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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第125話 イズエルト小旅行の終わり・前編

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 結局イズエルト旅行は急遽三日目が追加されることになり、二日目に楽しめなかった分を思う存分満喫することになった。





 ある時は飲食店を訪ねてみたり。



「いやー君達今回は災難だったねえ!?」
「災難だったねえじゃないよテメエはどこで何していたんだよクソラム」
「ちょっと待ってー!? 今のは看過できないできないできませんぞー!? クソラムって何だよ名前をもじるな!」
「あっつい本音が出ちゃったなぁー」

「ねえねえマスター!? こいつ僕のことクソって言ってきたんだよ!? 何か反論して!?」
「あ~……うんそうだな、ストラムは瓦礫の撤去や復元作業を手伝ってくれていたんだ」
「何だ、真面目に仕事してたのか」
「そうだよ! 床の下のマッスルパウワァーって奴だよ! わかったらさっきの呼び名撤回して♡」



「……このヘルブレイズドリンクっていうのは何だ」
「そいつはヘルブレイズチリという赤辛子あからしを使ったドリンクさ。ムスペル島原産の死ぬほど辛い赤辛子で、飲むと汗が止まらなくなるぞ~」

「……成程。ではこれを飲み切れば撤回してやるというのはどうだろう」
「一寸の迷う余地なく賛成」
「待って!? 何そっちで勝手に決めちゃってるの!?」
     <ヘルブレイズドリンク
      一丁入ったぞぉ~~~!!!

「マスターもマスターで何で叫ぶの!? ちょ、オーディエンスが続々集まってきているんだけどぉ!?」
「がーんばれっ♡ がーんばれっ♡」
「頑張れー、頑張れー」




 ある時は店を巡ってみたり。




「こんにちは。お土産、いいの、えっと……」
「あらまあお兄ちゃん観光客!? それならこれおすすめよぉ~!」
「えっ……!?」


「……木の剣?」
「あらそんなの勧めちゃって! こっちにしときなさい、聖教会のご加護付きよ!」
「……十字?」
「いーえ! イズエルト来たならこれにしとくべき! ブルーベリー饅頭よおおおおお!」
「あ、あああああ……! グルルルゥ……!」



「……やっぱり一人はまだ早かったか。待ってろ、アーサーとイザーク呼んでくる」




 ある時は街中を散歩したり。




「……もう少しかな?」
「うん、あとちょっと……」
「……ドキドキする……うう……」
「三人一緒なら行ける気がするって言ったの、リーシャでしょ……」



「……あっ! 来たよ!」
「よしっ! すみませーんサインくだぐえっ!」
「だ、大丈夫……?」
鵞鳥がちょうが通り過ぎて……ナイトメア、なのかなあ……」



「ああああー!! 今回もサインだめだったぁー!!」
「流石雪華楽舞団キルティウム、簡単にサインの入手は不可能かぁ」




 ある時は見知った顔と再会したり。




「おっすガキ共、ここで会うなんてな!」
「ふぎゅう、貴女はぁ……」
「エマさんにセオドアさん。何をしているんですか?」
「ん、あっちにでっかい教会あるだろ? ちょっとそこに行ってきて金を納めてきた。お布施ってヤツだな」
「げひゃひゃひゃひゃ! まああんなことがあったら流石にお礼ぐらいしときませんとねえ」
「今後見放されるかもしれねえからな! ハハハ!」



「……エマさんって、すごく豪胆ですよね。頼りになります」
「げひゃひゃひゃひゃ! 言い方を変えれば適当とも! ぶひぃ!!!」
「えげつないハイキックだぁ……懲りないですね、セオドアさん」
「げひゃひゃひゃひゃ! それが私の良い所ですので!」
「こっちとしては懲りてほしいんだがなぁ~!? ああ~ん!?」

「あれ? そういえばマットさんとイーサンさんは?」
「アイツらはいい感じの飲食店探すっつって別行動だよ。休みまで一緒にいたら疲れるよ」
「うーん、そういうものですか?」
「そういうものだよ。アンタらも大人になって仕事をすればわかるよ!」




 この旅行で出会った人と交流を深めながら、




「うぐえ! うげえ! うごごごごごぉ!!!」
「……おっと。何やら楽しい催し事が行われているようで」
「おっ、そこにいるのは傭兵の兄ちゃん二人! エリス達助けてくれてあざっす!」
「ん? 失礼ですが、お名前を伺っても?」
「ボクはイザークで後ろの黒いのがサイリ! こいつはアーサーで、下の白い犬がカヴァスだ!」


「成程、イザークにアーサーですね。では私も自己紹介をば」
「俺はイーサン、傭兵だ! この背中に背負ってる鞘がナイトメアで、名をエルマーって言うんだ!」
「……何でしゃしゃり出てくるんですか弟者」
「いつも兄者が先行しますからな、たまにはこういうのもいいと思いません!?」

「はは……まあいいでしょう。私はマット、この猿はナイトメアのリズです。女の子です」
「へぇ、何だか個性的っすね! でもってかなり強いんだろうなぁ……」
「個性的で尚且つ強くないと、傭兵は仕事が来ませんからね。っと……」



「ん、オマエはジャバウォック! ルシュドはどうした?」
「それがよぉ、店のおばちゃん達に絡まれてかなり動揺しちまってなあ。ままならねえからお前ら二人を呼びに来たんだ」
「そういうことか、なら行くよ! 兄ちゃん達も一緒にどうっすか? 一緒に旅行に来ている友達なんだ!」

