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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期
第101話 匂いは美味なれどきな臭い
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「わっはっは! 君も中々口が達者ですなあ! 吾輩程ではありませんが!」
「あーはい、そっすね」
庭に設けられている飲食可能区画、その一隅でアルベルトが教師バックスに絡まれていた。
「しかしその見事な尻尾! 狐の獣人ということは、君はワグナー町のご出身で?」
「いや、自分はザイカ自治区の出身です。パルズミールにあるあそこです」
「ああ、あの獣人の魔法学園の近くですな! グレイスウィルには遠く及ばない!」
「……」
アルベルトは顔を一切バックスに向けず、尻尾の揺れと声だけで応対している。その現場をエリス達は入り口から目撃してしまう。
近くにはカイルとイズヤも立っていて、奮闘する先輩の様子を遠巻きに見つめていた。
「相変わらずハゲやってんな……」
「口は達者な先輩がたじたじですからね」
「あ、カイルさんと……えっと」
「イズヤにはイズヤって名前が与えられているんだぜ。この際だから名前を憶えてほしいとイズヤは願うぜ」
そこにブルーノとマキノも後ろから追い付いてくる。
「ん、君達どうしてここに屯しているんだ」
「ブルーノ殿にマキノ殿。実は先輩が……」
「ほほう……」
するとブルーノとマキノは臆することなくアルベルトの元に向かう。
「これはこれはバックス殿、ご機嫌麗しゅう」
「おお、誰かと思えばブルーノ殿! そちらもお変わり無きようで!」
「最後に合ったのはいつでしたか。確かもう五年程前になるような」
「宮廷魔術師の合同演習の時でしたな! 吾輩が多大なる成績を残した!」
「ははっ、そんなこともありましたな……」
そんな話をしながらブルーノとバックスは次第に席を離れていった。
「いやあ、助かった助かった……」
バックスから解放されたアルベルトが六人の所に歩み寄ってくる。
「おっちゃんお疲れ様。本当に嫌になるウザさだろ?」
「全くだ。噂以上で嫌になる所だった。後でブルーノ殿には感謝しないとなあ……しかし何だかな、凄え仲良さそうに話しているが」
「バックス殿、何でも魔法学園に配属になる前はスコーティオ家の魔術師だったらしいです。その繋がりがあるのでしょう」
「成程な。何にせよ奴は今拘束状態だ。この隙にお前らさっさと席に着け」
そうして案内されるまま、生徒四人は手頃な席を見つけて移動。
「ふい~やっとミネストローネが食えるぜ」
「まだほかほかだね。トレック様も言ってたけど、これも魔法具なんだよね」
「何だろう……凄い魔術師もいれば、残念な魔術師もいるんだね……」
「ざ、残念って……表現の仕方があれだよカタリナ……」
それぞれ器を白い丸机に置き、一緒に渡されたスプーンを手に持つ。
セバスン、サイリ、カヴァスもそれぞれ出てきて器を前にする。
「……」
「……ん、アーサーどうしたの」
「……」
アーサーはスプーンを手にしたまま、器の中のミネストローネを見つめていた。
「……」
そして、両手を胸の前で合わせた後、
「……いただきます」
そう言ってから器を手にし、ミネストローネを食べ始めた。
「……」
エリスはその光景に呆気に取られたが、
「……ふふっ。それじゃあわたしも、いただきます」
次第に笑顔になり、彼女もまた食事を始めた。
「おっ? 何だよ二人共、いい感じになりやがって。まあいいや、ボクもいただきまーす」
「あたしも……いただきます」
「いただきますでございます」
「ワン!」
残ったカタリナやイザーク達も、次々とスプーンを手に取る。
「……うめえ。こいつは一級品だぞ……!」
「トマトとコンソメの旨味が広がって……美味しい……」
「はふはふ……野菜も柔らかくてほいひい……」
「……美味いな」
「絶品でございますぞ」
「ワン!」
こうして生徒達はそれぞれ感想を述べながら、今年の恵みに舌鼓を打つのであった。
一方の騎士達は満足そうにそれを眺めている。
