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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第56話 出来損ない

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「なーっるほどぅ! キミ達は可愛い弟のお友達だったのか~!」



 ルカはバニラアイスを舐めながら大笑いする。後ろにある売店で購入したものだ。



「ルシュド! まさかお前の言っていた友達にこんなすぐ会えるなんて、姉ちゃん嬉しいぞ~!」
「……よかった」
「それで!? 君がそうなのか!? ルシュドが顔面パンチしたっていうお友達は!?」
「……」


 ルシュドはルカの隣で照れながら肩を竦めた。一方のアーサーは歯を噛み締めながら顔を背ける。


「……ごちそうさまです。アイス凄く美味しかったです」
「ラグナル山脈から取れた岩塩を使っているからね~。ガラティアでは貴重なグルメの店だよ」
「そうなんですか……」


 エリスはスプーンと容器を返却口に返す。




「それにしてもルシュドにお姉ちゃんがいるなんて」
「……ごめん」
「ううん、別にいいの。言えないことってあると思うから。ただ……」


 エリスはルカとルシュドを交互に見つめる。



 意識しないようにしても、そういうこともあると思っていても、やはり気になってしまう。





 そうして皆が無言になり、辺り一帯を風の音が包み込んだ時。


「……おれ、竜族」


 ルシュドが呟いた。





「角、爪、鱗、牙、何もない。でも……」
「……もういい。ルシュド、もういいよ」


 震え出したルシュドの背中を、ルカが優しく叩く。


「……姉ちゃん……」
「大丈夫、大丈夫。お前には姉ちゃんがついてる。怖がることなんてないんだよ」
「うう……」



 先程の明るく甲高い声とは違い、包み込むように優しい声だった。


 するとルシュドの震えも徐々に収まり、落ち着いた表情を見せていく。



「……父さんと母さんはれっきとした竜族。あたしもそう。でもルシュドだけ普通の人間の姿で生まれてきた。原因なんてわからない。ルシュドが悪いわけじゃないのに、生まれた時から出来損ない扱い……」


 ルカは唇を強く噛み締める。弟のことが自分のことのように悔しいのだろう。


「竜族っていうのは血筋とか容姿に特に拘る種族だからな。ルシュドはまさしく連中の汚点、烙印みたいな扱いを受けていた。俺達はそんなルシュドを不憫に思って、色々しているってわけだ」


 ルカの隣にいた中年の男はスプーンと容器を脇に置き、葉巻に持ち変える。


「俺は皆から『竜賢者』と呼ばれている。竜族に仕えて、人間との橋渡しを買って出ているんだ」
「えっと、竜賢者様、いい人。おれ、魔法学園入学、薦めてくれた……」

「外で勉強すればこいつもお前らの役に立てるかもしれねえってな。その流れで、一緒に仕事をしたいとルカが名乗りを上げた」
「竜族ってさ、頑固者なんだよね。人間の文化を一向に取り入れようとしない。だからあたしがこうして文化を広めようとしているってわけ」


 ルカはエリスに向かって舌を出し、ウインクを決める。


「そうだったんですか……」


 友人の知られざる事実に、エリスは驚愕しそれしか言葉を出せなかった。





「さて、アーサーだっけ? もう食べ終わった?」
「ああ……返却してくるぞ」
「よろしく。それが終わったら適当に街をぶらぶら歩こう」
「行く場所、ある?」
「まあ小聖杯だろうなあ」
「小聖杯……」


 授業で学んだことを思い出していく。昔存在していた聖杯、それから八つの属性の力を抽出したもの。


 あらゆる願いを叶えられる――とまではいかないが、一国を統治できる程の強大な魔力は有している。


「ここにあるのは火の小聖杯。常に火が吹き出ているっていうすげえ代物だ」
「……あったかい」
「今は夏だから意味ないけどね。でもおめでたい物ではあるから行ってみようよ」





 それから十数分、ぶらぶらと街を歩く。


 大通りを出ると広場があり、これまたよくある噴水があって、更に奥を見ると比較的大きい建物が見え――


 繰り返しを何度も続ける、実によくある大きい街という印象だ。



「どうよこの街。酷く寂れているでしょ」
「え、そのようなことは……うーん……」


 街並みを歩きながら、ルカがぶっきらぼうに言う。

 確かに彼女の言う通り、空の青さだけが際立って彩を添えるような、岩や石の建材がよく目立つ街であった。


「正直に言っちまって構わねえぞ。事実だからな……っと!」



 いつの間にか竜賢者は路地裏に入り込み、


 そこにいた男の胸倉を掴んでいた。



「こ、この人は……?」
「静かに。今話している途中だから」


 ルカは接近しようとしたエリスの前に腕を出し、静止させる。




 胸倉を掴まれた男は穴が大量に空いた布切れを纏い、身体のあちこちにいぼが出来ていた。蠅が集るような臭いが鼻腔につく。


「あんた、この間も注意した奴だな。盗みを暴行を繰り返すなら、二度とこの街に踏み入るなと言ったはずだが」
「へっ、へへっ、そうでしたかねぇ、何分俺は頭が貧弱なものでさぁ……あっ!」


