202 / 247
第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第195話 キアラ
しおりを挟む
「うーん……」
放課後のホームルームが始まる少し前。ルシュドは教室に置かれているフラッグライトの前に立って、思索に耽っていた。
「おれ、やること、いっぱい……」
「どうされましたかぁ?」
「わわっ……」
「先生。おれ、やること、いっぱい。だから、悩んでる……」
「ふうむ。どんなことで悩んでいるのか、お聞かせ願えますかなぁ」
「えっと……」
戦っている時に周囲を見回せないこと、しかしそればかりに気を取られてしまって、自分の戦いができなくなってしまうことがあること。
ルシュドが担任のミーガンにそのことを話すと、彼はふうむと唸って腕を組む。
「……おれ、可哀想だって」
「ん?」
「前、おれ、可哀想、言われた……おれ、可哀想、言われる、嫌だ。だから……」
「……それはどの時に、誰から言われたんですかぁ?」
「昨日、訓練、してた、言ったの、友達……」
「……成程」
ミーガンは教師として、生徒の悩みに真剣に向き合う。彼は真面目な生徒に対しては、真摯な態度で接するのである。
「……ルシュド君。私は一年生の頃から君を見ていたわけですがぁ」
「は、はい」
「どうにも君は、真面目且つ純粋過ぎるきらいがあるようですねぇ」
「真面目……純粋?」
「ええ。自分に投げかけられた言葉を、文面通りに捉えて受け止めようとする。それ自体は悪いことではないのですけどぉ、人間ってそれをやり過ぎると疲れてしまう生き物なんですねぇ」
「……」
「今の君の課題はぁ、自分に必要な言葉だけを聞く力といった所でしょうかぁ。応援する言葉だけ受け止めていればぁ、自然と力は沸いてきますよぉ。それと……」
「……?」
「もしかしたらそのお友達はぁ、何か別の意図があって可哀想と言ったのかもしれませぇん。或いは咄嗟に出てきた表現という可能性もありまぁす。なので一度訊いてみることをお勧めしますよぉ」
「訊いてみる……」
そこでミーガンは話を切り上げ、教卓に向かう。
「さあ、ホームルームを行いますよぉ。君も席に着いてくださぁい」
程なくして、ホームルーム終了後。
すぐさまルシュドは二年三組の教室に向かい、ハンスを呼び出して一緒に演習場に向かう。その道中で早速切り出す。
「……あ~、昨日の話?」
「うん……」
「そっか……きっと試合に夢中で、可哀想って所しか聞こえなかったんだね」
「……?」
「いやさ、エリスとリーシャと他の騎士共がうるさくてさ……それで勇姿を見てもらえてないきみが可哀想だなって」
「……そう、だった?」
「ああうん、そうなんだよ」
事実は知れた。これで会話が終わるかと思いきや、ルシュドは続けたい気分になった。
「……おれ、竜族。牙、爪、角、鱗、ないけど……竜族」
「……知ってる」
「おれ、何もない。だから、皆、言う。おれ、可哀想。皆、そればっかり、言う……」
「……」
「おれ、強く、なりたい。可哀想、言われる、嫌だ。可哀想、言われる、情けない……皆、認める、ない……」
「……そう」
「……ごめん。何かごめんな」
「……」
気まずい空気。それも演習場に足が差しかかった時、一変する。
「……ルシュド先輩!」
「……ん?」
「あ……」
入り口の茂みから、がさがさと姿を見せる女子生徒。ルシュドは彼女に見覚えがあった。
「キアラ……こんにちは」
「知り合い?」
「料理部、一緒、一年生。キアラ、こっち、ハンス。おれ、友達」
「ハンス先輩……よろしくお願いします。わ、私はルシュド先輩にお世話になっている、キアラです。ナイトメアはサラマンダーのシャラ……」
ポニーテールからシャラが出てきて、舌をちょろちょろ出して挨拶する様も、すっかり見慣れた光景だ。しかしハンスはそうでもない。
「……」
「あ……あの、ハンス先輩……?」
「落ち着け、ハンス。シャラ、挨拶、こんにちは。悪いこと、思って、ない」
「……くそがよ」
ハンスが唾を吐く様を見て、キアラは慄いてしまう。
「キアラ。ハンス、いい人。大丈夫」
