上 下
10 / 30

第10話 それぞれの思い

しおりを挟む
「ふうー……やっと眠れるな」
「テントでひと眠りだー!」


 借りたテントは、二人用のこじんまりとしたもの。ベッドとランプと魔道空調がセットされており、最低限一夜を凌げるだけの設備は整っている。


「ご飯はさっきの広場の周囲に、露店が並んでいるからねー。お風呂も広場の近くにあるよ」
「本当に設備充実してるな~。やっぱアスカンブラは先を行ってるわ」
「国力だけならスヴァーダの方があるでしょ」
「国力だけだぜ~? あっちじゃ平野なんて貴重だからな。食いもん作る場所がそんなにねえ」


 ぼやきながらクレインはベッドに横たわる。そしてポケットからナッツを取り出し、もぐもぐと食べる。


「ちょっと、外に出ないのかーい。わたしクレインと一緒にご飯食べたくて、お腹ぺこぺこなの我慢してたのに」
「なんだっておれを待つなんてこと……」
「一緒じゃないと不安なの。また山賊に襲われたら、嫌だから……」


 言葉尻をすぼめるルチル。ここで場の雰囲気が、一気に気まずいものへと変わってしまった。





「……あのよ、ルチル」


「お前いつもさ、あんな感じで風の魔法操ってんのか……?」



 昼間のことを思い出しながら、クレインはルチルに尋ねる。



「……森のあれは、相手が悪い奴でたくさんいたから、すっごく頑張っただけ。自分で飛び回る分にはあんな危ないことしないよ」



「……魔法を使う場合、ほとんどの奴が『技』とか『スキル』とか言って、事前に決めておいた名前を叫ぶんだ。そうすることで身体が記憶を思い出し、訓練した通りの魔法を繰り出す。お前は……」
「よくやってるよね、それさ。でも名前とか効果とか考えるのめんどくさいよ……それに、わたしには訓練はいらない」


 ルチルもベッドの上に乗って、膝を抱えてクレインと話す。表情は膝に隠れて見えなくなってしまう。


「……どういう意味だそれ。訓練は必要だろ」
「クレインのように積極的に戦闘するなら、必要だと思う。でもわたしは今回が特別なだけだし……戻ったらまた運び屋の仕事だよ。それにわたしのお母さん優秀な先生は、もういなくなっちゃったから」

「先生なら、さっきのソフィアさんに頼めばいい。魔術師団長でお前と仲もいいんだろ?」
「でもお仕事忙しいから、中々捕まえられないよ……ローゼンにいないことなんてしょっちゅう。わたしみたいな子どもがちょっかい出しに行っても、迷惑するだけだ」
「……」



 煮え切らない態度のクレイン。らちが明かないと感じた彼は、腰のポケットからある道具を取り出す。



「えっそれは……うげえ」
「何で嫌そうな声出すんだよ……基本を教えるのだけはおれもできるから、今すぐやれ」


 それは拳で握れるサイズの石である。クレインは強引に握らせようと、ベッドから立ち上がってルチルに接近するが――


「やめてっ、いらないんだよわたしにはっ」
「うぐっ……」


 顔面に痛烈なビンタをされて、明確に拒否されてしまう。




「……訓練なんてしなくても仕事はできてる。仕事さえできればわたしは十分。『精神石』なんて必要ないの」
「お前なぁ~……魔法を上手く扱えるようになれば、仕事がたくさんできるようになって、給金上がるかもしれねえんだぞ?」


 精神石というのが、クレインが握らせようとした石の名称である。そして魔道具店に行きたいと言った理由は、この石を手に入れるためであった。


 この石は握りしめると、自分の肉体にあるルーンの流れが、目に見えて身体で感じられるようになる。何度もそれを繰り返せば、無意識のうちに負担なくルーンの流れを意識することができるようになるのだ。

 その『ルーンの流れ』を的確に操ることが、魔法の上達の基本でり最大の近道。レヴス・ラーシルに住まう魔法の使い手達全てが、この石にお世話になっていると言ってもいい。



「……そんな高みなんて望んでいない。わたしは今の生活が維持できればそれでいい……」
「……だったらどうしておれを助けた。生活の維持が目的なら、おれについていく必要なんてないはずだ」
「それは……えーと……」


 何か変わるかもしれない、何かが待っているから――とは言えなかった。恥ずかしくて。

 だからとっさにルチルはこう言うのだった。


「……。なんとなく、あなたを助けた方がいいかなって……」





 その言葉を聞いて、クレインの炎が一気に燃え上がる。ごおっと音を立てて、天幕全てを飲み込む勢いだった。



「えっ……?」
「……ルチル。『なんとなく』は駄目だ。『なんとなく』じゃ……お前死ぬぞ」


 今まで一緒にいた中で、初めてみる目だった。炎も昂っている様子からして、彼が大きい感情を抱いているのは明らかだった。


「し、死ぬってそんな物騒な……!」
「物騒じゃねえ!! いいか、戦闘において勝敗を分けるのは実力じゃねえんだ!! 実力は2、3番目ぐらいにある――一番大事なのは信念なんだ!!」
「……!」



 彼は真剣だった。真剣にルチルの身を案じ、こうして怒っているのだ。



「どれだけ場慣れしている奴でも、『なんとなく』で戦闘やってちゃあ、『絶対に生き延びてやる』と意気込む新米には敵わねえんだ。だって『なんとなく』で生きてりゃ、未来にやりたいことがない……ここでくたばっても後悔しねえってことだからな」

「だが信念っつーのは、未来に進む原動力だ。未来に進もうとする勢いが強い奴と弱い奴……どちらが押し負けるかなんて明白だろう」



「ルチルはやりたいこととかねえのかよ? 仕事して金貯めて、それでしてみたいことはねえのか? どんなに馬鹿げたことでもいい、何か目標はねえのかよ!!!」




    『そんなことはないわ。
     私はこの町を愛している。
     もちろんこの町の皆もね』

    『でも運命はどちらも愛さなかった。
     だから私はここでお別れ……』

    『ずっと元気でね、ルチル。
     春風のように優しい、私の娘。
     ブリュンヒルデのように……
     美しく育ってちょうだい』




「――わたしのことっ!!! 何も知らないくせに、わたしを語ろうとしないでっ!!!」



 クレインがあまりにも一方的にまくし立ててくるものだから、とうとうルチルも明確な怒りを示した。


 それは怒りというより、と呼んだ方が、正しかったかもしれない――



「ルチル……?」
「ていうかクレイン、さっきからずっと偉そうに言ってるけど、あなたも人のこと言えない!! 今日だってわたしがいなかったら死んでいたでしょ!!」

「……っ! それは……!!」
「そもそも最初から、山賊団をこらしめようとして乗り込んで……その結果あんな死にそうな目に遭ってたんでしょ!?」



「今日だって大人に任せておけばよかったのに……! 勝手に正義感振りかざして、それに振り回される周囲のことも考えないでさ!!」

「確かにあなたは立派な信念があるのかもしれない……でもそれに縛られているから、状況を省みないで突撃して、死ぬかどうかの危険な目に遭ってるんでしょ――!!!」




    『クレイン、クレイン……!
     ああ、私の可愛いクレイン……!』

    『前から言っているけど、
     もうこんな危険なことはやめて……
     貴方が無事であることを、
     何度祈っていることか……』

    『貴方が国の役に立てなくても、
     生きていてくれれば、
     私はそれで十分なの……』

    『国のことはお父様とお兄様方に任せて!
     だからあなたはお城にいましょう?
     お願い、お願いだから……!』




「……っ!!!」


 言葉の行き所が無くなってしまったクレインは、壁を拳で叩く。鈍い音と共に痛みが走る。


「……怒鳴ったら目が回りそうになった。ご飯食べてくる」
「……ああ」


 ルチルは矢継ぎ早に告げると、早足で天幕を出ていく。





「……あの~、大丈夫ですか……?」


 直後に顔を覗かせたのは、魔術師の男性。


「……あ?」
「こちらの天幕から、大声と炎がうるさいので注意してきてほしいと、別の天幕の方から苦情がありまして……」
「……」


「ベースキャンプは他の方との共用になりますので……その辺り、お気をつけください」
「……悪かったよ」



 魔術師に背を向けながら、クレインはぶっきらぼうに回答する。注意だけを行うと、魔術師は去っていった。



「……」


 ペンダントを窓際に置きながら、クレインは何度も言葉を反芻する。それはルチルのものだけではなく、彼の母親のものも。

 今日の空模様は曇りだ。月の光はあまり期待できないだろう。こういう心持ちの日に限って、空にはどんよりと雲が広がっている。


「くそ……おふくろといい、なんだって女はこんなにも面倒なんだよ……」

「いや……悪気があって面倒なんじゃ、ねえのか……」


 少なくともルチルは、自分に何かしらの悪意があって、あんなことを言ったのではない。


 死ぬような目に遭っている自分を、心の底から案じているのだ。それは母親も同様で――


「だが……これだけは譲れねえ。誰かの為に尽くすことが、おれのだ。それを果たして何が悪い?」

「そして『なんとなく』で人生やってちゃ、いつか絶対に死ぬぞ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御伽の住み人

佐武ろく
ファンタジー
国内でも上位に入る有名大学を首席で卒業し大手企業に就職した主人公:六条優也は何不自由なく日々の生活を送っていた。そんな彼が残業を終え家に帰るとベランダに見知らぬ女性が座り込んでいた。意識は無く手で押さえたお腹からは大量の血が流れている。そのことに気が付き慌てて救急車を呼ぼうとした優也を止めるように窓ガラスを割り部屋に飛び込んできたソレに思わず手は止まり目を丸くした。その日を境に人間社会の裏で生きる人ならざる者達【御伽】と関り始める。そしてある事件をきっかけに六条優也は人間社会から御伽の世界へ足を踏み入れるのであった。 ※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

想い紡ぐ旅人

加瀬優妃
ファンタジー
「朝日を守るために来たんだよ」  何と、夢で逢ったとてもカッコいい男の子が現実にやって来ました。私の目の前に。  上条朝日、15歳。この春から、海陽学園の高校一年生です。  自立するため家を飛び出したんだけど……新生活はリアル王子様のオマケつき。  でも、私はなぜ守られるの?  ……異世界の戦争? 全然関係ないはずですけど……え、よくわからないの?    ◆ ◆ ◆  朝日はなぜ狙われたのか、ユウはなぜ朝日の元に現れたのか、そしてキエラ、エルトラ、それぞれの本当の目的とは何か?  ……それは、昔々の悲恋とちょっと昔の永恋、そして今の初恋が紡ぐ物語。  ※旅人シリーズ第1作。

かつて聖女は悪女と呼ばれていた

楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」 この聖女、悪女よりもタチが悪い!? 悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!! 聖女が華麗にざまぁします♪ ※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨ ※ 悪女視点と聖女視点があります。 ※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...