春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

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第25話 信頼は力に

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「ははは……魔法で逃げようとしたの? そんなことができると、思い上がったのか!?」



 アグナルはルチルが吹かせた風を、自分の杖から放たれる魔法で全てねじ伏せ――


 完全に自分の威力の方が高いことを見せつけながら、ルチルの眼前に迫った。



「あくぅ……っ!」
「いいだろう、この際に教えてやるよ。ぼくの魔法は『嵐』だ!」


 ルチルの胸倉を左手で掴んで、そのまま腕力で持ち上げる。その際に、左手に持っていたルチルの杖を、彼は乱暴に地面に叩きつけた。


「恐らく君の魔法は『風』とかその辺りだろう? 魔法にはな、上下関係が存在するんだよ!! 生まれながらの素質によって、勝てるかどうかが決まっている!!」

「君とぼくはそうだったわけだ――今後一切どのような修行を積んだ所で!! ぼくの放つ『嵐』の威力には、君の『風』は一生敵わないってことだ!!」




 あまりにも傲慢で、勝ち誇った言葉を。


 ルチルとアグナル以外に、聞き届けた少年が一人。




「――!!」
「ほう? やっと来たじゃないか。待ちくたびれたよ――」






「……いかがされましたアレス殿。先程からどうにもそわそわしておりますが……」
「んんっ、ああ……」


 アレス達スヴァーダからの捜索隊は、乗ってきた馬車の中で過ごしていた。宿を取ると素性がバレるリスクが高まるからである。


「いや、なんだかな……胸騒ぎがして溜まらないのだ。こう、とんでもない事態になっている気がするというか……」
「アレス様がそう仰るなら間違いないですよ! 長年クレイン殿下の面倒を見てこられた、アレス様が……」
「そういうものかな……いや、ホッドミーミルに来たのも、もしかしたらという予感を信じてのことだからな……」



 少し診療所に様子を見に行ってみるか――そう思った次の瞬間。



「ほ、報告します!! アレス様!!」
「どうした? いや……まさか殿下が!?」
「は、はい、クレイン殿下が……殿下と思われる蒼い炎の炎人ムスペルを、偵察中に発見いたしました!!」
「何だって!?」


 伝令の騎士に詰め寄り、アレスは声をもっと荒げる。


「一体いつのことだ!? どこで見かけた!?」
「つ、つい先程で……距離は1キロ程離れておりました……!」
「そんな……!!」


 偵察した時点でそれだけ離れているなら、今はもっと遠くに行ってしまっているわけで――


「今すぐ出発するぞ!! ああくそっ、殿下を信用せずに見張りをつけておくべきだった……!!」
「さらっと悪口言ってますねアレス様……!?」






「てめえ……ルチルに手は出さねえって……」

「ああ、手は出してないよ? ただね、今はをしていたのさ――」



 今にもふつふつと怒るクレインの前で、アグナルはルチルの肉体から手を離した。特に配慮もされていないので、ルチルは顔を地面に打ちつけてしまう。



「うっ……ううっ……」
「さっさとルチルを解放しろ!! それが目的なんだろう!!」

「解放するとも、こっちの要求を飲んでくれるならね?」
「はっ、今の見てたら信用できねえな。先にルチルを解放してくれないとなぁ?」

「へえこっちの方が優位に立っているのに取引だって? 面白いな。それとも単純にバカなだけか?」
「くっちゃべってねえでさっさとしろ!!!」



「はいはい――そう怒らないでよ。まあいいや。ぼくは今上機嫌だから、飲んでやろう――」



 アグナルはルチルを縛っていた縄を解いていく。


 全て解いた後、ルチルの腕を引っ張って立ち上がらせ、前に押し出した。



「ほら、離してやったぞ。早く行けよ」
「っ……」




 ルチルの足は素直に従い、前に動いていた。多くの見知らぬ男に囲まれるという経験が、ルチルから精神力を奪っていたのだ。



 これでいいのかと考える力もない。ただどうにかなってほしいという願いしかない。



 ルチルは一歩ずつ歩いていき、クレインの隣に差しかかったその時――




「――ふんっ!!!」
「おおっと! やっぱり一筋縄ではいかないんだなあ!?」


 クレインは斧を手に構え、前に踏み込んだ。その直後、凄まじい轟音が神殿跡に鳴り響く。


「……クレインっ!!」
「ルチル!! 逃げるんだ!! ここからできるだけ遠くに!!」



 クレインは斧を真っ直ぐ持ち、アグナルが杖を手に突進してきたのを塞いでいる。


 アグナルの杖先からは風に加え、水滴と雷とはたまた雹まで噴き出していた。



「てめえ……今ルチルのことを殺そうとしただろ!!」
「そりゃあするとも。そうすれば君は庇おうとするだろ? まだ完全とは言えない身体で――どこまでやれるかな!?」
「クソが……!!」


