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第16話 クサレビト
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さて、ルチルとクレインはポプラーという村を存分に満喫した。もう未練はないと思えたので、次の目的地へと向かって出発する。
「『アンドヴァリ港』……までお願いしまーす」
「はいよ、二人合わせて700クローネだ。断っておくが、ヤルンヴィド方面をなるべく避けるルートを取るから、結構大回りになる。最短ではないから注意してくれ」
「わかりましたー」
馬車の乗合所で乗車券を買い、そして指定された馬車に乗る。他に乗っている客はおらず、奇遇にもルチルとクレインの二人だけであった。
「はー、ソファーが悠々と座れる。こっち方面に行く人、あんまりいないのかな?」
「腐乱地帯が広がってるならそうだろうな。にしても、大陸を横切るようにして発生してんの……本当に意地が悪いな」
「うん……」
クレインが目を通していたのは、昨日出会ったジャッカルから渡された、腐乱地帯の詳細な地図。躊躇なく人に説明し殴りかかる男ではあったが、親切心は併せ持っているのだ。
ルチルもその地図を覗き溜息をつく。彼女が把握していた範囲より、腐乱地帯は確実に広がっていたからだ。
「ヤルンヴィドがちょうど中心部分にある都市だから……そこを狙って発生した、なんてね」
「ただの腐れが意思を持っているわけねーのにな。でも昨日の臭いの話……あれ聞くとやっぱり何かあるんじゃねえかって思っちまうぜ」
「それを発見するのは、魔術師団やセイズ協会のお仕事。わたし達は安全に南に行くのがお仕事です」
「そうだな……」
話をしていると馬車が動き出す。数々の景色を置き去りにして、軽やかに疾走していく。
「方角的には、あっちの方向ににヤルンヴィドがあるのか」
「そうだよ。きっとポプラーの村にも、ヤルンヴィド行きの馬車とかあったんだろうなあ」
窓から景色を覗き込みながら、ルチルとクレインは会話を行う。クレインは進行方向からやや左に逸れた方向を見ていた。
窓から見る限りでは、その先には地平線が広がっていて、何もないように思えてくる。
「観光名所なんだってな。ルチルは行ったことあるのか?」
「……」
「ルチル?」
「あっ……えーと、ごめん。いつか行こうかなって思っているうちに、『大腐乱』が起こっちゃったんだよね」
「そうだったか。おれはそういうの興味ねえから、ライヴァンでも聞いたことねえな……」
「世界的に有名だったから、ライヴァンにも資料残ってるんじゃない? 帰ったら見てみてよ」
「そうだな……」
そんな話をしていると、突然御者の男性が会話に混ざってくる。
「お二人さん、ちょっといいかい? ギリギリを通っているとはいえ、一応ヤルンヴィドが近いんだ。『アリルハーブ』を持っているなら嗅いでおいてくれ。ないなら鼻つまんで口で息をしてくれよ」
あらかじめの注意喚起を受け、二人はそのようにした。『アリルハーブ』を用いて作ったポプリの蓋を開け、中から溢れた香りを鼻に近づける。
「すぅ~……うーん、何度嗅いでもいいものだなぁ。こんなハーブが人工だなんて」
「木のようなすっきりとした香りと、花の濃厚な香り。マジで森にいるような感じだぜ」
「へえ、お二人さんはポプリにしたのか。まあポプラーに来たならポプリだよなあ」
「おっさんも嗅ぐか? 減るもんじゃないし、おれの嗅いでいいぞ」
「いいのかい? 『アリルハーブ』は手元にあるんだが、ポプリの方が効果高いもんな。ならありがたく受け取っていくぜ」
「ほらよ。ハーブを直に嗅いでんのか? 効果高いってわかってんなら、おっさんもポプリにすりゃあいいのに」
「よせやい。あんたみたいな若者はともかく、俺みたいな歳の人間が今になって――」
その時。
先程クレインが見ていた、西の方角から――
飛来物が向かってくるのを目撃する。
「……ん?」
「何あれ……弾丸かな?」
「……」
「……だんだんと大きくなってない?」
「ってことは、接近しているのか……」
