春風の魔法少女 ルチルの大冒険

ウェルザンディー

文字の大きさ
上 下
20 / 30

第20話 生まれた意味

しおりを挟む
(くそっ……!! 行くな、落ちていくんじゃねえ……!!)



 黒をぼとりと垂らしたような青。波は決して目に見えず、荒れ狂い身を叩き付けてくる。


 クレインはそんな海をひたすらに潜っていた。波がないという事前情報を疑うような、激しくうねる海であった。



(『潮汐』……! もっと、もっとだ……!)



 視界には捉えられている。透明に輝く貝殻と、白い宝石が入ったポプリ。

 当然ながら自分よりも小さいので、どんどん引っ張られて落ちていく。それを自分を無理矢理重くすることで、追いつこうとしているのだ。



(これを失ってしまったら、あいつは……ルチルはっ!!!)





「た、大変ですっ、船底に穴が空いて……!」
「なんだって!?」


 甲板まで出てきたルチルは、そのまま操舵室へと足を運び、船の状態を船乗り達に伝えた。


「わかった、教えてくれてありがとう! あとは魔道具で直すから安心しな!」
「は、はい……あと、その……」
「ん!? まだ何かあるのか!?」
「えっと……」


 この人達ならどうにかしてくれるかもと期待を込めて、ルチルは伝えた。


「一緒に来た男の子が、海に落ちちゃって……!」
「なんだと!? おわっ!!」
「きゃっ……!」



 話をしている間にも船は大きく揺れる。安全な操縦が求められると同時に、一刻も早くこの嵐を脱しないといけない。



「……悪いがお嬢ちゃん、お連れさんの方はどうにもできねえ。海に落ちたのは不運だ……そう割り切るしか……」
「そんな……!」


 伝えたいことは山程ある。クレインは自分にとってどれだけ大事なのか、口を開こうとした。


「いいか、たった一人の為だけに大勢を犠牲にするわけにはいかねえんだよ。仮にどっかの王族だったら話は別だが、何か証明できるものはあるのかい?」
「そ、それは……」


 クレインの存在がおおやけにされていないという事実が、ここに来て足を引っ張ってしまう。


「ないんだろ? じゃあ諦めてくれ。俺達だってな、胸は痛むが全く知らない誰かの為に命懸けられる程肝は据わってねえ……」
「……」



 去っていく船乗りを前に、ルチルは一歩も動けなくなってしまった。絶望だけが広がって、ポシェットが普段より軽くなっていることにも気づかない。





(やった……! 取れたぞ!)



 重力をかけて海を潜ること数分、クレインは遂に貝殻とポプリを掴むことができた。


 丁寧に回収した後は服のポケットに入れ、ジッパーをしっかりと閉める。これが開くことはないと確信した。



(あとはこれをルチルに……!)



(ルチル、に……っ!!!)




 海面への浮上を試みようとしたその時。



 クレインの後頭部に何かが激突した。




(がはっ……!!!)



 とてつもない痛みだった。金属の棒で殴られても、ここまでの痛みは感じない。

 その感覚は、一瞬のうちにクレインの意識を奪っていく――






「ジェルドさん……!」
「ルチル! 無事だったか! 船に穴空いたって聞いて――」


 心配する彼の言葉を遮るように、ルチルは彼に抱き着く。


「く、クレインが……海に落ちて……!」
「はぁ!? あの坊主、一体何を考えてやがる!?」
「わからない、わかりませんっ……! でも、でも……!」


 時間が経った影響か、ルチルはその時の光景を少しは冷静に分析できるようになっていた。


「今落ちたって言いましたけど、落ちたんじゃなくて……海に向かって飛び込んでいった感じで……っ」
「なんだと……まさか本当に嵐を食い止めに行ったんじゃないだろうな!?」
「そんな、こと……でも、でも、どうだろう……」




 今行方不明になった者に対して、とりとめのない推測をしている最中――




「……あっ!!!」
「どうした!?」


 ルチルは突然ジェルドから離れ、海が見えるギリギリまで、船の縁に接近する。


「あ、ああっ、あああああっ……!!!」
「……ッ!!! あいつ……!!」




 暴風によって生まれる波に荒らされ、雷も落ち、ひどく狂い果てる海に。


 人間の頭が一つ浮かんでいた。金髪で、褐色肌で、蒼い炎を時々噴き出していた。



 その炎はどんどん小さくなっていき、極めつけに後頭部からは出血していた――




「クソが……!!! 『猛進』ッ!!!」



 ジェルドが人差し指をクレインに向ける。


 するとその指先から一瞬黒い雷が迸った。




 それがクレインに着弾したかと思うと、彼の肉体が海面から突き飛ばされていく。




「何とか持ってくれよ!! 『垂直』!!」




 吹き飛ばされたクレインの肉体は、風に抗う程の速度で、船の真上にまで真っ直ぐ飛んできた。


 そのタイミングを見計らって、ジェルドは再び指から迸る雷を彼に命中させる。



 力の向きが変わったのか、クレインの肉体は引き寄せられるように降下し――


 それなりに大きい音を立てて、甲板に落ちる。ジェルドはすぐに彼に近づき、手際よく服を脱がせていく。



「クソッ、波に揉まれて石に頭打ったな……!? 本当に、本ッ当に馬鹿なことしやがって……!!!」


 自分の服も脱ぎ、適当に破った後、クレインの傷口に巻き付けて止血を行っていく――




「おい!! 突っ立って見ているだけなら、手が空いている船乗り呼んでこい!! 人手が必要だ!!」

「呼んできてくれれば、あとは俺が指示する――これは俺一人じゃ限界がある!!」



 ジェルドはルチルに向かって必死に叫んだ。目の前にいる瀕死の若者を、どうにかこの世に留めようと手を尽くしている。


 自分達は手を尽くされている。ルチルはそれを実感できたはずなのに、一歩も動けなかった。



「――色々抱えてんのはわかるが、動け!!! でないとお前の大事なツレは本当に死んじまうぞ!!!」




 死ぬ。クレインが死ぬ。助けた命が無くなる。他でもない『わたし』が助けた命が。



 その現実を改めて突き付けられたルチルは、震える足に精いっぱいの力を込め、立ち上がった。




「……はい!! すみません、少し待っていてください……!!」
「頼むぞ……!!! お前のツレだって頑張ってんだ、お前も気張れよ!!!」







「ねえ……父さん」

「おれはどうして蒼いんだ? おれはどうして、蒼い魔法を持って生まれてきたんだ……?」



 様々な調度品が置かれ、とても豪華な部屋に、人間が二人いる。

 ソファーにゆったりと座る男性と、その膝の上に乗る少年だ。



「それは簡単なことだ。お前は大いなる運命を背負ってきたんだよ。私達には到底成し得ないような、ね……」



 父親は息子に語りかける。肌の色こそ同じだったが、息子が放つ炎は蒼く、呼応するように瞳も蒼く染まっていた。

 赤い炎を放ち、紅い瞳を持つ自分とは違う。しかし紛れもなく血はつながっているのだ。



「父さんですらもできないような……」
「そうだ、きっと皇帝をやるより大切なことだ。それでいて難しいことなのだと、私は思う」

「……おれ、いつも勉強で叱られてばかりだけど。できるかな」
「できるさ。ふふ……勉強なら存分に叱られていなさい。その使命を果たす際に、失敗しなければいいのだから」



 父親はいつも難しい言い回しをする。きっと皇帝なんてやって、多くの人の声を聞いているからだろう。

 でも声色は優しくて、いつも落ち着いている。そんな父親を息子は尊敬していた。



「……占い師が教えてくれればいいのにな。おれは一体何をすればいいのか」
「それを教えられたら、私は必要なくなってしまうよ。迷う者がたくさんいるからこそ、皇帝は道標にならないといけない」
「ははは……それもそっか……」



 息子は目を閉じる。そして間もなくして、父親の膝の上で眠りに着いた。




 そんな昔々の光景を、どうして今になって見ることになったのかは、自分にもわからない。ただ――


(生まれた意味……)

(……皇帝ができないのは、個人を深く見つめて、それに寄り添うことだ。大衆を意識しないと国は治められない)

(だからこれが、そうなんだ……誰かの為に頑張って、全力を尽くして……)



 暗い海のような意識の中、父親に言われた言葉の数々を、少年は何度も反芻していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

リュッ君と僕と

時波ハルカ
児童書・童話
“僕”が目を覚ますと、 そこは見覚えのない、寂れた神社だった。 ボロボロの大きな鳥居のふもとに寝かされていた“僕”は、 自分の名前も、ママとパパの名前も、住んでいたところも、 すっかり忘れてしまっていた。 迷子になった“僕”が泣きながら参道を歩いていると、 崩れかけた拝殿のほうから突然、“僕”に呼びかける声がした。 その声のほうを振り向くと…。 見知らぬ何処かに迷い込んだ、まだ小さな男の子が、 不思議な相方と一緒に協力して、 小さな冒険をするお話です。

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~

橘花やよい
児童書・童話
宝石店の娘・ルリは、赤い瞳の少年が持っていた赤い宝石を、間違えてお客様に売ってしまった。 しかも、その少年は吸血鬼。石がないと人を襲う「吸血衝動」を抑えられないらしく、「石を返せ」と迫られる。お仕事史上、最大の大ピンチ! だけどレオは、なにかを隠しているようで……? そのうえ、宝石が盗まれたり、襲われたりと、騒動に巻き込まれていく。 魔法ファンタジー×ときめき×お仕事小説! 「第1回きずな児童書大賞」特別賞をいただきました。

空の話をしよう

源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」  そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。    人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。  生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。  

処理中です...