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第1章1節 学園生活/始まりの一学期
第31話 物騒な事件
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ある雨の日の朝。一年一組の教壇にはハインリヒが立ち、ホームルームを進めている最中だ。
「皆さんおはようございます。今日は皆さんにご連絡があります。どうやら最近園内でスリが横行しているようでして……被害を受けた人の話によると、気付いたら財布がなくなっていて、中身だけ盗られて戻ってくるのだとか」
「なので皆さんも、どうか貴重品の管理は厳重にしてくださいね。さて、今日は朝から雨模様ですが、心まで湿らさせずに頑張って行きましょう」
ハインリヒが教室を後にし、それから生徒達は授業の準備をする。
「スリか……なーんか最近物騒じゃね?」
「そうなの?」
「噂で聞いたんだけど、最近突然園舎裏に連れて行かれて暴行されるっていう事件が頻発しているんだってよ。寮と園舎の保健室が連日満杯なのがその証拠。しかもな――被害に遭ってるの、一年生が多いらしい」
「それって、あの、偉そうな女の子……?」
「いや、アイツじゃないと思うぞ。アイツだったらもっと陰鬱なやり方をするだろ。女子ってのはそういうもんだよ知らねえけど」
「それでも怖いことには変わりないよ……ねえ、アーサー」
カタリナが呼びかけるが、アーサーからの返事はない。
「……アーサー?」
「……」
「えっと……」
カタリナが焦り始めたので、エリスが代わって声をかける。若干の怒りも交えながら。
「ちょっと、話聞いているのアーサー」
「……ん、ああ。どうした」
「最近物騒になってきてるって、そう思ってる?」
「そうだな。最近物騒だな」
「……」
「……オマエ変だぞ。いや元から変だったけど、最近それに拍車がかかっている感じ」
「あんたの知ったことではない」
「……あーはいはいわかりましたよー。もういいや、授業行こうぜ授業」
剣呑な雰囲気が学園内に漂う。それは教師とて例外ではない。
「ふむ……」
「ケビン先生、早く食べないとご飯覚めちゃいますよ」
「ああ、わかっているぞディレオ先生。わかっているが……」
太陽が頭上に差しかかる頃の食堂。ケビンは一番奥の席に座り、まだ中身が残っている丼を前にして思考を巡らせていた。
彼の正面では暗い茶色の髪にピアスをつけている男性が丼をかき込んでいる。若さが垣間見える食べっぷりだった。
「気にかかることがあって腹が空かないんだ」
「それ数日前から言ってますよね。そんなに気になることなんですか?」
「……ディレオ先生は一年五組の担任だから伝えておこう。一組のエリスのことだ」
「ああ彼女ですか。一応魔法使いであるとは聞いてます。しかも全属性に適性が見込まれてるんだそうで」
「……なのに合成魔法が使えない」
「……え?」
「この間合成魔法を使わせてみたんだが……すぐに異変が起きた。どこからか稲妻が走ってきたんだが……あれは」
ケビンは一瞬息を飲んで続ける。
「杖自体か、それとも彼女の身体か……どちらかが、魔法を行使することを拒絶しているようだった」
ディレオも思わず手を止めケビンの言葉に耳を傾けていた。
「拒絶って……それ本当ですか」
「そもそも彼女は騎士王を発現させているからな。前例にないことがあってもおかしくはないが……」
「きっとそれで一番困惑しているの本人ですよね……」
「……そうだな。この間は実害が出てしまったからな」
「なら僕も可能な限り調べてみます。原因を判明させて、彼女の不安を取り除かないと」
「君は今年教師になったばかりだ。まだ仕事にも慣れていないのに、そんな手間はかけさせられない」
「いやでも、生徒の支えになってあげるのが教師ってもんでしょう」
「……学生時代からお人好しなのは相変わらずだな。決して無理はするなよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます!」
ディレオはお盆を持って立ち上がる。空になった丼が一つ乗せられていた。
「僕もう片付けますけど、先生どうします?」
「……そうだな。もう終わりにするか」
「はーい。じゃあ一緒に戻してきちゃいましょう……それで先生、次の時間は?」
「授業が入っている。今日は最初から外だ」
「じゃあ僕空きなんで、見学しに行ってもいいですか」
「構わないぞ」
「ありがとうございます!」
こうして二人は演習場に着いた。
まだ生徒は一人も来ていなかった為、二人は中央に移動して話をする。
「ちなみに今からやるクラスは?」
「一年三組だ」
「あー、貴族クラス……三組といえば、確か転入生が来たんですよね」
「ああ……そうだな」
「どうなんです、魔法の才能とかは?」
「……」
ケビンは顔を俯け溜息を漏らす。
「……わからない」
「え?」
「こっちに来てから一回も授業に出てない。だから測りようがないんだ」
「えぇ……魔法学の授業が嫌な感じですかね?」
