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第1章1節 学園生活/始まりの一学期
第59話 幕間:雷神風神
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柱を辿っていくとその先は石窟に続いていた。
松明を作って更に奥に進むと、少しばかり天井が開けた空間に到着する。
「おお……これは……」
「わぁ! 壮観だなあ……」
正面をずっと進んだ先には階段があり、それを昇った先には巨大な壁画が。
雷を纏い、武器として構えている半裸の大男が、何かと対峙している様が轟轟しく描かれている。だがその対象は土砂に埋もれており、僅かに腕だけが残されていた。
「雷神『ペルーン』……この遺跡でも祀られていたみたいですね」
「雷神? 雷の神様はウェッシャー神ではなく? それとも実は雷の神は二人いた?」
眼鏡の魔術師がきょとんとしながら言った。
「ウェッシャーは全ての雷の力を持つ者の神だ。対してペルーンはエレナージュに住まう者、とりわけトールマンに深く信仰されていたとされている。要は全か個、世界か地域かの違いだな」
「へえ、トールマンに……」
「何感心しているんですか。エレナージュは人間とトールマンが大半を占める国。そこに住んでいるなら常識だと思うのですが?」
「す、すみません……何分今日が初めての仕事なもので……」
「だからといってねえ、事前に学んでおくべきこととかあるでしょう」
「それぐらいにしておけ。人間なんだからそういうこともあるさ。よっと」
ルドミリアは身体の周りに風を起こし、宙に浮いて壁画を隅々まで観察する。
「これは素晴らしいな。壁の素材も上質で、塗料も金が多く使われている……ここまで壮大に描かれている壁画は初めて見た」
「下手するとお城にあるものより凄いかも……」
「問題は誰に向かって手を伸ばしているかだが……」
ルドミリアは腕だけが残されている箇所を見つめる。
「今この腕の特徴と一致する壁画を探しています……おっこれかな」
女魔術師がノートを開き、他の全員に見せる。
「風神『ストリボグ』。古代のエルフに信仰されていた風の神ですね」
そこには魔物の姿が描かれていた。緑肌のゴブリンが八頭身になったような見た目で、目は飛び出し、牙は鋭く、手には粗末な弓が握られている。しかし風を思いのままに操り、大地に実りを齎し害獣を追い払う様子がそこには描かれていた。
「……どうした? まさかストリボグも初めて見るのか?」
「いやあの……エルフが信仰していた風の神様って……」
「『エルナルミナス』のことか? あれ寛雅たる女神の血族の捏造だぞ。美貌の女神っていうのもこんな醜い魔物を信仰していたってことを認めなくないからだし、名前が異なっているのも濁音が入っていると汚く聞こえて美しいエルフに相応しくないからだ」
「そもそも寛雅たる女神の血族のトップの名前と同一で、しかも自分はその神様の血を引いているって公言している時点で、どー考えてもクロ一択なんですよねえ」
「おうおう、勉強になったな? うん?」
大柄な魔術師が、肩をすくめる眼鏡の魔術師の背中をバシバシ叩く。
「まあここに描かれているのは雷神風神であることはわかった。あとは関係性だ」
「友好か敵対か、ですね」
「それは他に残されている物でわかる。ただここだけで判断することは難しいから、何個か状態が良い物を持って帰ろう。収集にご協力願えないだろうか」
「了解しました」
「兄上、僕もお手伝いしても良いですか?」
「ん、ああ……おい、誰か側について行ってくれ」
「わかりました!」
眼鏡の魔術師がクラジュの脇を抱えながら降りていく。他の魔術師もそれに続いて行き、石窟の調査を始める。
「もし友好的だったら厄介なことになるな……」
ルドミリアのぼやきを聞いて、ベルシュは苦い表情をした。
「……寛雅たる女神の血族のエルフ達との関係には我々も頭を悩ませております」
「ミョルニル会へのアプローチが酷いらしいな。最近エレナージュの民にも手を出し始めたと聞いている」
「昨日は暴行事件が五件、純血のトールマンの方の誘拐未遂が三件ありました。かといってエレナージュの立場を考えると、砂漠に追放するわけにもいかず……」
