34 / 247
第1章1節 学園生活/始まりの一学期
第33話 颶風の決闘
しおりを挟む
ハインリヒはホームルームの為一年一組の教室に来ていたが、
その途中で異常な魔力の奔流を感知していた。
(……これは何だ。複数の奔流が混ざっていて判別しにくいが……)
「せんせーい、急に黙ってどうしたんですかー」
「……ああすみません。そうですね、もう何も言うことないので終わりましょうか。皆さん今日も頑張りましょう」
「頑張りましょうー」
生徒達は次々と自分の時間に入る。
ハインリヒはそんな生徒達の談笑に耳を傾けていく。
「あーあ、アーサーの奴とうとう休んじまったよ。最近変だったから心配してたんだけど」
「……」
「……カタリナ? 今オマエに話しかけてるんだからな?」
「えっ!? ど、どうしてあたし……?」
「だっていつもの四人の中で二人休みだぜ。そしたら残った二人で絡むしかねーだろ」
「いつもの四人……?」
「エリス様、アーサー様、イザーク様、そしてお嬢様の四名でございます」
「ああ、そっか……そうだねセバスン。それにしても、アーサーだけならともかく、エリスもだなんて……珍しいね」
「暴漢に襲われて看病してんじゃねえの? アーサーがかばって大怪我したから看病してるとか?」
イザークとカタリナの会話を聞いて、嫌な予感を巡らせていると、
それを肯定するように突如教室の扉が開け放たれる。
「――ケビン先生にリーン先生!?」
「ど、どうしたんですか二人揃って……!?」
「ハァ、ハァ……うっ、傷口が開きそうだ……!」
「まだ完治していないのに急ぐから……! ハインリヒ先生、ちょっとお話が!」
「……廊下で話しましょうか」
三人の教師は廊下に出てから、更に隅に移動し、生徒達に聞かれないように話をする。
「先生、決闘結界です。学園内のどこかで張られています」
「……やはりそうでしたか。私も感じました。そしてそれに混ざって二つの強い魔力の集合体があります」
「……それって!! 片方は風属性の力が強くありませんでしたか!?」
「ご名答です、リーン先生。もう一つは様々な属性が混ざった集合体――恐らくアーサーが力を使っています」
「なっ……」
「リーン先生の様子からすると、結界を張ったのはハンスでしょう。そしてエリスも結界の中に巻き込まれている……」
「失敗した!!! あいつの反対押し切ってでも、ちゃんと荷物検査しとけば良かった……!!!」
「結果論ですよ先生。今は現状を打開することだけを考えましょう」
「オラァ!」
ハンスが腕を掲げると、大気が集まり渦を巻いていく。
それが身体の二倍ほどの大きさになったところで、
アーサーに投げ付ける。
狂風が吹き荒れ砂煙が舞う。その中から人影が煙を引き裂いて突進してくる。
「いいぜ、もっと楽しませろよ……!」
アーサーはハンスの眼前まで瞬時に迫り――
首筋目掛けて斬りかかる。
だがその一撃は風に弾かれ、虚しく空を切った。
同時に砂煙がまた起こり、ハンスの姿を隠す。
「――っ」
風が押し飛ばさんと吹き荒ぶ。自分に味方をしてくれる気配は一切感じられない。
足に力を込め、左手の指先で態勢を整えつつ踏ん張っていると、
突然脇腹に痛みが走る。
「……ぐっ!?」
アーサーが傷口を見てもそこには何もない。
そこで上を見上げると、
無数の刃が浮かびアーサーを卑下していた。
辛うじて視認できる線が、鋭利に輝く。
空気で生成されているそれが、狙いを定めて降ってくる。
「くそっ……!」
足に魔力を込め、風に抗い刃を避けていく。
だが風は獲物を追い詰めるように荒れ狂う。
脇腹、背中、足、腕。塵が具現化したような刃が身体に突き刺さっていき、山のような量の血を噴き出させる。
「……集中しろ……!」
アーサーは身体の全神経に魔力を滾らせ、命令を出す。仇敵を探せ、見つけたら知らせろと。
それから暫くの間、刃を避けながら演習場を疾駆していると、
身体のどこかが信号を出す。
「――」
それを察知した刹那、走っていた勢いを嘘のように殺し、
何もない正面に向かって剣を振り下ろす。
「がっ……!」
「――背後にいたか」
ハンスが姿を現し、同時に彼が統制していた刃も消え去る。
「ははは。ははははは……ギャーッハッハッハッハァ!」
背中に大きな斬跡を背負い、血を滴らせながら、嗤う。
「面白い――面白い面白い面白い、なあぁぁぁぁぁっ!!!」
「退屈してたんだよ!! ウィーエルの人間共は腑抜けで、誰もぼくに敵わないんだから!! 久々に殺りがいのある相手じゃないか――!!!」
