ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦

第205話 よく頑張ったあなたのために

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<午前十二時 中央広場露店区画>



「ほらアーサー! 見て! お店がいっぱい!」


 その場所に到着した途端、エリスはアーサーの前に進み、両手を広げてみせる。

 まるでプレゼントでも開封したかのような気分だ。



「……」


「……ああ、わかっているよエリス」



 彼女に釣られるように走り出す。


 気分はまだ上がらない。でも、上げないといけない。


 だが、上げることはできそうだ。彼女がそれを支えてくれるから。




「アーサー、俯いてないで見てよ! 美味しそうなお店がいっぱいあるよ!」
「ワン!」

「店が……食えるわけないだろ」
「美味しい物が売ってるって意味だよー! もう、意地悪なこと言うんだから!」



「でも……意地悪を言えるぐらい、元気出てきたってことだよね!」



 エリスは露店の一つの前に立つと、大声で挨拶をした。



「こんにちはーっ! 何か面白いものありませんかーっ!」
「はいはいいらっしゃい。そして面白いものときた。それなら~……」


 この店は双華の塔にある購買部の出張だそうで、食品以外にも雑貨が取り揃えられている。


「対抗戦だからこれをおすすめするよ。イヤホンって言うんだ!」
「イヤーッ! ホンってなんでしょ?」
「これを使うとね、試合の状況がよりリアリティを持って見れることができて……」


 三分ぐらい説明を聞いた後、エリスとアーサーはそれを購入した。


「……」
「ありがとうございます。やったねアーサー、これで試合がばっちり応援できるよ」
「……応援」

「そうだよ! 自分達が試合できないなら、他のみんなを応援するんだから!」
「……」



 言葉に迷っている間に、エリスは小さいかごを持ってきて、片っ端からおやつを入れていく。



「……何を買うんだ?」
「マシュマロとクラッカー! なんかねー、スモアサンドってのが美味しいんだって!」


 エリスは陳列棚のポップアップを、ぴっと指差す。『スリーステップでできちゃうスモアサンド』と描かれてあった。それを見た店員がいそいそ近付いてくる。


「対抗戦では皆作ってる鉄板メニューなんですよ。ほら、天幕では焚き火焚くでしょ。それで作るんです」
「広場には共用の焚き火もあるんだってー! そっちで作ろ!」


 中身がこんもり盛られたかごを、エリスはアーサーに渡す。


「……どうしろと」
「持ってて! わたしじゃ重いから!」
「……」



「……ふふっ」


 彼女の勢いに思わず笑いがこぼれる。張り詰めた緊張が弛むような、落ち着けるものであった。





 こうして二人と一匹は共用焚き火までやってきた。他の生徒もちらほら見受けられ、当然のようにスモアサンドに興じている。



「空いてる所は……あった!」
「ワオン!」
「……」


 倒木のベンチに座り、エリスは早速アーサーの持っている袋から、マシュマロとクラッカーを取り出す。


「えっへへ~、やるぞ~! クラッカーでマシュマロを挟んで……」
「……竹串で刺す」
「そうそう! アーサー、しっかり見てたんだね!」



 それを焚き火で数分炙れば、ほくほくとろとろ熱々絶品スイーツの完成だ。



「できたー! あっつう!」
「ワッフン!!」
「マシュマロが溶け落ちそうだな……」



 取り返しがつかなくなる前に、急いで口に運ぶ。

 香ばしく焼き目の付いたクラッカーに、口の中でとろけるマシュマロ。温度も相まって即座に幸福気分だ。



「んみゃい~~~。アーサーはどう?」
「……」


 甘さと優しさが、やんわりと心をほぐしていく。


「……美味しい。きっと、お前と一緒に食べているからだな」
「えへへ……そういうこと言うんだから」





 しばらく焚き火を囲み、もう昼食はいらないぐらいにスモアサンドを食べて。


 話を捻り出す気力も尽きかけている所で、アーサーは一冊の本を出した。





「『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』だ。持ってきてたんだね」
「……ああ。どうにか、落ち着きたくて」
「そっかあ」



 今まで二人は向かい合って座っていたのだが、


 エリスは立ち上がり、アーサーの隣に移動した。カヴァスは空気を読んだのかアーサーの身体に入る。



「……何だ」
「わたしも一緒に読みたい。いいでしょ?」
「……ああ」


「どこから読むの?」
「ここから……背表紙を挟んでいた所から」
「もう、それじゃ本がだめになっちゃうじゃん。それに風情がないよ」


「……栞を買うのも勿体ないって思って」
「だったらわたし作ってあげるよ。ふふふ……」



 空いた手は重ね合いながら。


 ページを開く手は一緒に――





『「君は必ず上手くやるから、私も上手くやる」』

『私のこの長き旅路の中で得た、好きな言葉の一つだ』


『これはラース砂漠を抜けた後、リネス地方西部の渓谷地域に住まう、ある勇士が言ったもの。私は砂漠との戦いを終えた後、彼が住まう村に泊まらせてもらい、ひと時の安寧を得ることにした』