「で、その根拠になっているのが、エルナルミナスとペルーンは友好関係にあったという聖杯時代以前の物語。証拠は一切提示せず、我々は正しいの一点張り……」
ルドミリアとベルシュも、とことこと階段を降りていく。
「ああー……敵対であってほしい。これ以上連中をつけ上がらせないでほしい……」
「随分と憂鬱そうで……何かありました?」
「……魔法学園の方でな。メティアの嫡子を受け入れることになったんだよ」
「メ、メティアですか……かの者に関しては私も噂を聞いております。それで……」
「授業には出ず、教師の話も一切聞かん!!! 挙句の果てに生徒の一人と決闘を行って死にかけた!!!」
「……お疲れ様でございます……」
愚痴を垂れ流していた所に、魔術師達が袋を抱えて続々と集まってくる。
「茶碗、杯、その他装飾品と思われる物など。色々見つけて参りました」
「ああ、私が愚痴をこぼしている間に……ご苦労」
「愚痴? 何の話ですか」
「君達には関係ない、領主兼教師特有の悩みさ……何だか気分が落ち込んできたので、もう一つの発見を観察して気を持ち直そう」
「もう一つの発見?」
「個人的にはこっちの方が喜ばしいと思っている」
そうして一行は元来た道を戻り、
先程の街の廃墟までやってきた。
「キャメロン、待たせたな。おお、中々いいぞいい感じだぞ」
「主君……これは私の中でも五本の指に入る程度の大仕事でした」
「それはご苦労だった。よし、私の中で暫く休んでいていいぞ」
「お言葉に甘えて」
キャメロンはルドミリアの身体に納まる。そして他の者には、砂が取り払われた壁画が目に入った。
「これは……」
「『土蜘蛛』と『石蛇』の壁画だ」
数メートルに渡る壁画を眺めながらルドミリアは説明する。
「遥か昔、上半身が女の蜘蛛とこれまた上半身が女の蛇がいた。蜘蛛は手から糸を放ち、蛇は見る者全てを石に変えた。そんな二人の眷属として生まれたのが土の者ドワーフである……という民間伝承だ」
「知っての通りドワーフの原生の地は不明。故に故郷という概念が薄く、しっかりと伝承を継いでいく者がいない為、それを知る者はごく僅かしかいない。そして世界中に棲息している種族であることから、遺跡を発見するのも一苦労。だが、今ここに、その貴重な資料が、発見された――」
一回、二回、三回。ルドミリアは壁画の角を力強く叩いた。
「民間伝承を壁に描いて伝える……ドワーフもこの街に住んでいた?」
「いえ、神殿らしき跡もありますしここはペルーンを祀る街だったと思います。トールマンが多く住んでいたと思われますから、ドワーフが住んでいた可能性は低いかと」
「どっかで話を仕入れてきた住民が、面白可笑しく皆に教えていたのかもなあ」
「……いや! 逆の発想で行きましょう。もしかしたら、ここは色んな種族が住む異文化交流の街だったのかもしれません!」
「おいおい、それは飛躍しすぎじゃ……」
「奇遇だな!! 私も同じようなことを考えていたぞ!! 魚人の鱗や妖精の翅がその辺りに埋まっているかもしれん!!」
「おおっ……ルドミリア様が言うと何か説得力が……!?」
「先ずはこの壁画を解読しよう!! 幾つか古代文字が描かれていたからな、二人の戦いの様子を書いているに違いない!!」
考古学者達は壁画に群がり、意気揚々と模写や解読を始める。
「凄いですね。学者さんっていうのは」
ベルジュと共にその様子を遠巻きに見ながら、クラジュは呟く。
「そうだな。いいか、人って生き物はな、何か好きなことがあるとあんなにも夢中になれるんだ」
「そうですか。それは羨ましいです。僕も身体が丈夫だったら、色んな所に出歩けるのに」
クラジュは寂しそうに俯き、唇を噛む。
彼が生まれつき重い喘息を患っていて、何かに夢中になろうとも身体がそれを許してくれないことは、熱心に研究を進めている学者共々承知していることだ。
「……宮廷魔術師達に一生懸命研究させているんだ。お前の病気を治す薬もいつか完成するさ。いやしてみせる」
「ありがとうございます、兄上。僕は幸せ者でございます」
「よせよ、兄弟じゃないか」
「兄弟だからこそです」
「……」
(……ああ。サリア先生。サリア・マクシムス先生……)
(最もクラジュの研究に貢献してくださった、エレナージュの中でも指折りの学者だった貴女は……どうして亡くなられてしまったのか)
