ARIA(アリア)

残念パパいのっち

文字の大きさ
上 下
26 / 99
フェイク ビレッジ

ファン

しおりを挟む
中原美奈の玄関に入ると、短い廊下の先にある部屋の扉は閉まっていた。

廊下にはユニットバスに続く扉も見えた。当たり前だが、僕の部屋の間取りと似たような感じだ。

「玄関でいい?」

「かまわない」

彼女は少し猫背で、異様な立ち姿に見えた。腕をだらんとぶら下げて、淀んだ目で僕の方をじっと見る。

何故か、こちらが追い詰められているみたいだ。さっさと要件を片付けて立ち去った方が良いと感じた。

「今、大学のSNSで僕と雫の画像が公開されている。しかも、フェイクポルノで女子大生を脅していることになっている」

「へえ」

中原美奈のリアクションに少しイラッとした。他人事だと思っているのだろう。

「単刀直入に言う。この写真を撮ったのは君か?」

そう言って、スマホの画像を見せた。

「……ん。私が撮影した写真」

歯を見せて、ニイッと笑った。彼女の歯に固定された歯科矯正器具が鈍く光った。

「SNSにアップロードしたのも君か?」

彼女は流し目をして、視線を真横に向けた。

「なるほど、そういうこと」

ブツブツと独り言をつぶやきながら、何かを考えているようだった。

「それは私じゃない」

何か引っかかるものを感じたが、論点がずれそうな気がしたので触れずに話を続ける。

「なら、どうしてSNSに僕らの画像がアップロードされているんだ?」

「さあね、知らない」

彼女はつまらなさそうにそう答えた。

「なら、その画像が流出したりしてないか? 」

「流出? 絶対にない」

「画像を保存しているスマホやパソコンがウイルスに感染したことは? 」

「……ない」

心なしか目つきが鋭くなった気がした。何が琴線に触れたのか分からないが、むきになっている。

「流出と言われると心外。でも大学の加藤という女にこの画像を渡した」

突然の重要な情報を口にし始めた。責任逃れをしたいのだろうか?

『何で渡したの?』

今まで黙っていた雫が会話に参戦してきた。すると、無表情だった中原美奈の表情がパアッと明るくなった。

「雫ちゃん……いたの?」

『質問に答えて』

「うん、いいよ。加藤さん、雫ちゃんのファンなんだって。私、嬉しくなっちゃって」

急にキャッキャッと弾んだ声を出し始めた。背筋がゾワゾワし始め、汗が滴り落ちた。

『嬉しいから、私の画像を無断で撮影して、他人に勝手に渡したってこと?』

雫の言葉には怒気が混じっていた。

「ごめん。怒った?」

「今、まさに俺たちの画像は犯罪に使われている。許せるはずがないだろ」

中原美奈はしゅんとして、俯いてしまった。

正直、画像の出どころが加藤であることが分かったので帰りたかった。

彼女から狂気を感じ始めていた。関わっていい人種じゃない。

その時、僕の手からスマホが奪われた。完全に油断していた。

中原美奈は両手でスマホを包み込み、天井に向かって掲げながらまくし立て始めた。

「でもね、でもね。雫ちゃんのかわいさは世界中に伝えるべきだと思うの。今回の炎上で雫ちゃんの知名度はうなぎ登り。凄いことだよ、これは。ノーベル賞もの、加藤さんは天才だったんだ」

『何を……』

「ああ、でも、雫ちゃんがみんなのものになるのは、ちょっと嫌かも」

目は見開いて焦点はあわず、饒舌に喋り始めたかと思ったら、はあ、はあ、と肩で息を始めた。

『スマホを亮に返して……』

「こんな男の何がいいの?  私と一緒に暮らそうよ」

僕はスマホを強引に奪い返した。

「これは犯罪だぞ。加藤に手を貸したのか? 」

「貸してない。画像を渡しただけ」

無気力な顔をこちらに向けた。

「なら、なぜ、加藤さんが拡散したと思ったんだ」

「少し調べれば分かる。拡散は天才的だったけど、ITリテラシーは低い。それが加藤さん」

『あなたは……何なの? 』

「雫ちゃんのファンの一人だよ」

中原美奈は熱っぽい表情と甘ったるい声ををこちらに投げかけてきた。

「ところで、外の監視カメラは雫ちゃんのしわざ?」

『……何の話?』

「きれいに痕跡が消されていた。まんまと騙された。見事な手腕。でもね……」

なんとなく、続きを聞くのが嫌で、今すぐこの部屋を飛び出したかった。


「あまり、調子に乗っていると消されちゃうよ」

『ご忠告、どうも……』


何の話だろうか。意味が分からないがそれよりも大事な事がある。

「中原さん、雫の画像をすべて削除してくれ」

「いいよ。その代わり、僕の……私の画像を削除するのが交換条件ね」

デジカメの機能で画像を削除しようとしたところ「ダメダメ。それじゃ、復元できちゃう。フォーマットを七回して」と指摘されて、フォーマットさせられた。

中原美奈は自分のスマホを初期化していた。

『クラウドサーバーにデータは上がってない?』

「ないよ。あっても、雫ちゃんが消すでしょ?」

『できるわけないでしょ……』

「そう? 」

ようやく、中原美奈との話が終わった。部屋を出ようとして、肝心なことを伝え忘れていた。

「木崎さんが心配してた」

「やよは私を嵌めた。もう、友達なんかじゃない」

「友達だからだよ」

「……はあ? 」

「友達だからやってはいけないことをちゃんと伝えたかったんだ。そのノートに手紙が挟まっている。ちゃんと読めよ」

「……」

僕が指さしたノートを中原美奈はぼんやりと眺めていた。

僕は中原美奈の部屋を出た。

外はむわっとした空気で満たされ、虫の声が聞こえてきた。部屋を出たことで気圧が変化したのか、周囲の音が急によく聞こえるようになった気がした。

魔窟から帰還できたことで、ホッとしたのかもしれない。

『あの子、私が監視カメラに細工したことを気づいてた』

「そんなことしてたの」

『だって、亮……監視されてたからさ』

「えっ? 」

『あの子、このアパートの監視カメラをハッキングして、亮がいなくなるのを待ってたんだよ』

「えっ」

『だから、誰もいない映像を作って、監視カメラの映像に割り込ませたんだ』

「つまり、その映像を確認した中原美奈がドアを開けた……ということか」

『そういうこと』

正直、彼女がこの炎上事件の犯人なのではないか? 

そう疑いたくなるキャラクターとスキルの持ち主だった。できれば、もう関わりたくない。


「ところで、消されるって言ってたけど、あれはなんのこと?」

『さあ。適当に相槌を打っただけだから、分からない』


雫の視線がかすかに揺れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

このブラジャーは誰のもの?

本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。 保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。 誰が、一体、なんの為に。 この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム

かものすけ
ミステリー
 昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。  高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。  そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。  謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?  果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。  北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 遠山未歩…和人とゆきの母親。 遠山昇 …和人とゆきの父親。 山部智人…【未来教】の元経理担当。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...