 竜賢者は男の服のポケットを適当に漁り、中身を全て地面に出す。



 青銅貨やちり紙に混じって目立ったのは、赤や青等の鮮やかな色に光る、濁った黒と深緑の草の束だった。


 貧相な男は、それを確認すると忽ち青褪め、竜賢者の足にしがみついた。



「ほれ見たことか。こりゃあ魔術大麻じゃないか。遂にこんなものまで……」
「……そそそそそ、それがないと、生きていけねえんだ! それが、ないと、今日の、飯が……!」
「成程な。これで飯を買っていたと。おっと、丁度いい所に」


 四人の近くを鉄の鎧に槍を持った男が通りかかる。貧相な男は、益々身体を震わせ、一挙一動が目に見えて不安定になる。


「あ、これはこれは竜賢者様。どうかいたしましたか」
「この浮浪者を聴取していた所なんだが、こいつは駄目だ。今まではスラム出身ってことで甘く見てたが、魔術大麻なんて持ってたらもう許しておけん。拘置所に入れておいてくれ」
「わかりました。では行きましょうか」
「そんなぁぁぁぁ……! 次はぁぁぁぁ、次こそはもうやりませんからぁ……! だからっ、俺からぁぁっ、自由をぉぉっ……! 奪わないでぇ……!」


 貧相な男は、鎧の男に担がれ、どこかへと連れて行かれていった。





「……あんなのがいっぱいいるんだよね、この国」


 ルカは落ちた草の束を拾い上げ、物憂げに手の平に乗せる。


「実物は見たことあるかな? これが魔術大麻だよ。いかにも身体がやばくなりそうって感じだよね」
「……」


 エリスもアーサーも、そしてルシュドも喰らい付くように草を眺める。何度見えても耐え難い、きつい配色をしていた。


「……絵で見るよりも恐ろしいな」
「そりゃそうだよ。ピカピカ光るんだから。気味悪いよね本当……」
「おいルカ、それを寄越せ。後は俺が厳重に処理しておく」
「はーい」



 竜賢者はルカから魔術大麻を受け取ると懐に仕舞うのだった。



「金もない、家もない、信頼できる人もいない……逃げ道がどんどん塞がってしまうと、こんなもんに手を出してしまうのさ。目の前にある快楽の光に釣られて、その後ろにある奈落が目に入らなくなってるんだ」
「……でも」

「ん?」
「でも、あの人だって……きっと、生きるのに一生懸命で……」



 エリスは右手を身体の左側に回し、裾を掴む。



「……生きるのに一生懸命なのはいい。だがそのために、普段光の元で生活している奴を奈落に引き摺り込むのは間違っているんだ」
「……」

「もっと感情論で考えてみろ。お前の大切な人が、あの男のように惨めな生活しか送れなくなったら嫌だろう」
「……」

「……辛いかもしれんが、これが現実なんだ。ここは夢の世界じゃない。聖杯はもうなくなった時代なんだ」




 竜賢者が言葉を続けている間、エリスはずっと俯いたままだった。




「……元気を出せ」



 突然アーサーは、そんなエリスの背中を叩き始めた。



「え……?」
「さっき、あいつがやっていただろう。こうすると落ち着く、違うか」
「……」



 ぽん、ぽんと、確かに背中に伝わる衝撃。少しだけ骨に響くそれは、痛さ以上に心地良さを感じさせるものだった。



「さっきってことはあたしの真似?」
「……」
「アーサー、優しい」
「……ふん」


 ルシュドとルカにそう言われたタイミングで、アーサーは叩くのをやめて言葉をかける。


「……落ち着いたか」
「……うん」



 エリスは裾から手を離し顔を上げた。


 竜賢者がしみじみと二人を見ていたのが目に入る。彼はこちらに見られた瞬間に葉巻を手にした。



「……って何よおっさん。懐かしそうにこっち見てさ」
「ん、ああ……俺も小さい頃こんなことがあったなあって」
「はぁ、一体どんな人生送ってきたんだが……まあいいか」


 ルカは大通りに一歩踏み出し、手を組んで頭上に伸ばす。


「確かにあんなのもいるけど、この街には素敵なものもあるんだよ。今からそれを見に行くところだったでしょ?」
「はい。案内お願いしますっ」
「あいよ~」
「……」
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