「私もそう思ってリーン先生に訊いてみたんだが……どうやら全ての授業に出ていないみたいなんだ」
「……保健室に籠っているとかではなく?」
「一応保健室には来るには来るんだそうだ。だが……忽然と消えている。寮には戻ってはいるとのことだから……そういうことだろう」
「……すみません。恥ずかしながら僕のクラスじゃなくって良かったと思ってしまいました」
「正直リーン先生も手に負えてないようだからな。まして君なら――」
それに続くはずの言葉は、鈍い音に遮られた。
「……先生?」
ディレオは何回も目を擦り、瞬きをする。だがケビンの身体を槍が貫いているという事実は変わらない。
「……ぐっ!!!」
ケビンは痛みを受け入れるしかなかった。
それに耐えかねたのか膝から崩れ落ち、地面に手を付いて体勢を維持する。
「先生っ! 先生先生っ……!! くそっ!!!」
ディレオは傷口の近くに杖を当てながら槍を引っ張る。
顔面蒼白になりながらも一連の治療行為を着実にこなしていく。
「先生、もうちょっと我慢しててください!!! 今止血の魔法をかけてますから……!!!」
「あ、ああ……先生、ちょっと訊いてもいいか」
「何ですか!? 授業なら僕が代わりにやりますよ!?」
「そ、それは、これから言おうと、思っていた……よろしく、頼む。だがそれ以外に……先程、何かの気配を感じなかったか」
「気配ですか!?」
「この刺さり方だと……背後から刺されたとしか、考えられない……」
「……」
ディレオは傷口が完全に塞がるのを待ちながら、同時に記憶を辿っていく。
「……すみません、全然気付きませんでした。多分魔法で隠れていたとか、そんなんじゃないでしょうか……」
「……魔法か」
<うおおおおお!
先生どうしたんだあああ!!
治療の真っ只中の二人の元に、一年三組の生徒クラリアが走り寄ってきた。その後ろからはヴィクトールが小走りで駆け寄ってくる。
「ああ、確か……クラリアさんにヴィクトール君!」
「うげえ! 見ろよクラリス、血だ! 先生本当にどうしたんだ!?」
「……最近話題の暴行事件ですか」
「暴行……というより、殺人未遂だな、これは」
他の生徒達も続々とやってきて、次々と野次馬と化す。
(ハンスの奴は……いないか)
ケビンは顔をほんの少し後ろに向け、集まってきた生徒達を眺めていた。
「よし……止血完了!!! 後は保健室で診てもらいましょう!!!」
「そうだな……」
「皆ここで待ってて!!! 先生を保健室に連れて行ったら僕が代わりに授業するから!!!」
「了解したぜー!」
「わかりました。その間自習をしていますね」
ケビンはディレオに支えられてゆっくりと立ち上がる。一年三組の生徒達は、ヴィクトールの指示の下早速自習に取り組み出す。
(潜伏魔法……それも気配すらも隠すレベルとなると、非常に高度な技術と魔力量が必要だが……)
そして歩を進めながら、ケビンは凶行に至った人物を推測していた。
「皆さんおはようございます。今日は皆さんにご連絡があります。どうやら最近園内でスリが横行しているようでして……被害を受けた人の話によると、気付いたら財布がなくなっていて、中身だけ盗られて戻ってくるのだとか」
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「それって、あの、偉そうな女の子……?」
「いや、アイツじゃないと思うぞ。アイツだったらもっと陰鬱なやり方をするだろ。女子ってのはそういうもんだよ知らねえけど」
「それでも怖いことには変わりないよ……ねえ、アーサー」
カタリナが呼びかけるが、アーサーからの返事はない。
「……アーサー?」
「……」
「えっと……」
カタリナが焦り始めたので、エリスが代わって声をかける。若干の怒りも交えながら。
「ちょっと、話聞いているのアーサー」
「……ん、ああ。どうした」
「最近物騒になってきてるって、そう思ってる?」
「そうだな。最近物騒だな」
「……」
「……オマエ変だぞ。いや元から変だったけど、最近それに拍車がかかっている感じ」
「あんたの知ったことではない」
「……あーはいはいわかりましたよー。もういいや、授業行こうぜ授業」
剣呑な雰囲気が学園内に漂う。それは教師とて例外ではない。
「ふむ……」
「ケビン先生、早く食べないとご飯覚めちゃいますよ」
「ああ、わかっているぞディレオ先生。わかっているが……」
太陽が頭上に差しかかる頃の食堂。ケビンは一番奥の席に座り、まだ中身が残っている丼を前にして思考を巡らせていた。
彼の正面では暗い茶色の髪にピアスをつけている男性が丼をかき込んでいる。若さが垣間見える食べっぷりだった。
「気にかかることがあって腹が空かないんだ」
「それ数日前から言ってますよね。そんなに気になることなんですか?」
「……ディレオ先生は一年五組の担任だから伝えておこう。一組のエリスのことだ」
「ああ彼女ですか。一応魔法使いであるとは聞いてます。しかも全属性に適性が見込まれてるんだそうで」
