春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

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第28話 夜明けにただいま

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「はーいっ。皆様おはようございまーす」
「「「おはようございまーす」」」



 ここはローゼンの町にある宅配物集積所。飛空艇が飛んでいけるように、天井に造られた大穴が名物。

 現在時刻は朝8時。それぞれ出勤してきた配達員達を前に、局長オーガスタが朝礼をしている。



「さて今日は4月13日……いやー早いもので4月も2週間過ぎようとしてますね。新しい生活に皆様慣れましたでしょうか。僕は新しいも何もないのでいつも通りです、はい」

「で、仕事内容も特に変わりません。新人さんは宅配物の分け方を頑張ってください。新しい交渉が飛び込んできたら、それはベテランが対応しますんで。自分で対応できないと判断したら、即座に上に回す! これを徹底してください」

「ではこんなもんで朝礼を終わりに、ッ」




 配達員達は皆あっけに取られた。何故なら、オーガスタが突然潰されたからである。


 彼は天井の穴の真下で話をしていたのだが――そこから落ちてきた少女のクッションとなって、正面から倒れ込んだのである。




「……ぷはあ~。ああ、ここは集積所……やっと、やっと帰ってこれた……!」
「そ、その声はルチルちゃん……!?」
「あ、おはようございますオーガスタさん」


 座っている下から声がしたので、ルチルは下を向く。オーガスタがいたのでとりあえず挨拶はしておいた。


 しかし挨拶をしただけで、今自分は何をすべきかまでは、あまりにも眠すぎて気が回らなかった。


「あ~、ねっむ~……つかれたぁ……」
「ちょっ、ルチルちゃん!? 髪色普段より薄くなってない!? ルーン欠乏の症状じゃない!?」
「ふえ?」


 配達員の一人にそう言われ、ルチルは自分の髪をつまんで眺める。

 だがこちらも、色味を確認しただけでまた倒れてしまった。オーガスタに寄りかかるようにして、思いっ切り背面を逸らす。


「ルチルちゃーん!! あなた旅行に行ってたはずよねー!? 一体何があったらルーン欠乏症で天井から落っこちてくるのー!?」
「すぴ~、すぴ~……」

「こんな短時間で寝るとは……相当疲れてますね、こりゃあ」
「ひ、控室で寝かせてあげてぇ~……僕もうきついよぉ~……!!!」
「了解しました局長。担架を持ってくるので少々お待ちくださいね」
「ねえそれは一体どんなギャグなのぉ!?」





 朝8時に出勤した配達員が、仕事を終えるのは夕方17時。その間ルチルはずっと控室で眠り、起きたかと思えばご飯だったりトイレに行ったりして過ごした。



「いや~お見苦しい所を見せてしまいました」
「見る分にはよかったけど、僕の腰はクライマックスだよ……」
「ごめんなさいオーガスタさん」


 他の配達員が続々退勤していく中、ルチルはオーガスタと話をしている。


「しかし睡眠不足とか疲れならまだしも……ルーン欠乏って。一体何があったの?」
「えーと、南のヤルンヴィド超えた辺りから……ローゼンまで。魔法で空飛んで帰ってきました」
「ぶっ!?」


 オーガスタは飲んでいたコーヒーを若干噴き出す。そしてルチルを見つめた。


「え、ええっ、ヤルンヴィド超え~!? そんな距離をぶっ飛んできたのぉ~!?」
「はい、飛んできました。なんかやれそうだったので。気分で」
「気分で飛べるもんなのぉ!?」
「飛べるもんですけど、ルーン欠乏にはなります」
「そりゃそうだよね!! はあ~っ、そうかそうか……」



 オーガスタは他にも聞きたいことがあったが、これ以上は口にしないことにした。

 というのもあらゆる心配事は、全てこの質問に集約されるからである。



「ルチルちゃん……帰りが空だったことはこの際置いておいて。旅行は楽しかったかい?」
「はい! とっても、とっても、とーっても楽しかったです!」
「そうかそうか……」


 眩しい笑顔だった。それこそ最後に見たのは3年前、最近は仕事に忙殺されてめっきりしなくなった、心からの笑顔。


「その話、ニーナさんにもしてあげるんだよ。あとノワールさんとか、ソフィア様とかにも。皆気になっているだろうからね……ルチルが旅行で何を見てきたのか」
「そうします! あっでも……休暇は1ヶ月とか言っていたのに、2週間で帰ってきちゃった」
「いいよ、残り2週間はのんびりしな~。本当にルチルちゃんは仕事詰めだったからさ、いい機会だと思って休みなさい。あと休んでいる人が急に出るとか言うと、調整する人が大変だから」