滾り、嗤い、狂いながら、ハンスは地面に手の平を向ける。大地は何かに反応しているように、一瞬緑色に光った。
アーサーがその因果関係を予測している間もなく、
突如地面から突風が吹き出す。
「なっ……!」
それはアーサーの身体を押し上げ、宙に浮かせる。
グレイスウィルの城下町、アルブリア島を囲む海。生活拠点を見下ろせる高さに、アーサーは一気に押し上げられた。
「どうだ……これなら、こっちのもんだぁぁぁ!」
鮮血が颶風に煽られ、赤い雨を青空の元に降らせる。ハンスはものの数秒でアーサーと同じ高さに追い付き、組み付く。
「ぐっ……!」
「ははははは、はっはっはっはァ……!」
足でアーサーの首を締め、上から殴り続ける。
辛うじて風に支えられているが、二人は高度をだんだん落としていった。
「……ふんっ!」
「があっ……!」
戦況が動いた。アーサーが剣を足に突き刺したのだ。血が零れ落ち、ハンスの足の力が弱まる。
散々吹き荒れていた風はぴたりと止む。大地は宙に舞う二人を引き寄せ始めた。
「これで――終わりだ」
「ぐっ……ぐぅぅぅ……! 放ぜぇ……!」
アーサーはハンスを地面の方に向け首を絞める。もがくハンスの腕を剣で突き刺し、後は大地が裁きを下すだけ――
その直前、
「やめて――!」
可憐な声が微かに耳に入る。
「何っ……!」
「――」
二人の周囲の大気の流れが変わる。それは二人を柔らかく包み込み、静かに地面に着地させた。
「……もう、やめて、やめてよ……」
アーサーはハンスに馬乗りになったまま顔を上げる。
その先にいたのはエリスだった。彼女は手を二人に向けていた。風の残滓が彼女の周囲を、ほんの僅かに渦巻いているのが見える。
当の本人はというと、顔は涙と恐怖に歪み、身体を震わせながら膝をついていた。
「どうして、こんなことするの……」
だが彼女は立ち上がった。僅かばかり残っていた、どうにかしないといけないという正義感か、
あるいは別の感情で立ち上がり、二人に近付く。
「こんなに、血が出て……」
学生服と鎧を赤く染め上げた二人を見て再びエリスは膝をつく。それを洗い流すように大粒の涙を零していった。
「アーサー、何してるの。その子から降りて」
次に彼女が発した言葉は、とても冷酷で。
まだ若い年齢ながら、主君としての務めを果たそうと、精一杯振る舞っていた。
「……こいつは」
「早く降りて」
「……こいつは、あんたを」
「ねえ、聞いてるの? 早く彼から降りてよ」
「……あんたを、殺そうと」
「早く回復魔法をかけなきゃ死んじゃうの。わたしがかけるから、降りて」
「――こいつはあんたを殺そうとした!」
「知らない! そんなの知らない!! いいから早く降りて!!! わたしの命令を聞いて!!! それでも――わたしのナイトメアなの!?」
エリスは涙声で、精一杯声を張り上げる。
それに対してアーサ―は、
何も言うことなく静かに立ち上がり、ハンスから降りた。
「わたしが、わたしが、どうにか、しなきゃ……」
ハンスは辛うじて呼吸はしているものの、完全に気を失っており顔も青褪めていた。エリスは傷口に手を当てて、震えた声で何かを呟き始める。
その隣で、アーサーはカヴァスを呼び出し鎧から学生服に戻っていた。
そして流れる血を気にも留めないまま、歪みきったエリスの顔を見つめていた。
「よし、やっと壊せた――!」
エリス魔法をどうにかして行使しようとしている所に、ケビンがふらつきながら駆け寄ってきた。
続けてハインリヒとリーン、そして演習場の周りから大勢の生徒が詰め寄って来ている。
「ああ……どうしてこうなっちゃったの……!」
「……リーン、先生……」
「エリス!」
ハインリヒの後ろからカタリナとイザークが顔を出す。
特にイザークはアーサーとハンスの姿を見ると、すぐに口元を手で覆った。
「……オマエとエリスが心配で来たけど、正直きついわ」
「……」
血の付いた鎧は隠せても、傷口までは隠せない。傷口が服に触れ、まだ止まっていない血がみるみる滲んでいく。
「エリスちゃん、大丈夫よ。彼のことは私達に任せて。カタリナちゃん、エリスちゃんのことお願いできる?」
「は、はい!」
「よし、それじゃあ回復魔法を使って……ケビン先生、担架を持ってきてもらってもいいですか? ついでに生徒達を落ち着かせておいてください」
「わかりました……ぐっ! もう少しだ、持ってくれ私の身体……!」
リーンとケビンが二人の治療をしている中、ハインリヒはアーサーに近付き耳打ちをする。
「何故剣を抜いたのですか」
