからです。無関係の人間を悪者に仕立て、無作為に選んだ人間を被害者にして……佐藤先輩だって巻き込まれた一人です。犯人には責任を取らせるべきです」

「だから、犯人を探し、ミス加藤宅までお仕掛けたのか? 彼女がもし君に襲いかかってきたらどうするつもりだったんだ? 君の勝手な思い込みで第二の冤罪を作り出した可能性だってある」

「それは……」

「何かあれば相談しなさい。ミス木崎、西園寺も」

「はい、すみませんでした……」

確かに迂闊だったかもしれない。怒りに任せて行動していた自覚はあった。

加藤宅へ押し掛けたのも不法侵入と言われればそれまでだ。

「まあいい。今後気をつけなさい。ミス加藤、悪いが少しこの部屋で待っててくれ」

そういうと、三神教授、事務局長とともに応接室の外に連れ出された。事務局長は警察を呼ぶということで、事務室へ去っていった。

三神教授はまた事務棟フロアの長椅子に座る。

「どこまで調べがついている?」

「分かっていることは二つです。この話を大きくしたのは加藤さんじゃなくて、Bottiglia de Gotazボッティーリャ・デ・ゴタスってアカウントの人、あと……」

三神教授がこちらを窺うように顔を上げる。

「あと?」

「いえ、僕の調査状況をリークした第三者がいることです」

リーク候補に三神教授がいることは言わなかった。どんな表情をするのか確認したかったからだ。

三神教授は眉間に皺を寄せる。

「……それは誰だ? 今までの経緯を考えると同じ大学の人間か?」

「そうです」

この感じはとぼけているようには見えない。

「まだ、確証があるわけではないですが、同じ学科の同級生で中原美奈って子です」

「中原……どこかで聞いたような」

そう言うと手元に置いてあった書類をあさり始めた。

「あった……。フェイクポルノ事件の被害者の一人だ」

『本当ですか!?』
「それ、ガチの情報っすか?」

木崎さんのほうが大きな声で雫の声はかき消されてしまった。肩は震え、握りこぶしに力が入っているのがわかる。

「だから、あたしにあってくれなかったのか……美奈」

三神教授は静かに状況を教えてくれた。

「彼女からも被害届けは出ている。こちらの質問に淡々と答えているようだな」

「加藤さんに僕らの画像を提供したのは彼女です。本人から聞きました。加藤さんの協力者の一人じゃないんですか?」

「確かに調書にはそう書いてある。だが、事件が起きる前だし直接の実行犯でもない。疑わしきは罰せずだ」

「そんな馬鹿な……」

三神教授が鋭い目つきになる。

「……彼女の家にも行ったのか。ミスター山内、西園寺、本当に反省したほうがいい」

「『すみません……』」

雫と声が被ってしまった。何がなんだかわからない。何がしたいんだ、中原美奈は?

「あと、Bottiglia de Gotazボッティーリャ・デ・ゴタスだが、ミスター木下だ」

「「『えっ!』」」

「機密事項なんだが敢えて教えておく。ミス加藤やその友人、そしてミス佐藤に直接メッセージを送って脅していたらしい」

木下という男の印象は短絡的で軽薄、しかも傲慢。それ以上の単語が浮かばなかった。だからこそ、違和感を感じた。

そんな回りくどい方法を彼が取るだろうか?

そして、佐藤先輩に直接メッセージを……の下りがさらに謎だ。そんな表情を察したのか、三神教授は先回りするように答える。

「ミス佐藤のフェイクポルノはSNSには上がっていない。ダイレクトメッセージを送りつけたようだ。つまり、公開はされていない」

「それを佐藤先輩はご存知なんですか?」

「連絡しても反応がないから分からない……」

この辺は寛さんに話をしたほうが良さそうだ。公開されていないなら、立ち直るきっかけになるかもしれない。

『あの、木下は捕まったんですか?』

「捕まっていない……らしい。だから、あまり寄り道をせずに真っ直ぐ家に帰りなさい」

雫と目があった……気がした。スマホの画面越しだから気のせいだとは思うが。でも、気持ちは一緒だと思う。

「実は先日の夜のことなんですが──」


***


「──そうか、事情は分かった。黒ずくめの男か……。尚更、早く帰ったほうがいい。君たちは当面オンラインで授業を受けてもらう。手配もできている」

「あの……あたしもですか?」

木崎さんは納得がいかないらしく、小さな抵抗を示す。

「当たり前だ。君だって……」

「先生、その話は」

二人がアイコンタクトをしたように見えた。何の話だろうか?

『今の何ですか?』

「……すまない、ミス西園寺。詮索をしないでほしい」

『……分かりました』

「とにかく、今日はここまでだ。皆、安全に帰宅しなさい」

三神教授はマスコミが動いているからできるだけ、外出もしないようにと釘を刺された。

大学が本気で動き出したなら、解決は時間の問題だろう。もやもやとした気持ちの悪さが全身を包んでいるように感じた。

本当にこれで終わりなのだろうか?



***

「久しぶりだな、三神」

「お前も相変わらずみたいだな。公の場に出るときくらい、身だしなみを整えてこい」

「硬いこと言うなよ。俺とお前の仲じゃないか。それに髭はそってきた。3日前に」

ヒヒヒと笑う大学の同期にため息が出た。

「……で、頼んでおいたことはできるのか? 」

「綺麗さっぱりにしてやるよ。昔のよしみでな」

こいつがそういうなら間違いなくそうなるだろう。ほっと胸を撫で下ろす。

「教職課程をとっている教授様は面倒見がよろしいな。ふつう、大学の教授なんて、自分の研究にしか興味のない変人ばかりだからな」

「人の事を言えるのか、お前は」

「俺は人の役に立つ変人だ。一緒にしないで貰いたい」

「……で、対価は何を支払えばいい」

急に真っ直ぐな視線で目を見つめられて居心地が悪い。

「三神が前に話していた西園寺とやらの話が聞きたいだけだ」

「……そんなものでいいのか? 」

「ああ、少々興味があってね」

「理由を聞いてもいいか? 」

「……腹が減ったな。飯を奢れよ三神。そしたら教えてやる」

いつもだらしない格好をしているし、顔色も悪い。

こいつが世界有数の企業、中島コーポレーションの天才エンジニアだなんて思う奴はいないだろう。

「分かった。すぐ出るが構わないか? 末木」

「ああ、いつでもいける。どこにでもな」

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