ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第65話 第一回戦

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「グルル……」


 闘技場の控室で、目を閉じて集中しているルシュド。ジャバウォックは早く戦いたそうに、彼の上空を飛び回っている。


「お前、竜族の言葉になってるぜ。緊張してるか?」
「……うう」


「まあどうせ負けても死ぬことはねえんだ。実力を知れるいい機会だと思って、気楽に行こうぜ」
「気楽……」


「そうそう、気楽に行った方がいつもの戦い方ができるってもんだ」
「……うん」



 そして、ルシュドの耳にも角笛の音が聞こえてくる。



「……行こう」
「ああ!」





「さあ~て、皆様おはようございます!! 今日も今日とでやってきました、将来有望な学生達による武術研鑽大会!! 実況と解説は、王国所属魔術師であるわたくしブルーノと!!」
「そのナイトメア、マッキーことマキノがお送りしますぅ~」


「さてマッキー、君は今日の大会をどう見てるのかな?」
「そうだねぇ~。今回一年生が三人も参加してるんだよねぇ。この大会、参加を申し込んだ順からマッチングに割り振られるんだけどぉ、流石に一年生が三人もいたら勝負にならないだろうって。そんな風に運営の人が心配してたの聞いたんだよねぇ」


「確かに近年稀に見る割合だな!! でも意欲の高い一年生が入ってくるのは素晴らしいことだと思うぞ!!」
「それとワンサイドゲームになるか否かは別問題なんだよぉ。まあでも、結局今回の参加者は三年生までしかいないんだよねぇ。年齢もそこそこ近いし、まぁーいい勝負を見せてくれると思うっ!」


「ケネス、フーガー、そしてルシュド。今回参加する一年生は、全員武術部の所属だという情報を得ているぞ!!」
「まあ武術部ってことは、他の生徒に比べて特訓する時間が段違いにあるってことだからねぇ。一年生でも大会に出れるっていうのも納得いくいくいっちゃいますぅ」


「とはいえ個人的には武術部以外の生徒にも頑張ってほしいなぁ……おっと!! ここで角笛の音だ!! 第一回戦が始まるぞ!!」
「早速話に出てきた一年生が登場するねぇ。一年生のルシュド対二年生のフォルス。一体どんな戦いになるのか、期待が膨らんでくるなぁ!!」





 実況と解説、そして歓び湧き立つ声に包まれながら、ルシュドは闘技場の中央に歩いていく。



 そして中央に着き、フォルスと対峙する。



「……」
「……」


「てめえ……」
「……何だ?」


「てめえ……人間じゃないだろ」
「……っ」



 金髪の屈強な生徒だった。上半身には学生服が破れそうな程筋肉がついていて、腕も足も丸太のようだった。ルシュドよりも遥かに体格が大きい。 


 そして頭二つ分程背が高く、睨み付けるようにしてルシュドを見下ろしている。



「てめえの臭い……わかるぜ。ガキん時に散々嗅いだ臭いだからな……竜族だろ?」
「……」


「何でそんな人間みたいな見た目してんのか知らねえけどな……竜族相手ってんなら負けねえぜ?」
「……」


「ましてや爪も鱗もない竜族になんか、絶対に負けねえ!」
「……!」


 ルシュドはフォルスを睨み付けるが、その拳は震えていた。


「……雑魚」
「あ?」
「オマエは、ドラゴンにすらなれなかった、ただのトカゲ。そんな雑魚に、俺は負けない」


 フォルスの隣にいたオーガ、オースティンはケラケラと笑う。主君が主君ならナイトメアも性格が悪い。


「……言ってろよ。この姿を見て、実力もわかんねえのに勝利を確信するような自惚れなんかに、俺は負けるわけがねえ」
「知ってる。こういう時、こう言う。笑止」
「てめえ……!!」


 先程よりも笑い声が大きくなる。ジャバウォックもオースティンを睨み付け、身体を震わせる。




「そこまでです。試合を始めますよ」


 一触即発の二人と二匹の間に、丸刈りで端正な顔立ちの男性が入ってきた。


「貴方達の間にどんなことがあったとしても、自分の知ったことではないのですが。ここは試合の場なので、一先ず落ち着いてください」
「……」
「……」


「……それでは。主君とナイトメア、それぞれ握手をしてください」
「……はい」
「ふん……」



 鉄の鎧を着用し、腰には二本の剣を差している。恐らく試合の審判であろう男性に見守られて、ルシュドとフォルスは目線を合わせずに握手をした。


 ジャバウォックは小さい手を差し出し、オースティンはそれに一瞬触れただけだった。



「説明は聞いているでしょうが、改めて。制限時間は五分になります。五分経った段階で、どちらがより深く傷を負っているかを審判が判断し、勝敗を付けます」


「それに満たなくても、審判が判断すればその時点で試合は終了となります。負傷が激しく試合続行が不可能である場合、攻撃に明確な殺意が見られた場合が該当します」
「……はい」
「……ああ」


「良い返事です。そして試合が終了したら、互いを讃え合うことを忘れないように。近い年齢の生徒と戦い合うことで、持ちうる技術を切磋琢磨し合う。それがこの大会の本質ですから」



