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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第216話 飯を食らえば
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<魔法学園対抗戦・武術戦
十二日目 午後二時半>
「ぐぅ……!」
「ガゼル! しっかりしろ!」
「だ、まだ、行けっ……!」
そう言って立ち上がったのも束の間、
「ぐはあっ!!」
「……!! ガゼル!!」
「う、ぐっ……ここまで、か……」
「おいシャゼム、お前も――」
「――」
背後から討たれ、血を吐き倒れる。幸い一命は取り留めている。
彼らを倒したのは黒い紋様が刻まれた鎧の生徒達だ。
「殲滅完了しました。ここのフラッグライトも制圧します」
「了解。それが終了したら北西に進軍。イズエルトの領土があるので制圧してください」
「ただちに」
伝令を聞くと、生徒達は再び行軍を始める。
司令本部にて、黙々と魔法具を操作する黒いブレザーの生徒達。彼らの仕事ぶりを見て、満足そうにほくそ笑む者一人。
「……所詮この程度。兄上でなくても我々には敵わない」
ウィルバートは先程とは別の魔法具に手をかける。
「強いな……」
「ああ、劇的だな……」
十二日目、武術戦の第五戦目はケルヴィンの圧倒的勝利で幕を閉じた。グレイスウィルは完膚なきまで叩きのめされ、イズエルトも何とか踏みとどまれた状態だった。
アーサーとイザークは、ダレンを伴いながらその試合を観戦していたのである。
「噂には聞いている。何でもケルヴィンにはめちゃくちゃ強い指揮官がいるんだそうだ」
「……ウィルバート?」
「そうそうそいつそいつ。一年生にして生徒会長を務め、テストは全て満点。魔法も達者で向かう所敵なしだ」
「何というハイスペック……えっ? でも今の試合って、四年生の試合じゃ?」
「そいつは特例で全部の武術戦に参加していいことになってんだと。詳しいことは知らんが」
「何でそんな……」
「ケルヴィンだから、元老院からの圧力でもあるんじゃないか?」
あそこは昔ながらの政治体制だし、と言いながらダレンは腕を伸ばして身体をほぐす。
そこに歩み寄ってくる人物。大人が約二名だ。
「……あーあ。あいつら、見るも無残に負けちまって」
「ラニキにおやっさん! お疲れ様です!」
ダレンは立ち上がり頭を下げる。それに続いて、アーサーとイザークも同様にした。
そこにいたのはスウェット姿のおやっさん――大衆食堂カーセラムの店主と、ラニキ。特におやっさんは、アーサーとイザークの二人は初めて話すので、若干の緊張が走る。
「お疲れ様っすー。お二人も来ていたんですか」
「まあ普通に考えてみろ? カーセラムの客はほぼ学生だぞ? それが全部平原に行っちまったら、商売あがったりと思わんか?」
「確かにー」
「とはいえ一ヶ月弱休業ってんのも辛いんでな。カーセラム出張版もやってるんだ」
「へえ、そんなのが……」
「何ならお前らも来るか?」
ラニキは親指で、中央広場の片隅に見える一軒の小屋を指す。
「まあ四年生が詰め寄せてきたら空けてもらうかもしれないが……そん時はそん時だ。とりあえず食ってけ」
「んじゃあお言葉に甘えて!」
「……まあ、こういうのもいいか」
質素な木造の小屋。魔術で急設したであろうその小屋は、よく日光が入ってきて燦々としていた。
普段のカーセラムは幾多の建物に挟まれた場所にあるため、それと比べて大分開放感がある。しかし雰囲気が変わったからと言って、提供する料理は変わりない為、充満する匂いは普段通り。
そういったものが安心感を演出するのだ。
「俺がー、先輩の俺がー、ここは奢ってあげようかー!?」
「いえ、流石にそんなことは」
「お願いしやーす!!」
「毎度ー!!」
「……はぁ」
気を取り直して、アーサーはメニュー表に目を遣る。イザークとダレンも一緒に目を通す。おやっさんもそこに立っていて、目力による圧力が凄い。
「大体一緒……あれ、鍋がない」
