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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第108話 旅行会議

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「リーシャ、十二月に入ったらアルーインの町に友達を連れてくるといい。君の事情に関しては、実際に目で見てもらった方が良い。少なくとも私はそう考えているぞ――」




「お父さんに訊いてみたらね、王女様が付いているならいいよって。だから行きまーす」
「オレも同じだ」

「あ、ありがとう……あたしのこと、誘ってくれて……勿論もちろん行くよ」
「行きます行きますだいさんせーい! ボクがそんなお誘い乗らないわけがなかろう!?」
「行く。おれ、お土産、持ってくる。姉ちゃん、喜ぶ」

「うおおおおお! アタシも連れていきやがれー!」
「駄目だ。宿題に一切手をつけていないのに外を出歩けるか」
「うおおおおお! 後でやると放置していたらやっちまったぜえええええ!」

「断るわ。確かにあの場にはいたけど、それでも一切興味ないから」




「――というわけで皆さんには集まって頂きましたー!」



 エリス、アーサー、カタリナ、イザーク、ルシュド。百合の塔一階カフェに集められた五人を前に、リーシャは手を叩きながら切り出す。



「いやーごめんね! まだ冬休みも先なのに、今週末なんてきついスケジュールで旅行に誘っちゃって!」
「ううん、むしろこっちが申し訳ないぐらいだよ。お金全部負担してもらって、タダで旅行に行けるって。イリーナさんに改めてお礼言わないと」
「ホントホント! イザークもちゃんとお礼言うんだよ!?」
「何でボクなんだよ!?」


 リーシャは席に座り、ココアを飲んで一息つく。


「それでこれは何の集まり?」
「んっとねー、勉強会。旅行先のこと、知っておいた方が楽しいでしょ?」
「ほうほう、なーるほど。とってもとっても同意だぁ!」



 リーシャはポケットから地図を取り出し、全員に見えるように机全体に広げる。



「イズエルトってねー、大きい島が四つと小さい島が十個ぐらいある島国なの。周囲はニライム氷海っていう大きい海に囲まれて、氷海ってある通り氷の塊がぷかぷか浮かんでいるんだ」
「それって渡航が難しいヤツじゃね? ぶつかるとかそんなんで」
「それはもう魔法でドカーンよ! まあそれ専用の船でないといけないからどっこいどっこいかな……」


 リーシャは中央にある島を指差す。他の五人の視線がその先に寄せられていく。


「この一番大きい島がギョッル島。イズエルトの中心になっている島で、王都アルーインもここにあるんだ。城壁から右の部分は全部王都の領地。それ以外の左半分はブルニアっていう雪原だよ。魔物にさえ気を付ければすっごく綺麗な場所なんだ。まさしく銀世界って言葉が相応しい!」


 饒舌に解説を進めていくリーシャ。他の五人も頷きながらそれを聞く。


「で、ギョッル島の右隣にあるのがリーズンス島。キャルヴンっていう貴族が治めていて、ギョッル島の次に栄えているんだけど、色々あって現在は渡航が制限されてる」

「その下、ギョッル島右下にあるのがビフレスト島。すっごい凶暴な魔物が多く生息していて、人間はほとんど立ち入らないんだ」
「確かオージンが苺の実を見つけた所だな」
「あっ、フェンサリルの一節。よく覚えているね、すごいすごーい」
「すごいすごーい♪」


 心の底から感心しているエリスと心の底から気持ち悪いイザークが、手を鳴らしてアーサーを讃える。アーサーはリーシャに目配せし、早く再開するように急かした。


「んでもって、ギョッル島の左隣にあるのがムスペル島。ここは火山島でね、温泉がとっても気持ちいいんだ。肩こり腰痛魔力欠乏まで、あらゆる病気に効く名湯があちらこちらに沸いてる。ギョッル島まで引っ張ってきている湯脈もあるから、一応王都でも入れるかな」
「温泉かあ……」



 学生寮こと双華の塔には大浴場が各階に設置されている。しかしエリスはアーサーと一緒に離れ生活なので、大浴場にはまだ入ったことがないことを思い出していた。



「以上がイズエルトの概要になりまーす。まあこの四つの島さえ覚えておけば大丈夫だよっ」
「……四つ? この島も領土じゃねーの?」


 イザークはムスペル島の更に左、そこそこ大きめの島を指差した。


「ああーここね。この島はウェルギリウス、別名監獄島。すっごい悪いことした人間は出生に関係なく、ここにあるアエネイス監獄に入れられるんだ。世界各国が使っていいことになっているんだけど、管理はイズエルトが主にやっているんだよね」
「監獄か~。観光目的で行くところじゃないな」
「一応町があって人が住んでいるんだけど、監獄で働く人達の詰所みたいな感じなんだよね。どっちにしろ観光名所じゃないかな」


 リーシャは音を立ててココアを飲み干す。


「でもな~どうだろう。今回一泊二日の小旅行だからなあ。そもそもアルーインの中で全部終わっちゃうと思う。私の実家あるのもアルーインの領土内だし」
「リーシャの実家……」