「……!!」
「坊っちゃん、嬢ちゃん!! 覚悟してくれ!!!」
御者の男性にどういうことか聞く間もなく、それは姿を見せた。
「……ウオオオオオ」
「オアアアアア……」
空から飛んできた段階では、灰色に黄土色や茶色を混ぜ込んだ配色の、べちゃべちゃの液体が固まっているだけに見えた。地面に落ちてきたそれは、広がって土に溶けていくかと思われたが――
飛散した液体は一切吸収されることなく、みるみるうちに結集していき、一定の形になると止まった。手が二本と足が二本に加え、頭部が縦に長い胴体にくっついた、人間の形である。
最後に頭部と思われる部位に、赤い光が灯る。目のつもりかと疑いたくなる。その下にある空間が開き、漆黒を覗かせる。口であることは疑いようがなかった。
そこから声にならない悲鳴を上げているそれと、目が合ってしまう――
「ウアアアアア……!!!」
「ひっ……!」
「『クサレビト』……! 嘘だろ!? 飛んできた!?」
「飛んでくるって話は聞いたことがねえ!! でも遭遇しちまったからには、予定変更だ!!」
御者の男性がルートを見極め馬に指示を出す間にも、数体の『クサレビト』が空から飛んできて、馬車の近くに落ちてくる。そして人間の形に戻って動き出す。
どれもが馬車を視界に収め、そこに乗っている人間を喰らおうとしているのは間違いなかった。
「あっ、あわわっ!」
「急に走らせるから捕まっていろよ!! 近くに魔術師団のベースキャンプがあるから、そこに逃げ込む!!」
「間に合うのか!?」
「間に合わせるんだよ!! あんたらにできることは、飛ばされないようにしていることだけだ!!」
御者の男性はクサレビト自体に慣れているのか、慌てることなく馬に指示を出す。激しく揺れて馬車は動き、幌の隙間から後ろの光景が見える――
「……!」
目を離せと言われても、ルチルは見てしまった。背後から迫ってくるクサレビト達の姿を。
先程自分達が走ってきた緑の平原を、クサレビト達も通る。しかしその後に残されるのは――
それの体液と同じ、様々な色が混ざって何もわからなくなった色に、染め上がった地面。
そこには二度と生命が根付くことはないだろうと、直感的に思わせてくるのだ。
「うううっ……!」
ルチルは急いで顔を引っ込め、そしてポプリの香りを嗅いだ。無効化するとは言われていたものの、効果時間は存在する。
背筋が凍っていると、痛烈な臭いが頭を侵食していく。べとべとした体液と肥溜めのような植物が混ざった――
「おっさん!! もっと速度出ねえのかよ!?」
「これ以上は無理だ!! 馬の足がもたげる!!」
「くそっ……クサレビト共の方がはえーぞ!! 追いつかれる!!」
クレインの報告を受け、ルチルはもう一度幌の隙間から背後を見る。先程よりクサレビト達は大きく見えた。
「そんな……!」
「ちくしょう!! これまでか……こういう時に限って大きな風が吹かねえんだよな!!」
「……!」
御者はそう愚痴を吐いたが、風なら起こせる。自分の魔法だからだ。
ルチルはそう思ったのだが、杖に手をかけるのを躊躇する――
(……確かに風は起こせる。でも、今回はただ強くするだけじゃだめ……)
(馬が倒れない程度の強さじゃないと! わたしにできるの……? わたしに、わたしに……)
「……よし。こうしようぜ、ルチル」
クレインはルチルの肩をぽんっと叩いて、落ち着いた様子で告げる。
「おれがお前の目になるんだ。馬がどういう状態か教えて、風の強さについて指示を出す。その通りにお前は魔法を操ればいい」
「……クレイン」
「心配そうな顔すんなって。ルチルはあんなに強い風を起こせるんだ。ルーンをいっぱい集めることができるんだから、必ずできるさ」
「……!」
安心させるように微笑むクレイン。その笑顔は、ルチルに自信を持たせるには十分だった。
「……うん。クレインが言ってくれるなら、わたし、頑張れる……」
「よし! そうと決まったら時間はねえ!」
クレインは御者の男性に向かって呼びかける。
「おっさん! 今からおれ達で風を起こす! 操縦は任せたぞ!」
「何ぃ!? そうかそれなら……信じるぞ!!」
一言だけ放った男性は、馬にむちを入れる。
ルチルは幌を少し大きくめくり、背後の風景が全て視界に入るようにする。クサレビト達の姿はまた大きくなっており、刻一刻と迫ってきている――
「ルチル! まずは一発、大きくかましてくれ!」
「……うん!」
それに対して恐怖を感じていたら、喰われてしまう。自分達が助かるには、恐怖に打ち勝つしかないのだ。
「それっ……! 風よ、吹けーっ!」
杖の先を向けて、ルーンを集中させる。たちどころに空気の流れが変わり――
馬車を押し出すように大きな風が吹く。クサレビトの放つ臭気にも負けない、からっとした恵みの風。
「くっ……うっ……!」
「いいぞルチル! 次は今のから、3分の2ぐらいに抑えられるか!?」
「やって……みるっ!」
具体的な指示を出してくれたおかげで、ルチルもしっかりとイメージすることができた。今よりも力を抑えるようにルーンを操作する。
すると風の勢いが弱まり、速度も伴って低下していく。馬車は激しく揺れているが止まる様子はない。
「いいぞ兄ちゃん!! この調子で頼む!!」
「あいよっ! ……しばらくはこのままを保ってくれ、ルチル! クサレビトの様子はおれが見ておく!」
「うん……!」
力を振りしぼると目をつぶってしまうのは、ルチルの癖であった。でも今はクレインが目になってくれている。
それが安心感を齎していたのだろう。目をつぶっていたが、少しずつ目を開くことができた――
「はぁ……はぁ……」
「ルチル……? 大丈夫か? ルーン切れで苦しいのか?」
「ううん……大丈夫。目を開けるなんて、慣れないことしているだけ。でも目をつぶっていたら、現実から目を背けていることになる。逃げてちゃいけないなって、思った……」
「お前……」
呼吸は深く乱れていたが、それでも緑の瞳で前を見据える。何をするべきか確かめるように。
「クレイン! 次の風どうしようか!」
「……ちょっと強めてくれ! クサレビト共と少しだけ距離を開ける感じで構わない!」
「わかっ……たっ!」
目を開けているので杖の先が見える。どれだけルーンが集まっているか、実際に見て確認できる。
そのおかげでルーンの調整もしやすくなっていた。クサレビトの大きさも適度に確認し、距離を取りながら風を操る――
「『アンドヴァリ港』……までお願いしまーす」
「はいよ、二人合わせて700クローネだ。断っておくが、ヤルンヴィド方面をなるべく避けるルートを取るから、結構大回りになる。最短ではないから注意してくれ」
「わかりましたー」
馬車の乗合所で乗車券を買い、そして指定された馬車に乗る。他に乗っている客はおらず、奇遇にもルチルとクレインの二人だけであった。
「はー、ソファーが悠々と座れる。こっち方面に行く人、あんまりいないのかな?」
「腐乱地帯が広がってるならそうだろうな。にしても、大陸を横切るようにして発生してんの……本当に意地が悪いな」
「うん……」
クレインが目を通していたのは、昨日出会ったジャッカルから渡された、腐乱地帯の詳細な地図。躊躇なく人に説明し殴りかかる男ではあったが、親切心は併せ持っているのだ。
ルチルもその地図を覗き溜息をつく。彼女が把握していた範囲より、腐乱地帯は確実に広がっていたからだ。
「ヤルンヴィドがちょうど中心部分にある都市だから……そこを狙って発生した、なんてね」
「ただの腐れが意思を持っているわけねーのにな。でも昨日の臭いの話……あれ聞くとやっぱり何かあるんじゃねえかって思っちまうぜ」
「それを発見するのは、魔術師団やセイズ協会のお仕事。わたし達は安全に南に行くのがお仕事です」
「そうだな……」
話をしていると馬車が動き出す。数々の景色を置き去りにして、軽やかに疾走していく。
「方角的には、あっちの方向ににヤルンヴィドがあるのか」
「そうだよ。きっとポプラーの村にも、ヤルンヴィド行きの馬車とかあったんだろうなあ」
窓から景色を覗き込みながら、ルチルとクレインは会話を行う。クレインは進行方向からやや左に逸れた方向を見ていた。
窓から見る限りでは、その先には地平線が広がっていて、何もないように思えてくる。