「鍋と魔術竈が必要だからな。持ってくるのにかさばるということでここではやってないんだ」
「でもドリアとかスープとかパスタはやってるみたいだ、まあ好きなの頼めよ?」
お冷が通され、先ずは一口。
「……決めた。フレンチトーストベリーソース」
「おっしゃれ~。ボクはほうれん草グラタンで」
「俺はアラビアータかな~」
「あいよー。んじゃ、ちょっと待っててくれい」
ちゃっちゃとメモを取って、おやっさんはその場を後にする。
「ん?」
料理を待っていると入り口のベルが鳴り、中にいた客の目が彼に向けられる。
何故なら、彼の着ている制服はグレイスウィルの物ではなかったからだ。
「あの人は……」
「マッカーソン! マッカーソンじゃないか!」
すぐにダレンが立ち上がり、そして席に彼を迎え入れた。
照れながら頭を掻く彼こそが、イズエルト魔法学園三年生のエース剣士である。
「いやあ……ダレンがこっちに行ったって聞いたから、やってきてみたんだ」
「そうかそうか! わざわざありがとうな!」
「……えっと、マッカーソンさん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ダレンの隣に座ったマッカーソンに、とりあえず頭を下げておくイザークとアーサー。
「誰こいつら」
「俺の後輩。最終日の試合に向けて現在訓練中だ」
「そう……まあ、頑張ってね」
マッカーソンもメニュー表を手に取り、一通り眺める。翡翠色の髪が緩くたなびく。
「お前貴族だよな? こんな所の飯で満足できんのか?」
「正直物足りないけど、まあこれも勉強だよ」
「熱心なんだな!」
「別に……じゃあシチューで」
すぐさま従業員が飛んできて、注文を取っていくまで約二分。
「全く、すぐに食事が飛んでくるわけではないんだな。これだから庶民の店は」
「こういう時は駄弁りながら待つんだぜ。それが庶民流だ」
「ふん……そうか」
マッカーソンはお冷にスプーンを突っ込み、くるくるかき混ぜて氷の流れを見つめている。
「……マッカーソンさん」
「何?」
「その……先輩との戦い、お見事でした」
「ああそれ。ありがと」
「それで気になったんですけど、マッカーソンさんも中々の腕前だったじゃないですか。一体誰に教わったんだろうなあって」
「あー。それ、気になる?」
ほんの僅かに、彼は嬉しそうな表情をした。そして友人とその後輩を前に語り出す。
飯を交えて仲を深める。大衆食堂カーセラムのよくある光景だ。
「鬼面の一族って知ってるかな? まあ知らないだろうね、リーズンス島の住民の中でも一部しか知らない一族だから」
「でも何となく想像はつくぜ。キャルヴン家に仕えてきた一族とか、そんなんだろ?」
「正解。普段はリーズンス島の中のでもかなりの辺境に住んでいて、そこから出てくる時は鬼の面を被って姿を現す」
「鬼……って、オーガとは違うんですか?」
「一応オーガを模した物もあるらしい。でも大概は、濃くて気迫ある顔付きだ。その顔付きの生物が実在しているかは知らないけど」
「へぇ……」
そこに料理が一つやってくる。アーサーのフレンチトーストだ。
「先食っていいぞ。温かいうちに食わんと食事に失礼だ」
「ではお先に」
「一口くれよ。貴族命令だ」
「いいですよ」
ナイフとフォークで切り分け、小皿に取り寄せてからマッカーソンに渡す。
「むぐぅ……うん、まあこんなもんかな」
「美味いって顔に出てるぞ~?」
「うるさいなあ。で、話の続きだけど」
「マッカーソン先輩が剣術を教わった方が、その一族の方なんですよね?」
「そうだよ」
過去を懐かしむように、髪を撫でながら話す。
「僕が小さい頃はかなり混乱しててさ。聖教会も介入してきて、兄弟で誰が次期当主になるか争って。いつ何時誰が殺しにかかってくるかわからないから、気も抜けない。それでいて僕は一番末っ子だったから、周りに振り回されることしかできなくて」
「……」
「そんな中で、あの人だけは僕に対して真摯に向き合ってくれた。この先生きていく為とかって言われて、剣術だけじゃなくって礼儀作法や文学、簡単な算術とかも教え込まれた。まあ大変な日々だったよ」
「そういう時の貴族って大体逃げ出していきそうなイメージだ」