「……はい」
「……んで? ルシュドに何か用があるんだろ?」
「あっ……そ、そのっ、これっ」
キアラは持っていた籠を差し出す。
中には市松模様のクッキーが山のように。しかし丁寧な四角に焼き上がっている物はほとんどなく、歪な形のものや色が綺麗に分かれていないものが多い。
「……先輩、訓練頑張ってるって聞いて。その、まだまだ下手ですけど……頑張って、ほしくて……」
「……おれに?」
「は、はいっ! 先輩のために、作ってきました!」
キアラの純朴な姿に、ルシュドは目を丸くする。
「あ……」
「……お気に、召しませんでしたか? 迷惑でしたか……?」
「……いや! 全然! おれ、嬉しい!」
「先輩……!」
この空気に耐え兼ねたのか、突然ハンスが足音を立てて歩き出す。
「わわっ、ハンス……?」
「えっ、な、何で私まで……!?」
「……つっまんねえんだよ……くそが……」
二人の間に割って入り、二人を拘束しながら、演習場をずいずい進む。
「ふぃ~! メーチェお疲れ~! 今日もいい汗かいてるな!」
「……」
「あれ? メーチェどうした?」
「我が主は直近に行われた筋肉トレーニングの疲労が蓄積して、現在放心状態にある」
「何だって!? そいつは大変だ! デネボラァ!!」
「あいよ!!」
「ちょっ、おまっ、水かけてくるなあああああ!!」
「目が覚めたな。これでトレーニングを続行できる」
びっしょり濡れたメルセデスの側に、ぽんと置かれる形で放置されている手鏡マレウス。
隣にいたルドベックが巻き込まれているが、アデルとメルセデスはともかくルドベック本人が気付いていない。そこにキアラがやってきてきょとんとする。
「……あの、ルド君?」
「む、キアラか。どうしたんだ、そんなに目を丸くして」
「えっと……その、びしょびしょだったから。汗?」
「ん……? こんなに汗をかいた記憶がないのだが」
「あっキアちゃん! こんなむっさい所にどうしたの!?」
メルセデスが首を伸ばし、釣られてアデルも首を伸ばす。
「メーチェの友達か! 初めまして、オレはアデル!! 将来グレイスウィル騎士になる男だ!!!」
「そ、そうなんだ……?」
「やめろアデル、テメエの熱さでキアラが火傷しちまう!!!」
「えっと……これからよろしくね……」
そこまで言うとキアラははっとしたかのように口に手を当てる。
「あ、そうだ……私、ルシュド先輩の所に行かなきゃ」
「ルシュド先輩だぁ~?」
「うん。そ、その……こっち連れてこられた後に、訓練見ていっていいって、言われて……」
「じゃあ私も行くよ~! マレウスもアデルもそれでいいでしょ!?」
「御意」
「オレは構わないぜ!!」
「俺もお供しよう。先輩の動きから何か学ぶことがあるだろうからな」
(自分にとって、良いと思うことだけを……)
ハンスやミーガンの言葉を頭の中で反芻する。
(気の迷いは、隙を生み出す……)
頭を動かしながら、身体も動かす。言われたことをよく意識しながら。
「どうした! 力が籠ってないぞ!」
「はいっ!」
思考に気を取られていると、シャゼムの声が引き戻しにくる。かれこれ二週間程度、彼にはずっと世話になってきた。
それに応える意味合いも含めて――
「――おらぁっ!」
身体に流れる炎の力を、
脚に集中させて、蹴り上げる――
「――ッ!!」
大盾を構えていたシャゼムが、地面に足をつけたまま後ろに飛ばされる。獣人特有の体格と力で何とか踏ん張った形だ。
「……ふう」
渾身の一撃を決めたルシュドは、涼しい顔をして一息つく。しかしそれも一瞬で、すかさず構えを取る。
「……ふむ。手の火傷がちょっときついかな? 休憩するぞ!」
「は、はい!」
シャゼムに返事をしてから構えを解き、長椅子に戻る。
「先輩……お疲れ様です!」
手応えを感じている彼を出迎えたのは、小さな拍手であった。
「ルシュド先輩!! かっこよかったっす!!」
「……お見事でした」
「すっごく凄くて、凄かったです!!」
「語彙力」
「黙れ」
キアラ、アデル、ルドベック、そしてマレウスを叩き付けているメルセデス。
後輩達に出迎えられて、ルシュドは頭を掻く。