 そして男性は三歩後ろに下がると――



「――それでは、試合始めっ!」


 大気を引き裂くように声を張り上げ開幕を告げる。





 闘技場から熱狂が沸き上がり、空に立ち昇っていく――





「ふんっ!!!」
「ぬっ……!!!」



 開始が告げられるや否や、


 フォルスは背中に背負っていた斧を引き抜き、力のままに振り下ろす。


 ルシュドもまた、後ろに飛び退いてそれを避け、距離を取る。



「……様子、見る。絶対、殴る」
「今は行動を観察して、近づけるタイミングを計って一気に詰め寄るんだな? わかったぜ!」


 ルシュドは数メートル離れた位置で、フォルスを視界の中央に置くようにしながら、右回りに走り出す。





「さーてまずは一撃。お互いに牽制し合って様子を見るといった所だな!!」
「相手の実力を知るのは戦いの基本だからねぇ。あ、そうそう。今回の審判は王国騎士のカイルだよっ。凄く堅実でお堅い感じだけどぉ、あれで二十代ってんだから面白いよねぇ」
「豆知識ありがとうマッキー!! おっと、そろそろ戦闘に動きが見られるか!?」





「てめえ……逃げんじゃねえ!!!」



 数十歩走った所で、


 フォルスが斧を掲げて一気に詰め寄る。



 だがルシュドは間一髪後ろに退き――


 その一撃を避ける。




 それを機にルシュドは走るのを止め、斧を持ってじりじりと近付くフォルスと間合いを保つ。


 そのフォルスも、急に動きを止めてきた。




「……何だ」
「いつまで……」


「……?」
「いつまで、逃げ回っているつもりだ……? 誇り高き、竜族様がよぉ……?」



 左手の人差し指をルシュドに向け、自分の方向にくいくいと動かす。



「……乗るなよ。あれは分かりやすい挑発だ。接近したら一撃喰らうぞ」
「……ああ」


 鋭い眼差しで油断せず、拳を構えたままフォルスの動きを伺う。




「ケケケケケケケケ……!!」


 辺りに響く、乾いた笑い声。


「……よぉくやった、オースティン……!!」


 その声が大きくなっていくにつれて、フォルスも不気味に笑い出す。




「――下だ!!!」
「えっ――?」



 ルシュドが確かに下を見ると、そこには、



 沢山の橙色の蛇が這い出てのたうち回っていた。



「……あ、ああああああ……!?」



 本来そこにいなかった生物。


 突如現れたそれを見て、ルシュドは目を見開き、顔を青白くして、後退る。


 そして蛇は僅かに出来た隙を逃さない。



「ぐっ……グオオオオッ!!!」


 蛇はルシュドの足に絡み付き、頭頂まで登ろうとする。


 手で振り払おうとも、足を振り回して払おうとも、蛇達は一行に這い上がっていくのを止めない。


「ガァッ……ガウッ!!!」
「ほらほら!!! よそ見している場合じゃねえぞ!!!」



 動きを止められているルシュドに向かって、フォルスが斧を振り下ろしていく。


 隣に攻撃が落ち、少しでも遅れていたら喰らっていた。あと数歩ずれていたら、大怪我は避けられない。



 そのようなギリギリの回避を続けていると――



「くらええええええ!!!」
「がはっ……!!!」



 ジャバウォックが火を吐き出し、本物の竜の如く蛇を焼き尽くす。



 それらは忽ち蒸発して消えていき、更に少しではあったがフォルスにも命中。



 すると彼は途端に斧を振るのを止め、腰から杖を取り出した。



「グオオオオオオオ……!!!」



 杖に対抗するように唸ると足が赤く光り出す。


 絡み付いていた蛇も即座に蒸発していく。



「逃げろ、逃げろ、逃げろ……!!!」



 フォルスが自身に水の魔法を行使している隙を見計らって、ルシュドはまた走り出す。




 彼が駆けて行ったのを追うようにして、闘技場には赤い軌跡が出来上がる。蛇もそれを追って波のように蠢いていく。


 地面は隆起し、胎動するような振動が観客にも伝わり、それが熱狂を導いていく。




「これは、てめえの魔法かぁ……!!!」


 ジャバウォックは勢いを強めて飛んでいき、


 中央よりもやや左の、何も無い空間に向かって炎を吐き出す。




「キャッキャッキャッ……!!」


 すると、炎と砂煙の中からオースティンが姿を現した。




「ケケケケケケ!! 気付くの、遅い!! やっぱり、オマエ、雑魚!!」
「覚悟!!」




「ケッ……?」



 ジャバウォックを見つめているオースティンの頭上から、


 ルシュドが殴りかかる。



「ギャァ……!!」



 オースティンの頭にルシュドの拳がめり込む。


 彼は殴られてから数秒程立ち尽くしていたが、そのまま何も言わずに倒れていった。






「やった……!!」



 ルシュドが顔を綻ばせた、その瞬間だった。



「――もらったぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」



 背後から斧撃ぶげき落ちる。





「……え……」



 左右から押さえ付けられて、一気に引き裂かれるかのような痛み。



「ははははは……!!!」



 ルシュドがそれを認める頃には、フォルスの笑い声が響いていた。





「……あああああああぁぁぁーーーーーっ!!!」



 立つ力、殴る力、戦い続ける力が、背中の傷跡から血と共に吹き出していく――





「決まったぁー!! フォルスの渾身の一撃が決まったぞぉー!!」
「いやあ、ナイトメアの拘束魔法が決め手だったねぇ。逆に言うと一年生はこの点で圧倒的に不利なんだよねぇ。マイ触媒持ってる生徒なんてほんの一握り、持ってたとしても詠唱の訓練がまだまだでねぇ」

「だが魔術がなくても、武術を極めてその点をカバーして優勝した例があることも忘れるな!! さて……現在ルシュドは背中に傷を負って血を流しているぞ! 致死量ではないだろうが、それでも試合への影響は免れない!! 果たして続行するのか、それとも敗北を認めるのか――!?」
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