情熱も、侘しさも、全て砂塵に溶けて空に舞う。
松明を作って更に奥に進むと、少しばかり天井が開けた空間に到着する。
「おお……これは……」
「わぁ! 壮観だなあ……」
正面をずっと進んだ先には階段があり、それを昇った先には巨大な壁画が。
雷を纏い、武器として構えている半裸の大男が、何かと対峙している様が轟轟しく描かれている。だがその対象は土砂に埋もれており、僅かに腕だけが残されていた。
「雷神『ペルーン』……この遺跡でも祀られていたみたいですね」
「雷神? 雷の神様はウェッシャー神ではなく? それとも実は雷の神は二人いた?」
眼鏡の魔術師がきょとんとしながら言った。
「ウェッシャーは全ての雷の力を持つ者の神だ。対してペルーンはエレナージュに住まう者、とりわけトールマンに深く信仰されていたとされている。要は全か個、世界か地域かの違いだな」
「へえ、トールマンに……」
「何感心しているんですか。エレナージュは人間とトールマンが大半を占める国。そこに住んでいるなら常識だと思うのですが?」
「す、すみません……何分今日が初めての仕事なもので……」
「だからといってねえ、事前に学んでおくべきこととかあるでしょう」
「それぐらいにしておけ。人間なんだからそういうこともあるさ。よっと」
ルドミリアは身体の周りに風を起こし、宙に浮いて壁画を隅々まで観察する。
「これは素晴らしいな。壁の素材も上質で、塗料も金が多く使われている……ここまで壮大に描かれている壁画は初めて見た」
「下手するとお城にあるものより凄いかも……」
「問題は誰に向かって手を伸ばしているかだが……」
ルドミリアは腕だけが残されている箇所を見つめる。
「今この腕の特徴と一致する壁画を探しています……おっこれかな」
女魔術師がノートを開き、他の全員に見せる。
「風神『ストリボグ』。古代のエルフに信仰されていた風の神ですね」
そこには魔物の姿が描かれていた。緑肌のゴブリンが八頭身になったような見た目で、目は飛び出し、牙は鋭く、手には粗末な弓が握られている。しかし風を思いのままに操り、大地に実りを齎し害獣を追い払う様子がそこには描かれていた。
「……どうした? まさかストリボグも初めて見るのか?」
「いやあの……エルフが信仰していた風の神様って……」
「『エルナルミナス』のことか? あれ寛雅たる女神の血族の捏造だぞ。美貌の女神っていうのもこんな醜い魔物を信仰していたってことを認めなくないからだし、名前が異なっているのも濁音が入っていると汚く聞こえて美しいエルフに相応しくないからだ」
「そもそも寛雅たる女神の血族のトップの名前と同一で、しかも自分はその神様の血を引いているって公言している時点で、どー考えてもクロ一択なんですよねえ」
「おうおう、勉強になったな? うん?」
大柄な魔術師が、肩をすくめる眼鏡の魔術師の背中をバシバシ叩く。
「まあここに描かれているのは雷神風神であることはわかった。あとは関係性だ」
「友好か敵対か、ですね」
「それは他に残されている物でわかる。ただここだけで判断することは難しいから、何個か状態が良い物を持って帰ろう。収集にご協力願えないだろうか」
「了解しました」
「兄上、僕もお手伝いしても良いですか?」
「ん、ああ……おい、誰か側について行ってくれ」
「わかりました!」
眼鏡の魔術師がクラジュの脇を抱えながら降りていく。他の魔術師もそれに続いて行き、石窟の調査を始める。
「もし友好的だったら厄介なことになるな……」
ルドミリアのぼやきを聞いて、ベルシュは苦い表情をした。
「……寛雅たる女神の血族のエルフ達との関係には我々も頭を悩ませております」
「ミョルニル会へのアプローチが酷いらしいな。最近エレナージュの民にも手を出し始めたと聞いている」
「昨日は暴行事件が五件、純血のトールマンの方の誘拐未遂が三件ありました。かといってエレナージュの立場を考えると、砂漠に追放するわけにもいかず……」
「で、その根拠になっているのが、エルナルミナスとペルーンは友好関係にあったという聖杯時代以前の物語。証拠は一切提示せず、我々は正しいの一点張り……」
ルドミリアとベルシュも、とことこと階段を降りていく。