悪魔のように冷酷な声色だった。
アーサーはエリスの方を見ながら、感情のない声で返す。
「あいつを襲おうとしたからだ」
その返答を聞いて、ハインリヒの表情が暗く、冷たくなっていく。
「それはいつのことでしたか」
「さっきだ」
「何故襲おうとしたのですか」
「あいつの姿を見かけたからだ」
「エリスとハンスとの関係性は」
「オレとの関係を言ったら殺すと言われた」
「……何故それを、自分と彼との関係を、私に言わなかったのですか」
「誰かに言った時点で殺すと言っていた。だから言わなかった」
「……そうですか。ならもう大丈夫です」
身体ごと視線を僅かに逸らす。閉じられた目が憂いを帯びているようにも見えた。
そしてイザークのいる方向に身体を向けたまま、言葉を続ける。
「さて、貴方も保健室に行きましょうか。今立っているということは歩けますよね?」
「……ああ」
ハインリヒはアーサーと共に歩いていく。
しかしイザークの隣に来た瞬間、彼に耳打ちをした。
「貴方の思っていること、彼に伝えてあげてください」
「……はぁ」
そんなイザークは、一緒に来た教師や友人達を見送った後、殿を務めるように戻っていった。
演習場から誰もいなくなったその時、丁度雨が降り出す。地面に着いた血を、二人の生徒の戦いの跡を全て洗い流していく。
その途中で異常な魔力の奔流を感知していた。
(……これは何だ。複数の奔流が混ざっていて判別しにくいが……)
「せんせーい、急に黙ってどうしたんですかー」
「……ああすみません。そうですね、もう何も言うことないので終わりましょうか。皆さん今日も頑張りましょう」
「頑張りましょうー」
生徒達は次々と自分の時間に入る。
ハインリヒはそんな生徒達の談笑に耳を傾けていく。
「あーあ、アーサーの奴とうとう休んじまったよ。最近変だったから心配してたんだけど」
「……」
「……カタリナ? 今オマエに話しかけてるんだからな?」
「えっ!? ど、どうしてあたし……?」
「だっていつもの四人の中で二人休みだぜ。そしたら残った二人で絡むしかねーだろ」
「いつもの四人……?」
「エリス様、アーサー様、イザーク様、そしてお嬢様の四名でございます」
「ああ、そっか……そうだねセバスン。それにしても、アーサーだけならともかく、エリスもだなんて……珍しいね」
「暴漢に襲われて看病してんじゃねえの? アーサーがかばって大怪我したから看病してるとか?」
イザークとカタリナの会話を聞いて、嫌な予感を巡らせていると、
それを肯定するように突如教室の扉が開け放たれる。
「――ケビン先生にリーン先生!?」
「ど、どうしたんですか二人揃って……!?」
「ハァ、ハァ……うっ、傷口が開きそうだ……!」
「まだ完治していないのに急ぐから……! ハインリヒ先生、ちょっとお話が!」
「……廊下で話しましょうか」
三人の教師は廊下に出てから、更に隅に移動し、生徒達に聞かれないように話をする。
「先生、決闘結界です。学園内のどこかで張られています」
「……やはりそうでしたか。私も感じました。そしてそれに混ざって二つの強い魔力の集合体があります」
「……それって!! 片方は風属性の力が強くありませんでしたか!?」
「ご名答です、リーン先生。もう一つは様々な属性が混ざった集合体――恐らくアーサーが力を使っています」
「なっ……」
「リーン先生の様子からすると、結界を張ったのはハンスでしょう。そしてエリスも結界の中に巻き込まれている……」
「失敗した!!! あいつの反対押し切ってでも、ちゃんと荷物検査しとけば良かった……!!!」
「結果論ですよ先生。今は現状を打開することだけを考えましょう」
「オラァ!」
ハンスが腕を掲げると、大気が集まり渦を巻いていく。
それが身体の二倍ほどの大きさになったところで、
アーサーに投げ付ける。
狂風が吹き荒れ砂煙が舞う。その中から人影が煙を引き裂いて突進してくる。
「いいぜ、もっと楽しませろよ……!」
アーサーはハンスの眼前まで瞬時に迫り――
首筋目掛けて斬りかかる。
だがその一撃は風に弾かれ、虚しく空を切った。
同時に砂煙がまた起こり、ハンスの姿を隠す。
「――っ」
風が押し飛ばさんと吹き荒ぶ。自分に味方をしてくれる気配は一切感じられない。
足に力を込め、左手の指先で態勢を整えつつ踏ん張っていると、
突然脇腹に痛みが走る。
「……ぐっ!?」
アーサーが傷口を見てもそこには何もない。
そこで上を見上げると、
無数の刃が浮かびアーサーを卑下していた。