 クレインは軽くペンダントに触れた後、アグナルの魔法をどんどんいなしていく。




 雷は直前で見切って、雹は斧の刃で塞いで、水に濡れても炎が消えることはなく。風が吹き荒ぼうとも、大地に踏ん張り彼は凌いでいた。


 しかし、凌いでいるだけであった。アグナルは涼しい表情で魔法を繰り出しているのに、それに攻撃を仕掛けることができていないのだ。




「クレイン……クレインっ!!」



 その光景を見て、ルチルは叫ぶことしかできなかった。逃げろと言われたのにも関わらず。


 クレインを置いて逃げられるわけがなかった。しかしその戦闘に参加できるかと言うと、それも無理だった。



「おいおい、中が騒がしいと思ってきてみれば!」
「な~んだ逃げ出そうとしてるんじゃないの! へっへっへ!」


「……!」



 神殿跡の入り口から、続々と男達が集まってきているまだ残っている山賊がいたのだ。



「あっ、ああああっ……!」
「待て!! あの坊主がどんな取引をしたかは知らねえが、お前は生かしちゃおけねえ!!」





 ルチルは逃げ出した。入り口から左に逸れて、入り組んだ通路に向かって。

 風の魔法で追い払うこともできただろうに、恐怖がそうさせなかった。



「来ないで……来ないでっ……!」



 あの屈強な腕に捕まったら何をされるのか? 想像しただけでも吐き気がする。

 確かに強い風を吹かせれば彼らを遠ざけることができるだろう。でも、もしも失敗してしまったら?



「あっちに行ってよ……いやだ……」



 ルチルは咄嗟にそんなことを思った。さっきできたことに対して、自信を喪失していたのは――



 魔法には上下関係があると、山賊達を払いのけても結局叩き潰される運命なのだと。


 今クレインと戦っている、あの青年に思い知らされたからだろう――



 

「見つけたぁ!!」
「……っ!!」



 夢中で走っていたルチルは、山賊達数人に先回りされたことに気づかず、真正面から鉢合ってしまった。


 後ろからも追いかけてくる音がして、両側は壁で塞がれている。もうどこにも逃げられない――



「『月影』ッ!!!」
「ぐお……っ!?」

 
 そう思った直後、左側の壁が煙を上げて破壊され――


 加えてそこから影がこぼれ出す。それは山賊達を瞬く間に覆い尽くしたと思うと、揃って地面に伏させた。




「はぁ、はぁ……ぐっ……」



 クレインは腕の傷口を押さえ、息を深く吐きながら壁の穴から姿を見せた。

 服は焦がれそして濡れている。あの嵐にやられてしまったのだろう。



 そんな彼はルチルと目が合うと、表情が冷めていく。



「……なんでまだここにいやがる。逃げろって言ったはずだ……!!」
「で、でも……」


「でもじゃねえ!! いいか、あいつはお前じゃ敵わねえ!! 逃げるしかねえんだよ!!」
「そんなこと言って、クレインだってボロボロじゃん……!」


「おれはいい……月の光は残っている! お前を逃がすだけなら、十分戦える!! なのに……!!!」
「――嫌だ! わたしはそんなの嫌だよ!!」




 ルチルは叫んだ。声が枯れるのも気にせず、思いっ切り。


 そうしなければ、依然神殿内で渦巻く嵐の轟音に、かき消されてしまうから。




「わたしは最初に誓った!! あなたの力になるって!! だから……ここであなたを見捨てて逃げたくない!!」




 そう言葉にした後に、ルチルはようやく気がついた。


 山賊達から逃げ回っていたのは、力の差を見せ付けられて、怖かったからではない。




 この状況でクレインの助けになるにはどうすればいいのか、わからなかった――方法を探していたからであると。





「……」

「そうか」




 クレインは一言だけ言い放った後、左手に持っていたものをルチルに投げ渡す。


 一瞬バランスを崩しながらも、ルチルはそれを受け取った。自分が愛用している杖である。



「ちょっとでも役に立ちたいと思うなら、堂々としてくれよ。でないとこの嵐の前では、何もできずに倒れるだけだ」



「……ルチル。お前の魔法はとっても凄いだろう。それをわざわざ拾っておいたのも――」


「お前の魔法に頼りたいと思ったからだ……あんなに強い風を操れるんだ。ならこの状況を打開することも、きっとできるはずだろ?」



「おれ一人じゃくたばりそうだが、お前と一緒なら――やれる! やれるはずだ! 信じているぞ、ルチル!!!」




 そこでクレインは言葉を切り、頭を軽く振った後、広間へと戻っていった。

 向かっていった先からは、アグナルの挑発するような声が聞こえてくる。




「ガールフレンドとの別れは済んだかい? ぼくがくれてやった時間だ、感謝しろよ!」
「はっ、随分と自惚うぬぼれが強いんだな? だがそれも終わりだ、今に叩きのめしてやるッ!!」
「そっちこそ威勢だけはいいようだが――くたばるのも時間の問題だなぁ!?」





 信じていると言ってくれた声が、何度も自分の中を駆け巡る。

 それは優しさをもってして包み込んでくれて、立ち上がる強さを与えてくれた。



 杖も手元に戻ってきた今、もう何も理由をつける必要はない。ルチルは恐れず歩き出した――
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