ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第36話 監視対象なハンス

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(……くそがよ)


 ハンスはベッドに横になり、天井を凝視している。服装は学生服から病衣になっており、所々包帯が巻かれている部分があった。

 治っている真っ最中なのだろう、痒いし痒いし痒い。しかし痒いのは皮膚だけでない。


(何で……ぼくがあいつに。たかが使い魔なんかに……)


 ハンスは戦いの記憶を少しずつ呼び覚ましていく。


 沸々と憎悪が沸き上がり、少しずつ目が開かれる。


 掻きむしりたい。飢えている。




「あら。やっとお目覚めかしら、ハンス」


 彼の隣にいた人物が声をかけてきた。分厚い眼鏡をかけた女生徒で、彼女はベッドの隣の丸椅子に座っている。


 ハンスはすぐさま目を細め、声のトーンを明るくして彼女に応えた。普段教師や他の生徒にしているように、演技に入る。


「えっと……どちら様でしょうか……?」
「サラよ。サラ・マクシムス」
「マクシムス……?」
「エレナージュにマクシムスっていう魔術師がいるんだけど、ソイツの娘。知ってる?」
「……すみません、わからないです」
「あっそ。まあいいわ。別に覚えてなくてもいいし」


 サラはそっぽを向く。この時点でハンスからの心証は悪い。


「でも、わざわざお見舞いに来てくれるなんて……お優しいんですね。ぼくのこと知っているんですか?」
「いい子面するのウザいから止めてくれる?」



 二人の横では、サリアとシルフィが本を挟んで互いの様子を観察し合っている。どちらも感情を表に出さないタイプのナイトメアである為、主君であってもその心境は図れない。


 一方で突き放ったようなサラの言葉に、ハンスは皮を被る必要はないと判断した。薄目が開かれ目玉が彼女を睨む。



「……猿如きが何の用だ」
「ふーん、それがアナタの本性ねえ……リーン先生がアナタのこと愚痴っているのを聞いて、興味が湧いたから視察しに来たのよ」
「……」
「あらあら、随分と怖い目するのね?」



 険悪な雰囲気漂う二人の耳に、どたどたと駆け回る騒音が入ってきた。



 警戒するハンスに対して、サラは露骨に嫌悪感を顔に浮かべる。



「うおおおおお! ハンス元気にしているかー!」
「クラリア! 保健室では静かにしろ! 走り回るな!」
「はぁ……」


 カーテンを開けてクラリアとクラリス、そしてヴィクトールが顔を出してきた。


 ヴィクトールの手には鮮やかな花束が握られており、彼はそれをベッド脇の花瓶に差す。誠意が一切感じられない程乱雑に。


「先生から聞いたぜ! 怪我は殆ど治ったんだってな! 本当におめでたいぜ! ってサラもいるじゃねーか!」
「……何でアナタここにいるのよ」
「そりゃー席が前後だからなー! ちなみにヴィクトールは隣の席だぜ!」
「ああ……そういう」


 クラリアと目を合わせながら、サラはヴィクトールをベッドから引き離す。



 そしてクラリアの興味がハンスに向いた瞬間、ヴィクトールにこそこそ尋ねる。


「ねえ……クラリアは今回の騒動のこと、どこまで知ってるの」
「ハンスが大怪我をした……という所までだな、あの様子だと。誰とやったのか、何故決闘を仕掛けたのか、どちらから先に来たのかまでは知らないと思うぞ」
「……あー」


 脳裏にある日の授業の光景が浮かぶ。


「エリスが巻き込まれたってこともわからない感じ?」
「エリス……? 誰だそれは」

「一組の女生徒よ。赤髪で緑目。いつもアーサーっていう金髪の生徒と一緒にいる」
「……思い出した。一回だけ会ったことがある」
「あっそ。それで今回決闘したのはハンスとアーサーで、エリスはそれに巻き込まれてしまったらしいわ。血が流れる様を間近で見てしまったわけね」
「そう……だったのか」


 ヴィクトールは悔しそうに唇を噛む。


「え? アナタも知らなかったの?」
「正直俺も把握できていなくてな……生徒会でもあるのに、情けない」
「まあ一年生ならそんなもんじゃないの? 知らないけど」
「で、そのエリスとクラリアに何の関係が?」

「二人は裁縫の授業で一緒なの。恥ずかしながらワタシもなんだけど。それでこの間エリスが元気なくて、クラリアがそれに突っかかろうとしていたから、ナイトメアがそれを止めてた」
「……奴なら普通に有り得そうだな」
「まあそうね。そんなことがあったけど、その理由がわかったわーって納得した、それだけ」
「ふむ……」



 丁度話の切れ目のタイミングで、クラリアが二人目がけて突進してきた。



「おおーい! 何話してんだ二人共ー!」
「アナタって鳥頭よねって話をしていたわ」
「鳥だと!? アタシは狼だぞ!」
「はいはい、脳筋馬鹿は置いといて。ヴィクトール、アナタ何か言うことないの」
「ん、ああ。そうだな……」


 ヴィクトールがハンスの隣に立とうとしたので、クラリアが慌てて横にはける。



 そして隣に立った眼鏡の彼は、極限まで顔をハンスに近付けて話す。


「先生から聞いたぞ。もう怪我は完治しているんだろ?」
「……」

「ということは学園に来ることもできるということだな」
「……行く価値がない」


「許さん。貴様のような奴がいると風紀が乱れる。何よりクラスの一人、学園の一人という自覚を持ってもらうために、意地でも来てもらうぞ」
「はっ、そんなこと」

「朝起きたら貴様の部屋まで迎えに行ってやる。そこから一日が終わるまでずっと一緒に行動だ。自由が与えられるのは寮に帰ってから……としたいが、貴様の行動次第ではどうなるかわからんぞ」
「……やってみろよ。絶対にてめえを欺いて逃げてやる」
「果たして上手くいくかな」



 ヴィクトールが指を鳴らすと、彼と瓜二つの人間が地面から這い出てきた。眼鏡はかけていない所が唯一の違いだ。



「俺のナイトメアだ。名をシャドウと言う。此奴は人の影の中に潜むことができてな――逃げようものなら追跡させるぞ」

「付け加えておくが、俺がここまでして貴様を監視するのは、先生方を超越した上からの命令だ。ジョン・エルフィン・メティア殿……貴様の父上が直々に、俺を監視役に指名されたのだ」





「……」

「……くそが」



 父親の名前を出されて、苦虫を食い潰したような顔は、醜さすら感じさせる。



「でもよー、授業サボることばっか言ってっけどよー。授業も楽しいのいっぱいあるぞー! 魔法の話聞くの面白いし、文字がわかるのも楽しいし! 何より皆で受ければ楽しいこと間違いなしだぜー!」
「ふっ……それもそうだな。とにかく貴様には授業に出てもらう。この前はまだ転入してきたばかりで目が甘かったが、次はこうはいかんぞ」
「逃げ道潰されちゃったわね。はんっ、まあ頑張って」


 引き笑いと共に、サラは鞄に本をぶち込み始める。


「ん? もう帰んのか?」
「同じクラスの連中が来ちゃったから、ワタシはもういいわ。思う存分話しなさいな。じゃあね、次があるかはわからないけど」

「アタシは裁縫の授業で会うぜ!」
「……ああ。考えないようにしていたのにこの狼は……!!」
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