辛うじて視認できる線が、鋭利に輝く。
空気で生成されているそれが、狙いを定めて降ってくる。
「くそっ……!」
足に魔力を込め、風に抗い刃を避けていく。
だが風は獲物を追い詰めるように荒れ狂う。
脇腹、背中、足、腕。塵が具現化したような刃が身体に突き刺さっていき、山のような量の血を噴き出させる。
「……集中しろ……!」
アーサーは身体の全神経に魔力を滾らせ、命令を出す。仇敵を探せ、見つけたら知らせろと。
それから暫くの間、刃を避けながら演習場を疾駆していると、
身体のどこかが信号を出す。
「――」
それを察知した刹那、走っていた勢いを嘘のように殺し、
何もない正面に向かって剣を振り下ろす。
「がっ……!」
「――背後にいたか」
ハンスが姿を現し、同時に彼が統制していた刃も消え去る。
「ははは。ははははは……ギャーッハッハッハッハァ!」
背中に大きな斬跡を背負い、血を滴らせながら、嗤う。
「面白い――面白い面白い面白い、なあぁぁぁぁぁっ!!!」
「退屈してたんだよ!! ウィーエルの人間共は腑抜けで、誰もぼくに敵わないんだから!! 久々に殺りがいのある相手じゃないか――!!!」
滾り、嗤い、狂いながら、ハンスは地面に手の平を向ける。大地は何かに反応しているように、一瞬緑色に光った。
アーサーがその因果関係を予測している間もなく、
突如地面から突風が吹き出す。
「なっ……!」
それはアーサーの身体を押し上げ、宙に浮かせる。
グレイスウィルの城下町、アルブリア島を囲む海。生活拠点を見下ろせる高さに、アーサーは一気に押し上げられた。
「どうだ……これなら、こっちのもんだぁぁぁ!」
鮮血が颶風に煽られ、赤い雨を青空の元に降らせる。ハンスはものの数秒でアーサーと同じ高さに追い付き、組み付く。
「ぐっ……!」
「ははははは、はっはっはっはァ……!」
足でアーサーの首を締め、上から殴り続ける。
辛うじて風に支えられているが、二人は高度をだんだん落としていった。
「……ふんっ!」
「があっ……!」
戦況が動いた。アーサーが剣を足に突き刺したのだ。血が零れ落ち、ハンスの足の力が弱まる。
散々吹き荒れていた風はぴたりと止む。大地は宙に舞う二人を引き寄せ始めた。
「これで――終わりだ」
「ぐっ……ぐぅぅぅ……! 放ぜぇ……!」
アーサーはハンスを地面の方に向け首を絞める。もがくハンスの腕を剣で突き刺し、後は大地が裁きを下すだけ――
その直前、
「やめて――!」
可憐な声が微かに耳に入る。
「何っ……!」
「――」
二人の周囲の大気の流れが変わる。それは二人を柔らかく包み込み、静かに地面に着地させた。
「……もう、やめて、やめてよ……」
アーサーはハンスに馬乗りになったまま顔を上げる。
その先にいたのはエリスだった。彼女は手を二人に向けていた。風の残滓が彼女の周囲を、ほんの僅かに渦巻いているのが見える。
当の本人はというと、顔は涙と恐怖に歪み、身体を震わせながら膝をついていた。
「どうして、こんなことするの……」
だが彼女は立ち上がった。僅かばかり残っていた、どうにかしないといけないという正義感か、
あるいは別の感情で立ち上がり、二人に近付く。
「こんなに、血が出て……」
学生服と鎧を赤く染め上げた二人を見て再びエリスは膝をつく。それを洗い流すように大粒の涙を零していった。
「アーサー、何してるの。その子から降りて」
次に彼女が発した言葉は、とても冷酷で。
まだ若い年齢ながら、主君としての務めを果たそうと、精一杯振る舞っていた。
「……こいつは」
「早く降りて」
「……こいつは、あんたを」
「ねえ、聞いてるの? 早く彼から降りてよ」
「……あんたを、殺そうと」
「早く回復魔法をかけなきゃ死んじゃうの。わたしがかけるから、降りて」
「――こいつはあんたを殺そうとした!」
「知らない! そんなの知らない!! いいから早く降りて!!! わたしの命令を聞いて!!! それでも――わたしのナイトメアなの!?」
エリスは涙声で、精一杯声を張り上げる。
それに対してアーサ―は、
何も言うことなく静かに立ち上がり、ハンスから降りた。
「わたしが、わたしが、どうにか、しなきゃ……」
ハンスは辛うじて呼吸はしているものの、完全に気を失っており顔も青褪めていた。エリスは傷口に手を当てて、震えた声で何かを呟き始める。
その隣で、アーサーはカヴァスを呼び出し鎧から学生服に戻っていた。
そして流れる血を気にも留めないまま、歪みきったエリスの顔を見つめていた。
「よし、やっと壊せた――!」