「これが大人の事情ってやつですか……! では、遠慮なく休ませていただきます!」
「うんうん。でも暇だったら集積所来てもいいからね。それじゃ、今日の所はさよならってことで!」
「お疲れ様でしたーっ!」



 ルチルは大きな声でオーガスタに叫ぶと、夕日に照らされる道を小走りで帰っていった。



「……」

「……変わったなあ。本当に何かあったんだろうな。今の君は、とてもいい笑顔をしている……」






 そしてルチルは自分の家へと帰ってきた。特にためらうこともせず、扉を開け放つ。



「ただいま!」




 わかってはいたが、その言葉に返事をする人は、この家には存在しない。


 でもどうしてだろうか。ルチルの耳には、『おかえり』という声がかすかに聞こえてきた。


 しかもその声は昨日別れたばかりの、あの男の子のものだったのだ。




「……」



 ルチルはリビングの方を見遣る。2週間前には、あそこで一緒にカルパッチョを食べた子がいる。


 自分の数倍の量を一気に食べる。話では聞いていたが、実際見ると驚くことばかり。


 男の子とはそういう生き物だった。そして実際に、接触する機会を得たのだ。



 一緒にポプリを作って、パンケーキを食べて、船に乗って、時々ケンカもしたり戦闘もしたり。


 でも最後はお互いに笑顔で帰ってこれた。お別れもちゃんとできた、いい旅行だった――




「……よし。明日実行しよう」


 残された期間はあと2週間。その間に、あることをしようと、ルチルは心に決めた。


「ぐえ……ふらふらするぅ~」


 とりあえずお風呂にでも入ろうと動いたら、めまいがして態勢をちょっと崩す。


「うーんルーン欠乏症恐るべし……! 明日はだめだな。ちょっと休憩して、元気になったらにしよう!」





 そして数日後。


 ルチルは片手にアップルパイの入った袋を手に、空を飛んでいた。



「ふんふんふーん……らんらんっ♪」


 鼻歌を歌ってご機嫌に。今日もいい晴れ空で、邪魔する者は何もいない。

 いつもと同じ空なのに、なんだかとても大切に思えてくる。


「空も大地も、何もかもが変わってない。わたしが命を懸けた大冒険をしてきたなんて、ちっとも知らないんだ」


 たった2週間離れていただけなのに、住んでいる地域のありがたみを実感することになるとは、ルチルですらも予想外だった。


「そしてあの場所も……まさか、まさか誰も立ち入っていないとは思うけど」





 ルチルが訪れたのは、ローゼンの町より南西方向、ポプラーの村とほぼ横並びにある山。

 『ブレデリン』と呼ばれるその山は、ホッドミーミル大陸の中で最も標高が高い。頂上から見る景色は非常に美しく、加えて登山道も自然豊か。歩いているととても楽しいので、ホッドミーミルを代表する観光名所となっている。



 そしてこの山を語るに欠かせないのが、立地である。頂上から3分の2ほどは大陸側に開かれているが、残りは海に面している。山の『裏側』とでも呼べる場所だ。

 海から登ろうとしても絶壁が待ち受けているので、表から回り込まないといけない。ところが回り込もうにも、傾斜が激しく草木が生い茂っているので、生半可な実力では途中で力尽きてしまう。




 いつしか人々の思考は、表側でも十分なのだからわざわざ裏側に行く必要はないということになり、登山道も開拓されない秘境となっていった。どうしてもそこに行きたいのなら、登山道を通らずに行ける手段の確保が必要。

 それこそ、『風を操り空を飛んでいける』なんて魔法は、まさにぴったりな力なのだ。




「とうちゃーく! ふう……」



 ルチルは地面に降り立った。この場所こそが、ブレデリン山の裏側である。

 着いて早々、思いっ切り深呼吸。森林の香りを胸いっぱいに満たす。


 裏側にはとても美しい湖が広がっており、その周囲に森林を主体とした生態系が広がっている。登山道でも十分な美しさだが、ここに訪れてしまったらもう満足はできない。



「『ルティカ湖』……今日もとってもきれい……」


 名前こそついているが、この湖を訪れる者なんて、今ではもっぱらルチルだけだ。


「……」


 吸い込まれそうになる気持ちを押さえて、ルチルは歩き出す。





「……」


「……こんにちは! ううん……久しぶり? 久しぶりだね、だって3年ぶりだもん!」


「最近お仕事が忙しくて……でもね、今日はお休みを取ってきたの! ねえ、『お母さん』!」




 アップルパイの袋を手に、ぎこちない笑顔を見せるルチルが話しかけていたのは。


 湖のほとりに造られた『お墓』であった。
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