 帝国建国祭の時に、イリーナの話を聞いていたカタリナは唾を飲む。


「言ってもイズエルトで一番大きい町でしょ? それなら名所とかいっぱいあるでしょ」
「そう! まさにその通り! アルーインに行くならぜひとも雪華楽舞団キルティウムの演舞は見てほしい!」
「……何だそれは」

「イズエルトお抱えの曲芸体操団だっけ? ボクの地元にも一回公演に来たことある」
「そうそうそう~。国が丸ごとバックについてるからさ、設備も練習環境も最の高! そこから繰り出される演舞がもう~! 美しい!」


「……ところでルシュドさんよ、さっきからずっと無言だが大丈夫か」
「はっ」


 ルシュドは地図からようやく顔を上げ、両手を頬に当てて自分の世界に入りつつあるリーシャを見上げる。


「えっと……おれ、考えた、今。寒い、雪、冷たい、氷」
「そっか、ルシュドはガラティア出身だもんね。北と南で正反対の地域だ」
「……おれ、寒い、怖い」


 ルシュドは両腕で身体を包む素振りを見せる。そんなルシュドを見てリーシャも我に返ったようだ。


「確かにね~。イズエルトは雪国だから、めちゃくちゃ寒いよ。マフラー、手袋、ニット帽! 旅行するならこの辺は鉄板だね。地元の人なら手軽に魔法をかけて、軽めの服装でいけるけど、私達には無理だしね」
「よかったなルシュド、用意する物教えてもらえたぞ」
「うん……あと、もう一つ」

「……お土産。姉ちゃん、クラリア。おれ、買う、行く」
「ああー、クラリア宿題いっぱいで来られないからね。いいと思う」
「それならイズエルトはいっぱいあるよ! 温泉卵とか饅頭とか、溶けない氷とかマトリョーシカ人形とか!」
「凄い。おれ、楽しみ」



 ルシュドは顔を綻ばせる。他の面々も心の片隅で、遥か彼方の雪国に思いを馳せていた。



 その後ろで、カフェの扉が開かれ女性が一人入ってくる。



「……えっ!? う、嘘でしょ……!?」
「どうしたん?」
「あっ、ガレア店長、あのですね、あそこにですね……!!」
「落ち着いて? ミント鼻に突っ込んであげるから落ち着いて?」
「あんたは私を殺す気か!! ……じゃなくって!! えっと、あそこにイリーナ殿下が……!!」

「ん? あー、確かにいるねえ」
「何でぼけっとしているんですか! というか何でぼけっとしていられるんですか!」
「まあそういうこともあるでしょ☆ 騎士様だってちょくちょく来る場所だし☆」
「……この人は本当に……」




 そんなガレアと従業員の会話も露知らず、イリーナはすたすたとエリス達の所にやってきた。


「イリーナさん! どうしてここに?」
「うむ、お前達を送り届けるからな。そのついでに準備の手伝いをしたくてここまで来たのだ」
「えーそんな。お手数おかけするのもあれですし、向こうで待っていた方が……」

「あのなあ……子供だけで船には乗れないんだぞ? 事前に親から承認を貰えばその限りではないが、それは無理だろ?」
「あっ、そうだったそんなシステムだった」
「やれやれ……さて」



 イリーナは他の五人に身体を向ける。編み込んだ髪が悠然とたなびき、爽やかな香水の香りが踊る。背中に背負っていた槍が一人でに飛び出し、イリーナの隣に佇む。



「皆の者、初めまして。私はイリーナ・フリズ・レインズグラス・イズエルト。イズエルト王国第一王女、次期王位継承者。この槍はニーア、私のナイトメアだ。よろしく頼む」


 凛とした声から繰り出された挨拶には、王族であることを証明するような気高さが感じられる。


「イリーナさん、旅行の間よろしくお願いします。わたしはエリス・ペンドラゴンでこっちがアーサー・ペンドラゴンです」
「……よろしく頼む」

「カタリナ……リグス、です。よろしくお願いします……」
「イザークっす。よろしくお願いしやす」
「ルシュド、です。よろしく、です」
「ははは。これは随分と個性的な友人だな、リーシャ」


 イリーナはリーシャの隣に座り机に頬杖をつく。少しだけ親しみやすさが生まれる態度だ。


「こんな友人達を連れて行けば、君の家族もきっと大喜びだな」
「そうですね……私もそう思いますっ」
「リーシャ、父さん母さん。おれ、会う、楽しみ」


 その言葉に一瞬だけ、リーシャはばつが悪そうな表情をした。


「さて、先程までは何の話をしていたのかな。よければ私も混ぜてほしいのだが」
「あーえっと、イズエルトの案内をしていました。こんな場所があるよーってばーっと」
「成程。ならば私が更に詳細な解説を行うとしようか」
「すげえ、王女様直々の観光案内だ。こんな機会早々ねえぞ!」
「ぐぅ……身体を寄せるな……」

「ていうか皆飲み物大丈夫? お代わりする?」
「じゃあしてこようかな。ついでにイリーナさんの飲み物も持ってこよう」
「いやいや、客人の手を煩わせることはできない。自分の分は自分で持ってくるよ」
「じゃあ各自で持ってこようか! しゅっぱーつ!」



 七人は立ち上がり、一斉にカウンターに向かう。無論この後、イリーナの接客を行う羽目になった従業員一同大混乱に陥ったのは言うまでもない。
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