「では同行致しましょうか。二人はお勘定をなさってからいらしてくださいね」
「そうだそうだ! えっと、二人合わせて千五百ヴォンド……」
「オレが払ってくる。七百五十ヴォンドを寄越せ」
「はいよチャリンチャリーン! んじゃあよろしく!」



「……うぐえぇ!!! 何か言い出しっぺに無視される予感がするんだけどぉ!?」




 時折自分の身体も労わりながら。




「……うっし。一先ずはこんなもんっすねえ」
「ありがとうございます……」
「礼を申し上げますぞ」

「ありがとうございます、アルシェスさん」
「ありがとうなのです!」


「どーってことはねえ。ただまあさっきも言った通りだ。セバスンもスノウも無理矢理魔力を消費したせいで、魔力構成にガタが来ている。目安は大体一ヶ月、その間にまた強い魔力を使うことがあれば、今度こそ消滅する可能性が高い」
「……」

「まっ、安静にしろってやつだ。暫くは無理をさせなさんな」
「……ナイトメアって、頑張っちゃうから……それが、存在意義だから……無理をしないって、難しいんだよね……」
「今回一番の功労者が言うと重みが違うねえユフィちゃぁん。だから一番良いのは主君が無理しない! これだな!」
「試験勉強、一夜漬けとかね……」
「ぎくっ!」


「おいおい未遂かよリーシャチャン。でもまあ後期末試験は二月だしいいっしょ。小テストはシーラネ」
「……善処しま~す……」
「……本当にありがとうございました、アルシェスさん」




 それぞれが記憶に残るような、思い思いの時間を過ごす。






「……」

「……」


「……」



「……ガウッ」
「そんなに歩き回っていては床が抜けますよ、母上」




 城下町の最奥に位置する建物、その名をレインズグラス城。


 最上階にある自室で、女王ヘカテは何をするまでもなく、ただ部屋を歩き回って過ごしていた。


 娘イリーナとナイトメアのマークが扉を開けたことにより正気に戻り、一旦ソファーに腰かける。




「ああ、イリーナ、マークも……ごめんなさい」
「グルルルッ!!」
「マークの言う通りだ、母上は何も悪いことはしておられない」


 イリーナはカモミールティーを注ぎ、母に薦めて気持ちを宥めようとする。


「でも、今回の一件は……私がしっかりしていなかったせいだわ。もっと雪原の殲滅任務に人員を割いていれば……」
「魔物がいなくなった所で奈落が沸き出る可能性は潰せない。騎士が多く向かった所で子供の衝動は止められない。母上にできることはなかったのです、何一つとして」
「グルルルル、ガウッ!!」
「マーク……」



 その体毛を存分に活かして、マークはヘカテの肌を暖かく覆う。


 だが肝心の顔には、どこか悔しさのような、やるせなさのような、とにかく自身も暗い感情を感じているような表情が浮かんでいた。



「……大丈夫、大丈夫よマーク。貴方は強くて逞しくて、どんな時でも側にいてくれるわね」

「貴方が私を慰めて、私の代わりに色んなことをしてくれて、もうそれだけで十分恵まれたって思えるわ。私には過ぎた騎士様よ」


「リンハルト様も……そしてあの人も。いなくなってしまったけど、それでも私は戦わないといけない――」

「その時に貴方がいてくれるなら、私――」




 ヘカテが気持ちを落ち着かせている間。


 ノックもしない無礼な作法の元、無礼なまでに大きく扉が開かれる。




「誰だ!!」
「私だよイリーナ王女。わかったら今すぐにその顰めっ面を元に戻せ。不愉快だ」



 その人物を見てイリーナは、渋々といった様子で手を後ろで組む。灰色の長髪をオールバックで纏めた、挑発的な吊り上がった目が特徴的な男が、ずかずかと入ってきてヘカテの前に立つ。



「御機嫌麗しゅう女王陛下。私がここに来た理由はもうお分かりですな?」
「……クリングゾル様。奉納金の件は、もう少し……」
「おやおや? よろしいのですかな? 二年前の内乱から貴女、納めた回数より期日を延ばしてもらった回数の方が多いではないですか」
「……」



「イズエルトの皆様が多大なる被害を被ったのは重々承知しております。ですがそれは私達の方もで……貴女方が我々に以上、相応の責務はこなしていただかないと!」


 頷くまでこの男は帰らないだろうと、二人と一匹は確信していた。


「……明日までには結論を出します」
「結構結構、答えが出なかったらまた『くろいあめ』ですので。今度は城下町の上空から降らせてあげますよ」
「……」
「それでは、失礼いたしましたと……」




 彼が慇懃に閉めた扉に向かって、マークは斧を投げ付けた。刃がほぼ水平に命中し地面に落ちる。扉は頑丈なのか傷一つ付いていない。



「……少しだけ、皆から税を取り立てないといけないかしら」


 諦観にも似た笑顔を見せて、ヘカテは呟いた。


「……母上。っ……」
「昔から、初代女王イズライルの時代から。レインズグラスの当主が背負ってきた宿命。人の無意識に根付いているもの……」
「ですが……ですがっ」
「あの人は亡くなられてしまったの。リンハルト様や、それからトレック様に、氷賢者様。彼らに頼ってばかりとも言ってられないの」



「必然的に私が担う責任は重い。私がしっかりしないといけない」

「皆が前を向いて、春が巡ってこられるようにするには、先頭に立つ者が道標にならないといけない――」



 冷めきってしまったカモミールティーを飲み、窓から静かに降る雪を見る。


 そうする度に思い出すのだ。昔に夢を見たあの時を。


 初代女王の――触れることすら叶わないあの人の、遺していった言葉を体現したような、あの子に出会った時のことを。



(リーシャ……)

(貴女には必ず……春が巡ってきますように……)
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