「……なのに合成魔法が使えない」
「……え?」
「この間合成魔法を使わせてみたんだが……すぐに異変が起きた。どこからか稲妻が走ってきたんだが……あれは」
ケビンは一瞬息を飲んで続ける。
「杖自体か、それとも彼女の身体か……どちらかが、魔法を行使することを拒絶しているようだった」
ディレオも思わず手を止めケビンの言葉に耳を傾けていた。
「拒絶って……それ本当ですか」
「そもそも彼女は騎士王を発現させているからな。前例にないことがあってもおかしくはないが……」
「きっとそれで一番困惑しているの本人ですよね……」
「……そうだな。この間は実害が出てしまったからな」
「なら僕も可能な限り調べてみます。原因を判明させて、彼女の不安を取り除かないと」
「君は今年教師になったばかりだ。まだ仕事にも慣れていないのに、そんな手間はかけさせられない」
「いやでも、生徒の支えになってあげるのが教師ってもんでしょう」
「……学生時代からお人好しなのは相変わらずだな。決して無理はするなよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます!」
ディレオはお盆を持って立ち上がる。空になった丼が一つ乗せられていた。
「僕もう片付けますけど、先生どうします?」
「……そうだな。もう終わりにするか」
「はーい。じゃあ一緒に戻してきちゃいましょう……それで先生、次の時間は?」
「授業が入っている。今日は最初から外だ」
「じゃあ僕空きなんで、見学しに行ってもいいですか」
「構わないぞ」
「ありがとうございます!」
こうして二人は演習場に着いた。
まだ生徒は一人も来ていなかった為、二人は中央に移動して話をする。
「ちなみに今からやるクラスは?」
「一年三組だ」
「あー、貴族クラス……三組といえば、確か転入生が来たんですよね」
「ああ……そうだな」
「どうなんです、魔法の才能とかは?」
「……」
ケビンは顔を俯け溜息を漏らす。
「……わからない」
「え?」
「こっちに来てから一回も授業に出てない。だから測りようがないんだ」
「えぇ……魔法学の授業が嫌な感じですかね?」
「私もそう思ってリーン先生に訊いてみたんだが……どうやら全ての授業に出ていないみたいなんだ」
「……保健室に籠っているとかではなく?」
「一応保健室には来るには来るんだそうだ。だが……忽然と消えている。寮には戻ってはいるとのことだから……そういうことだろう」
「……すみません。恥ずかしながら僕のクラスじゃなくって良かったと思ってしまいました」
「正直リーン先生も手に負えてないようだからな。まして君なら――」
それに続くはずの言葉は、鈍い音に遮られた。
「……先生?」
ディレオは何回も目を擦り、瞬きをする。だがケビンの身体を槍が貫いているという事実は変わらない。
「……ぐっ!!!」
ケビンは痛みを受け入れるしかなかった。
それに耐えかねたのか膝から崩れ落ち、地面に手を付いて体勢を維持する。
「先生っ! 先生先生っ……!! くそっ!!!」
ディレオは傷口の近くに杖を当てながら槍を引っ張る。
顔面蒼白になりながらも一連の治療行為を着実にこなしていく。
「先生、もうちょっと我慢しててください!!! 今止血の魔法をかけてますから……!!!」
「あ、ああ……先生、ちょっと訊いてもいいか」
「何ですか!? 授業なら僕が代わりにやりますよ!?」
「そ、それは、これから言おうと、思っていた……よろしく、頼む。だがそれ以外に……先程、何かの気配を感じなかったか」
「気配ですか!?」
「この刺さり方だと……背後から刺されたとしか、考えられない……」
「……」
ディレオは傷口が完全に塞がるのを待ちながら、同時に記憶を辿っていく。
「……すみません、全然気付きませんでした。多分魔法で隠れていたとか、そんなんじゃないでしょうか……」
「……魔法か」
<うおおおおお!
先生どうしたんだあああ!!
治療の真っ只中の二人の元に、一年三組の生徒クラリアが走り寄ってきた。その後ろからはヴィクトールが小走りで駆け寄ってくる。
「ああ、確か……クラリアさんにヴィクトール君!」
「うげえ! 見ろよクラリス、血だ! 先生本当にどうしたんだ!?」
「……最近話題の暴行事件ですか」
「暴行……というより、殺人未遂だな、これは」
他の生徒達も続々とやってきて、次々と野次馬と化す。
(ハンスの奴は……いないか)
ケビンは顔をほんの少し後ろに向け、集まってきた生徒達を眺めていた。
「よし……止血完了!!! 後は保健室で診てもらいましょう!!!」
「そうだな……」
「皆ここで待ってて!!! 先生を保健室に連れて行ったら僕が代わりに授業するから!!!」
「了解したぜー!」
「わかりました。その間自習をしていますね」
ケビンはディレオに支えられてゆっくりと立ち上がる。一年三組の生徒達は、ヴィクトールの指示の下早速自習に取り組み出す。
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