「よかったなあルシュド、お前褒められてるぞ~?」
「うう……そんな……」
「謙遜すんな、俺も凄いと思ってるから。いつの間に火を操れるようになっちまって……さっきは脚だったけど、それ以外もいけるのか?」
「えっと、殴る、いけます。ファイアパンチ」
「うひょーかっけえ! 二年生でそんな芸当できるって、頑張ったなあ本当に!」
「……おれ、頑張った、ました」
ルシュドはハンスの方を見つめるが、当の本人は恥ずかしそうに顔を背けて、キアラのクッキーを齧っている。
「どうする? この後もやるか?」
「えっと……あと、一人、頑張る。ます。先輩、訓練、どうぞ」
「んじゃあ……お言葉に甘えて。お前らも訓練戻れよー?」
「オレ、シャゼム先輩にも稽古つけてもらいたいっすー!!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないかアデル~!」
一気に駆け寄り右腕でアデルをわしわし撫でる。ついでに左手でメルセデスの耳を掴む。
「ちょっ、まっ、耳はだめえええええ!!」
「おっとすまん! お詫びとしてメルセデスにも稽古をつけてやろう!」
「え゛っ」
「サボタージュの時間はこうしてあっさりと終わった」
「シャゼム先輩、俺も一緒にいいですか?」
「いいぞいいぞルドベックぅ! 皆で一緒に強くなろうな!」
「……ぞんべらばっちょぉ~……」
アデル、メルセデス、ルドベックの三人はシャゼムの後ろに続く。
その場に残された一年生はキアラだけになった。
「……その」
「……はい?」
「おれ、頑張る、できた……きっと、クッキー、おかげ」
「……!」
「あ、ありがとう……」
先程炎を脚に纏わせていた時よりも、今の方が身体が熱い。
「――そう!!! そうだよ!!! それでいいんだよ!!!」
火照った身体を覚ますような、風の如き言葉であった。
「……ハンス?」
「きみさあ!! 応援してくれる人、いっぱいいるんだからさあ!! その……後ろ向きな言葉なんて無視しちゃって、そういう人達の言葉にだけ耳を傾ければいいと思うよ!!」
「……」
「――クッキー食べたよ!!! じゃあね!!!」
呆然とするルシュドとキアラの隣を、ハンスはすごすごと帰っていく。
「……お礼、でしょうか?」
「お礼。そう思う。ハンス、いい人」
「そうなんですね」
「うん。だって……」
「訓練、頑張る、できた。ハンス、おかげ……おれ、感謝、してる」
「先輩……」
周囲には二人しかいない。いいムードになってきたと思いきや――
「……!! 違う!!」
「え?」
「え、えっと、ハンス、おかげ、本当。でも、キアラ、おかげ、本当……!」
「……え?」
「ああああ……! ジャバウォック!」
「知ーらーねー。自分の口で言えや」
「え、ええええ!?」
空に向かって飛んでいくジャバウォック。そこから近くの木陰に隠れたのだが、ルシュドには見えていない。
「その……大丈夫ですよ」
「うっ!?」
「先輩、さっき私のおかげで訓練頑張れたってこと、気にしてるんですよね。でもハンス先輩のおかげで頑張れたってことも事実で……あれ? 結局どういうことなんでしょう?」
「お、おれ……」
「うふふ……」
「ねえシャラ、笑ってないで考えてよ……」
「自分で考えなさいな」
「えっ……!?」
キアラの身体を伝って、シャラが地面に降りる。それから彼女もまた、茂みに向かって隠れていった。
「せ、先輩……!? そ、その、けけけ結局どういう意味なんでしょうか!?」
「えっと、おれ、おれ……!!」
(……仲睦まじいなあ)
(本当にねぇ)
放課後のホームルームが始まる少し前。ルシュドは教室に置かれているフラッグライトの前に立って、思索に耽っていた。
「おれ、やること、いっぱい……」
「どうされましたかぁ?」
「わわっ……」
「先生。おれ、やること、いっぱい。だから、悩んでる……」
「ふうむ。どんなことで悩んでいるのか、お聞かせ願えますかなぁ」
「えっと……」
戦っている時に周囲を見回せないこと、しかしそればかりに気を取られてしまって、自分の戦いができなくなってしまうことがあること。