「実際逃げたよ。でも何度逃げても必ず迎えに来てくれて、翌日には何も言わずに授業をしてくれた。そういうの見てたら……報いてやりたいって思うようになったんだ」
「……臣下の鑑っすねえ」
「そうだろ? そう思うだろ? 忠誠を尽くしてくれたあの人は、僕にとっての誇りだ。あの人の教えがあったからこそ、僕は皆と上手くやっていけてるんだ。あの人が、死んでしまった今でも……そう思っている」
「え……」
「……」
そこまで言うと顔を俯けてしまうマッカーソン。
「君達リーズンス内戦――『大寒波』についてはどこまで知ってる?」
「授業で触れた程度です」
「ボクもっす」
「大勢の人が犠牲になった、としか」
「そう。じゃあざっくりと説明しておこう」
最後の一かけらを飲み込む。それが彼にとって、決意を固める要因になったようだ。
「元々イズエルト諸島はウェンディゴ族が暮らしていた地域でね。異種族である故か迫害を受けやすく、帝国の支配がかなり強かった。トゥールの乱の後、リネスの町が独立してそれに倣おうとしても、糸口が掴めなかった程にね。そこに手を差し伸べてきたのが聖教会ってわけだ」
「聖教会のおかげで独立ができたと」
「ならばその流れで、国の方向性にもあれこれ口出しできそうだな」
「察しがいいね、その通り。ウェンディゴ族が国家を運営するなんて初めてのことだから、最初期は色々教えてもらっていたんだそうだ。そしてその名残は今でも続いている」
アーサーとイザークは、去年訪れたアルーインの街並みを思い出す。やけに聖教会関連の建物が多かった理由が、今になって理解できた。
「完全に国家として成熟した近年でも、聖教会は口を出してきてね。反論しようとしても、誰のおかげでここまでやってこれたんだの一点張り。事実だから認めざるを得なくて、それが連中の横暴を許す結果になってしまった」
「横暴?」
「金だよ」
「……あいつら奉納金とか言って、信徒じゃない人々からも金を毟り取っていたんだ。そういった人々を救済するのにもまた金がかかって、イズエルトの財政はどこもかしこも火の車。それこそ、あの地域の万年雪が溶けそうな勢いでね」
「酷いっすね……」
あの美しい雪景色の裏には、語り尽くせない穢れが潜んでいたのだ。
「場外の人間がどう思おうとも、連中にとっては蚊に刺された程度……いや、風に煽られた程度かな。とにかくどうでもいいんだよ。連中はどんどん搾取を進めていって、その極地があの暴動だ」
程なくしてイザークのグラタン、ダレンのアラビアータが運ばれてきた。一口だけ食べて腹の虫を手懐けた後、また話が再開される。
「……確か、暴動があった年は寒波が酷くて、作物も畜産も壊滅的だったんだよな。それが引き金になったから、暴動も引っ括めて大寒波って呼ばれてる」
「ま、授業ならそこはやるよね。イズエルト建国史上最悪の寒波……殆どの住民は金や作物を納めることができず、自分達の暮らしだけで手一杯だった」
「そんな事情を鑑みずに、金を巻き上げようとしてキャルヴン家の騎士達を動員させたんだ。キャルヴン家は特に聖教会の影響が強くてね……言われたことには逆らえない状態だった」
いつしかマッカーソンの表情には、悔しさが浮かんでいた。
「あいつら。現地の騎士達が動員されるとなると、一気に雲隠れしやがった。裏で糸を引いている癖に、レインズグラス家が見ていない所で参戦していた癖に……中立を装ってきやがった」
「結果あの暴動の後には、大勢の人々の死体と、踏み荒らされた土地と、そして踏ん反り返る聖教会だけが残された」
「……」
「当時の僕は家にいた。まだ十一歳だったから、前線には出ずに済んだ。でもそこに暴徒と化した人々が襲ってきてね。きっとキャルヴン家を潰せば、自分達への圧政も潰せると考えたんだろう。家が燃やされ、瓦礫に押し潰されそうになった時に……あの人は、僕を庇って」
ここまで饒舌に言葉が出てきていたのに、初めて言葉が詰まった。
ダレンが慰めるように、背中をさする。
「そうか……それは、辛かったな」
「……」
「でも、あの人は空から見守ってくれている。そう信じている。だから今回の試合も頑張れた。そうだろう?」
「……」
