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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第117話 孤児院の夜・その3

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『こうして私は運命と呼ばれるそれを見定める旅に出た。桜の花びらが舞い散る季節、私は一枚の花びらと成りて世界に踊らん』

『運命というものについて考えた時、それは偉大なる創世の女神と八の神々の御意志ではないかと結論が出た。御意志とは即ち司る物、有り体に言えば属性である』


『その為私は、俗に言う所の霊脈を巡ってみることにしたのだ。霊脈は魔力が吹き荒れ、心身に力を与えてくれる特別な場所。古来より人々はそのような場所を選んで都市を築き上げてきたのだという』

『人との交流があれば必ずや運命について見定めることができるであろう。そうでなくとも人と関わるのは私の好む所だ。このような意図の元私は旅立った。最初に目指すは火属性が満ちる竜族の地、ガラティア地方だ』



『さて、ここで一つ箸休めとして小話をしたい。それは私と苦難を共にしてくれると誓った、岩に刺さっていた剣のことだ』



『当然人間なので旅をしていると疲労が溜まる。当然溜まった疲労は休息を取らないと解消されない。それを効率良く行う為に、私は立ち寄った村の宿に泊まった』

『しかし残念なことにこの村、近辺を根城にしている賊に魂を売り渡しており、宿に泊まった旅行者が寝静まっている間、それらが持つ所持品を盗まれてしまうのだ。当然のように私もその被害に遭ってしまったが、逆に返り討ちにして、それどころか賊の脅威を斬り伏せたのだった』


『それを可能にしたのはあの剣。私は夜に目覚め、そして私の荷物を漁っていた賊と鉢合わせした。賊が相手が目覚める前に逃げるか相手を殺すかの二択しか行動を取らないので、さぞかし驚いたが、何故そうなったのかは直ぐに結論が出た』

『賊は剣を盗もうとしていたが、どう持ち上げようとしても動かそうとしても、剣は張り付いたようにぴくりとも動かない。にも関わらず剣を持っていこうとしていたのだから、物音も当然大きくなり、それが剣の主たる私を目覚めさせた』


『狼狽える賊を尻目に私は剣を手に取る。あれだけ賊が苦心して持ち去ろうとしていた剣は、難なく持ち上げることができた。賊以上に私が驚いたが、直ぐに確信に変わった。やはりこの剣は私と共にいてくれると、忠誠を誓ってくれたのだ』

『このような信頼を実感するような出来事も踏まえながら、私はログレスの平原を行き、そしてアンディネ大陸南西のヴァレイス荒野へと向かう――』





「よっアーサー。オマエは部屋から出ずに本か」
「ワンワン!」



 ソファーに座って本を読んでいたアーサー、その上にカヴァスが勢いを付けて乗ってくる。先程子供達に大好評な様子だったので、一人で行ってこいと指示を出していたのだった。


 一緒に出ていたイザークとルシュドも適当な場所に座る。ここは今は使われていない空き部屋の一つで、男子三人が泊まれるであろう部屋ということで提供されたのだった。



「オマエそれ好きだよなあ。『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』」
「……」
「いやあ? 他人の好みに好き勝手言うようなことはしないぜ? ボクだってされたら嫌だからな」
「……勝手にしろ」

「にゅー。アーサー、これ、食べろ」
「……夜食か」
「チーズ芋餅。美味しい」


 ルシュドから渡されたそれを、にゅーとチーズを伸ばして食べるアーサー。


「……」
「ギャハハハ、オマエがやると絵面が面白ぇわ」
「……ふん」



「で? 時間は? ……まだ七時半か。ならこれしかねえな」


 イザークは自分の鞄から紙束を取り出す。

 剣、棍棒、菱形、ハートのマーク。そして一から十の数字、兵士と女王と王と騎士が描かれた五十三枚。


「何だそれは」
「トランプだよ。旅行のお供だ。 何する? 七並べ? ババ抜き?」
「うーん。おれ、トランプ、初めて」
「……オレもだ」
「マッジかよ。じゃあ基本のババ抜きから~……」


 そう言いながら、イザークは二人と自分の目の前にトランプを配っていく。


「何をするんだ」
「ババ抜きだよ! ババ抜き! 今配ったカードの中に同じ数字があったら捨てろよ。いや違え、ここに二枚まとめて置けよ!」
「はぁ……」
「わかった」



