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フェイク ビレッジ
炎上
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「拓人!」
「おう、やまうっち~……元気か?」
噂を聞いたのだろう。拓人の目が泳いでいた。
「……言い訳しておくけど、あれ、僕らじゃないからね」
「ほ、本当か? いや、俺はあんな噂信じてなかったし」
「無理しなくていいよ。あれだけ炎上していれば仕方ないし」
元々ボッチ体質の僕は周りの目に対して鈍感だ。明確な悪意を感じてはいるが相手にしなければいい。
「だから手短に話す。午後四時に船橋カフェに来てくれ」
「分かった。必ず行く」
「また、後で」
振り返らずに走り去る。
拓人を僕らの問題に巻き込むのは本意ではない。
僕はいつものテラス席から離れた場所に立ち、確認しては写真を撮影し、少し移動するを繰り返した。
同時にメモ帳にテラス席を中心に見取り図を作成し、写真を撮った場所をメモしていく。
360度ぐるりと記録を撮る。
僕のその奇妙な行動を少し離れたところで、コソコソと話している人間が居ることに気がついた。
その時、顔に何かが当たった。それは丸められた紙くずだった。
紙くずを拾い顔を上げると、半笑いで歩いてくる三人組の男子大学生が見えた。
「紙くずが当たったけど」
「そこに居たんだ。気が付かなかった」
「……あやまれよ」
「悪い悪い、ゴミ箱かと思ってさ」
顔を見て思い出した。雫に言い寄ってきた木下とか言う奴だ。
手に握った紙くずを固く握る。腸が沸々と熱を帯びていく。駄目だ、この熱に飲まれてはいけない。相手の思う壺だ。目を閉じて深呼吸をした。
ゴミ箱まで歩いて行き、手に握っていた紙くずを捨てた。
これでいい。
その場を立ち去ろうとすると肩を掴まれた。
「おい、無視すんなよ。犯罪者」
なるほど、弱いものいじめがしたくて声をかけてきたのか。呆れた奴らだ。
「……悪いが君と話すことはない」
手を振り払い歩き始めると、木下の後にいたひょろ長い体型の男が僕の前に立ち塞がる。
「君とも話すことはない」
「お前なんだろ? うちの女子大生を脅してるクソ野郎って」
「そんな事はしていない。……もう行っていいか?」
今度は木下の横にいた太めの男が進路を妨害する。囲まれてしまった。
「まだ、話は終わってねえよ。俺の彼女が被害にあってんだよ」
ため息が出る。三神教授が話していた事を思い出した。
***
「──事情はわかった。ミスター山内とミス西園寺はすぐに大学から出た方がいい」
「やる事があります。まだ、帰れません」
三神教授は僕らを見つめる。先程までの殺気の籠もったような目はしていなかった。
できる限り正直に事情を話し、雫もSNSの件は姉の桔梗さんから、夏休みの間に聞いたと話してくれた。
身の潔白が証明された訳では無いが、フェイクポルノを作成した確たる証拠もないので、三神教授はフェアなスタンスに立ち位置を変えてくれた。
「日本には村八分という言葉があるのは知っているな」
「まあ……」
「日本人は異分子を排除する文化が根底にある。君たちが大学にいれば、SNSや大学の掲示板経由で晒し者にされる可能性が高い」
『私達は何もしてない。そんなの理不尽です』
「確かに不当だし理不尽だ。だが、これが現実だ。私だって一次情報とミス佐藤の証言から君らを断罪しようとした……有象無象と同じだ」
『……でも』
「後は我々に任せなさい。大学当局で対処する」
確かに大学が味方についてくれるなら、僕らの処遇はなんとかなるかもしれない。
だが、それでは佐藤先輩が救われない。
「分かりました。でも、僕と雫の画像を撮影した犯人を特定したいので、テラス席周辺の調査をしてから帰ります」
僕はまっすぐ三神教授の目を見つめた。三神教授は根負けしたのか、ため息をついた。
「日和見主義の今どきの若者だと思っていたが、認識を改めないといけないな」
「自分だけの問題なら放っておきます。ただ、僕の身近な人たちが理不尽な扱いを受けるのは許せない」
「分かった、何かあればすぐに声をかけてくれ──」
***
不意に意識が戻ると木下が拳を振り上げる様が見えた。
拳がスローモーションのように見える。避けるのは簡単だが、多勢に無勢だ。
紙一重で拳を躱し、木下の横を走り抜けようとすると、ひょろ長いのと太いのに掴まり、羽交い締めにされた。
「逃がすかよ」
『亮、大丈夫?』
インカムから雫の声がした。
「あまり、大丈夫じゃないな」
『助けを呼んだから、もう少し耐えて』
「何、ブツブツ喋ってんだよ」
今度こそ、木下の拳が僕の顔面を捉えた。視界が激しく揺れる。
耳に着けていたインカムが吹っ飛んで、カッカッと軽い音をたてて、地面を滑っていく。
立て続けに二発、三発と殴られる。殴られるたびに視界に火花が散る。
「木下、少しやりすぎじゃないか?」
「犯罪者に人権なんかない」
「おい、ギャラリー増え始めてるぞ。ヤバいって」
木下は醜悪な笑顔を僕に向けた。僕に対して憎しみはなく、純粋に弱いものイジメを楽しむ歪んだ性格が垣間見えた。
「お前らビビんなよ。こいつは女の子に卑劣な脅迫行為を続ける極悪人だ。俺達の正義をギャラリーも望んでる」
そう言うと再び拳を振り上げる。
「木下くん、やめて! 山内くん死んじゃうよ」
木下と俺の間に割って入った女の子がいた。木下が手を離したので僕は尻もちを着いた。
「か、加藤さん……?」
「大丈夫、山内くん」
「麻里奈……俺はお前のためにこいつを絞め上げてんだぞ。そこをどけ!」
「やだ、どかない。あたしは平気だから……止めて」
助けてもらったはずなのに、下手な学芸会でも見せられているように感じた。
何度も殴られたせいで正常な思考ができなくなっているのかもしれない。
それでも一部のギャラリーにはその三文芝居が刺さったらしく、僕に向かって石を投げる者まで現れた。
怪我をするほどではないが地味に痛い。
僕は立ち上がり、その場を離れようとすると木下はそんな僕に殴りかかってきた。
木下の取り巻きはこの騒動で萎縮してしまったのか傍観している。実質一対一の状態だ。
喧嘩は苦手だ。いや、したこともない。でも、避けるだけなら僕の領分だ。
左側へ半歩、右側へ上体を反らし、一歩下がる。木下の拳が空を切る。業を煮やして、掴みに来た手を払う。
「テメッ……逃げるな」
「…………」
FPSと比べれば、避けるのはそんなに難しくない。どこから、何が飛んでくるのか見たまんまだからだ。
チラリと咲夜の事が頭をよぎった。
「FPSは弾道を予測して避けるゲームやないで。そこまで接近したんなら、後は……」
そういうと指で首を掻っ切る仕草をしていた。
無意識に避け続けていたら、いつの間にか木下は肩で息をしていた。
あ、今だ。
木下の拳を軽く躱し、左足を彼の足元に突き出すと、彼はバランスを崩して倒れた。
もろに顔面から転んだようで、鼻血が出ていた。
「はあ、はあ、テメェ。卑怯だぞ」
「大丈夫、木下くん?」
加藤さんはハンカチを取り出し、木下の鼻血を拭こうとしたが、木下に手を弾かれた。
周りのギャラリーの声がざわざわと聞こえてきた。
避けることに集中し過ぎて、周りの音が聞こえなくなっていた。
その時、大学の警備員を連れた拓人の姿が見えた。
「あそこです!」
その声と姿にギャラリーが少しずつ散り始めた。
木下の取り巻きも不安げな表情を浮かべ、木下に声をかけた。
「木下、やべえって」
「クソッ……」
木下は僕に一瞥をくれ、加藤さんの腕を掴んで立ち去ろうとした。
「木下くん! 離して!」
加藤さんが抵抗するが、木下は無理やり引っ張っていった。
「やまうっちー、大丈夫か?」
「助かったよ……拓人、巻き込んでごめんな」
「気にすんなって。俺も、その、悪かった」
拓人は本当に良いやつだ。地面に落ちたインカムを拾い上げる。
『亮、亮、返事して!』
「雫、大丈夫だ。拓人を呼んでくれたのか。ありがとう。おかげで助かった」
『良かった、間に合ったのね』
「ああ、大丈夫だ」
後で顔を見せたら何か言われそうだ。顔が腫れているし、口の中も少し切ってしまったみたいで血の味がする。
とりあえず、大学に事情を説明して早々に撤収した方が良さそうだ。
なるほど、これが村八分というやつか。
「おう、やまうっち~……元気か?」
噂を聞いたのだろう。拓人の目が泳いでいた。
「……言い訳しておくけど、あれ、僕らじゃないからね」
「ほ、本当か? いや、俺はあんな噂信じてなかったし」
「無理しなくていいよ。あれだけ炎上していれば仕方ないし」
元々ボッチ体質の僕は周りの目に対して鈍感だ。明確な悪意を感じてはいるが相手にしなければいい。
「だから手短に話す。午後四時に船橋カフェに来てくれ」
「分かった。必ず行く」
「また、後で」
振り返らずに走り去る。
拓人を僕らの問題に巻き込むのは本意ではない。
僕はいつものテラス席から離れた場所に立ち、確認しては写真を撮影し、少し移動するを繰り返した。
同時にメモ帳にテラス席を中心に見取り図を作成し、写真を撮った場所をメモしていく。
360度ぐるりと記録を撮る。
僕のその奇妙な行動を少し離れたところで、コソコソと話している人間が居ることに気がついた。
その時、顔に何かが当たった。それは丸められた紙くずだった。
紙くずを拾い顔を上げると、半笑いで歩いてくる三人組の男子大学生が見えた。
「紙くずが当たったけど」
「そこに居たんだ。気が付かなかった」
「……あやまれよ」
「悪い悪い、ゴミ箱かと思ってさ」
顔を見て思い出した。雫に言い寄ってきた木下とか言う奴だ。
手に握った紙くずを固く握る。腸が沸々と熱を帯びていく。駄目だ、この熱に飲まれてはいけない。相手の思う壺だ。目を閉じて深呼吸をした。
ゴミ箱まで歩いて行き、手に握っていた紙くずを捨てた。
これでいい。
その場を立ち去ろうとすると肩を掴まれた。
「おい、無視すんなよ。犯罪者」
なるほど、弱いものいじめがしたくて声をかけてきたのか。呆れた奴らだ。
「……悪いが君と話すことはない」
手を振り払い歩き始めると、木下の後にいたひょろ長い体型の男が僕の前に立ち塞がる。
「君とも話すことはない」
「お前なんだろ? うちの女子大生を脅してるクソ野郎って」
「そんな事はしていない。……もう行っていいか?」
今度は木下の横にいた太めの男が進路を妨害する。囲まれてしまった。
「まだ、話は終わってねえよ。俺の彼女が被害にあってんだよ」
ため息が出る。三神教授が話していた事を思い出した。
***
「──事情はわかった。ミスター山内とミス西園寺はすぐに大学から出た方がいい」
「やる事があります。まだ、帰れません」
三神教授は僕らを見つめる。先程までの殺気の籠もったような目はしていなかった。
できる限り正直に事情を話し、雫もSNSの件は姉の桔梗さんから、夏休みの間に聞いたと話してくれた。
身の潔白が証明された訳では無いが、フェイクポルノを作成した確たる証拠もないので、三神教授はフェアなスタンスに立ち位置を変えてくれた。
「日本には村八分という言葉があるのは知っているな」
「まあ……」
「日本人は異分子を排除する文化が根底にある。君たちが大学にいれば、SNSや大学の掲示板経由で晒し者にされる可能性が高い」
『私達は何もしてない。そんなの理不尽です』
「確かに不当だし理不尽だ。だが、これが現実だ。私だって一次情報とミス佐藤の証言から君らを断罪しようとした……有象無象と同じだ」
『……でも』
「後は我々に任せなさい。大学当局で対処する」
確かに大学が味方についてくれるなら、僕らの処遇はなんとかなるかもしれない。
だが、それでは佐藤先輩が救われない。
「分かりました。でも、僕と雫の画像を撮影した犯人を特定したいので、テラス席周辺の調査をしてから帰ります」
僕はまっすぐ三神教授の目を見つめた。三神教授は根負けしたのか、ため息をついた。
「日和見主義の今どきの若者だと思っていたが、認識を改めないといけないな」
「自分だけの問題なら放っておきます。ただ、僕の身近な人たちが理不尽な扱いを受けるのは許せない」
「分かった、何かあればすぐに声をかけてくれ──」
***
不意に意識が戻ると木下が拳を振り上げる様が見えた。
拳がスローモーションのように見える。避けるのは簡単だが、多勢に無勢だ。
紙一重で拳を躱し、木下の横を走り抜けようとすると、ひょろ長いのと太いのに掴まり、羽交い締めにされた。
「逃がすかよ」
『亮、大丈夫?』
インカムから雫の声がした。
「あまり、大丈夫じゃないな」
『助けを呼んだから、もう少し耐えて』
「何、ブツブツ喋ってんだよ」
今度こそ、木下の拳が僕の顔面を捉えた。視界が激しく揺れる。
耳に着けていたインカムが吹っ飛んで、カッカッと軽い音をたてて、地面を滑っていく。
立て続けに二発、三発と殴られる。殴られるたびに視界に火花が散る。
「木下、少しやりすぎじゃないか?」
「犯罪者に人権なんかない」
「おい、ギャラリー増え始めてるぞ。ヤバいって」
木下は醜悪な笑顔を僕に向けた。僕に対して憎しみはなく、純粋に弱いものイジメを楽しむ歪んだ性格が垣間見えた。
「お前らビビんなよ。こいつは女の子に卑劣な脅迫行為を続ける極悪人だ。俺達の正義をギャラリーも望んでる」
そう言うと再び拳を振り上げる。
「木下くん、やめて! 山内くん死んじゃうよ」
木下と俺の間に割って入った女の子がいた。木下が手を離したので僕は尻もちを着いた。
「か、加藤さん……?」
「大丈夫、山内くん」
「麻里奈……俺はお前のためにこいつを絞め上げてんだぞ。そこをどけ!」
「やだ、どかない。あたしは平気だから……止めて」
助けてもらったはずなのに、下手な学芸会でも見せられているように感じた。
何度も殴られたせいで正常な思考ができなくなっているのかもしれない。
それでも一部のギャラリーにはその三文芝居が刺さったらしく、僕に向かって石を投げる者まで現れた。
怪我をするほどではないが地味に痛い。
僕は立ち上がり、その場を離れようとすると木下はそんな僕に殴りかかってきた。
木下の取り巻きはこの騒動で萎縮してしまったのか傍観している。実質一対一の状態だ。
喧嘩は苦手だ。いや、したこともない。でも、避けるだけなら僕の領分だ。
左側へ半歩、右側へ上体を反らし、一歩下がる。木下の拳が空を切る。業を煮やして、掴みに来た手を払う。
「テメッ……逃げるな」
「…………」
FPSと比べれば、避けるのはそんなに難しくない。どこから、何が飛んでくるのか見たまんまだからだ。
チラリと咲夜の事が頭をよぎった。
「FPSは弾道を予測して避けるゲームやないで。そこまで接近したんなら、後は……」
そういうと指で首を掻っ切る仕草をしていた。
無意識に避け続けていたら、いつの間にか木下は肩で息をしていた。
あ、今だ。
木下の拳を軽く躱し、左足を彼の足元に突き出すと、彼はバランスを崩して倒れた。
もろに顔面から転んだようで、鼻血が出ていた。
「はあ、はあ、テメェ。卑怯だぞ」
「大丈夫、木下くん?」
加藤さんはハンカチを取り出し、木下の鼻血を拭こうとしたが、木下に手を弾かれた。
周りのギャラリーの声がざわざわと聞こえてきた。
避けることに集中し過ぎて、周りの音が聞こえなくなっていた。
その時、大学の警備員を連れた拓人の姿が見えた。
「あそこです!」
その声と姿にギャラリーが少しずつ散り始めた。
木下の取り巻きも不安げな表情を浮かべ、木下に声をかけた。
「木下、やべえって」
「クソッ……」
木下は僕に一瞥をくれ、加藤さんの腕を掴んで立ち去ろうとした。
「木下くん! 離して!」
加藤さんが抵抗するが、木下は無理やり引っ張っていった。
「やまうっちー、大丈夫か?」
「助かったよ……拓人、巻き込んでごめんな」
「気にすんなって。俺も、その、悪かった」
拓人は本当に良いやつだ。地面に落ちたインカムを拾い上げる。
『亮、亮、返事して!』
「雫、大丈夫だ。拓人を呼んでくれたのか。ありがとう。おかげで助かった」
『良かった、間に合ったのね』
「ああ、大丈夫だ」
後で顔を見せたら何か言われそうだ。顔が腫れているし、口の中も少し切ってしまったみたいで血の味がする。
とりあえず、大学に事情を説明して早々に撤収した方が良さそうだ。
なるほど、これが村八分というやつか。
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