「大丈夫。きっとその思いは、空に届いているはずだ」
そこに熱々のシチューが届く。最後の一品、マッカーソンの注文だ。
「おお、いい頃に。お前の分だぞ」
「ふん……」
一口口に含み、しばし味わう。
「……僕はもっと美味しいシチューを知っている」
「料理人に作ってもらったやつとか?」
「いや……あの人と一緒に作ったものだ」
湧き上がる湯気を、懐かしむように見つめる。
「さっきあの人は色んなことを教えてくれたって言ったろ。それは料理とか裁縫とかの家事で、加えて観劇も教えてくれた。未来のキャルヴン家、ひいてはイズエルトを担う者として、教養を得ていないといけないって言ってさ……」
「特に観劇に対しては、アルーインや魔法学園の図書館に保管されているやつ、片っ端から台本を持ってきてくれたよ」
「台本か?」
「そう。だから、その……実は僕、実際の観劇って、あんまり観たことなくてさ」
声をどんどんすぼませていくマッカーソン。
対照的に、ダレンがみるみるうちに元気になる。
「そうか! じゃあ俺頑張るわ!」
「……は?」
「お前、時間があったらグレイスウィルに来い! そこの演劇部が素晴らしい劇を魅せてくれるぞ! 一癖も二癖もある脚本、魔の趣向が凝らされた演出、見目麗しいヒロインになくてはならない悪役! そして主役の俺! きっと、お前の目にも適うはずだ!」
「……」
照れ隠しにシチューをもう一口含むマッカーソン。
「そうか。じゃあ……考えとく」
「俺はいつでも待ってるぜ!」
「ちょっと、背中を叩くなよ……」
親しげな先輩二人と、それを見つめる後輩二人。
「……二人のような仲というのは、素晴らしいものだな」
「オマエさー、いい加減バッチリ認めちゃえよ。ボクとオマエもそういう仲だろー!?」
「……っ」
「何照れてんだよもう!」
イザークはアーサーの背中を叩いた後、メニュー表に手をかける。
「先輩、折角だからもっと頼みましょうよ。山盛りフィッシュアンドチップスで!」
「豪勢だなあ。代金は大丈夫なの?」
「そこの主役な先輩が奢ってくれるんで!」
「え、そんなこと言ったかなあ!?」
「言いましたよ。オレ、はっきりと覚えてますから」
十二日目 午後二時半>
「ぐぅ……!」
「ガゼル! しっかりしろ!」
「だ、まだ、行けっ……!」
そう言って立ち上がったのも束の間、
「ぐはあっ!!」
「……!! ガゼル!!」
「う、ぐっ……ここまで、か……」
「おいシャゼム、お前も――」
「――」
背後から討たれ、血を吐き倒れる。幸い一命は取り留めている。
彼らを倒したのは黒い紋様が刻まれた鎧の生徒達だ。
「殲滅完了しました。ここのフラッグライトも制圧します」
「了解。それが終了したら北西に進軍。イズエルトの領土があるので制圧してください」
「ただちに」
伝令を聞くと、生徒達は再び行軍を始める。
司令本部にて、黙々と魔法具を操作する黒いブレザーの生徒達。彼らの仕事ぶりを見て、満足そうにほくそ笑む者一人。
「……所詮この程度。兄上でなくても我々には敵わない」
ウィルバートは先程とは別の魔法具に手をかける。
「強いな……」
「ああ、劇的だな……」
十二日目、武術戦の第五戦目はケルヴィンの圧倒的勝利で幕を閉じた。グレイスウィルは完膚なきまで叩きのめされ、イズエルトも何とか踏みとどまれた状態だった。
アーサーとイザークは、ダレンを伴いながらその試合を観戦していたのである。
「噂には聞いている。何でもケルヴィンにはめちゃくちゃ強い指揮官がいるんだそうだ」
「……ウィルバート?」
「そうそうそいつそいつ。一年生にして生徒会長を務め、テストは全て満点。魔法も達者で向かう所敵なしだ」
「何というハイスペック……えっ? でも今の試合って、四年生の試合じゃ?」
「そいつは特例で全部の武術戦に参加していいことになってんだと。詳しいことは知らんが」
「何でそんな……」
「ケルヴィンだから、元老院からの圧力でもあるんじゃないか?」
あそこは昔ながらの政治体制だし、と言いながらダレンは腕を伸ばして身体をほぐす。
そこに歩み寄ってくる人物。大人が約二名だ。
「……あーあ。あいつら、見るも無残に負けちまって」