「先輩顔が気持ち悪いです」
「んなこと言うなぁ! 幸せを与えられたんだから、笑顔になるのは当然だろぉ!?」
「至極真っ当なことだとイズヤは思うぜ。ところで、二人共後ろを見た方がいいとイズヤは感じているぜ」
「ん?」
「どうした?」
イズヤの言葉に応じて、二人は後ろにある王城の入り口に目を遣る。
「……あー」
そこにいた二人の人物のうち、背の高い方が手招きをしたのを見て、アルベルトは溜息をつく。
「何だよおっちゃん。また悩みの種か~?」
「騎士様には色々あるんだよ。カイル、多分お前もお呼ばれだ」
「了解しました。では君達、後はごゆっくりと」
「ありがとうございます。カイルさんもアルベルトさんも、お仕事頑張ってください」
「善処いたします」
「素直にありがとうって言っておけよとイズヤは突っ込むぜ」
「ははっ、ありがとよ」
そう言って三人は立ち上がり歩き出す。ミネストローネのほかほかな匂いが後ろ髪を引いてきた。
「……勘弁してくれよ、レーラ。折角楽しい祭りだってのにそんな恰好で来られたら、興が一気に冷やされて壊れる」
「それはごめんなさいね、アルベルト。でもそうも言っていられなくて」
王城一階に幾つも点在している接客用の部屋。三人はその一つに入った後に話を始めた。
アルベルトが真っ先に話しかけたのは、コバルトブルーの瞳に緩やかなウェーブのかかった青緑のセミロングの女性。彼女は普段のアルベルトと同じ鎧を着て、兜を右脇に抱えている。
「ウェンディ、久しぶりだな」
「は、はいっ!?」
「どうした。俺の顔に何か付いているか」
「う、ううん! そんなの、全然ないよ……!」
「そうか。それならどうしてそんなに驚いたのか、理由が理解できないが」
「あ、あああ……!」
レーラの隣にいたその女性は、身長百五十センチ程度の小柄な体格。それに見合わぬ大層な鎧を着て、いくつもの本を大事そうに抱えていた。
お団子に三つ編みをくっつけたラズベリー色の髪に、丸く膨れてほんのり赤みががった小顔。それがカイルに話しかけられたのを受け、みるみるうちに魚の頭に変貌する。
「しっかりせんか、ウェンディ! 顔が魚に戻ってるで!」
「ぷぎゃっ!?」
「相変わらず冴えた突っ込みだとイズヤは感心するぜ」
彼女の身体から出てきた隻眼の赤いコボルトが、頬を思いっきり平手打ちする。
「あ、ああ~……ありがと、ロイ……」
「さて、ウェンディのアプローチも失敗した所で。本題に参ろうか」
「レーラ先輩!?」
「アプローチ? 何のことでしょうか」
「……お前は本当に……」
アルベルトがカイルの肩を叩き、ロイとイズヤはそれぞれ主君の身体に戻っていく。
「では、物臭なあなたのために単刀直入に言いましょう。実は土の小聖杯が盗まれました」
「……ほう」
アルベルトとカイルは目付きを変える。
特にアルベルトはいつもの飄々とした雰囲気はどこ吹く風、よく磨かれた剣のような鋭い視線をレーラに向ける。
「現在はパルズミール公国が保持している、グレイスウィル帝国の遺産の一つ……ですよね」
「あれは緩衝区に安置して徹底管理していたはずだ。盗まれるなんて有り得ない」
「それがね。詳しいことはわからないけどラズ家に貸し出していたらしくて」
「ほう、あのボアボア共に。一体どうして――かはわからないんだったな」
「そうよ。それも含めて行方を調べてほしいって、ロズウェリから依頼が来たの」
「ふうん……」
アルベルトは腕を組み考え込む。
「編成はどうなる?」
「あなたとカイル、私とウェンディを含めて三十人程度。まだ公にはしていない情報だから、少数で調査を行うわ。それで、隊長が私で副隊長があなた」
「……へぇ。これまた大きく出たねえ」
平静な声とは裏腹に、後ろに生える五本の尻尾は激しいうねりを見せている。
「先輩」
「……ああ」
「先輩は確かザイカ自治区の出身でしたね。ラズ家の領地内にある」
「……」
「猪と狐。狐は昔からずっと、猪に従うべく頭を下げていた。その影響で自治区の民はいいように使われていると聞きます」
「……そうだなあ。確かになあ。恨み辛みが積もれば、小聖杯を奪おうって気にもなるかもしれんなあ――」
