ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦

第187話 イザークとアーサーの訓練

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「取り敢えずさ、ボク何から始めればいいと思う?」
「……は?」


 突拍子もないイザークの問いに、アーサーは戸惑う他ない。それはある休み時間のことであった。


「いやさあ、ボク武術下手すぎて何から始めりゃいいかなーんもわからんのよん。というわけで専門家の意見ちょーだい?」
「……」



 今ここでどれだけ努力をしても、全て徒労に終わる。

 ――オレが終わらせてしまう。



 それがわかっていても、親身になって考えてしまう。

 彼の真剣な眼差しと、心からの笑顔を前にしては――




「……先ずは目標を聞かせてもらおうか。それ次第で内容が変わる」
「目標? うーん、とにかく敵をばったばった倒してスーパースターになりたいかな!」
「……」

「冗談だよ。できるわけねーじゃん、ボクにそんなの。でもまあ、足手まといにはなりたくないんだよね。戦力としてはまあ使えないこともないっていうか。あと最低でも一人は敵ぶっ倒したいよね」
「……」



 どのみちアーサーが返す答えは決まっていた。



「……訓練できる期間も短いからな。素振りを重ねて基礎を盤石にするのがいいだろう」
「どんぐらいすればいい?」
「軽く見積もって千回」


 涼しい表情で言うアーサー、へらへらとした表情のまま凍り付くイザーク。


「……え?」
「そんな戸惑うことはないだろう。毎日百回素振りをして、十日経てば千回だ。簡単だろう?」
「いやいや……ええ? 素振りってそんなに重要?」
「身体に動きを覚え込ませれば、怪我を負ってても動けるってものさ」
「あ~……あ~?」

「素振りを笑う奴は素振りに泣くんだぞ。安心しろ、オレがついていてやるから。何なら武術部に行ってみるか?」
「え~……」
「気が進まないなら無理矢理そういう環境に身を投じるのも手だぞ。よし、今日は何を言っても無理矢理連れて行くからな」



「……何かオマエ、鼻息荒くない? やけにふんすふんすしてない?」
「そうか? オレにはよくわからないな」



 頼りにしてもらえているのだから――報いてやりたいと。

 そういう気持ちの表れかもしれない。





 そうして放課後、イザークはアーサーに引っ張られて演習場に連れて行かれたのであった。





「ひゃー……皆スゲー頑張ってるなあ……」


 一ヶ所に集まって訓練を行っている生徒達を見て、イザークは溜息をつく。武術部の部員は元より、普段来ないような生徒も中に混じっていた。


「で、来たはいいけどどこに混ぜてもらおうか」
「オマエも無計画で来たのかよっ!?」
「いや、ルシュドかクラリアにどうにかしてもらうと思ったんだが……姿が見えないな……」




    ドドドドドドドドド





「うおおーん!!! イザークせんぱああああああい!!!!」
「ギャァーーーーーッ!?!?!?」



 華麗にアーサーの隣を通り過ぎて、抱き着いてくる赤い影。



「オレですアデルですよーーーーん!!! 会いたかったですよぉーーーせんぱーーーーい!!!」
「ちょ、テメエ、重てえんだよ!!!」

「そうだな。感情を爆発させるのは構わないが、少し……」
「あひひひひひーん……」


 後ろからやってきた生徒にアデルは剥がされ、イザークは起き上がる。


 その生徒は学生服姿のルドベックで、隣にはカタリナも立っていた。二人共白いタオルの山を抱えている。


「え!? カタリナ!? 何でここいんの!?」
「え!? ルドベック!? 何で武道着じゃないの!?」


「待て、二人同時に喋らないでください」
「手芸部も対抗戦のお手伝いしていて……手製のタオルを持ってきているんだ」
「魔法糸で編み込んだ特別品なんですよ~。普通に作ったやつより汗を吸って且つ湿りません」


 そう言って追加のタオルを持ってくるのはセシル。一歩後ろからはラクスナもやってきて、ちょうどアーサーと目が合った。


「あ……どうも、こんにちは」
「……どうも」

「……」
「……」



 じっとりと見つめられるアーサー。


 ぎこちない時間が流れている下で、セバスン、デネボラ、カナのナイトメア三人がタオルを配達していく。



「ルドベックー、お前は武術の訓練やらないのか?」
「一年生は応援だけだし、まだいいと思ってな」
「でも野営の課題は出るんですよ。まあぼちぼちやっていかないといけないんじゃないですかね」
「セシル、お前はどうなんだ? 随分と余裕そうだけど?」
「ぼくは魔法が専門なのでね」


「お話し中失礼」


 アーサーはルドベックが持っていた山から、一番上のタオルを取ってイザークの首にかける。


「さて、タオルも頂いた所だ。早速素振りを開始しよう」
「……はーい」



「え!!! イザーク先輩も訓練に参加するんですか!?!?」
「ま、まあね……」
「ならオレも手伝いするっす!! 水と的と練習用の剣を持ってくるっすーーー!!!」
「ついでに手甲も頼む」
「はーーーーーい!!!」



 アデルがどたどたと走っていった所で、ルドベックが動き出す。



「先輩、俺達も水を飲んでいきましょう。持ってきますよ」
「……うん、お願いしようかな。イザークの訓練気になるし。ねっ、ラクスナ」
「……そうですね」





 こうしてイザークの訓練が始まる。



「授業で構えについて学んだだろう。その構えのまま、素振りを百回だ。やってみろ」
「ういーっす」


 返事と共にアーサーから鈍い一発。


「げっ……げぇぇっ……!?」
「返事ははいのみとする。真面目に訓練に取り組まないと、成果は実らないぞ」
「は……はい」

「わかってくれればいいんだ。オレも二回は殴りたくないからな」
「……ういっす。じゃねえや、はい」
「よしよし。ではやるぞ……」




 取り敢えず一から十回目。腰をずっしりと落とし、腕を真っ直ぐ伸ばす。


「しっかりと授業は聞いていたみたいだな。いい形をしている」
「そりゃあ一年もやってたらね? 身体が覚えちゃうんですわ」




 次に十一から二十回目。まだまだ余裕そうだ。


「イザーク先輩!! キャーカッコイイー!! 素敵です抱きしめてー!!」
「キモい!!」
「あびゃーっ!!」

「……アデルと言ったか。あいつとはどこで知り合ったんだ?」
「寮でちょっとありまして、ねえ……!」




 続けて二十一から三十回目。徐々にアーサーの目が鋭くなる。


「……腰が落ちてきているぞ。態勢を直せ」
「いっ、でも、そう言われても、」
「ならオレが直してやる」        
             グギィ
「ぎゃあーーーっ!?」




 三十一から四十回目。呼吸は不規則に大きくなっていき、汗もどんどん流れ出してくる。


「ぜぇ……休み……たい……」
「まだまだ。これぐらいで音を上げるな。負荷をかけ続けてこそ体力は着くんだ」




 四十一から五十回目。おしゃべりなイザークも、ここまで来ると一言も発しない。


「四十八……四十九……五十。よし」
「終わり!?」
「何を言っているんだ、素振りは百回だぞ。ここからは折り返しだ」
「」




 ~中略~ 




「九十九……百! よし!」
「ああああああああーーーーー」


 糸が切れた操り人形のように、顔から倒れ込むイザーク。すぐさまコップとタオルを持ったカタリナが駆け付ける。


「お疲れ様。はいこれ飲んで」
「グビグビ……ああ~生き返る~~~」

「少し休んでいいぞ。オレも準備をするからな」
「……準備?」


 ぽかんとするイザークの前で、アーサーはアデルが持ってきた剣と的を確認している。


「お前、まさか素振りだけで実践に耐え得るだなんて夢見てたんじゃないだろうな」
「……」



「素振りはあくまでも基礎固めだ。そこから動きを派生していく、それが訓練だ」
「うへえ……」
「ほら、水は飲んだだろう。そろそろ立て」
「いやですね あのですね そうは言われてもですね 心がですね 追いついていなくてですね」
「戦場は待ってくれないんだぞ」
「ちょっ待て待て待て」



       <あっここにいたんだー





 ひょこひょこと近付いてくる人影に、アーサーは思わず手を止めてしまう。



「エリス……」
「えへへ。みんな頑張ってるかなって思って、おすそ分けにきたんだ」


 そう言って後ろに隠していた籠を見せる。


 中には赤く色付いいた苺がみっちりと。


「ああ、来たのか今月分」
「……今月分?」
「エリスの父親がな、毎月採れた苺を送ってきてくれるんだ」
「そーなのー。はい皆もどうぞ」
「あ、ありがとう……」


 エリスはカタリナ達に苺を配る。



 しかしイザークの前に来た時、素振りを見せただけで渡さなかった。


「えっあの」
「イザーク、今訓練してるんでしょ。だからこれはご褒美。訓練頑張ったらあげるよ」
「……」


「……がんばりゅ」
「よく言ったイザーク。そしてよくやったエリス」



 立ち上がり腕をぶん回すイザーク。アーサーから投げ渡された手甲を受け取り装着する。



「オレが的を持っているから、とにかく打ち込んでこい」
「やってやろーじゃん!!」
「頑張ってねっ」

「それじゃあ、あたし達はそろそろ戻るね」
「うん、ばいばいカタリナ。後輩さん達も、またね」

「ええ、お達者で」
「失礼しまーす」
「……さようなら」
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