「ラニキにおやっさん! お疲れ様です!」
ダレンは立ち上がり頭を下げる。それに続いて、アーサーとイザークも同様にした。
そこにいたのはスウェット姿のおやっさん――大衆食堂カーセラムの店主と、ラニキ。特におやっさんは、アーサーとイザークの二人は初めて話すので、若干の緊張が走る。
「お疲れ様っすー。お二人も来ていたんですか」
「まあ普通に考えてみろ? カーセラムの客はほぼ学生だぞ? それが全部平原に行っちまったら、商売あがったりと思わんか?」
「確かにー」
「とはいえ一ヶ月弱休業ってんのも辛いんでな。カーセラム出張版もやってるんだ」
「へえ、そんなのが……」
「何ならお前らも来るか?」
ラニキは親指で、中央広場の片隅に見える一軒の小屋を指す。
「まあ四年生が詰め寄せてきたら空けてもらうかもしれないが……そん時はそん時だ。とりあえず食ってけ」
「んじゃあお言葉に甘えて!」
「……まあ、こういうのもいいか」
質素な木造の小屋。魔術で急設したであろうその小屋は、よく日光が入ってきて燦々としていた。
普段のカーセラムは幾多の建物に挟まれた場所にあるため、それと比べて大分開放感がある。しかし雰囲気が変わったからと言って、提供する料理は変わりない為、充満する匂いは普段通り。
そういったものが安心感を演出するのだ。
「俺がー、先輩の俺がー、ここは奢ってあげようかー!?」
「いえ、流石にそんなことは」
「お願いしやーす!!」
「毎度ー!!」
「……はぁ」
気を取り直して、アーサーはメニュー表に目を遣る。イザークとダレンも一緒に目を通す。おやっさんもそこに立っていて、目力による圧力が凄い。
「大体一緒……あれ、鍋がない」
「鍋と魔術竈が必要だからな。持ってくるのにかさばるということでここではやってないんだ」
「でもドリアとかスープとかパスタはやってるみたいだ、まあ好きなの頼めよ?」
お冷が通され、先ずは一口。
「……決めた。フレンチトーストベリーソース」
「おっしゃれ~。ボクはほうれん草グラタンで」
「俺はアラビアータかな~」
「あいよー。んじゃ、ちょっと待っててくれい」
ちゃっちゃとメモを取って、おやっさんはその場を後にする。
「ん?」
料理を待っていると入り口のベルが鳴り、中にいた客の目が彼に向けられる。
何故なら、彼の着ている制服はグレイスウィルの物ではなかったからだ。
「あの人は……」
「マッカーソン! マッカーソンじゃないか!」
すぐにダレンが立ち上がり、そして席に彼を迎え入れた。
照れながら頭を掻く彼こそが、イズエルト魔法学園三年生のエース剣士である。
「いやあ……ダレンがこっちに行ったって聞いたから、やってきてみたんだ」
「そうかそうか! わざわざありがとうな!」
「……えっと、マッカーソンさん。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ダレンの隣に座ったマッカーソンに、とりあえず頭を下げておくイザークとアーサー。
「誰こいつら」
「俺の後輩。最終日の試合に向けて現在訓練中だ」
「そう……まあ、頑張ってね」
マッカーソンもメニュー表を手に取り、一通り眺める。翡翠色の髪が緩くたなびく。
「お前貴族だよな? こんな所の飯で満足できんのか?」
「正直物足りないけど、まあこれも勉強だよ」
「熱心なんだな!」
「別に……じゃあシチューで」
すぐさま従業員が飛んできて、注文を取っていくまで約二分。
「全く、すぐに食事が飛んでくるわけではないんだな。これだから庶民の店は」
「こういう時は駄弁りながら待つんだぜ。それが庶民流だ」
「ふん……そうか」
マッカーソンはお冷にスプーンを突っ込み、くるくるかき混ぜて氷の流れを見つめている。
「……マッカーソンさん」
「何?」
「その……先輩との戦い、お見事でした」
「ああそれ。ありがと」
「それで気になったんですけど、マッカーソンさんも中々の腕前だったじゃないですか。一体誰に教わったんだろうなあって」
「あー。それ、気になる?」
ほんの僅かに、彼は嬉しそうな表情をした。そして友人とその後輩を前に語り出す。
飯を交えて仲を深める。大衆食堂カーセラムのよくある光景だ。