「観光名所なんだってな。ルチルは行ったことあるのか?」
「……」
「ルチル?」
「あっ……えーと、ごめん。いつか行こうかなって思っているうちに、『大腐乱』が起こっちゃったんだよね」
「そうだったか。おれはそういうの興味ねえから、ライヴァンでも聞いたことねえな……」
「世界的に有名だったから、ライヴァンにも資料残ってるんじゃない? 帰ったら見てみてよ」
「そうだな……」
そんな話をしていると、突然御者の男性が会話に混ざってくる。
「お二人さん、ちょっといいかい? ギリギリを通っているとはいえ、一応ヤルンヴィドが近いんだ。『アリルハーブ』を持っているなら嗅いでおいてくれ。ないなら鼻つまんで口で息をしてくれよ」
あらかじめの注意喚起を受け、二人はそのようにした。『アリルハーブ』を用いて作ったポプリの蓋を開け、中から溢れた香りを鼻に近づける。
「すぅ~……うーん、何度嗅いでもいいものだなぁ。こんなハーブが人工だなんて」
「木のようなすっきりとした香りと、花の濃厚な香り。マジで森にいるような感じだぜ」
「へえ、お二人さんはポプリにしたのか。まあポプラーに来たならポプリだよなあ」
「おっさんも嗅ぐか? 減るもんじゃないし、おれの嗅いでいいぞ」
「いいのかい? 『アリルハーブ』は手元にあるんだが、ポプリの方が効果高いもんな。ならありがたく受け取っていくぜ」
「ほらよ。ハーブを直に嗅いでんのか? 効果高いってわかってんなら、おっさんもポプリにすりゃあいいのに」
「よせやい。あんたみたいな若者はともかく、俺みたいな歳の人間が今になって――」
その時。
先程クレインが見ていた、西の方角から――
飛来物が向かってくるのを目撃する。
「……ん?」
「何あれ……弾丸かな?」
「……」
「……だんだんと大きくなってない?」
「ってことは、接近しているのか……」
「……!!」
「坊っちゃん、嬢ちゃん!! 覚悟してくれ!!!」
御者の男性にどういうことか聞く間もなく、それは姿を見せた。
「……ウオオオオオ」
「オアアアアア……」
空から飛んできた段階では、灰色に黄土色や茶色を混ぜ込んだ配色の、べちゃべちゃの液体が固まっているだけに見えた。地面に落ちてきたそれは、広がって土に溶けていくかと思われたが――
飛散した液体は一切吸収されることなく、みるみるうちに結集していき、一定の形になると止まった。手が二本と足が二本に加え、頭部が縦に長い胴体にくっついた、人間の形である。
最後に頭部と思われる部位に、赤い光が灯る。目のつもりかと疑いたくなる。その下にある空間が開き、漆黒を覗かせる。口であることは疑いようがなかった。
そこから声にならない悲鳴を上げているそれと、目が合ってしまう――
「ウアアアアア……!!!」
「ひっ……!」
「『クサレビト』……! 嘘だろ!? 飛んできた!?」
「飛んでくるって話は聞いたことがねえ!! でも遭遇しちまったからには、予定変更だ!!」
御者の男性がルートを見極め馬に指示を出す間にも、数体の『クサレビト』が空から飛んできて、馬車の近くに落ちてくる。そして人間の形に戻って動き出す。
どれもが馬車を視界に収め、そこに乗っている人間を喰らおうとしているのは間違いなかった。
「あっ、あわわっ!」
「急に走らせるから捕まっていろよ!! 近くに魔術師団のベースキャンプがあるから、そこに逃げ込む!!」
「間に合うのか!?」
「間に合わせるんだよ!! あんたらにできることは、飛ばされないようにしていることだけだ!!」
御者の男性はクサレビト自体に慣れているのか、慌てることなく馬に指示を出す。激しく揺れて馬車は動き、幌の隙間から後ろの光景が見える――
「……!」
目を離せと言われても、ルチルは見てしまった。背後から迫ってくるクサレビト達の姿を。
先程自分達が走ってきた緑の平原を、クサレビト達も通る。しかしその後に残されるのは――
それの体液と同じ、様々な色が混ざって何もわからなくなった色に、染め上がった地面。
そこには二度と生命が根付くことはないだろうと、直感的に思わせてくるのだ。
「うううっ……!」
