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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第62話 騒動の終わり

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 光の帯が消え去った後も、ユーリス達はじっと、深く呼吸をしながらその場に立ち止まっていた。

 そこにはゾンビの肉塊すらもなく、全て光に浄化された跡だけが残る。




「……終わったわね……」


 噛み締めるように呟くアリアの隣で、


「ああ……久しぶりに、魔力沢山使ったなあ……」


 ユーリスは投げやりに叫んで地面にへたれ込む。




「お父さん!」



 そこに何よりも癒しとなる声が聞こえてきた。



「うう、臭い……お父さん、お母さん、大丈夫?」
「ワンワンワオーン!!」
「……傷はないようだが」

「ああああああああああああエリスううううううううううううううう!!!!!」
「むぐぅ!」



 ユーリスはやってきたエリスを思いっ切り抱き締める。アーサーとカヴァスは視界に入れようともしない。



「お父さんねえ!!! 死ぬかと思ったの!!! そこのナルシストバカのせいで! でもいーっぱい魔力使ってね!!! 何とか殲滅したのおおおおおおおおん!!!」
「さりげなく罵倒されたぁ!?」
「お父さん……疲れたんだね、うん……お疲れ様」



 そこに次々と人が集まってくる。その中で一際上質な服を着た男性が駆け寄ってきた。


 彼の気配を感じるや否や、ユーリスは白目を剥き首を後ろに曲げて、罵倒を浴びせる。



「デンバー!!! グランチェスター町長!!! この騒ぎの時に一体どこに行ってやがった!!! それでも町のリーダーかてめえはよおおおおおおおお!?」
「い、いやいや、誤解だよユーリス君!! 私は出張に行ってたんだ! それで帰ってきたらこの有様……一体何が!?」

「どこからともなくゾンビが現れました。それでアタシ含めた六人で殲滅作業を行ったんです」
「何とアリアさんまで!? そんな……わざわざお越しになられたのに……!」
「いえいえそんな、困っている人がいたら放って置けないので。申し訳ないとか、そういうの関係ないですよ」
「そう言ってくださると本当に有難いです……!!」


 デンバーが頭を下げている中、ユーリスが両手の人差し指で彼の踵を小突きまくっている。


「町長!? ちょうちょーう!? ペンドラゴンのユーリスとエリシアとあとミス何たらさんのことも褒めてねー!?」
「グリモワールよ、覚えなさいっ!!」
「ぁいだぁ!? ……はっ! そうだ褒める必要はない!!」



 背中に蹴りの一撃を喰らったのも束の間、今度は立ち上がりデンバーに詰め寄る。



「町長!!! こんな騒ぎになっちゃったけど、グレイスウィル行きの船は出せる!?」
「お、おお……まだ片付けてみないとわからんが……」
「じゃあさっさと片付けろ!!! そして船を出せ!!! 今日船が止まるとなると、娘が魔法学園の始業式に間に合わなくなる!!! 町を救った英雄権限をここで使わせてもらうぞおおおおお!!!」


 デンバーの胸倉を掴み、身体を揺らし始めたユーリスを、


「もう限界だ! いい加減落ち着け!」
「あふぅん!!!」


 ジョージが突進して鎮める。




「落ち着いたか?」
「ええ、僕はたった今冷静さを取り戻しました。とにかく僕の望みは船を出してもらうことだけです。ご馳走とかそんなのいらないんで」


 先程とは一転、ユーリスは正座をして淡々と伝える。


「そうだな、我々にできるせめてもの礼だ。船を出す準備をしなさい」



 デンバーからの命を受けて、部下であろう人物は港の方に駆けていった。



「それで、ユーリス君の娘っていうのは」
「こちらの白いワンピースの可愛らしい娘です。あ、隣にいる犬連れたクソガキも一緒に乗ります」
「クソガキぃ!? ……とにかくでは準備ができたら呼ぶので、それまで街の観光でも! あ、街は肉塊と瓦礫の山だったか……」

「大丈夫です。お父さん達と一緒にいますので」
「済まないがそうしてくれると助かるよ……」


 そしてデンバーも若干やつれた様子だったが、瓦礫の山が点在する街に向かっていった。




「中々の手慣れね、アナタ」


 彼を見送った後、アリアがユーリスに声をかけた。


「合成魔法に魔法陣、更に簡易的な詠唱魔法も使えるなんてね」
「合成魔法? あの霞のこと言ってるなら、あれ合成魔法じゃないよ。そいつの氷魔法に、僕の光魔法を重ねただけ」
「でもそれって、相手と波長を合わせないといけないでしょ。呼吸を合わせないといけないから、下手すると合成魔法よりも難易度高いじゃない」