「鬼面の一族って知ってるかな? まあ知らないだろうね、リーズンス島の住民の中でも一部しか知らない一族だから」
「でも何となく想像はつくぜ。キャルヴン家に仕えてきた一族とか、そんなんだろ?」
「正解。普段はリーズンス島の中のでもかなりの辺境に住んでいて、そこから出てくる時は鬼の面を被って姿を現す」
「鬼……って、オーガとは違うんですか?」
「一応オーガを模した物もあるらしい。でも大概は、濃くて気迫ある顔付きだ。その顔付きの生物が実在しているかは知らないけど」
「へぇ……」
そこに料理が一つやってくる。アーサーのフレンチトーストだ。
「先食っていいぞ。温かいうちに食わんと食事に失礼だ」
「ではお先に」
「一口くれよ。貴族命令だ」
「いいですよ」
ナイフとフォークで切り分け、小皿に取り寄せてからマッカーソンに渡す。
「むぐぅ……うん、まあこんなもんかな」
「美味いって顔に出てるぞ~?」
「うるさいなあ。で、話の続きだけど」
「マッカーソン先輩が剣術を教わった方が、その一族の方なんですよね?」
「そうだよ」
過去を懐かしむように、髪を撫でながら話す。
「僕が小さい頃はかなり混乱しててさ。聖教会も介入してきて、兄弟で誰が次期当主になるか争って。いつ何時誰が殺しにかかってくるかわからないから、気も抜けない。それでいて僕は一番末っ子だったから、周りに振り回されることしかできなくて」
「……」
「そんな中で、あの人だけは僕に対して真摯に向き合ってくれた。この先生きていく為とかって言われて、剣術だけじゃなくって礼儀作法や文学、簡単な算術とかも教え込まれた。まあ大変な日々だったよ」
「そういう時の貴族って大体逃げ出していきそうなイメージだ」
「実際逃げたよ。でも何度逃げても必ず迎えに来てくれて、翌日には何も言わずに授業をしてくれた。そういうの見てたら……報いてやりたいって思うようになったんだ」
「……臣下の鑑っすねえ」
「そうだろ? そう思うだろ? 忠誠を尽くしてくれたあの人は、僕にとっての誇りだ。あの人の教えがあったからこそ、僕は皆と上手くやっていけてるんだ。あの人が、死んでしまった今でも……そう思っている」
「え……」
「……」
そこまで言うと顔を俯けてしまうマッカーソン。
「君達リーズンス内戦――『大寒波』についてはどこまで知ってる?」
「授業で触れた程度です」
「ボクもっす」
「大勢の人が犠牲になった、としか」
「そう。じゃあざっくりと説明しておこう」
最後の一かけらを飲み込む。それが彼にとって、決意を固める要因になったようだ。
「元々イズエルト諸島はウェンディゴ族が暮らしていた地域でね。異種族である故か迫害を受けやすく、帝国の支配がかなり強かった。トゥールの乱の後、リネスの町が独立してそれに倣おうとしても、糸口が掴めなかった程にね。そこに手を差し伸べてきたのが聖教会ってわけだ」
「聖教会のおかげで独立ができたと」
「ならばその流れで、国の方向性にもあれこれ口出しできそうだな」
「察しがいいね、その通り。ウェンディゴ族が国家を運営するなんて初めてのことだから、最初期は色々教えてもらっていたんだそうだ。そしてその名残は今でも続いている」
アーサーとイザークは、去年訪れたアルーインの街並みを思い出す。やけに聖教会関連の建物が多かった理由が、今になって理解できた。
「完全に国家として成熟した近年でも、聖教会は口を出してきてね。反論しようとしても、誰のおかげでここまでやってこれたんだの一点張り。事実だから認めざるを得なくて、それが連中の横暴を許す結果になってしまった」
「横暴?」
「金だよ」
「……あいつら奉納金とか言って、信徒じゃない人々からも金を毟り取っていたんだ。そういった人々を救済するのにもまた金がかかって、イズエルトの財政はどこもかしこも火の車。それこそ、あの地域の万年雪が溶けそうな勢いでね」
「酷いっすね……」
あの美しい雪景色の裏には、語り尽くせない穢れが潜んでいたのだ。
「場外の人間がどう思おうとも、連中にとっては蚊に刺された程度……いや、風に煽られた程度かな。とにかくどうでもいいんだよ。連中はどんどん搾取を進めていって、その極地があの暴動だ」