ルチルは急いで顔を引っ込め、そしてポプリの香りを嗅いだ。無効化するとは言われていたものの、効果時間は存在する。
背筋が凍っていると、痛烈な臭いが頭を侵食していく。べとべとした体液と肥溜めのような植物が混ざった――
「おっさん!! もっと速度出ねえのかよ!?」
「これ以上は無理だ!! 馬の足がもたげる!!」
「くそっ……クサレビト共の方がはえーぞ!! 追いつかれる!!」
クレインの報告を受け、ルチルはもう一度幌の隙間から背後を見る。先程よりクサレビト達は大きく見えた。
「そんな……!」
「ちくしょう!! これまでか……こういう時に限って大きな風が吹かねえんだよな!!」
「……!」
御者はそう愚痴を吐いたが、風なら起こせる。自分の魔法だからだ。
ルチルはそう思ったのだが、杖に手をかけるのを躊躇する――
(……確かに風は起こせる。でも、今回はただ強くするだけじゃだめ……)
(馬が倒れない程度の強さじゃないと! わたしにできるの……? わたしに、わたしに……)
「……よし。こうしようぜ、ルチル」
クレインはルチルの肩をぽんっと叩いて、落ち着いた様子で告げる。
「おれがお前の目になるんだ。馬がどういう状態か教えて、風の強さについて指示を出す。その通りにお前は魔法を操ればいい」
「……クレイン」
「心配そうな顔すんなって。ルチルはあんなに強い風を起こせるんだ。ルーンをいっぱい集めることができるんだから、必ずできるさ」
「……!」
安心させるように微笑むクレイン。その笑顔は、ルチルに自信を持たせるには十分だった。
「……うん。クレインが言ってくれるなら、わたし、頑張れる……」
「よし! そうと決まったら時間はねえ!」
クレインは御者の男性に向かって呼びかける。
「おっさん! 今からおれ達で風を起こす! 操縦は任せたぞ!」
「何ぃ!? そうかそれなら……信じるぞ!!」
一言だけ放った男性は、馬にむちを入れる。
ルチルは幌を少し大きくめくり、背後の風景が全て視界に入るようにする。クサレビト達の姿はまた大きくなっており、刻一刻と迫ってきている――
「ルチル! まずは一発、大きくかましてくれ!」
「……うん!」
それに対して恐怖を感じていたら、喰われてしまう。自分達が助かるには、恐怖に打ち勝つしかないのだ。
「それっ……! 風よ、吹けーっ!」
杖の先を向けて、ルーンを集中させる。たちどころに空気の流れが変わり――
馬車を押し出すように大きな風が吹く。クサレビトの放つ臭気にも負けない、からっとした恵みの風。
「くっ……うっ……!」
「いいぞルチル! 次は今のから、3分の2ぐらいに抑えられるか!?」
「やって……みるっ!」
具体的な指示を出してくれたおかげで、ルチルもしっかりとイメージすることができた。今よりも力を抑えるようにルーンを操作する。
すると風の勢いが弱まり、速度も伴って低下していく。馬車は激しく揺れているが止まる様子はない。
「いいぞ兄ちゃん!! この調子で頼む!!」
「あいよっ! ……しばらくはこのままを保ってくれ、ルチル! クサレビトの様子はおれが見ておく!」
「うん……!」
力を振りしぼると目をつぶってしまうのは、ルチルの癖であった。でも今はクレインが目になってくれている。
それが安心感を齎していたのだろう。目をつぶっていたが、少しずつ目を開くことができた――
「はぁ……はぁ……」
「ルチル……? 大丈夫か? ルーン切れで苦しいのか?」
「ううん……大丈夫。目を開けるなんて、慣れないことしているだけ。でも目をつぶっていたら、現実から目を背けていることになる。逃げてちゃいけないなって、思った……」
「お前……」
呼吸は深く乱れていたが、それでも緑の瞳で前を見据える。何をするべきか確かめるように。
「クレイン! 次の風どうしようか!」
「……ちょっと強めてくれ! クサレビト共と少しだけ距離を開ける感じで構わない!」
「わかっ……たっ!」
目を開けているので杖の先が見える。どれだけルーンが集まっているか、実際に見て確認できる。
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