ルシュドが担任のミーガンにそのことを話すと、彼はふうむと唸って腕を組む。
「……おれ、可哀想だって」
「ん?」
「前、おれ、可哀想、言われた……おれ、可哀想、言われる、嫌だ。だから……」
「……それはどの時に、誰から言われたんですかぁ?」
「昨日、訓練、してた、言ったの、友達……」
「……成程」
ミーガンは教師として、生徒の悩みに真剣に向き合う。彼は真面目な生徒に対しては、真摯な態度で接するのである。
「……ルシュド君。私は一年生の頃から君を見ていたわけですがぁ」
「は、はい」
「どうにも君は、真面目且つ純粋過ぎるきらいがあるようですねぇ」
「真面目……純粋?」
「ええ。自分に投げかけられた言葉を、文面通りに捉えて受け止めようとする。それ自体は悪いことではないのですけどぉ、人間ってそれをやり過ぎると疲れてしまう生き物なんですねぇ」
「……」
「今の君の課題はぁ、自分に必要な言葉だけを聞く力といった所でしょうかぁ。応援する言葉だけ受け止めていればぁ、自然と力は沸いてきますよぉ。それと……」
「……?」
「もしかしたらそのお友達はぁ、何か別の意図があって可哀想と言ったのかもしれませぇん。或いは咄嗟に出てきた表現という可能性もありまぁす。なので一度訊いてみることをお勧めしますよぉ」
「訊いてみる……」
そこでミーガンは話を切り上げ、教卓に向かう。
「さあ、ホームルームを行いますよぉ。君も席に着いてくださぁい」
程なくして、ホームルーム終了後。
すぐさまルシュドは二年三組の教室に向かい、ハンスを呼び出して一緒に演習場に向かう。その道中で早速切り出す。
「……あ~、昨日の話?」
「うん……」
「そっか……きっと試合に夢中で、可哀想って所しか聞こえなかったんだね」
「……?」
「いやさ、エリスとリーシャと他の騎士共がうるさくてさ……それで勇姿を見てもらえてないきみが可哀想だなって」
「……そう、だった?」
「ああうん、そうなんだよ」
事実は知れた。これで会話が終わるかと思いきや、ルシュドは続けたい気分になった。
「……おれ、竜族。牙、爪、角、鱗、ないけど……竜族」
「……知ってる」
「おれ、何もない。だから、皆、言う。おれ、可哀想。皆、そればっかり、言う……」
「……」
「おれ、強く、なりたい。可哀想、言われる、嫌だ。可哀想、言われる、情けない……皆、認める、ない……」
「……そう」
「……ごめん。何かごめんな」
「……」
気まずい空気。それも演習場に足が差しかかった時、一変する。
「……ルシュド先輩!」
「……ん?」
「あ……」
入り口の茂みから、がさがさと姿を見せる女子生徒。ルシュドは彼女に見覚えがあった。
「キアラ……こんにちは」
「知り合い?」
「料理部、一緒、一年生。キアラ、こっち、ハンス。おれ、友達」
「ハンス先輩……よろしくお願いします。わ、私はルシュド先輩にお世話になっている、キアラです。ナイトメアはサラマンダーのシャラ……」
ポニーテールからシャラが出てきて、舌をちょろちょろ出して挨拶する様も、すっかり見慣れた光景だ。しかしハンスはそうでもない。
「……」
「あ……あの、ハンス先輩……?」
「落ち着け、ハンス。シャラ、挨拶、こんにちは。悪いこと、思って、ない」
「……くそがよ」
ハンスが唾を吐く様を見て、キアラは慄いてしまう。
「キアラ。ハンス、いい人。大丈夫」
「……はい」
「……んで? ルシュドに何か用があるんだろ?」
「あっ……そ、そのっ、これっ」
キアラは持っていた籠を差し出す。
中には市松模様のクッキーが山のように。しかし丁寧な四角に焼き上がっている物はほとんどなく、歪な形のものや色が綺麗に分かれていないものが多い。
「……先輩、訓練頑張ってるって聞いて。その、まだまだ下手ですけど……頑張って、ほしくて……」
「……おれに?」
「は、はいっ! 先輩のために、作ってきました!」
キアラの純朴な姿に、ルシュドは目を丸くする。
「あ……」
「……お気に、召しませんでしたか? 迷惑でしたか……?」
「……いや! 全然! おれ、嬉しい!」
「先輩……!」
この空気に耐え兼ねたのか、突然ハンスが足音を立てて歩き出す。
「わわっ、ハンス……?」
「えっ、な、何で私まで……!?」
「……つっまんねえんだよ……くそが……」
二人の間に割って入り、二人を拘束しながら、演習場をずいずい進む。
「ふぃ~! メーチェお疲れ~! 今日もいい汗かいてるな!」
「……」
「あれ? メーチェどうした?」
「我が主は直近に行われた筋肉トレーニングの疲労が蓄積して、現在放心状態にある」
「何だって!? そいつは大変だ! デネボラァ!!」
「あいよ!!」
「ちょっ、おまっ、水かけてくるなあああああ!!」
「目が覚めたな。これでトレーニングを続行できる」
びっしょり濡れたメルセデスの側に、ぽんと置かれる形で放置されている手鏡マレウス。
隣にいたルドベックが巻き込まれているが、アデルとメルセデスはともかくルドベック本人が気付いていない。そこにキアラがやってきてきょとんとする。
「……あの、ルド君?」
「む、キアラか。どうしたんだ、そんなに目を丸くして」
「えっと……その、びしょびしょだったから。汗?」
「ん……? こんなに汗をかいた記憶がないのだが」
「あっキアちゃん! こんなむっさい所にどうしたの!?」
メルセデスが首を伸ばし、釣られてアデルも首を伸ばす。
「メーチェの友達か! 初めまして、オレはアデル!! 将来グレイスウィル騎士になる男だ!!!」
「そ、そうなんだ……?」
「やめろアデル、テメエの熱さでキアラが火傷しちまう!!!」
「えっと……これからよろしくね……」
そこまで言うとキアラははっとしたかのように口に手を当てる。
「あ、そうだ……私、ルシュド先輩の所に行かなきゃ」
「ルシュド先輩だぁ~?」
「うん。そ、その……こっち連れてこられた後に、訓練見ていっていいって、言われて……」
「じゃあ私も行くよ~! マレウスもアデルもそれでいいでしょ!?」
「御意」
「オレは構わないぜ!!」
「俺もお供しよう。先輩の動きから何か学ぶことがあるだろうからな」
(自分にとって、良いと思うことだけを……)
ハンスやミーガンの言葉を頭の中で反芻する。
(気の迷いは、隙を生み出す……)
頭を動かしながら、身体も動かす。言われたことをよく意識しながら。
「どうした! 力が籠ってないぞ!」
「はいっ!」
思考に気を取られていると、シャゼムの声が引き戻しにくる。かれこれ二週間程度、彼にはずっと世話になってきた。
それに応える意味合いも含めて――
「――おらぁっ!」
身体に流れる炎の力を、
脚に集中させて、蹴り上げる――
「――ッ!!」
大盾を構えていたシャゼムが、地面に足をつけたまま後ろに飛ばされる。獣人特有の体格と力で何とか踏ん張った形だ。
「……ふう」
渾身の一撃を決めたルシュドは、涼しい顔をして一息つく。しかしそれも一瞬で、すかさず構えを取る。
「……ふむ。手の火傷がちょっときついかな? 休憩するぞ!」
「は、はい!」
シャゼムに返事をしてから構えを解き、長椅子に戻る。
「先輩……お疲れ様です!」
手応えを感じている彼を出迎えたのは、小さな拍手であった。
「ルシュド先輩!! かっこよかったっす!!」
「……お見事でした」
「すっごく凄くて、凄かったです!!」
「語彙力」
「黙れ」
キアラ、アデル、ルドベック、そしてマレウスを叩き付けているメルセデス。
後輩達に出迎えられて、ルシュドは頭を掻く。
「よかったなあルシュド、お前褒められてるぞ~?」
「うう……そんな……」
「謙遜すんな、俺も凄いと思ってるから。いつの間に火を操れるようになっちまって……さっきは脚だったけど、それ以外もいけるのか?」
「えっと、殴る、いけます。ファイアパンチ」
「うひょーかっけえ! 二年生でそんな芸当できるって、頑張ったなあ本当に!」
「……おれ、頑張った、ました」
ルシュドはハンスの方を見つめるが、当の本人は恥ずかしそうに顔を背けて、キアラのクッキーを齧っている。
「どうする? この後もやるか?」
「えっと……あと、一人、頑張る。ます。先輩、訓練、どうぞ」