程なくしてイザークのグラタン、ダレンのアラビアータが運ばれてきた。一口だけ食べて腹の虫を手懐けた後、また話が再開される。
「……確か、暴動があった年は寒波が酷くて、作物も畜産も壊滅的だったんだよな。それが引き金になったから、暴動も引っ括めて大寒波って呼ばれてる」
「ま、授業ならそこはやるよね。イズエルト建国史上最悪の寒波……殆どの住民は金や作物を納めることができず、自分達の暮らしだけで手一杯だった」
「そんな事情を鑑みずに、金を巻き上げようとしてキャルヴン家の騎士達を動員させたんだ。キャルヴン家は特に聖教会の影響が強くてね……言われたことには逆らえない状態だった」
いつしかマッカーソンの表情には、悔しさが浮かんでいた。
「あいつら。現地の騎士達が動員されるとなると、一気に雲隠れしやがった。裏で糸を引いている癖に、レインズグラス家が見ていない所で参戦していた癖に……中立を装ってきやがった」
「結果あの暴動の後には、大勢の人々の死体と、踏み荒らされた土地と、そして踏ん反り返る聖教会だけが残された」
「……」
「当時の僕は家にいた。まだ十一歳だったから、前線には出ずに済んだ。でもそこに暴徒と化した人々が襲ってきてね。きっとキャルヴン家を潰せば、自分達への圧政も潰せると考えたんだろう。家が燃やされ、瓦礫に押し潰されそうになった時に……あの人は、僕を庇って」
ここまで饒舌に言葉が出てきていたのに、初めて言葉が詰まった。
ダレンが慰めるように、背中をさする。
「そうか……それは、辛かったな」
「……」
「でも、あの人は空から見守ってくれている。そう信じている。だから今回の試合も頑張れた。そうだろう?」
「……」
「大丈夫。きっとその思いは、空に届いているはずだ」
そこに熱々のシチューが届く。最後の一品、マッカーソンの注文だ。
「おお、いい頃に。お前の分だぞ」
「ふん……」
一口口に含み、しばし味わう。
「……僕はもっと美味しいシチューを知っている」
「料理人に作ってもらったやつとか?」
「いや……あの人と一緒に作ったものだ」
湧き上がる湯気を、懐かしむように見つめる。
「さっきあの人は色んなことを教えてくれたって言ったろ。それは料理とか裁縫とかの家事で、加えて観劇も教えてくれた。未来のキャルヴン家、ひいてはイズエルトを担う者として、教養を得ていないといけないって言ってさ……」
「特に観劇に対しては、アルーインや魔法学園の図書館に保管されているやつ、片っ端から台本を持ってきてくれたよ」
「台本か?」
「そう。だから、その……実は僕、実際の観劇って、あんまり観たことなくてさ」
声をどんどんすぼませていくマッカーソン。
対照的に、ダレンがみるみるうちに元気になる。
「そうか! じゃあ俺頑張るわ!」
「……は?」
「お前、時間があったらグレイスウィルに来い! そこの演劇部が素晴らしい劇を魅せてくれるぞ! 一癖も二癖もある脚本、魔の趣向が凝らされた演出、見目麗しいヒロインになくてはならない悪役! そして主役の俺! きっと、お前の目にも適うはずだ!」
「……」
照れ隠しにシチューをもう一口含むマッカーソン。
「そうか。じゃあ……考えとく」
「俺はいつでも待ってるぜ!」
「ちょっと、背中を叩くなよ……」
親しげな先輩二人と、それを見つめる後輩二人。
「……二人のような仲というのは、素晴らしいものだな」
「オマエさー、いい加減バッチリ認めちゃえよ。ボクとオマエもそういう仲だろー!?」
「……っ」
「何照れてんだよもう!」
イザークはアーサーの背中を叩いた後、メニュー表に手をかける。
「先輩、折角だからもっと頼みましょうよ。山盛りフィッシュアンドチップスで!」
「豪勢だなあ。代金は大丈夫なの?」
「そこの主役な先輩が奢ってくれるんで!」
「え、そんなこと言ったかなあ!?」
「言いましたよ。オレ、はっきりと覚えてますから」
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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