「アナタ……何者?」



 アリアが研ぎ澄まされた視線を向けると、ユーリスはにやりと笑った。



「ただの苺農家さ。農家舐めるんじゃないよ?」





「そう。そうね、アタシの中の農家に対する見方、確かに変わったわ」


 アリアはユーリスから切り上げ、次にイリーナに視線を向けた。


「さて、アタシは片付けの手伝い行くけど……アナタは?」
「私も当然手伝いますよ。それから旅立とうと思います」

「乗りかかった船よ。アタシもお付き合いするわ。ほらアンタも」
「ちょっ……!? 戦闘で疲れたこのストラム様に労働など」
「終わったら家の場所教えてあげる」
「はひぃ!!! 喜んでぇ!!!」



 アリア達もその場を立ち去り、遂にエリス達だけが取り残される。



「さて、どうしようか。というか今何時ぐらいなの?」
「えっと……お昼になったばかりかな」
「じゃあ今日はまだこれからだ。取り敢えずぅー、馬車に戻って荷物の準備しておこうか」
「そうだね。この辺臭いもきついし……鼻が曲がっちゃうよー」


 ペンドラゴン一家も皆揃って動き出し、街の入り口に向かっていく。


「……アーサー? 大丈夫?」
「ん、ああ……済まない」


 エリスに声をかけられ我に返った様子のアーサー、その後を追う。




「……本当に、良かった」


 誰にも聞こえない声でそう呟いてから。







「うい~着いた着いたっと」
「……ふむ」


 魔法陣を通った老人と鎧の男は、粗末な小屋の中に姿を現した。中には魔法陣以外の物体が一切存在しない。照明すらないので薄暗い。


「この小屋は何だ」
「魔術による簡易物置。知らねえのかよ」
「知らんな」



「……てめえさあ、ローディウム来るの何回目?」
「初めて……だな」
「あーそっかあ。てめえはだもんなあ。そりゃあ籠って調整ばっかりだから、外に出れねえもんなあ?」


 鎧の男はねっとりとした笑みを浮かべる。ローブの男はそれに構わず小屋を観察していた。


「外はどうなっている?」
「自分の目で確かめやがれ」
「ふん、そうさせてもらうとしよう」


 ローブの男は杖を突きながら外に出る。




 一目見渡せば、そこには灰色の世界。石や岩が地面を転がり、枯れ木が点在している。遥か遠くに聳え立つ山々、麓に見えるはこれまた貧相な家屋の数々。


 ローディウムとは、岩石転がる鉱山の島なのである。




「……それで、向こうに見えるのが」
「件の橋だよ。『ローディネス大橋』。ローディウムとリネスを一本橋で繋いで、鉱石輸送を格段に楽にする。去年から建設に着手して、完成は五年後だ」
「つまり建設期間は七年か。やけに長いな」
「どうやら外部からの妨害を想定しているらしいぜ。具体的に言うとキャメロットと聖教会」
「ああ、やはりそうか」


 すると、二人の元に駆け寄ってくる影が一つ。


「おおこんな所にいたか、」
「気安く僕の名前を呼ぼうとするな」
「ワガハイも名前を呼ばれるのは心外だな」
「お、おお、そうかそうか……」



 やけに丸々として、恰幅の良い黒いローブの男は、臆したのか一歩下がって会話を続ける。



「君達も見たかね、あの工事現場を。魔術と魔法具、そしてナイトメアによる共同作業! 人と人ならざるものが織り成す協奏曲! 美しいと思わんかね?」
「あーうっぜえ。魔法学園の社会科見学じゃねえんだぞ」
「……君の辞書には自重という言葉は載っていないのかねー?」
「あったとしてもインクまみれにして消したわ」


 鎧の男は頭の後ろで手を組みながら飄々と口笛を吹く。


「んでこれからどうすんの? 帰んの? つーか帰ろうぜ?」
「否、まだだ。まだ鉱山の中に入っていない。鉱山に入って発掘現場も見なければ」
「はー。発掘現場見て興奮するなんてマジモンのガキンチョじゃねーか」


「くっくっく、男というものはいつまでも少年の心を持ち続けなければいけなのだよ?」
「あー殺してえーっ!!! でも愛おしき我が主君の命令だから殺せねえなあーっ!!!」



 鎧の男は腰から抜いた剣を地面に突き刺し、


 恰幅の良い男は魔法陣を展開しながら腹を抱える。



「「はっはっはっはっはー!!!」」



「……ふん」


 殺伐とした二人のやり取りを、腰の曲がった男は見下すように眺めていた。
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