「ええ。きっと先輩が選ばれたのはその為。見知った顔がいるから調査が行いやすいと考えたのでしょう」
「……身内を疑えと言うのか?」
「そういうことになるでしょうね」
「……!」
拳を握り締め、それが怒りに震え出した時。
「――だからこそ、先輩が無実を証明するべきかと。自分はそう考えております」
「……」
アルベルトは拳をほどいてカイルを見つめる。ついでにウェンディの憧敬の視線もカイルに向けられる。
「……へっ。お前はいつも、どうして言い方が直球なんだか」
「カイルの言う通りよ。これは無実を証明するための調査。そもそも狐達よりも疑わしい連中がいるし。ターナ家とか」
「確かパルズミール四貴族の一人、猫の領主ですよね」
「ころころと関わる相手を変える、本当の猫のように読めない人。今回も変なことを企んでいないといいが……」
「まっ、それは叶わぬ願いってもんだ。パルズミールで育ったからわかる、あそこで起こる問題には大抵ターナが絡んでいる」
「『影の世界』の遺跡の密集区ですからね。禄でもない遺物を求めて多くのきな臭い連中が集まってくる」
「それを受容するのもどうかと思うんだよ俺としてはさあ」
愚痴をこぼすような口調になりながら、アルベルトは扉まで歩いていき手をかける。
「それで出発はいつだ?」
「三日後。それまで準備をしておいて」
「もうとっくにそのつもりだったさ」
そのままアルベルトは部屋を出ていった。
「あっ、あのっ。さっきレーラ先輩の説明にもあったんですけど、今回、一緒の任務です。よ、よ、よ……」
「よろしく頼むぞ、ウェンディ。お前の槍術と回復魔法は頼りになる。今回一緒で心強いよ」
「……!」
「俺も準備に入ります。では」
カイルも部屋を後にする。姿が見えなくなるほんの少し前に、イズヤが身体から出てくるのが見えた。
「あ、ああああ~……」
「ウェンディ……大丈夫?」
「だいじょーびぃ……では、ないです……」
部屋に残された女騎士二人。ウェンディは足の力が抜けたのか、へなへなと床に崩れ落ちる。レーラは心配するように彼女を見下ろした。
「今回が……カイル君と近付ける、絶好のチャンスなのにい……私ってば、あんなんで……」
「三年前からずっとこんな感じよね。このままだと、団長の恋愛下手な記録を更新するかも?」
「やめてぇ!! 団長の話はしないでぇ!! ぶるぶる……!!」
「……とにかく頑張ってね、色々と」
「あーはい、そっすね」
庭に設けられている飲食可能区画、その一隅でアルベルトが教師バックスに絡まれていた。
「しかしその見事な尻尾! 狐の獣人ということは、君はワグナー町のご出身で?」
「いや、自分はザイカ自治区の出身です。パルズミールにあるあそこです」
「ああ、あの獣人の魔法学園の近くですな! グレイスウィルには遠く及ばない!」
「……」
アルベルトは顔を一切バックスに向けず、尻尾の揺れと声だけで応対している。その現場をエリス達は入り口から目撃してしまう。
近くにはカイルとイズヤも立っていて、奮闘する先輩の様子を遠巻きに見つめていた。
「相変わらずハゲやってんな……」
「口は達者な先輩がたじたじですからね」
「あ、カイルさんと……えっと」
「イズヤにはイズヤって名前が与えられているんだぜ。この際だから名前を憶えてほしいとイズヤは願うぜ」
そこにブルーノとマキノも後ろから追い付いてくる。
「ん、君達どうしてここに屯しているんだ」
「ブルーノ殿にマキノ殿。実は先輩が……」
「ほほう……」
するとブルーノとマキノは臆することなくアルベルトの元に向かう。
「これはこれはバックス殿、ご機嫌麗しゅう」
「おお、誰かと思えばブルーノ殿! そちらもお変わり無きようで!」
「最後に合ったのはいつでしたか。確かもう五年程前になるような」
「宮廷魔術師の合同演習の時でしたな! 吾輩が多大なる成績を残した!」
「ははっ、そんなこともありましたな……」
そんな話をしながらブルーノとバックスは次第に席を離れていった。
「いやあ、助かった助かった……」
バックスから解放されたアルベルトが六人の所に歩み寄ってくる。
「おっちゃんお疲れ様。本当に嫌になるウザさだろ?」
「全くだ。噂以上で嫌になる所だった。後でブルーノ殿には感謝しないとなあ……しかし何だかな、凄え仲良さそうに話しているが」
「バックス殿、何でも魔法学園に配属になる前はスコーティオ家の魔術師だったらしいです。その繋がりがあるのでしょう」
「成程な。何にせよ奴は今拘束状態だ。この隙にお前らさっさと席に着け」
そうして案内されるまま、生徒四人は手頃な席を見つけて移動。
「ふい~やっとミネストローネが食えるぜ」
「まだほかほかだね。トレック様も言ってたけど、これも魔法具なんだよね」
「何だろう……凄い魔術師もいれば、残念な魔術師もいるんだね……」
「ざ、残念って……表現の仕方があれだよカタリナ……」
それぞれ器を白い丸机に置き、一緒に渡されたスプーンを手に持つ。
セバスン、サイリ、カヴァスもそれぞれ出てきて器を前にする。
「……」
「……ん、アーサーどうしたの」
「……」
アーサーはスプーンを手にしたまま、器の中のミネストローネを見つめていた。
「……」
そして、両手を胸の前で合わせた後、
「……いただきます」
そう言ってから器を手にし、ミネストローネを食べ始めた。
「……」
エリスはその光景に呆気に取られたが、
「……ふふっ。それじゃあわたしも、いただきます」
次第に笑顔になり、彼女もまた食事を始めた。
「おっ? 何だよ二人共、いい感じになりやがって。まあいいや、ボクもいただきまーす」
「あたしも……いただきます」
「いただきますでございます」
「ワン!」
残ったカタリナやイザーク達も、次々とスプーンを手に取る。
「……うめえ。こいつは一級品だぞ……!」
「トマトとコンソメの旨味が広がって……美味しい……」
「はふはふ……野菜も柔らかくてほいひい……」
「……美味いな」
「絶品でございますぞ」
「ワン!」
こうして生徒達はそれぞれ感想を述べながら、今年の恵みに舌鼓を打つのであった。
一方の騎士達は満足そうにそれを眺めている。
「先輩顔が気持ち悪いです」
「んなこと言うなぁ! 幸せを与えられたんだから、笑顔になるのは当然だろぉ!?」
「至極真っ当なことだとイズヤは思うぜ。ところで、二人共後ろを見た方がいいとイズヤは感じているぜ」
「ん?」
「どうした?」
イズヤの言葉に応じて、二人は後ろにある王城の入り口に目を遣る。
「……あー」
そこにいた二人の人物のうち、背の高い方が手招きをしたのを見て、アルベルトは溜息をつく。
「何だよおっちゃん。また悩みの種か~?」
「騎士様には色々あるんだよ。カイル、多分お前もお呼ばれだ」
「了解しました。では君達、後はごゆっくりと」
「ありがとうございます。カイルさんもアルベルトさんも、お仕事頑張ってください」
「善処いたします」
「素直にありがとうって言っておけよとイズヤは突っ込むぜ」
「ははっ、ありがとよ」
そう言って三人は立ち上がり歩き出す。ミネストローネのほかほかな匂いが後ろ髪を引いてきた。
「……勘弁してくれよ、レーラ。折角楽しい祭りだってのにそんな恰好で来られたら、興が一気に冷やされて壊れる」
「それはごめんなさいね、アルベルト。でもそうも言っていられなくて」
王城一階に幾つも点在している接客用の部屋。三人はその一つに入った後に話を始めた。
アルベルトが真っ先に話しかけたのは、コバルトブルーの瞳に緩やかなウェーブのかかった青緑のセミロングの女性。彼女は普段のアルベルトと同じ鎧を着て、兜を右脇に抱えている。
「ウェンディ、久しぶりだな」
「は、はいっ!?」
「どうした。俺の顔に何か付いているか」
「う、ううん! そんなの、全然ないよ……!」
「そうか。それならどうしてそんなに驚いたのか、理由が理解できないが」
「あ、あああ……!」
レーラの隣にいたその女性は、身長百五十センチ程度の小柄な体格。それに見合わぬ大層な鎧を着て、いくつもの本を大事そうに抱えていた。
お団子に三つ編みをくっつけたラズベリー色の髪に、丸く膨れてほんのり赤みががった小顔。それがカイルに話しかけられたのを受け、みるみるうちに魚の頭に変貌する。
「しっかりせんか、ウェンディ! 顔が魚に戻ってるで!」
「ぷぎゃっ!?」
「相変わらず冴えた突っ込みだとイズヤは感心するぜ」
彼女の身体から出てきた隻眼の赤いコボルトが、頬を思いっきり平手打ちする。
「あ、ああ~……ありがと、ロイ……」
「さて、ウェンディのアプローチも失敗した所で。本題に参ろうか」
「レーラ先輩!?」
「アプローチ? 何のことでしょうか」
「……お前は本当に……」
アルベルトがカイルの肩を叩き、ロイとイズヤはそれぞれ主君の身体に戻っていく。
「では、物臭なあなたのために単刀直入に言いましょう。実は土の小聖杯が盗まれました」
「……ほう」
アルベルトとカイルは目付きを変える。
特にアルベルトはいつもの飄々とした雰囲気はどこ吹く風、よく磨かれた剣のような鋭い視線をレーラに向ける。
「現在はパルズミール公国が保持している、グレイスウィル帝国の遺産の一つ……ですよね」
「あれは緩衝区に安置して徹底管理していたはずだ。盗まれるなんて有り得ない」
「それがね。詳しいことはわからないけどラズ家に貸し出していたらしくて」
「ほう、あのボアボア共に。一体どうして――かはわからないんだったな」
「そうよ。それも含めて行方を調べてほしいって、ロズウェリから依頼が来たの」
「ふうん……」
アルベルトは腕を組み考え込む。
「編成はどうなる?」
「あなたとカイル、私とウェンディを含めて三十人程度。まだ公にはしていない情報だから、少数で調査を行うわ。それで、隊長が私で副隊長があなた」
「……へぇ。これまた大きく出たねえ」
平静な声とは裏腹に、後ろに生える五本の尻尾は激しいうねりを見せている。
「先輩」
「……ああ」
「先輩は確かザイカ自治区の出身でしたね。ラズ家の領地内にある」
「……」
「猪と狐。狐は昔からずっと、猪に従うべく頭を下げていた。その影響で自治区の民はいいように使われていると聞きます」
「……そうだなあ。確かになあ。恨み辛みが積もれば、小聖杯を奪おうって気にもなるかもしれんなあ――」
「ええ。きっと先輩が選ばれたのはその為。見知った顔がいるから調査が行いやすいと考えたのでしょう」
「……身内を疑えと言うのか?」
「そういうことになるでしょうね」
「……!」
拳を握り締め、それが怒りに震え出した時。
「――だからこそ、先輩が無実を証明するべきかと。自分はそう考えております」
「……」
アルベルトは拳をほどいてカイルを見つめる。ついでにウェンディの憧敬の視線もカイルに向けられる。
「……へっ。お前はいつも、どうして言い方が直球なんだか」
「カイルの言う通りよ。これは無実を証明するための調査。そもそも狐達よりも疑わしい連中がいるし。ターナ家とか」
「確かパルズミール四貴族の一人、猫の領主ですよね」
「ころころと関わる相手を変える、本当の猫のように読めない人。今回も変なことを企んでいないといいが……」
「まっ、それは叶わぬ願いってもんだ。パルズミールで育ったからわかる、あそこで起こる問題には大抵ターナが絡んでいる」
「『影の世界』の遺跡の密集区ですからね。禄でもない遺物を求めて多くのきな臭い連中が集まってくる」
「それを受容するのもどうかと思うんだよ俺としてはさあ」
愚痴をこぼすような口調になりながら、アルベルトは扉まで歩いていき手をかける。
「それで出発はいつだ?」
「三日後。それまで準備をしておいて」
「もうとっくにそのつもりだったさ」
そのままアルベルトは部屋を出ていった。
「あっ、あのっ。さっきレーラ先輩の説明にもあったんですけど、今回、一緒の任務です。よ、よ、よ……」
「よろしく頼むぞ、ウェンディ。お前の槍術と回復魔法は頼りになる。今回一緒で心強いよ」
「……!」
「俺も準備に入ります。では」
カイルも部屋を後にする。姿が見えなくなるほんの少し前に、イズヤが身体から出てくるのが見えた。
「あ、ああああ~……」
「ウェンディ……大丈夫?」
「だいじょーびぃ……では、ないです……」
部屋に残された女騎士二人。ウェンディは足の力が抜けたのか、へなへなと床に崩れ落ちる。レーラは心配するように彼女を見下ろした。
「今回が……カイル君と近付ける、絶好のチャンスなのにい……私ってば、あんなんで……」
「三年前からずっとこんな感じよね。このままだと、団長の恋愛下手な記録を更新するかも?」
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