『しかし村の状況は安寧よりも遠い所にあり、私が来訪した時には、村の脅威となっている竜を討伐すべく、戦士達が士気を高めていた所であった。それらを鼓舞するのにこの言葉は用いられていた』


『当然私の心も、私の剣も疼き、悪を滅し正義を為すその戦いに参加させてほしいと申し出た。見ず知らずの旅人を巻き込むわけにはという彼に、私は自分の名を名乗り、そして先程の言葉を引用した』

『すると彼は快く私を討伐隊に受け入れてくれた。そしてもう一度言葉を呟き、確固たる信頼の眼差しを私に送ってくれた。この精神の片隅から、信頼に報いる覚悟と責任が生まれ、それが力になっていくのを感じた』



『……あとはその力を竜にぶつけてやればいい。それは赤く燃え盛る炎の如き竜であった。炎は触れると人を傷付けるように、かの者も触れただけでも酷い怪我を負うような魔物であった』

『私は竜の攻撃を躱し、そして剣で斬り裂いていく。初めて出会った彼も含めて、討伐隊の者達は皆私を信じている。ふと下を見ると、竜の炎で森は燃え、爪による攻撃で岩は抉れ、その被害は村にも及ぼうとしていたが、』


『討伐隊の者達は炎を水や氷で消し、崩れ落ちる岩や瓦礫から人々を庇い、村の皆が怯えぬように言葉をかけ続けていた。戦いを見守ることしかできない彼らは、自分達が戻ってくる場所の安寧を保つべく、戦うことしかできない私の代わりに、様々な手段を講じていたのだ』


『それを自覚する度、猛攻に折れそうな心が再び湧き上がる。彼らは私を信じて仲間に入れ、信じて送り出してくれた』

『その純粋とも言える信心に報いなければ、何が岩の剣に選ばれた騎士だ。私は何度も自分を奮い立たせ、竜の鱗を削いでいく――』



『……ふと、竜の攻撃が突然止まった。そして奴は咆哮を一つ交えた後、人にもわかる言葉で喋ったのだ』

『「我と対等に渡り合い、多くの民に信じられた汝よ。我は汝を認めよう。これより汝に加護を授ける。それを持ってして、一層人々の運命を見定めて参れ」』

『そう言った後、竜は何事もなかったかのように飛び去っていった』



『……姿が空の彼方に消え去った後、私の中に今までにない力が溢れてくるのを感じた。竜の持つ加護とでも言うのだろうか』

『だがそんな思索も、喜びに駆け付けた討伐隊の者達の姿を見ては、どうでもよくなってきた。彼らは口々に、私を信じていたことを口走り、そして感謝をありったけの表現で私に見せてくれた』

『そして、私が竜と対峙することを、許してくれた彼。あの言葉の言う通りになったと、そっと笑ってくれた。私も頷き返し、笑い返した』



『運命を見定めることは、時に運命を覆すことではないか。竜討伐の一件を通して、私は切に考える――』





「……!」



 アーサーは目を見開き、その物語に何かを見出したようだった。



「……」
「んん? どれどれ……『君は必ず上手くやるから、私も上手くやる』。いいねえ、名言だ」


 何度も二人でその文章を目で追い、指でなぞる。


「きっと対抗戦もこういうことなんだよね。強い力一つで終わらせるような戦いじゃない」
「……ああ」



「前線に出る人、指令を出す人、応援する人。みんなが揃って、初めて本領発揮できるんだよ」
「……」



 遂に、自分の中で燻っていた思いを、言葉にすることができた。




「……ユーサーだって、騎士王だって、強力な力であっという間に正義を果たしている」

「でも現実は……正義を果たすのに、ここまでの労力と、ここまでの勇気がいる」

「……物語のように華々しく飾れない。正義って泥臭いんだな……」




 手を握り返し、微笑みも返す。焚き火の音が残響として残っている。




「苦労のない物語より、苦労ばかりの現実の方がかっこいいよ」

「人間は絶対に、泥臭さ無しでは成立しないんだから。圧倒的な力なんて、色んなものを狂わせるだけ」

「わたし……伝説の騎士王なんかより、目の前のアーサーの方が、好感持てるもん」




 初夏の風が撫でる頬が、若干赤みを帯びる。


 早まる鼓動は周囲の時間を停止させ、世界に存在しているのは自分達だけであると、錯覚させるだけの力を持つ。




「……エリス、ありがとう。オレのこと、心配してくれて」

「主君だからと言ったら、それまでなのかもしれないけど――お前のその気持ちが、オレは、嬉しいよ」



「アーサーがわたしのナイトメアじゃなくても、絶対に励ましてたよ」

「だって……わたしとあなたは、きっとそういう絶対的な関係じゃないから。ふふっ」



 決断で使い果たした体力を癒すには、十分すぎるひと時であった。
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