エリス魔法をどうにかして行使しようとしている所に、ケビンがふらつきながら駆け寄ってきた。
続けてハインリヒとリーン、そして演習場の周りから大勢の生徒が詰め寄って来ている。
「ああ……どうしてこうなっちゃったの……!」
「……リーン、先生……」
「エリス!」
ハインリヒの後ろからカタリナとイザークが顔を出す。
特にイザークはアーサーとハンスの姿を見ると、すぐに口元を手で覆った。
「……オマエとエリスが心配で来たけど、正直きついわ」
「……」
血の付いた鎧は隠せても、傷口までは隠せない。傷口が服に触れ、まだ止まっていない血がみるみる滲んでいく。
「エリスちゃん、大丈夫よ。彼のことは私達に任せて。カタリナちゃん、エリスちゃんのことお願いできる?」
「は、はい!」
「よし、それじゃあ回復魔法を使って……ケビン先生、担架を持ってきてもらってもいいですか? ついでに生徒達を落ち着かせておいてください」
「わかりました……ぐっ! もう少しだ、持ってくれ私の身体……!」
リーンとケビンが二人の治療をしている中、ハインリヒはアーサーに近付き耳打ちをする。
「何故剣を抜いたのですか」
悪魔のように冷酷な声色だった。
アーサーはエリスの方を見ながら、感情のない声で返す。
「あいつを襲おうとしたからだ」
その返答を聞いて、ハインリヒの表情が暗く、冷たくなっていく。
「それはいつのことでしたか」
「さっきだ」
「何故襲おうとしたのですか」
「あいつの姿を見かけたからだ」
「エリスとハンスとの関係性は」
「オレとの関係を言ったら殺すと言われた」
「……何故それを、自分と彼との関係を、私に言わなかったのですか」
「誰かに言った時点で殺すと言っていた。だから言わなかった」
「……そうですか。ならもう大丈夫です」
身体ごと視線を僅かに逸らす。閉じられた目が憂いを帯びているようにも見えた。
そしてイザークのいる方向に身体を向けたまま、言葉を続ける。
「さて、貴方も保健室に行きましょうか。今立っているということは歩けますよね?」
「……ああ」
ハインリヒはアーサーと共に歩いていく。
しかしイザークの隣に来た瞬間、彼に耳打ちをした。
「貴方の思っていること、彼に伝えてあげてください」
「……はぁ」
そんなイザークは、一緒に来た教師や友人達を見送った後、殿を務めるように戻っていった。
演習場から誰もいなくなったその時、丁度雨が降り出す。地面に着いた血を、二人の生徒の戦いの跡を全て洗い流していく。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します
カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。
そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。
それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。
これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。
更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。
ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。
しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い……
これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。
ちょっとエッチな執事の体調管理
mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。
住んでいるのはそこらへんのマンション。
変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。
「はぁ…疲れた」
連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。
(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
尿・便表現あり
アダルトな表現あり
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる