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フェイク ビレッジ

ボッティーリャ・デ・ゴタス

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木崎弥生は眉根をひそめる。

「……SNSのスレッド炎上事件の犯人が加藤なのは分かったけど、変な話だな」

『そう? 取り巻きが洗いざらい喋ってくれたんだし、間違いないと思うけど』

「だから、それが変なんだって」

木崎弥生は口が悪い。それさえなければ、美人だし人気も出そうなものだが、この性格なので友達が少ない。

「考えてみてよ。山内や西園寺が教室に来ただけで逃げ出したり、洗いざらい真相を話し始めたり、変だろ? 」

「確かに……少し腑に落ちないところはあるけど」

『後ろ暗いことがあるからでしょ』

木崎は頭をガシガシと掻き始めた。伝えたいことが伝わらないとこの癖が出るようだ。

「木崎さんはそれが不自然だって言いたいんだよね? 」

「そう、山内や西園寺が事実を知っている前提で言い訳を始めたみたいじゃないか」

『確かに言い訳みたいには聞こえたけど……』

木崎弥生の視線は遠くを見つめていた。その目には、何か決定的な矛盾を見逃しているような苛立ちが浮かんでいた。

丁度、話が一段落した頃に目的地が見えた。眼前に10階建てのマンションがそびえ立っていた。

「ま、真相はご本人から聞くのが一番だろう」

「そうだね」

僕たちは加藤麻里奈の住むマンションにやってきていた。

加藤麻里奈がこの件の犯人だと仮定して、いくつか気になることもある。

まず、木下だ。取り巻きたちに話を聞いた感じでは、加藤麻里奈と付き合い始めたのは夏休みに入る直前だったらしい。

思い返せば、その近辺で加藤さんは雫に絡み始めた印象がある。木下ははじめから雫にちょっかいをかけてきていたが。

「雫、木崎さん、頼んでおいたフェイクポルノの件だけど、確認してくれた?」

「ああ」

『うん』

今はSNSに削除申請が流れたのか、直接動画を見ることはできなくなった。

雫が事前にバックアップを取っておいたデータを木崎さんに共有し、動画の内容を確認してもらった。

「結論から言うと、加藤の動画はなかったよ。どの動画も顔にモザイクがかかってるし、誰が誰だか分からなかったけどな」

『そうだね……適当な動画をでっち上げたんじゃないかな。佐藤先輩と分かるようなものもなかったし』

「なら、佐藤先輩はなんであんなに取り乱したんだろうね?」

佐藤先輩に直接聞きたいがセンシティブな内容の上に、引きこもってしまっていて取り合ってくれないらしい。この辺は寛さんから聞いた話だ。

「佐藤は俺がケアしているから大丈夫だ。落ち着いたら話を聞いてやるから、待ってくれ」と、寛さんが言っていた。

マンションの入口は部屋番号を入力してインターフォンを鳴らし、相手が自動ドアを開けないと入れない仕組みになっている。よく見かけるタイプのセキュリティだ。

加藤の取り巻きの二人とロビーで待ち合わせした。彼女たちにドアを開けてもらう。

「マリー、心配で見に来た。開けて」

「何しに来たのよ……私たちが一緒にいるのはまずいでしょ」

加藤は二人をいぶかるような声を出す。

「大丈夫。みんなが助かる方法を思いついたから、マリーと相談したいの」

暫くの沈黙の後に自動ドアが開いた。これで加藤さんは玄関のドアも開けてくれるだろう。

その時、取り巻きの二人がこちらの顔を恐る恐る確認しながら話しかけてきた。

「これでいいんでしょ。見逃してくれるんだよね?」

「わたしたち帰っていいんだよね?」

加藤は友達ではないのだろうか。耳障りの良い嘘で軽々とドアを開けてみせた。頼んだのは自分たちだが、嫌な物を見せられた気がした。

「最後に一つ質問だ。僕らが君たちを炎上事件の犯人と断定していることをどこで知った? 」

「……ダイレクトメッセージがマリーに届いたの。変なアカウントの人……ボテグリア何とかっていう」

一瞬、何の事かと思ったが、あの異質なアカウントのことか。

「どんな内容だった」

「マリーの本名が書かれていて、山内と西園寺には正体がバレてるぞ……って」

そう言うと、キョロキョロと周りを見回し、不安そうな顔をする。

「ねえ、もう行って、いいでしょ」

『……さっさと消えて』

木崎さんも鋭い目で二人を睨みつける。本来であれば、この2人も共犯なので見逃す道理がない。

彼女たちは踵を返し、足早に立ち去っていった。

「なあ、あいつらを見逃してよかったのかよ?」

『私も納得がいかない』

雫も木崎さんも不満そうだ。

「構わない。僕らは何も言わないだけだ。約束だからね」

、ね。

マンションの502号室が加藤の部屋だ。エレベーターに乗り込む。このマンションは中心が空洞になっており、一階が居住者専用の庭になっているようだ。ガラス張りのエレベーターから階下がよく見える。

高そうなマンションだし、加藤さんはお嬢様なのかもしれない。

502号室についたのでドア横にあるインターフォンを鳴らす。暫くすると、ドアが開いた。

加藤は木崎さんと僕の顔を見るなりドアを慌てて閉じようとしたが、こちらもその程度は予測していたので、ドアに足を挟む。隙間に手を入れて強引にドアをこじ開けた。

「……礼と祐子はどこ? あんたたち何なのよ」

「何なのじゃないだろ。お前のせいで私は濡れ衣を着せられたんだ」

木崎弥生の声に加藤はすくみあがった。

「僕も雫もありもしない噂のおかげで信用を失った。責任を取ってもらうぞ」

「あいつら、私を売ったの?」

加藤の声には混乱と怒りが入り混じっていた。

『そうね。あの二人が洗いざらい話してくれたわ』

「あいつら、自分たちだけ……」

加藤は親指の爪をかみ始めた。

「俺と雫の画像は君がSNSで投稿したものだな」

「し、知らない。私じゃない」

『とぼけないでね。大学側が問題のアカウントの個人情報の開示請求をしている。嘘は裏目に出るわよ』

「……」

気がつくと加藤麻里奈の目は座っていた。こちらに聞こえるか、聞こえないかの微細な声で何かをブツブツと言っているのが聞こえた。

「……ざけんなよ。チヤホヤされて調子に乗ってるクソビッチが。木下くんに色目使いやがって。善人ヅラしてムカつくんだよ」

突然、大きな声を出したかと思うと、加藤は手に持っていたスマホを木崎さんに投げつけてきた。

「いたっ」

「木崎さん、大丈夫か?」

「加藤が部屋の奥に逃げる!」

木崎さんが顔を片手で抑えながら叫んだ。僕は靴を脱ぎ捨て、玄関から細い廊下の先にあるドアを追いかけた。

ドアはすぐに閉まり、カチャリと鍵が閉まる音が聞こえた。

「君のやったことは犯罪だ。何でこんなことをしたんだ」

ドア越しに問いかけると、部屋は静まり返った。しばらくして、加藤の声が微かに聞こえた。

「……ちゃんと、外部に漏れないように鍵付きのアカウントでやってた。それが途中から外部にも公開されて、アップロードした覚えのないフェイクポルノまで、私のアカウントで公開されて……」

『ちゃんと鍵付きで? 』

雫の声のトーンが下がった。

『お前が作ったアカウントは木崎と思わせる細工がしてあった。バレても構わない前提なのに鍵付き? 笑わせないで』

「違う……そんなつもりは……」

『挙げ句にフェイクポルノは私じゃない? あんなもの手順さえ知っていれば誰でも作れる』

「本当に知らない。スレッドの中でネタとして書いたけど、動画は……」

『なら、誰がやったって言うのよ』

「変な奴が投稿を始めた頃から、おかしな事が起き始めた。絶対にアイツのせい」

変な奴と聞いて我に返った。そうだ、まだ他にも関係者がいるかもしれない。

「雫、落ち着け、雫!」

『はあっ、はあっ、はあっ、止めないで。こんな奴……』

「やめろ、雫。俺も熱くなっていた。相手が行った非道を相手に返していい道理はない」

『なら、やられっぱなしでいろって言うの? 』

雫には熱さや寒さ、痛みも感じる機能がある。それをこんなつまらない事に使ってはいけないと思った。

「そのために法律やルールがあるんだ。冷静に一つ一つ対処しよう」

その時、廊下の方から木崎さんがフラフラと現れた。

「顔、大丈夫?」

「まあ、咄嗟のことで驚いただけだ。大したことない」

『木崎……』

木崎弥生はニッと笑った。平気だよと聞こえた気がした。

「山内の言う通りだ。あたしも、お前も、山内も少しおかしくなってたかもな。落ち着こうぜ」

「加藤さん、話はできるか?」

「帰ってよ、一人にして。警察にでも、大学にでも好きなところに通報すればいいでしょ」

ドアに何かを投げつけたのか、ドン、バンと音が聞こえた。

Bottiglia de Gotazボッティーリャ・デ・ゴタス……だろ」

ドア越しに呼びかけた。このアカウントだけが異質なのだ。

「そう。そいつが出てきてからどんどんおかしくなった。そいつのせいで……木下くんも突然別れようって……あーっ」

ドアに向かって何かを投げつけたり、蹴ったりしているのだろう。激しい衝突音が鳴り響く。

落ち着くのを待って、声を掛ける

「……今日はこれで退散する。ただし、明日、大学当局にこれまでの経緯を話してもらう。朝9時に事務棟の一階フロアに来てくれ」

「……」

「来なければ、私たちが好き勝手に真相を話す。もちろん、証拠付きでね」

僕たちはそう言い残して加藤のマンションを立ち去った。帰りの道中、みんな何も喋らなかった。

彼女に向けられた悪意の言葉は自分に返ってきたようで、心が重くなった。雫にあんな暴言を吐き出させたのは僕のせいだ。

結局のところ、犯人は加藤さんであることは揺るがないだろう。

でも、腑に落ちないのは自分では動画は上げていないということだ。SNSの履歴を見る限り、どう見ても本人が上げている。

それに佐藤先輩の件も棚上げになってしまった。これで解決になるのだろうか?

「なあ、まだ明るいし、拓人くんのお見舞いに行かないか?」

木崎弥生は無理やり笑顔を作っているのが分かった。

「ああ、そうしようか」

『江ノ電乗れる? 』

「いや、普通にJRと徒歩だよ……」

少しずつ心を落ち着けるために、僕たちは次の目的地へと向かうことにした。

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