「置いたぞ」
「そしたらじゃんけんだ。ロックエンドシザーズゴー!」
「……は?」
「ええ!? オマエじゃんけんもわかんないの!?
「おれ、聞いたこと、ある。三すくみ」
「いやそれはそれでいいんだけど……あ~! じゃあボクから時計周りでいいや!」


 イザークはアーサーの眼前に、手に持ったトランプの束を突き出す。


「……どうしろと」
「どれか一枚引け。そして自分の手札に加えろ」
「……」


 言われた通りに手を動かすアーサー。終始真顔で動作を行っている。


「スペードの3だな」
「よし。持っている手札に3はあるか?」
「あるな」
「じゃあそれとペアになるから、最初と同じようにこっちに置け。それを繰り返して早く手札がなくなった順番に勝ちだ」

「最後、手札。残る?」
「そうそうご明算。最後に残るのはジョーカー、つまりババだ。それを引かないようにするからババ抜きだ」
「成程」
「ジョーカーを持っているのが、あるいは引いたのがバレないように上手ーく駆け引きするってこった。今はペアになったからよかったけど、引いたカードの数字は絶対に教えんなよ!」
「わかった」




 ~一時間後~




「……ふん」
「だーっ! また負けた! これで五連敗じゃねーか!」
「おれ、三回。イザーク、五回。でも、アーサー、ゼロ。強い」
「単純に表情の変化や手の動きを観察すればいい」
「それができたら苦労しねーよ! もういい、ババ抜きは大丈夫だな! 別のゲームをしよう!」


 イザークがトランプを片付けようとしたその時、こんこんと扉を叩く音がした。


「……ん?」
「何者だ」
「入っていいぞー」



 イザークが扉の外に向かって声をかけると、キィという音を立てて扉が開かれる。


 そこには数人の男子が立っていた。それぞれ枕を抱えて。



「えへへ……お邪魔します」
「おうチビ達。ボクらとお話しに来たのかい?」
「それもだけど……えいっ!」
「ぐふっ!?」


 一番先頭にいた少年が、アーサーの顔面に枕を投げ付ける。


「お兄ちゃん達……きっと、でしょ? だから遊ぼうよ」
「……貴様。その行為――」
「宣戦布告とみなしたぁ!」
「もがっ!」


 イザークがアーサーから素早く枕を奪い取り、少年の顔面目掛けて投げ返す。


「……何のつもりだ?」
「売られたケンカを買っただけだよ? ていうか、オマエもそのつもりだろ?」
「……だとしても対象はオレだ。貴様に割り込まれる筋合いはない」
「集団戦でいいんだよ、こういうのは! サイリィー!」


 イザークの号令に応じて、サイリが素早く出現しベッドから枕を掠め取っていく。


「これは決闘なんかじゃねえ、遊びだ! そうだろ!?」
「そうだよ! よーし、皆乗り込め―!」


 今度は少年の号令に応じて、同じように枕を抱えた子供がたくさん乗り込んできた。


「枕、投げる。当たり?」
「大正解だ! おらー行くぞ二人共ー!」
「おー!」
「おらっしゃあー!」

「ナイトメアがなんだー! こっちの方が数は多いぞー! みんなかかれー!」



 いつの間にかジャバウォックも現れ、アーサーの目の前で枕の投げ合いが始まる。



「……」
「ワンワン!」

「……」
「ワンワンワオン!」

「……やれと?」
「ワンッ!」
「……」



「……あんたは壊れそうな物を保護しろ。片付けが大変にならないようにな」
「――ワン!」



 カヴァスはキレのある声で返事をし、アーサーは足元にあった枕を放り投げてイザークの隣に立つ。



「不本意ではあるが……こいつらは満足するまで帰らない。故に全力で相手をしてやるのが手っ取り早い。違うか」
「――ああ! 難しいことにしようとしているがそういうことだ!」
「うおおおお! おれ、負けない!」
「へへっ、やっぱりみこんだ通りだ! ぼく達も負けないぞー!」




 賑やかな男子寮と、静かな女子寮。孤児院の夜は新しい朝へと更けていく。
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