「んじゃあ……お言葉に甘えて。お前らも訓練戻れよー?」
「オレ、シャゼム先輩にも稽古つけてもらいたいっすー!!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないかアデル~!」
一気に駆け寄り右腕でアデルをわしわし撫でる。ついでに左手でメルセデスの耳を掴む。
「ちょっ、まっ、耳はだめえええええ!!」
「おっとすまん! お詫びとしてメルセデスにも稽古をつけてやろう!」
「え゛っ」
「サボタージュの時間はこうしてあっさりと終わった」
「シャゼム先輩、俺も一緒にいいですか?」
「いいぞいいぞルドベックぅ! 皆で一緒に強くなろうな!」
「……ぞんべらばっちょぉ~……」
アデル、メルセデス、ルドベックの三人はシャゼムの後ろに続く。
その場に残された一年生はキアラだけになった。
「……その」
「……はい?」
「おれ、頑張る、できた……きっと、クッキー、おかげ」
「……!」
「あ、ありがとう……」
先程炎を脚に纏わせていた時よりも、今の方が身体が熱い。
「――そう!!! そうだよ!!! それでいいんだよ!!!」
火照った身体を覚ますような、風の如き言葉であった。
「……ハンス?」
「きみさあ!! 応援してくれる人、いっぱいいるんだからさあ!! その……後ろ向きな言葉なんて無視しちゃって、そういう人達の言葉にだけ耳を傾ければいいと思うよ!!」
「……」
「――クッキー食べたよ!!! じゃあね!!!」
呆然とするルシュドとキアラの隣を、ハンスはすごすごと帰っていく。
「……お礼、でしょうか?」
「お礼。そう思う。ハンス、いい人」
「そうなんですね」
「うん。だって……」
「訓練、頑張る、できた。ハンス、おかげ……おれ、感謝、してる」
「先輩……」
周囲には二人しかいない。いいムードになってきたと思いきや――
「……!! 違う!!」
「え?」
「え、えっと、ハンス、おかげ、本当。でも、キアラ、おかげ、本当……!」
「……え?」
「ああああ……! ジャバウォック!」
「知ーらーねー。自分の口で言えや」
「え、ええええ!?」
空に向かって飛んでいくジャバウォック。そこから近くの木陰に隠れたのだが、ルシュドには見えていない。
「その……大丈夫ですよ」
「うっ!?」
「先輩、さっき私のおかげで訓練頑張れたってこと、気にしてるんですよね。でもハンス先輩のおかげで頑張れたってことも事実で……あれ? 結局どういうことなんでしょう?」
「お、おれ……」
「うふふ……」
「ねえシャラ、笑ってないで考えてよ……」
「自分で考えなさいな」
「えっ……!?」
キアラの身体を伝って、シャラが地面に降りる。それから彼女もまた、茂みに向かって隠れていった。
「せ、先輩……!? そ、その、けけけ結局どういう意味なんでしょうか!?」
「えっと、おれ、おれ……!!」
(……仲睦まじいなあ)
(本当にねぇ)
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します
カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。
そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。
それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。
これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。
更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。
ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。
しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い……
これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる