上 下
133 / 247
第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第130話 幕間:獣人の国・その4

しおりを挟む
 それから会食を終えた後、アルベルト達は町の宿に向かいそこに泊まることになった。明日ラズ家を訪問することになる為、緊張する場面を前に英気を養っておくというのが目的だったが、

 まさかその必要がなくなるとは誰が想像できただろうか。




「夜分遅く失礼します。アルベルトさん、お客様がいらしています」
「んあ……?」


 時刻は大体午後十時頃。アルベルトは自室で、同室のカイルに尻尾を櫛で梳かしてもらっていた所だった。


「んだよ獣人の至福の時間に……」
「文句ならお客様に言ってください。まあ言えるものなら……ですけど」
「はぁ」
「既にレーラさんは移動しています。ここから三つ右の空き部屋です。お客様は貴方とレーラさん二人だけとお話したいと……」
「つまり騎士の中で偉い奴を呼べってこったな。どれ……」


 アルベルトは渋々ベッドから立ち上がり、関節を鳴らす。


「いってらっしゃいませ。自分はカモミールティーでも入れて待っています」
「俺麦酒がいい」
「仕事中ですよ。冗談はよしてください」
「へいへい」





 そして指定された部屋に入室する――



(……んっ!?)



 直後に感じる物々しい殺気。それは隅にこじんまりといながらも、存在感を隠し切れていない、


 赤い目をした黒馬が放っていたものであった。



(カ、ル、タ、ゴォ~……!)


 アルベルトは大体四十年もイングレンスで生きているので、彼が何者かについては知っている。


(アルビム商会のドン、ハンニバルのナイトメア……この町にアルビム商会の野郎が多いのも、そういうことか?)





「もしもし~? 先程からカルタゴ様を凝視なされて、貴方本当に偉い騎士さんなんですかあ?」
「あ、え、失礼しました」


 そそくさと椅子に座るアルベルト。隣には既にレーラが座っていて、固い表情で湯気の出ている紅茶に一切手を付けていない。


 正面に座っているのは、やはり赤いスーツの、アルビム商会の男だった。声からして非常に胡散臭い。


「へーえ、これは素晴らしい耳と尻尾をお持ちで!」
「おっと、人を乗せて話し合いを有利に進めるおつもりですか、商人様」
「いえいえ、ただ率直な感想を伝えたまでですよ!」


 薄いクリーム色の髪を八二ぐらいの割合で分けている。目は非常に細く、口角は常に上がっている。鼻は鋭く小顔、というより身長含め全体的に小さい。それに赤いスーツが合わされば胡散臭さは天井を突き抜ける。


「さあさあ、早くお掛けになって。貴方ももう眠いでしょう? それはこちらも同じです。早く用件を伝えたいので、さあさあ!」
「……」



 アルベルトも機械的に、紅茶を腹に流し込んだ。



(……よく口が回るな。アルビムは力で押し通すイメージが強いが、こんなのもいるんだな……)


 視線だけでレーラに伝える。俺はこういう場面でどう動けばいいかわからんと。



 それを受け、返答代わりにレーラが切り出した。


「では……先ず初めにご確認いたしますが、貴方はアルビム商会の方で間違いありませんね?」
「勿論! この赤いスーツはですね、商会員にだけ与えられる商売道具なんですわ! そしてこれを着てきたということは、しっかりと大切な話をしに来たってことでしてぇ~」


 男はレーラにずいっと詰め寄る。上目遣いで覗き込み、特有の手を合わせてこねる動きを取る。


「貴方がたがこのスーツを見ると直ぐにわかるように、我々もわかるんですよ。その鎧はグレイスウィルの物ですよね?」
「……ええ、そうです」
「おほぉ、やっぱり! それでしたらね、早速商談……というよりはですね、返還をしたいなあと!」
「返還?」


 そう言って男は鞄から布に包まれた物体を取り出す。


「どうぞ中身を見てください。その上で伺いたいことがありましたら何なりと!」



「……」
「……」



 男は熱視線のみで、早く布を開けるように催促している。



「……開けるぞ」



 それを受けて、任せている以上自分がやるしかないと、アルベルトは警戒しながら布を捲った。



「……!」



 一瞬、彼の視界が橙色の光に覆われた。


 それが消えると現れたのは、黄金の杯。持ち手にも曲がった部分にも、神を讃える模様や古代文字が刻まれ、いかに偉大な物であるかを主張している。


 それが自分達の探し求めていた物であることは、瞬時に理解できた。



「……我々は」
「はいはい、何でございましょう?」
「我々はこれを……土の小聖杯を探して、ラズ家に向かおうとしていました。現在ラズ家に貸し出されていたと聞いたからです」
「そうでございましたか! それなら益々好都合! わざわざ遠出することなくここで目的を達成できますね! 我々としてもこんなに早く返還する機会を迎えられまして、非常に好都合でございます!」

「……先程からずっと『返還』と申されておりますね。古代の遺産と引き換えに何かを要求する、『取引』ではなく?」
「いえいえ、本当にただ返還したいだけなんですよこちらは。何にも悪意はございません!」


 男はこねている手を身体に引き寄せ、言葉を続ける。


「うちのお得意様が駄々をこねましてねえ。何でもいいから小聖杯を見てみたい、古代グレイスウィル帝国の神秘をその身で味わいたいと! 我々としても無視できないお方だったので、ちょーっとだけ借りたんですよ!」
「成程。、もしくはが、とにかく強奪はいしゃくしていったわけですね」

「そうですそうです! 言葉で説得できれば良かったのですけれど、お二人もご存知でしょう? ラズ家の方ってねえ、どうにもお話が通じにくくって!」
「つまり今回は正当性より時間を取ったというわけですね」
「そうなんです! いやあ、話が早くて助かります!」
「……」



 レーラは一旦紅茶を口にし、両肘を机に着いて考え込む。目の前の男になるべく隙を見せないように気を遣う。



「いかがでしょう? 他に何か知りたいことはございますか?」
「……そうですね。では単刀直入にお訊きしますが、小聖杯に何かしましたか?」
「何かとは、具体的に?」

「例えば……毒を流し込んだりとか。或いは、これは偽物で本物はまだ手元にあるとか」
「それはありませんよ。まず私が保証致します。それでもう一度布を捲って見てみてください? 直ぐに本物だと実感し直すでしょう?」
「……しかし……」
「いや、これは本物だ。俺もそう思うぞ」


 アルベルトはレーラの言葉を遮り、顎を僅かにしゃくってみせる。

 そこでレーラも、男の手の中に煙幕弾が入っているのがようやく見えた。それは獰猛な獣の目のような、飢えた赤色をしている。



 隅で微動だにせず、ただ交渉を有利に持っていこうとして威圧を続ける、カルタゴと同じ目の色だった。



(受け取らないと力づく、ねぇ……)





「……わかりました。アルビム商会のご厚意に感謝致します。今回は土の小聖杯を返還していただき、誠に感謝致します」
「いえいえこちらこそ! 少しの間ですが借りることができて非常に有意義でした。ではでは、お話も終わったのでこれで……」
「わざわざこちらにいらしてくださったのです。商会本部までお送りしますよ」
「おお、それはありがとうございます! ではではご厚意に甘えさせていただきますよ~。本日はどうもありがとうございました!」



「……俺は片付けをしておくよ」
「なら頼ませてもらうわ。それでは……」



 レーラが立ち上がり、男と一緒に外に出る。部屋の入り口で待機していた騎士と合流したのか、人数が増えた語らいの声が聞こえてくる。



(……いや、絶対何か仕込んでいるよなあ……)


 アルベルトは残った口に紅茶を流し込みながら、布に包まれた古代の神秘をじっと見つめるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

処理中です...