「ああー……敵対であってほしい。これ以上連中をつけ上がらせないでほしい……」
「随分と憂鬱そうで……何かありました?」
「……魔法学園の方でな。メティアの嫡子を受け入れることになったんだよ」
「メ、メティアですか……かの者に関しては私も噂を聞いております。それで……」
「授業には出ず、教師の話も一切聞かん!!! 挙句の果てに生徒の一人と決闘を行って死にかけた!!!」
「……お疲れ様でございます……」
愚痴を垂れ流していた所に、魔術師達が袋を抱えて続々と集まってくる。
「茶碗、杯、その他装飾品と思われる物など。色々見つけて参りました」
「ああ、私が愚痴をこぼしている間に……ご苦労」
「愚痴? 何の話ですか」
「君達には関係ない、領主兼教師特有の悩みさ……何だか気分が落ち込んできたので、もう一つの発見を観察して気を持ち直そう」
「もう一つの発見?」
「個人的にはこっちの方が喜ばしいと思っている」
そうして一行は元来た道を戻り、
先程の街の廃墟までやってきた。
「キャメロン、待たせたな。おお、中々いいぞいい感じだぞ」
「主君……これは私の中でも五本の指に入る程度の大仕事でした」
「それはご苦労だった。よし、私の中で暫く休んでいていいぞ」
「お言葉に甘えて」
キャメロンはルドミリアの身体に納まる。そして他の者には、砂が取り払われた壁画が目に入った。
「これは……」
「『土蜘蛛』と『石蛇』の壁画だ」
数メートルに渡る壁画を眺めながらルドミリアは説明する。
「遥か昔、上半身が女の蜘蛛とこれまた上半身が女の蛇がいた。蜘蛛は手から糸を放ち、蛇は見る者全てを石に変えた。そんな二人の眷属として生まれたのが土の者ドワーフである……という民間伝承だ」
「知っての通りドワーフの原生の地は不明。故に故郷という概念が薄く、しっかりと伝承を継いでいく者がいない為、それを知る者はごく僅かしかいない。そして世界中に棲息している種族であることから、遺跡を発見するのも一苦労。だが、今ここに、その貴重な資料が、発見された――」
一回、二回、三回。ルドミリアは壁画の角を力強く叩いた。
「民間伝承を壁に描いて伝える……ドワーフもこの街に住んでいた?」
「いえ、神殿らしき跡もありますしここはペルーンを祀る街だったと思います。トールマンが多く住んでいたと思われますから、ドワーフが住んでいた可能性は低いかと」
「どっかで話を仕入れてきた住民が、面白可笑しく皆に教えていたのかもなあ」
「……いや! 逆の発想で行きましょう。もしかしたら、ここは色んな種族が住む異文化交流の街だったのかもしれません!」
「おいおい、それは飛躍しすぎじゃ……」
「奇遇だな!! 私も同じようなことを考えていたぞ!! 魚人の鱗や妖精の翅がその辺りに埋まっているかもしれん!!」
「おおっ……ルドミリア様が言うと何か説得力が……!?」
「先ずはこの壁画を解読しよう!! 幾つか古代文字が描かれていたからな、二人の戦いの様子を書いているに違いない!!」
考古学者達は壁画に群がり、意気揚々と模写や解読を始める。
「凄いですね。学者さんっていうのは」
ベルジュと共にその様子を遠巻きに見ながら、クラジュは呟く。
「そうだな。いいか、人って生き物はな、何か好きなことがあるとあんなにも夢中になれるんだ」
「そうですか。それは羨ましいです。僕も身体が丈夫だったら、色んな所に出歩けるのに」
クラジュは寂しそうに俯き、唇を噛む。
彼が生まれつき重い喘息を患っていて、何かに夢中になろうとも身体がそれを許してくれないことは、熱心に研究を進めている学者共々承知していることだ。
「……宮廷魔術師達に一生懸命研究させているんだ。お前の病気を治す薬もいつか完成するさ。いやしてみせる」
「ありがとうございます、兄上。僕は幸せ者でございます」
「よせよ、兄弟じゃないか」
「兄弟だからこそです」
「……」
(……ああ。サリア先生。サリア・マクシムス先生……)
(最もクラジュの研究に貢献してくださった、エレナージュの中でも指折りの学者だった貴女は……どうして亡くなられてしまったのか)
情熱も、侘しさも、全て砂塵に溶けて空に舞う。
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